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若い頃・デニーズ時代 51

予想に反し、新人UMITは実によくやってくれた。
小笠原さん、38歳妻帯者。彼はとにかくお洒落。いつもびしっと決めたオールバック、姿勢がいいからスーツが似合って清潔さが映えわたる。
児玉さん、42歳同じく妻帯者。何をやっても真面目さが滲む、ちょっと不器用な昭和のお父さんといった印象。
二人とも仕事全般に対して真摯なところに好感を持たれるのだろう、アルバイト達ともすぐにコミュニケーションが取れるようになり、今のところ中ノ森さんともうまくやっている。
彼らから見れば、私も中ノ森さんも年下になるが、上から目線は一切なく、むしろデニーズのマジメントを一日でも早くマスターしようとする積極性が仕事に現れていて、こちらまでもつられて発奮してしまうほど。
異動後早一ヵ月で、理想的な体制ができつつあると実感でき、ほっと一段落である。

「店長、あの方、知ってます?」

ランチピークの真っ最中、中ノ森さんが傍を通る際にそっと耳元でささやいた。
示す方へ目をやると、テニスウェアを決めている長身の男性が、カウンターでアイスコーヒーを一気飲みしている。
はいはいはいはい、知ってるなんてもんじゃない、彼、「おらは死んじまっただ」の加藤和彦だ。
店の裏手には大正セントラルテニスクラブがあるので、そこでプレイをしていたのだろう。
見つめていたら、突然彼と目線があった。

「これ、もう一杯」
「はい、かしこまりました!」

当時はデニーズを利用する芸能関係者は意外と多かった。
初めてUMをやった東久留米店では、元旦の開店早々に所ジョージが一人ふらりとやってきて、やはりカウンターに腰掛けるとモーニングを注文した。

「所さん、正月番組で忙しいんじゃないですか」
「あれ全部録画だから」

たったこれだけの会話だったが、相手が相手だけにちょっと緊張。
それと私が異動してくる前の高田馬場店の話になるが、深夜帯に当時噂のカップルとして騒がれていた、城みちると伊藤咲子が二人肩を並べて来店したとのことだ。これは中々のスクープではなかろうか。

賑やかな都会のど真ん中に位置する高田馬場店。郊外店では味わえない濃密な空気感が客層の違いを生み出している。大正セントラルテニスクラブの更に裏手には学習院大学のキャンパスがあり、アルバイトの中にも男子学生が二名ほどいる。そして常連客の中にここの女子学生のグループがいて、最低週に2~3回の利用があった。
学習院と言えば、一般には皇族が通う大学として知られているので、そのイメージは“まじめ”だろう。もちろん私もそう思っていた。ところがこの女の子達、大凡それが当てはまらない。ぱっと見は今でいうところのギャルに近いものがあり、女子高生のようなバカ騒ぎはしないものの、話し方やメイク、装い等々は学習院のイメージとやや食い違う。彼女たちには共通した第一印象があって、それはズバリ“いいとこのお嬢さん”。育ちの良さというものは、何気ない素振りや、身なりのちょっとしたところから窺えるもの。

「ちょっと、あれ紀子じゃないの?!」
「えっ~~、なにあの車!」

つられて駐車場の入口へ目をやると、紀子と称される子が今まさに自ら車を運転して駐車場へ入っていくところなのだが、その車種がぶっ飛びだ。何とそれこそ皇室や総理大臣の公用車にもなっているトヨタのセンチュリーなのだ。ただでさえ狭い高田馬場店の駐車場にあの巨体を入れるのはそうとう無理がある。

