「デニーズ時代」カテゴリーアーカイブ

若い頃・デニーズ時代 36・UM

散々な引き継ぎであった。
恐らく梅本さんは、東久留米店のことなどとうに頭にないのだろう。
<田無と同じだよ>、<特に問題はないしね>、<出世頭だから大丈夫!>等々、訳の分からぬ一方通行で取り付く島もないのだ。
いくら新店が控えているといっても、大切な店のオペレーションに関して、こんないい加減な引継ぎは許されるものではない。

「分かりました。ぼちぼちやっていきますよ」
「君澤が全部知ってるから、何でもあいつに聞けばいいさ」

君澤とは同店のUMIT。新しい門出に際し、最も頼りにしなければならない相棒的存在だ。

「じゃ俺、これから面接会場なんで、まっ、頑張って」

心ここにあらずの梅本さんは、ブリーフケースを持つと、話しかける隙も見せずにバックから疾風の如く出ていった。
事務所に残った私と君澤くんは暫し開いた口が塞がらない。

「これからは我々で頑張りましょうよ」
「そうだね」

君澤くんの心強い一言には、正直救われた思いだ。
初めての店、初めての店長という環境は、やはり緊迫の連続だろうし、当たり前とはいえ、責任の全てが降りかかってくるプレッシャーは計り知れない。
そんな中、スクラムを組める仲間が一人でもいることは、スタートを考えればこの上なく心強い。

「スタッフのこと、いろいろ聞かせてくれないかな」
「まかせてください」

東久留米店は、田無店や小金井北店と同タイプの106型店舗。いかにもアメリカという匂いがプンプンで私は好きだった。但、同タイプであっても、各店なりの特徴が出ているところが興味深い。特にバックヤードは顕著である。ディッシュエリアや製氷機などは共通の位置であるが、エンプロイ周りの掲示物や、ちょっとした掃除道具の置き場所、ロッカールーム等々には違和を感じるものだ。特に106型でもレイアウトが左右真逆、つまりシンメトリーになると恰も別型に思えてしまうから面白い。キッチンの入り口を例に挙げれば、田無、東久留米が正面から見て右側、小金井北がその逆の左だ。
そしてロケーションの差も雰囲気に大きく影響する。
一般的にファミレスの立地は開放的で明るいところが大体だが、東久留米店の敷地内には背の高い木々が林立し、昼間でも鬱蒼とした薄暗さがあり、近隣の店にはない落ち着いたムードが漂っていた。
夕暮れの頃には、フロントが放つ照明と木々の闇とのコントラストが、高級レストランと見間違えるような景観を作り上げるのだ。

店長として初出勤の日、ランチ前に今田DMが来てくれた。彼は東京地区DMとして小寺RMの直下に君臨し、その立場は他地区のDMとは一線を画いていた。
因みにRMとは、リージョナルマネージャーの略で、全DMを管理する役職である。

「大丈夫か、木代」
「やって砕けるだけです」
「駄目だよ砕けちゃ」

横山ノックにうりふたつの今田DMは、かなり進行した若禿の持ち主である。但し目つきは鋭く、無駄なことを一切口にしないところなど、今の地位までのし上がった片鱗が匂う。
UMIT時代に教わったオペレーションステートメント(損益計算書)の再説明があり、コスト管理の重要性について何度も念を押された。
単に売り上げを伸ばすだけではなく、各コストの目標値に限りなく近づけることが適正経営につながり、それが標準化への重要なポイントになること等々だ。

< アルバイト人件費(レバーコスト)が目標をオーバーした場合 >
1)マンニングテーブル無視の過剰な人員配置 ⇒ 人事生産性ダウン
2)新規採用が滞ったために、高時給のベテランスタッフを頼りすぎ、平均時給が高昇。
とにかく楽をしようとするUMの店は殆どと言って人件費が高い。良い例が元田無店UMの上西さんだ。
彼はたとえランチピークであってもフロントに出てくることは殆どないので、MDに関しては、頭数はもちろんのこと、仕事のできるベテランでがっちりと固めている。時給700円台クラスを朝から午後まで使い、それに平日でも週に3回はDLも配置しているので、当然ながら人件費は上がってしまう。
人員配置は適正であっても、日頃から時給の低い新人の採用に力を入れ、ベテラン半分、新人半分のマンニングを全てのシフト、全ての職種で常態化させなければ、当然の如く人件費オーバーは避けられない。

