外出が億劫になるほど、酷暑が長々と続く今年の夏。そのせいか山歩きからは久しく遠ざかっている。珍しく八月は一度も出かけなかった。それでも朝夕が若干涼しく感じられるようになると、行きたい病が疼き始める。
― 久々に山へ行くんだったら、やっぱり富士山を見たい。
何度眺めても飽きないどころか、そのたびに「日本一!」と唸ってしまう富士山。一昨年はそれが高じて“大月市秀麗富嶽十二景”制覇にトライした。これまで登頂したのは十二景のうち六景と半分だが、さすがにどこの山頂からも美しい富士山に会うことができる。今回は敢えてここを外し、昔から富士山の眺めと言って最初に挙がる“三ツ峠山”に決定。日本二百名山にも選ばれているポピュラーな山なのに、いまだ足を踏み入れたことがなく、一度は押さえておこうと、九月十六日(火)に出掛けてみた。
中央道の河口湖線からは、冠雪の全くない素の富士山をバッチリ拝めた。ところが御坂の旧道へ入ると、いきなり濃いガスが立ち込めてきた。まっ、登ってみなければわからんと、登山口駐車場にPOLOを停め、林道をゆっくりと歩き進んで行った。ところが標高が上がるにつれ、ガスは濃くなる一方である。
一時間ちょっとで三ツ峠山荘へ到着。ベンチにザックを置き、ぐるり周囲を眺めるが、見えるのは左手にそびえる屏風岩のみ。ガスさえ立ち込めていなければ、斜め左に富士山が現れるはずだ。あきらめてここで休憩にした。
山荘の周りをうろつくと、不動と思しきジープが四台(一台は修理中?)も放置されている。オーナーがマニアなのかなと訝るが、よく考えれば、登ってきた道は登山道ではなく林道。この山荘への物資運搬に使っているのだ。ただ、林道とは言え、えらく急な個所がいくつもあり、ジープの性能には詳しくないが、四駆をフルに駆使しても、かなりしんどいと思われる。ごっついタイヤにチェーンを装着しているのも、あながち冬場のことだけではないのだろう。
景色は期待できなくても、ここまで来たのだから、三ツ峠山を形成する三つの山、開運山(ここを三ツ峠山と呼ぶことが多い。1,785m)、木無山(1,732m)、御巣鷹山(1,775目m)は回ってくるつもりだ。
開運山で一服していると、途中で追い越した年配男性が上がってきた。
「おつかれさん」
「どうも、ずいぶん時間かかっちゃったな~」
甲府にお住いのご主人は、定年退職後の運動不足対策として登山を始めたとのこと。
「家にいたってなにもすることないしね」
「ですね。なにもしないとメタボになっていいことないですよ」
年齢は聞かなかったが、恐らく七十五前後だろう。
「以前は女房も一緒だったけど、山は疲れるからって、最近じゃひたすら単独です」
「自分も同じようなものです」
暫し会話を楽しんだあと、ご主人は下山、私は御巣鷹山へと向かった。
開運山からはものの十分で到着。山頂は電波塔の施設が占めていて、休むところも眺望もなし。フェンスに何か小さな看板がかかっていたので確認すると、“御巣鷹山”と記してある。
― なんだこりゃ?
すぐに木無山へ向かう。
木無山へもすぐに到着したが、どこが頂上なのかわからない。相変わらず周囲はガスに覆われている。いちおう目の前には、ここが木無山との看板が立っているが…
久々の消化不良な山行に溜息が出る。手前の広場にいくつかベンチがあったので、ここでランチにした。景色はなくとも腹は減る。
おにぎりにかじりつきながら、お湯を沸かしてカップパスタに注ぐ。しばらくするとキノコクリームのいい香りが漂い始めた。何でもないおにぎりやカップパスタでも、山で食すればこの上ないご馳走になる。
「ん?」
西側の登山道から人の声が聞こえてきた。間もなくして男性二人、女性二人の若い外国人グループが姿を現した。
「こんにちは」
「コニチハ」
髪の長い女性はキュートで愛想がよかった。彼らも近くのベンチで休憩するようだ。それにしても昨今の日本、どこに行っても外国人を見かける。
それから一分も経たないうちに、同じ道からこれまた若い外人の男性がトレラン姿で疾走してきた。目線が合うと、笑顔と共に「ドーモ♪」ときた。
まだある。
今度は山荘の方から、若い二人の外人女性が歩いてきた。二人とも背が高くスタイル抜群だが、その前にいで立ちに目を奪われる。上半身は水着にやや毛の生えたほどのブラ、下半身はボディーにピッタリの五分丈スパッツで、上下とも色は黒。山中だからまだいいものの、このまま河口湖に下山して街中を歩いたら、たまげる人も少なくないはず。浴衣を着たおっさんたちの舐めるような目線の餌食になること請け合いだ。
おにぎり二個、カップパスタ、そしてアップルパイを平らげ、腹もくちくなったところで下山にした。
行きも帰りも林道歩きオンリーってのは、登山らしさにやや欠けるが、本音を言えば楽。危なっかしい個所はないし、そもそも車が通るくらいだから傾斜も緩い。体力や脚力が落ちた下山時に、これほどありがたい環境はない。
おっと、また外人だ。半袖短パンの若い男性が、これから頂上を目指すようである。
「こんにちは」
「こんにちは」
日本語の発音がなかなか様になっている。観光客ではなさそうだ。
するとその直後、
「ドーモ!」
さきほどのトレランくんではないか。ちょうど目の前には、林道から分け入る登山道の入口だ。
「You,this way?」
近づいてくると、いきなり話しかけてきた。
「No,looks dangerous」
「Oh!」
彼、にやつきながら林道の方を駆け下りていった。
「気をつけろよ!」
ガスが立ちこめなければ、絶景を堪能できたことだろう。頂上にはさほど苦労せずに立てるので、何かの機会にもう一度トライしてみるか。