「小笠原さん! ダッシュで駐車場行って誘導して」
「ました!」

一応何事もなく車を入れることができ、間もなくするとやや頬を赤らめた“紀子さん”が入ってきた。

「なによ誰の車!?」
「パパの乗ってきちゃった」

間違いなく凄いパパなのだろう。

「やりますね、あの子」

声に振り向くと、ディッシュアップウィンドウに苦笑いをしているKH福田の顔があった。ことの顛末を見ていたのだろう。彼は高田馬場店の主のような存在で、アルバイトではあるがオープン当初からのメンバーである。
下手なLCより仕事はできるし、社員そしてアルバイト達からの信望も高いが、絶対に自分の能力を鼻にかけず、いつも横田LCの右腕に徹するところがナイス。

「あのグループ、もうかれこれ2年になるかな、全員高等科から上がってきた子達ですよ」
「そうなんだ」
「まだ1年生じゃないですかね」

さすが主。店に関してはお客さんのことも良く知っている。

「すみませ~ん」

小笠原さんがすぐに彼女たちのテーブルへ向かった。

「チョコレートシェークとフレンチフライください」
「はいかしこまりました」

ディナーに入る前のまったりとした時間帯。
緊張感の絶えない高田馬場店に於いては、貴重なひと時と言えよう。

若い頃・デニーズ時代 50

ついに高田馬場店での生活が始まった。
道半ばで去らねばならなかった立川錦町店には多少の未練が残ったが、やはり激流のような高田馬場店に飛び込み、溺れまいと必死にもがいていれば、未練に浸る暇などあるはずもない。
予想したとおり、 年商4億店の迫力は桁外れだった。
平日でも朝は8時過ぎから来客に加速が付きだし、12時になった瞬間、ウェイティングが始まる。
ランチ客の半数は大正製薬の社員のようで、12時になると同時に、隣の本社ビルや上階のオフィスから一気に駆け込んでくるのだ。
よって強いピークは13時までだが、その後も14時過ぎまで勢いは止まらない。もちろん午後のアイドルタイムはあるが、17時を過ぎる頃からぽつりぽつりと来客が増えだし、19時になればほぼ満席になる。しかし驚くのはここから。この状態は日付が変わっても衰えることがなく、なんだかんだで落ち着きを見せるのは2時を過ぎてからなのだ。
恐らくこれは都心店特有の入客パーターンと思われる。
更には郊外店と比較して客単価が1,000円前後と高く、平日でも日に1,000人の来店客数があるので、一日の売り上げ金額は絶えず100万円前後をキープする。これが週末になると140~150万円とボリュームアップ。こうしてトータルすると年間売り上げは4億円に到達するわけだ。

どの時間帯もこれまでに経験したことのないレベルの入客があり、最初は戸惑った。
特に著しいのはランチ。先ほども述べたが、12時~13時の集中度が物凄い。よってスピードある確実なディッシュアップは必須で、滞れば売り上げが伸びないどころかクレームの嵐となる。
デニーズの調理は基本的にツーオーダーだが、馬鹿正直に準じていては高田馬場のランチをクリアすることは難しい。多く出るBランチ等はある程度の作り置きをしているが、回転が頗る良いので、作り置きだからと言って、冷えたり乾燥したりする心配は無用だ。
それにしても随時10枚以上並ぶチェックの壁は壮観。更にはオーダーホイールにも待ちのチェックが掛かっているのだ。12時と同時に一気に満席になるので、MDも受け持ちステーションのオーダーをすべて取ってからでないとキッチンへ行くことができない。だからチェックはまとめて入ることになり、キッチンは一瞬のうちに戦場と化すのだ。

「いくよー! 先ずはBラン10出して、次はチーズサンド2とコンボ2、そのあとカレー3にミート2、グリーンサラダ4は急ぎだよ」
「Bランのソテー、あと20いいですか」
「OK、いって!」