< 逆にアンダーな場合 >
1)人事管理ができていないために完全な人手不足に陥り、サービスレベルの低下が起きている ⇒ 評判の悪化、離職率アップ
2)採用計画ができていない。
スタッフが少なく、いつもバタバタしている店は殆どと言って離職率が高い。もちろん新規採用の段階で手こずっている店もあるが、大概は、せっかく新人を確保しても、人がいない為に十二分なトレーニングを行えず、右も左もわからない未熟な新人を前線に張り付けるから、そのしんどさに耐えられなくなり辞めてしまうというケースだ。

< 食材原材料費(フードコスト)が目標をオーバーした場合 >
1)オーバーポーション、調理ミスの多発、発注ミスやプリパレミスによる廃棄食材の増加
2)報告されない“ちょんぼ”、横流し、盗み。
3)売り上げ予測の甘さ
部下に指示を出すのが苦手で、且つ己に甘いリードクックのいる店は、必ずと言ってフードコストが高い。
オーバーポーションをその都度指摘するのは、言われる方も言う方もしんどいもの。しかし、根負けして言わなくなれば改善は見込めない。いかに険悪なムードになろうとも、その都度その都度、何度も何度も指摘していくのが常道なのだ。“みな仲良くやろうよ!”的なリードクックではとても務まらない。
貫徹するには、まず己に厳しくし、ポーションコントロールの鬼になる必要がある。

< 逆にアンダーな場合 >
1)アンダーポーション
2)棚卸ミス
3)売り上げ予測の甘さ

人件費と食材原材料費は管理可能費の中でも特に重要とされる項目で、これを適正値に近づけることは全てUMの手腕にかかっているのだ。

「店を良くして梅本さんを超えろよな」
「ました!」

こうしてついにUMとしての毎日が始まったのである。

若い頃・デニーズ時代 35

「八王子の新店、梅本さんがやるんですね!」
「みたいだな。まっ、ベテランだからね、彼」

梅本さんは、東久留米店のUMである。同店へは食材を借りに2~3度行ったことがあるが、梅本UMとはいつも挨拶程度で、それ以上のやり取りをしたことはない。ひょろっと背が高く猫背な彼の第一印象は、神経質、年齢不詳、落ち着きがない、等々で、ずばり部下にはなりたくないタイプである。
しかし、新店オープンを任されるのだから、実力的には高く評価されているのだろ。それに多摩地区のUMの中では最古参とのことなので、その辺の経験も買われたのだ。
それにしても気になるのは、梅本UMの後釜である。

「おはよう!!」

突如事務所に飛び込んできたのは、おなじみ人事部の本田さんである。
声が大きくいつも笑みを絶やさない快活な人だが、今日は特にテンションが高い。

「ど、どうしたんですか」
「聞いて驚くなよ」

本田さんの両眼が光った。

「木代、おめでとう! 東久留米のUMだ!」

僅かな期待感は持っていたが、こんなに早く実現とは、、、

「う、嘘じゃないですよね」
「ばかやろう! 何で俺が嘘を言わなきゃならないんだよ」

高揚感で体が火照った。嬉しさと不安がごちゃ混ぜになって体を覆いつくしていく。

「で、いつからですか」
「梅本さんは開店準備があるんで、今の店は今月いっぱいじゃないかな」
「ということは、あと2週間ちょっとしかないわけですね」
「そうだ。その間に大事な引継ぎがあるぞ」
「ました!」
「いずれにせよ詳しいことは、今田DMからあると思う」

これは大変だ。UMの仕事は大方理解しているし、また実践にも自信はある。しかし、自分自身が店のトップに立って切り盛りしていくとなると、何から始めたらいいのか分からないし、正直不安。先ずは頭の中を整理して、簡単な計画書を作る必要がありそうだ。

「お偉いさんが集まって、いったい何事ですか」

狭い事務所へ豊田さんが乱入してきた。牛乳瓶の底のような分厚いレンズ越しに見える小さな瞳が、好奇心でぎらぎらと輝いている。

「木代くんがUM昇格だよ」
「うぉ~~!木代ちゃん、やったじゃない」

豊田UMITは、相も変わらず私のことを“木代ちゃん”と呼ぶ。生意気な若造だと蔑んでいることは分かっているが、何れにしてもムカつくおっさんには違いない。今回、私のUM昇格で歯ぎしりが止まらないだろう。
そう思うと、胸がスカッとする。

「ところでさ、同期生で最初かい?」

橋田UMのひと言が身震いを呼んだ。
かもしれない、、、同期でも名前を知らない者はたくさんいるが、これまで得ている情報の中にUM昇格者はまだ出ていない。ということは“1番”、てわけか。
これはおったまげだ。