普通の店ではありえないオーダーの入り方である。しかしさすがに高田馬場のキッチンメンバーは慣れている。決して慌てないし、LCの横田の指示は冷静且つ的確だ。瞬く間にディッシュアップカウンターはプレートでぎっしりとなる。そしてここからも鮮やか。殆どのMDが左手に9プレ3枚とライス1枚、そして右手にライス2枚を同時に持てるので、2名配置されている各ステーションのMDが4往復もする頃には、ほぼすべてののテーブルで食事が始まっているのだ。これはお見事。
適正人員の管理がきちっとなされていること、そしてベテランスタッフが絶妙な割合で配置されていることが、この生産性の高さを維持しているのだ。
正直なところ、高田馬場への異動が決まってからというもの、不安ばかりが膨らんでいたが、実際に自ら運営してみると、いやはやどうして、諸先輩方が築き上げた基盤は実にしっかりしたもので、何をやるにもレールが敷かれており、安堵感どころか物足りなさも感じるほどなのだ。
しかしこれだけ完成度の高いオペレーションを崩さずに継続していくのは並大抵のことではないように思う。果たして自分にそれほどの運営能力があるのかどうか、また違った面での不安も出始めている。

「短い間でしたけど、お世話になりました」
「いやいや、こちらこそ。それより新しい勤め先で頑張ってな」

ちょっと疲れたような面持ちで現れたのは、このたび一身上の都合で退職することになったUMITの磯野くんだ。
彼とは2週間ほどしかいっしょに仕事をしていないが、昨今の若手社員の特徴が顕著に出ていて、例えば残業に関してはあからさまに避けたい態度を見せたり、休日は権利とばかりの発言も一度や二度ではない。
もちろん残業や休日出勤は避けなければならない基本的なことだが、残念ながら猛烈サラリーマンの名残が残る当時の世相からすれば、“使いづらい奴”といった印象が真っ先に出ていた。

「全然違う仕事なんで、一から出直しって感じですよ」
「それの方が逆に気が楽かもな」

実は親会社のヨーカ堂労組の指導により、我社にも労働組合を創設する運びとなった。もちろん時代の要求ではあるが、それに加えて“あの事件”も大きく影響しているに間違いない。
埼玉エリアでUMをやっていた同期入社のA氏が、なんと自宅で突然死に見舞われたのだ。噂によれば、A氏は優秀なだけに連続する新店オープンに駆り出され、2カ月の間、殆ど店に張り付いていたようだ。そしてやっと休みが取れて自宅で静養していたところ、眠るように亡くなっているA氏を奥様が発見したらしい。
労災事件には発展しなかったが、イトーヨーカ堂グループ会長・伊藤雅俊の逆鱗に触れ、デニーズの労働環境が徹底的に調査された。
慢性的な残業、休日出勤、通し勤務等々、これまで当たり前としてきた悪習にメスが入ったことは言うまでもない。
A氏ご夫婦には気の毒だったが、この一件で急速に労働環境見直しの動きが出てきたのだ。
労組のメンバーとして先ずはUMから若干名が選ばれることになり、UM以下が組合員、DM以上が非組合員となった。私見としてこの割り方は根本的に間違いだと思っている。労働環境を少しでも良くしたいという意志が会社にあれば、DMまでを組合員としたはずだ。社員一人一人の声を吸い上げ、それを上層部へ伝える役目はDM以外にできるはずもない。
労環改革の第一段階としては、それまで一律だった社員の取り扱いを、全国津々浦々まで異動OKの“ナショナル社員”と、住居から通える範囲内での異動のみとする“ローカル社員”の二通りに分けることが決まった。もちろんこれは個々の希望を優先したものだ。
ローカル社員になれば昇給昇格面で不利になってしまうが、家族持ちで転勤が難しい場合や、単身赴任NG等々の社員には受け入れられると思う。
一方、ナショナル社員は出世昇給第一、将来は幹部を目指すといった猛者にうってつけだ。
その他、リクレーション等も開催された。
パートアルバイトを含めて数店のスタッフが一堂に集まり、バーベキュー等々を楽しんだりと、エリアの親睦を図る試みである。
私も一度だけだが、東京サマーランドで開催したバーベキューパーティーに参加したことがある。

「これから店長、大変じゃないですか。僕の後釜は確か成りたてのUMITですってね」

そうなのだ。これは少々頭が痛い。
高田馬場店で一通りの業務ができるマネージャーが1名欠ける代わりに、新人UMIT2名を押し込まれたのだからたまらない。新人というだけで負担が大きいのに、DMの説明によれば、両人共々30歳代の水商売上がりだそうだ。どう考えても一癖二癖はあるだろう。

「大丈夫! 俺がビシビシやりますよぉ~」

中ノ森さんの発言は心強いが、果たしてこれからどうなることやら。

若い頃・デニーズ時代 49

高田馬場店への異動が本決まりとなったある日、吉祥寺店のオープニングスタッフが発表された。
何となく予想はしていたが、案の定UMには現高田馬場店のUMである利尻さんが抜擢された。彼は一級先輩であるが、私は大学を5年やったので、年齢で言えば同級生になる。
非常に評判の良い人で、多摩地区の同期生の中では、彼と以前小金井北店でお世話になった濱村さんの二人が抜きん出ていた。
ただでさえ高田馬場のUMにはプレッシャーを感じているのに、同店で実績を積み上げた利尻さんの後釜になると思うと益々憂鬱な気分になる。
しかし、これほど仕事への覇気がなくなるとは、一体私もどうしたものか。
会社へ対する不満の積み重ねがそうさせているのは分かっているが、この様な状況はデニーズだけではなくどこの組織でも似たり寄ったりの筈。
若造のくせに生意気だが、どう考えても直属の上司であるDMやRMの人間性がやる気を削いでいるとしか思われない。一緒に手を取り合って頑張ろうと思える人物にはいまだお目に掛ったことはなく、小寺RM並びに今田DM、そして太田窪の井上UMや田無の上西UM等々を思い起こすと、「うちの会社、大丈夫か?!」と暗澹たる気分に陥てしまうのだ。
自分の問題を人のせいにするのは間違いだが、余りにも納得できないことが多すぎた。

「元気ないですね」
「そうかい」
「異動?」
「そうじゃないけど、何となくね…」

立川の居酒屋である。
久しぶりに伊坂文恵と飲みに来ていた。

「それにしてもびっくり」
「なにが」
「坊屋さんと紀子さん」

彼らの騒動、スタッフ達には結構な激震だったらしい。それはそうだろう、あれほどの美男美女がくっついたんだから、ニュース性はとてつもなく大きい。

「あの二人に子供ができたらきっと可愛いんだろうな~」
「そうかもしれない」
「どっちに似ても間違いないわ」
「まあね」

女性ならではのインスピレーションだろうか。
しかしこの会話も高田馬場のことを考えると、どうしてもうわのそらになってしまう。

「高田馬場へ行ったら、なかなかこうして飲みに来られないかもよ」
「そうなんだ。でも、あたしもテニスサークル入ったから、合わせるの大変かも」

こいつ、ずいぶんと冷たいこと言うなと思いつつも、やはり高田馬場のことが頭から離れない。
久々に感じるプレッシャーは想像以上に大きそうだ。

その日はランチピークが終わる14時前に店を出た。行先は高田馬場店である。目的は挨拶と引継ぎだ。
利尻さんはオープニングスケジュールが押しているようで、この日しか時間が取れないとのことである。
甲州街道から青梅街道、早稲田通りと進み、店の駐車場へ到着したのは15時半とずいぶん時間がかかってしまった。尤も、トリップメーターを見たら錦町から30km以上もあったので、まあこんなものかもしれない。
しかし狭い駐車場である。これで4億も売るのだから驚きだ。
それとこの店は高田馬場駅から徒歩圏内なので、三鷹から地下鉄東西線に乗れば電車通勤でも充分行けると思う。