「恐らくそうだと思います」

有頂天になりそうだ。笑いが止められない。く、苦しい、、、

「凄いじゃない、木代ちゃん!!」

狭い事務所ででかい声。またおっさんである。凄いとか言っときながら、眼が怖い。

「あ、どうもありがとうございます」

この後、アルバイト達からも祝福をもらい、現実感がひしひしと伝わってくると、腹の底から気合いが入ってきた。念願だったUM職。予想を超える早いタイミングで我が身へ舞い降りてきたこの錦を、思う存分堪能すると共に、次のスッテプ台として大いに利用していくのだ。
この後、同期最初の店長昇格者との理由で本部からお呼びが掛かった。イトーヨーカ堂グループが入る森ビルまで馳せ参じると、何とリクルート社に連れていかれ、立派なスタジオへ案内されると、求人広告のモデルをやらされたのである。
カラー1ページにでかでかと出た我が身は、案の定、社内に於て有名人となり、更には“デニーズ若手代表”といったイメージまでもが独り歩きし始めたのだ。

1979年秋のことである。

若い頃・デニーズ時代 34

AMまで昇格すると、やはりMotivationは上がり、以前にも増して広い視野で物事を見ようとしている自分がいた。店のオペレーションはもちろんのこと、競合他社である、「すかいらーく」や「ロイヤルホスト」の動きにもやたらと目が行くのだ。
そのすかいらーくとロイヤルホスト。いずれも自宅から歩いてすぐのところにあったので、入社前から良く利用していた。ところが、今こうしてデニーズのマネージャーになって利用してみると、目線が変わったのか、今まで見えなかった様々なことが見え始めてきた。

先ずは寛ごうとテーブルについても、ウエイトレスコールの反応性、笑顔、バッシング、ディッシュアップタイム等々が気になり、落ち着けない。
料理が来れば、盛り付け、味付け、焼き具合をチェックしないと食事が始まらないし、トイレに行っても、クリーンリネスのレベルや、水石鹸、ペーパータオルの補充量にまで目が行ってしまう。
しまいには、「トイレの清潔度はやっぱりデニーズが一番だな」などとほくそ笑んだりするから恐ろしい。
いいか悪いかは別として、これだけ瞬時にチェックできる目を養えたのも、デニーズマンとして一生懸命頑張ってきた賜物だろう。

さて、ファミリーレストランにとってメインとなるメニューを上げると、それは迷わずハンバーグ。
老若男女問わず好まれるし、特に子供がいるファミリー客には必須のアイテムだ。ソースやトッピング、そして盛り合わせを工夫すれば、バリエーションが簡単に広がっていくところもGoo。
その肝心な一品、デニーズのハンバーグだが、これがどうも品質の面で競合他社に後れを取っているように思えてならないのだ。
デニーズのハンバーグメニューには、基本的にハンバーグ、和風ハンバーグ、イタリアンハンバーグの三つがあるが、和風とイタリアンはソースが非常によくできていて、一般的な日本人の舌には絶対に好まれる味わいを持っている。しかしノーマルのハンバーグにかかるソースは、競合のどこと比較しても劣っていることは否めない。そのソースとは洋食の王道デミグラスソースなのだが、コクやうま味がまったく感じられず、エンプロイメニューを毎度食しているスタッフの評価にもあらわれている。

「エンプロイだったらマルワ(和風ハンバーグのオーダリングコード)でしょ」

< 洋食屋のレベルはデミグラスを食すれば分かる >
万人の知るところである。なのに、この不味いソースをハンバーグのみならず、ホットローストビーフサンドや高価なサーロインステーキにも使っているのだから恐ろしくなる。
そして、デニーズのハンバーグはデミグラスソースだけではなく、肝心な肉質も他社と比較してどうも今一歩なところがあるのだ。
あくまでも主観だが、食して一般受けするのはすかいらーく、肉の風味と食感のバランスがいい。次に来るのはロイヤルホストだろう。
デニーズのと言えば、これはクッキングレベルの差かもしれないが、出来上がりにムラが多く、<これぞデニーズのハンバーグ!>とアピールできるものにありつけるのは、いいところ6割だ。
デニーズのハンバーグだけが特殊な調理方法を取っているならまだしも、いつ何時オーダーしても、すかいらーくのハンバーグは均一な仕上がりでディッシュアップされ、不満を感じたことはない。
テストキッチンでいくら大層な商品が開発されたとしても、お客様へサービスされる際に、試作と同様の品質が保たれないなら意味がないことであり、この点は大いに研究されるべきだ。
商品部は現場を掌握している筈だし、放置されるには余りにも問題が大きすぎる。