「おはようございます。錦町の木代です」
「おはようございます。店長に聞いてます、どうぞ奥へ」

高田馬場店は大正製薬厚生課ビルの一階にテナントとして入っているので、店内のレイアウトはここだけのオリジナル。オープンキッチンの前にはカウンター席が配置され、一見横長の106型に似てはいるが、奥に広がりがあるので、恐らく総客席数は上と見た。アイドルタイムにもかかわらず、3割以上席が埋まっているところはさすがである。

「おっ、木代さん、どうもどうも」
「忙しいところお邪魔します」

一番奥のテーブルに案内されると、間もなく利尻UMが現れた。背はすらっと高く、顔だちに精悍さのあるハンサムボーイである。これで新店の吉祥寺店が成功すれば間違いなく次はDM昇格だろう。

「店についてはAMの中ノ森が掌握しているんで、彼に聞いてもらえれば殆どのことが分かると思います。社員じゃ彼が一番長くて、主みたいな存在だからね。それとKHに福田という体格のいい子がいるんだけど、彼はオープン当初からいる最古参で、高田馬場の生き字引ってな感じかな。皆からも慕われていて、バイトの中では一番頼りになりますよ」
「中ノ森さんとは面識があるんです。研修で何度か一緒だったんで。ところで利尻さん、高田馬場はどのくらいやったんですか」
「だいたい一年位かな」
「へー、それで次が吉祥寺のオープンじゃ休まる暇もないですね」
「ほんとだよ。でもさ、木代さんだって大変だよ、何てったってここだから」
「脅かさないで下さいよ」

来店して新たな職場を目の当たりにすると、やはり武者震いが起きた。はっきり言って店が醸し出すボリューム感には圧倒されそうだ。生半可な気持ちで臨めば必ずしっぺ返しを食らうだろうが、逆にこのチャンスをものにすれば、UMとしての経験値は必ず上るだろう。そもそも気合を入れなければ、これまで奮闘してきた歴代UMに対して失礼である。
泣いても笑っても一週間後はここのUMだ。

「おっ!木代さん、久しぶり」

振り向くと満面笑顔の中ノ森AMがこちらに向かって歩いてくる。

「いや~、久しぶり、今回はよろしく願います」

確か中ノ森さんは私より五つほど上で、家族持ちである。
研修会などでは、快活で声が大きいというのが印象に残っていた。裏表がなさそうなキャラは、うまくやれそうな感じである。とにもかくにも、店運営にはマネージャー職の団結が不可欠なのだ。

「じゃ、店長に店を見てもらって、その間に俺たちは打合せをやりましょうよ」
「おいおい中ノ森くん、俺だって忙しいんだぜ」
「あはは、分かってますって」
「OK。それじゃ1時間後に出かけるから、それまでやってって」
「利尻さんすみませんね、お言葉に甘えて時間使わせていただきます」

もう後には戻れない。
この節目に仕事へ対するもやもやを何とか払拭して、新たな気持ちで臨まなければ。
その時、ふと浦和太田窪店にいた時のことを思い出した。
埼玉地区で頑張っている同期生達はどのような気持ちで毎日を乗り切っているのだろうか。
やりがい、将来のこと等々、どの様に考えているのだろう。
離職者が多いということは、すなわち職場環境に問題があるということだが、この現況を如何に捉えているのだろう。
デニーズは社会人になって最初の職場。よって良いのか悪いのか、はたまた自分に合っているのか合ってないのか等々は、比較する対象がないので正直分からない。機会があればこの辺の疑問を、同期生達と腹を割って話したいものだ。
そう、上司にこの類の話をするのは愚の骨頂。何故なら教科書に書いてあるような組織論をぶちまけて、すぐに丸め込もうとするからだ。

若い頃・デニーズ時代 48

「ちょっと大変かもしれないけど、高田馬場へ行ってくれ」

なに?! 高田馬場って、あの高田馬場のことか?!
高田馬場店は全国約100店舗中、売上第3位を誇る都心部の旗艦店である。
年商4億、社員数7名、パートアルバイト数100名は、これまでの実務経験にない規模であり、日々の売り上げが平均100万円を越えると聞いても悲しいかなピンとこない。
DMは簡単に言うが、“ちょっと大変”てなレベルじゃないことは確かだ。

「なぜ俺ですか?」
「そんなこといちいち聞くなよ。もう決まったことなんだから」
「ずいぶんと荒っぽいですね」
「会社とはそうゆうところなの」

相変わらずのメッセンジャーボーイぶりである。
これだけの説明だったら、わざわざ来る必要もなかろうに。心身共々デニーズに洗脳されていた頃なら、これは素晴らしく栄誉なことと涙を流して喜んでいただろう。なにしろUM経験たった1年のひよっこが、全店ベスト3に入るフラッグシップ店の長を任されるのだ。
出世コースまっしぐらとはまさにこのこと。
同期生にだって胸張って自慢できる内容だ。
ところがどっこい、会社や首脳部へ対する不信感は募るばかりで、どう考えても俺は「手駒」にしか見られていないということが最近よくわかってきた。いいように使われて、いらなくなったらポイっと捨てられるのが落ちなのだ。

「それっていつ頃ですか?」
「詳細は追って連絡する」
「もう全部決まってるんですね」
「ほんとうるさいよ、お前は」

たったこれだけのやり取りで帰ってしまった。
この後、焦点の定まらないぼーっとした感じがしばらく続いた。脱力感はやはり否めない。
やる気は失せ、頭の中をどのように整理していいものか全く見当がつかない。これがサラーマンだよと言われれば無理やり納得するしかないだろうが、皆と共にゼロから立ち上げてきた立川錦町店のことを思えば、悔しさと寂しさが込み上げてくる。仕事のやりがいとは一体何だろう。
相変わらず同期入社の離職が後を絶たない中、ここは上司に頼らず、何とか己の力で考えを切り替え、その上でモチベーションを高めていかなければ、近いうちに自分も潰れてしまうのだろう。

ノックの音にハッとする。

「マネージャー、いいっすかね」

佐々岡の奴、ずいぶんと心許なげそうだ。そりゃそうだろう、店長の目線が宙に浮いたままだったのだから。

「うん。どうした?」

額にしわが寄り、眉毛が八の字になった表情からして、いい知らせではなさそうだ。

「坊屋が会社を辞めたいって言ってるんです」
「なんかあったの?」
「よくは分からないですが、ちゃんとした調理人の修行をしたいとかで、、、」
「そんなこと言ってるんだ。分かったよ、この後すぐに話してみる」

どうしたことだろう。坊屋の奴、誰の目から見ても前向きな仕事をしていたと思うし、懸念されていた女性問題も気配さえ見せなかった。元々口数の少ない男だったから、コミュニケーションを十二分にとれていたかと言えば苦しいところだが、退職まで考えていたなんて想像もつかなかった。

以下は坊屋と話した内容である。
佐々岡も言っていたが、デニーズに入ったことにより調理の楽しさを覚え、毎日が勉強となってそれは楽しかった。
LCの水上からは特に親身な指導を貰っていたこと、そしてオープン後、二度の来店があったアドバイザーの三頭さんからも、すじがいいと褒められた等々で、将来は調理の道を極め、何とか自分の店を持ちたいと思うようになった云々。
話すときの目は真剣そのもので、全てが真意であることに間違いはなさそうだった。
快諾し、その旨を今田DMに伝えると、一度のDM面談で退職が決定した。
錦町はキッチンも余裕の布陣だったので、坊屋の後釜に社員クックは回してもらえなかったが、オープン以来のメンバーが一人でも欠けると急に寒々しい空気を感じてしまうのは私だけではないはずだ。