ハンバーグの調理法は、マニュアル通りに解凍されたハンバーグをチャーブロイラーで両面を順次に焼き、最後はマイクロ(業務用電子レンジ)で仕上げるのだが、この方法はあくまでも1個のハンバーグを対象として作成されているので、グループ客でハンバーグメニューが同時に10個入ってきたときは、マイクロに二つ三つを同時に入れて調理しなければならない。しかしマニュアルにその際の調理時間の記載はなく、クックの勘のみに頼っているのが現実だ。これにより、オーバークック、生焼けなどが発生し、ディッシュアップは遅れ、当然ながら商材ロスも生じてしまう。恐らく競合他社の調理方法もそれほど変わらないと思うのに、この差はなぜ出るのだろうか。
そしてハンバーグに続く難点がスパゲティ。当時はミートソースのみだったが、この麺の品質がこれまた驚きだ。
基本的にスパゲティーと言われる食材は、デュールセモリナ粉100%でできているものだが、恥ずかしいかな、デニーズの麺はうどんに近い。しかもボイルはツーオーダーではなく、あらかじめ茹でたものをサラダオイルと絡めてホットテーブルにキープしておくのだ。よって注文が入ってからのサービスはメニュー中最もクイック。麺をチャイナキャップに入れ、湯煎したらプレートに盛り、そこへミートソースをかけてパセボンを散らせば、はい出来上がり。ピーク時の定番エンプロイメニューで、私もよく食したものだ。
それにしても、アルデンテはおろか、全くコシのないパスタをミートソーススパゲティと称し提供して良いものか、大いに疑問である。

ここまで述べると、デニーズメニューはすべて悪かろうとの印象を持たれてしまうが、そこはどっこい、デニーズには他を圧倒するおすすめメニューが盛りだくさんなのだ。
筆頭は何と言ってもハンバーガー。主役のミートパティーは食感風味共々他を圧倒するレベルにあり、マクドナルドを代表とするファーストフードのハンバーガー群に対して、本場アメリカの手作りハンバーガーというポジションをアピールしている。中でもデニーズコンボは正に看板メニューであり、競合他社にはないピュアアメリカを味わえるおすすめの一品だ。
そして、シンプルなメニューだが、サンドイッチ関連もレベルが高い。デニーズで使うパンは、栄喜堂という業者向けパン製造会社から仕入れているが、明らかにここのパンは風味豊かであり、出来立てのホワイト(食パン)、ディナーロール、バンズ、ライブレッドがデイリーで入荷してくる。これを使った品々なので、どれも他社を引き離すグレードとなるわけだ。
2枚のホワイトの片面にバターを塗り、グリル板に乗せる。同時にスライスチーズをトッピングし、溶け始めたら、この2枚を合わせる。とても簡単に作れるが、このチーズサンドは一度食したら絶対に忘れることはないだろう。

若い頃・デニーズ時代 33

「木代、まあ座れ」

橋田さん、機嫌がいいのかニヤケ顔がはじけている。
最近、売り上げも堅調に推移しているので、本部に対してずいぶんとおカブを上げているに違いない。

「なんでしょう」
「さっきさ、本田さんから電話があってね、」
「はい」
「次の通達で、“木代AM”が発表されるってよ!」
「ほんとっすか!!!」

きたか、ついに。
これで憧れの黄ジャケに袖を通せる。
因みに、デニーズジャパンの親会社でもあるイトーヨーカ堂も、マネージャー職は同じ黄ジャケが制服になっている。いつだったか、両替金が不足してしまい、イトーヨーカ堂の田無店へ助けを求めに行ったとき、フロアマネージャーがデニーズと同じ黄ジャケを着用していて、<俺もイトーヨーカ堂グループの一員なんだ>と、何だかこそばゆい気持ちになったことを覚えている。
AMに昇格しても、仕事内容はこれまでと何も変わらない。しかし、UMITと根本的に違うところは、UM昇格への発射台に立ったと言うこと。このままの出店ペースが続けば、1年以内に店を持てる可能性は大いにあり得るのだ。

「お前の同期でUMはいるの?」
「まだいないと思います」
「じゃ、一番、狙えるかもな」
「いやいや」

どうやら橋田さんのニヤケ顔がうつってしまったようだ。押さえても押さえても笑いがこみ上げてきて、苦しくてしょうがない。終いには、自分を中心に会社が回り出したように思えてくるから堪らない。
組織から評価を得ることは、サラリーマンにとって最上の喜びであり、また全てでもある。UMIT昇格の時も有頂天になったが、視界にUMの席がちらつき始めた今回の話しには、嬉しさの中にも重みがあった。
げんきんなもので、こんな話が持ち上がれば途端に気分が高揚し、やる気が出てくる。