そして坊屋事件はこれだけでは終わらなかった。
坊屋が退職すると、その後を追うように立川錦町の看板DL“窪田紀子”が、卒論に集中したいとの理由で突如店を去る意を示したのだ。余りのタイミングに引っかかるものを覚え、彼らと懇意にしていた数人のスタッフから情報を入手してみると、この二人、だいぶ以前から付き合いがあったらしい。まさかの灯台下暗しにショックは隠せなかった。
店が順調に運んでいる時ほど部下への目配りはきちっと行わなければならない。田無の橋田UMが何度も指摘していた鉄則を忘れていたのだ。
この件をきっかけに、マネージャー三人は討議を始めた。
各自持ち場シフトのスタッフ達と定期的に面談を実施し、不満、要望、悩み等々は何でも聞かせてくださいという店の姿勢をアピールすることを決定。面談の内容は逐次UMが取りまとめ、これまで以上に目配りを重視する方向性を店内に打ち出した。
この方策がどれだけの効果を上げられるかは不明だが、スタッフ達に少しでも店側の気持ちが伝われば、ある程度のレベルで“成功”とみなして良いかもしれない。

若い頃・デニーズ時代 47

「こんどさ、吉祥寺に店ができるみたいだ」
「へぇ~、木代さんがやるんですか」
「まさか、俺には回ってこないよ」

月に1~2度だったが、伊坂文恵とは立川の居酒屋で取り留めのないお喋りを楽しんだ。
彼女といると不思議にほっとするようなところがあって、いつも誘いは私からだったが、断られたことは一度もなく、互いを必要としている意識は日を重ねるごとに固まっていった。

「それより、何かうまいもんでも食いに行きたいな」
「おごってくれます?」
「あはは、いくらでも」

外食産業は週末が勝負である。もちろん我がデニーズも例外ではない。
よってこの世界に入った後は、学生時代の友人と会う機会を逸してしまった。そして根っからの酒好きな私にとって車通勤はアフターファイブの楽しみを与えてくれなかった。
UMになってからは早番が中心になり、毎朝5時に起床すると、6時半までに店へ入り、ほぼ17時過ぎまで働いて帰宅するというパターンの繰り返しになった。
この頃からだったかもしれない、一人で楽しめる趣味として写真を始めたのは。
休みは当然平日にしか取れないので、どこへ出かけても空いている点だけはウェルカムだった。
キヤノンAE-1と三脚を愛車セリカ1600GTVに載せ、よく一人で出掛けたものだ。 富士五湖や箱根方面には何度も足を運び、山中湖越しの富士山や色づき始めた箱根仙石原のススキなどから、大いに写欲をそそられたものだ。
撮影がヒートアップしてくれば当然レンズが欲しくなり、立て続けに高価な純正FDレンズを3本手に入れ、休みがくるのが待ち遠しかった。
それともう一つ。
この夏にヤマハ発動機が発売したRZ250というオートバイがやけに気になるようになったのだ。
もともとオートバイは好きだったが、高校三年の冬にちょっとした事故で怪我を負ってからは、何となく距離を置くようにしていた。ところが鮮烈と言っていいスペックを身に纏ったRZは、オートバイの持つ魅力をこれでもかと放ち続け、物欲はFDレンズと共に、大きく大きく膨れ上がっていくのだった。
但、オートバイはレンズのようにポイと買える値段ではなかったし、更にはヘルメット、グローブ、ジャケット等々も手に入れなければならない。だが、どう考えても手元の資金が足らず、ここは一旦ペンディングしかないと己に言い聞かせ、苦しかったが我慢することにした。
しかし、今後通勤途上などでRZを見たなら、欲求はさらに高まってくるだろうし、バイク雑誌を読み進めれば我慢の限界を超えてしまうかもしれない。
つくづく思うが、物欲とは本当に恐ろしいものだ。

「何考えてるんですか」
「え?ああ」

彼女と会っている時でも、何気にRZのことを考えてしまう自分も怖い。

「バイク?」
「いやいや」

見抜かれている。物欲も怖いが女の勘も恐ろしい。

RZのことはさておき、吉祥寺店が入るパーキングビルを一度見ておこうと、買い物ついでに吉祥寺へと出掛けてみた。
吉祥寺には南北に走る三つのメインストリートがある。
東急デパートやパルコがある吉祥寺通り、古くからのメイン商店街であるサンロード、そして今回のパーキングビルが建った近鉄通りだ。
吉祥寺は発展途上にあるので、新店には大きな期待が掛ったが、近鉄通りに位置するという一点だけが引っ掛かった。なぜならここは賑やかさの中心から少々離れたエリアだからだ。若者向けのお洒落な店が次々とできているのは、近鉄通りの西側から、サンロード~吉祥寺通りの西側までで、反面、新店のできるこの界隈は、戦後から今日に至るまで、イメージの悪い歓楽街として知れ渡ってきた。今でも近鉄デパートの裏側には怪しいキャバレーやソープランド、そしてラブホテルがこれ見よがしに乱立している。
しかしこのエリアにも変化の波が打ち寄せるという噂があるので、今後は期待できるかもしれない。
それにしても、こうして人いきれを強く感じる繁華街に身をおくと、やたらと新鮮味を覚えてしまうのにはびっくりだ。基本的に混み合うところは嫌いな筈だが、毎日毎日自宅と職場の往復を車でやっていれば、知らぬうちに人恋しくなり、雑踏の刺激を求めてくるのだろう。そう、電車に乗っても同じように感じてしまう。

せっかくのの吉祥寺なので、昼飯でも食ってこうと、馴染みのラーメン店「さくらい」へ寄ってみた。
ここは学生時代から良く通った店で、何を注文しても絶対に裏切られない調理の総合力が売りだ。ラーメンは醤油、味噌、塩と一通りあるが、私はここの味噌バターが何よりのお気に入りだった。ラーメンだけではなく、チャーハンや餃子を食しても、定番中の定番たる味わいに唸ってしまう。

「味噌バターください」
「へい!」

相変わらず活気があったが、以前のメンバーは誰一人見当たらない。これはちょっと寂しかったし、以前の味が出てくるのかと不安になる。
しかし煙草を一本吸い終えたころ、変わらぬ盛り付けの味噌バターが目の前におかれて一安心。

「おまち!」

早速スープからいただく。
相変わらず火傷に気を付けなければならないほどの熱々さが嬉しい。
実はそれほど腹が減っていたわけではなかったが、さくらいの味は箸を全く止めなかった。変わらぬ風味と懐かしさであっという間に完食。
デニーズの食事に慣らされた舌には、何よりの刺激なのだ。

「こんにちは。これ、お願いします」

あれからメール便が来るたびに佐々岡や藍田とバッグの隅々までチェックしたが、残念ながら吉祥寺店の新情報は送られてこなかった。連発する新店オープンの中にあって、吉祥寺店は久々のビッグニュースであり、当然ビジネス規模は大きい。東京、特に多摩地区のUMだったら興味津々間違いなしだ。

「マネージャー、電話です」

西岡みのりが事務所に顔を見せた。

「どちら様?」
「今田DMです」

一体何用だろう。

「おはようございます」
「おはよう。電話じゃ詳しいことは言えないけど、異動の準備をしておけ」
「えっ、異動って、ここはまだ1年も経ってないっすよ!」
「そんなのどうでもいいんだよ。とにかく明日行くわ」

何だってこのタイミングで俺なんだ。皆で力を合わせてやっと店が軌道に乗ってきたのに。
まさか東京地区から飛ばされるんじゃ?!
若しも千葉や北関東だったら、まじめに考えるぜ。
避けたいパターンばかりが頭の中でぐるぐると回り続けた。そんな時、スタッフの顔を見回すと無性に悲しい気分が込み上げてきた。異動でお別れだから悲しいのではなく、一国一城の主としてスタッフと共に汗水かいてきたUMの俺が、上から余りにも軽く扱われていることに、悔しいやら腹が立つやらで悲しくなるのだ。

くそぉぉぉ!!
俺はお前らの手駒じゃねえ!!!