「さてと、窓ふきでもやるか!」

普段は主にBHが行っている作業だが、なんだか急にやりたくなってきた。
ぐるりと3面、汚れをすっきり落としてやれば、店内は明るくなり気分がいい。
デニーズはもちろんのこと、どこのファミリーレストランでも、店舗の窓面積は非常に大きい。そこへ来て、ロードサイドに立地していること、そして当時は禁煙席など無かったこと等々で、外側も内側も短期間で汚れてしまうのだ。
その為、一週間に一度のサイクルで窓拭きを行う必要があった。
全ての窓ガラスがピッカピカの時と汚れている時では、店内の明るさと見栄えに天と地ほどの差が出てしまうので、窓ふきはルーティンワークの中でも最も重要な作業のひとつに数えられていた。
入社直後、そう、小金井北店では毎日のようにやらされていたので、そのコツは十分体に染みついている。

「おはようございます! 」

新入社員の武藤が遅番で出勤してきた。
今年度は彼と佐々木の二名が田無店へと配属されていた。

「おうっ、おはよう」
「珍しいですね、窓ふきなんて」
「マネージャーだってたまにはやらなきゃ」
「おっ! いいことあったみたいですね」

この顔を見れば、図星か…

「分かる?」
「そりゃ、分かりますよ」
「今度さ、黄ジャケを羽織ることになったよ」
「やったじゃないですか===!」

ちょっと大袈裟に喜んでくれた武藤だが、彼の眼は笑っていなかった。
同期生は無論のこと、先輩社員までもライバル視する出世意欲満々な彼にとって、私のAM昇格は心臓にチクンとくる出来事として捉えているに違いない。
思い起こせば、こんなファイト剥き出しの新入社員が目立ったのも、彼の世代までだったように思う。年を追う毎に視線に炎を感じる新人は減る一方で、それよりいつしか<出世より安泰>、<転勤より安住>という職場考が蔓延し、仕事に対して何を求めているのか分からない、摩訶不思議な社員ばかりが増えていくのだった。

「それにしても、みんな凄いですね~」
「えっ? みんなって」
「豊田さんもUMITに昇格らしいですよ。本人から聞きましたから」
「そうだったんだ」

豊田LCは中間社員だ。デニーズ社内では中途採用の社員を中間社員と称している。
プロパーの武藤にとって、私のAM昇格より豊田さんのUMIT昇格の方が何倍も衝撃であったに違いない。社内に漂うプロパーと中間社員との見えない確執は、彼のような出世第一の男こそが強く意識しているからだ。
そういう私も、入社して1年も経っていない豊田さんが、早々にUMITへ昇格する事実など、素直に受け止めることはできなかった。

夕方から風が出始め、早くなった雲の流れは、天候が崩れていく兆候だ。
今年初の台風上陸は、何と東京を直撃するらしい。
思い付きできれいにした窓も、明日には風雨にまみれてまた磨き直しか…

若い頃・デニーズ時代 32

早番は時間に追われる作業が多く、何かと目まぐるしい。クックは集中して入ってくるモーニングのオーダーを上げながらプリパリ(仕込み)を行い、MDもオーダーを取ったり運んだりしながらクリーマーを作り、コンディメント、ジュース等の補充を行うのだ。二つのことを同時に進めるのが苦手な人だったら、本当に目が回る思いだろう。
しかし、ランチピークを乗り越え、締めの作業が完了した瞬間、時間の縛りから解き放されて、なんとも言えない安堵感に包まれる。

「あら、こんにちは」
「久しぶり」

抑揚のあるやり取りが耳に入り、入り口へ顔を向けると、元BHの堀之内 勝がレジ前で水沢慶子と談笑していた。

「堀之内さんじゃないですか!」
「ご無沙汰してます」

田無店でのアルバイトを辞めた後、同じファミリーレストランチェーンである「のっぽ」へ就職したところまでは聞いていた。近況報告を兼ねて、遊びにでも来たのだろうか。
しかし、伏せがちな彼の目線は暗く重かった。

「今、ちょっといいですか」
「奥で話そう」

何かあるようだ。こんな時の堀之内さんは妙に緊張した表情を見せる。根が真面目なせいか、どんな時でも内心が顔に出る。麻雀やポーカーでは絶対に勝てないタイプだ。
午前中には滅多にお客さんを通さない4番ステーションへ案内した。

「どうしたんですか」
「実はですね、のっぽを辞めようと思うんです」

これには驚いた。まだ入社して3ヶ月ほどしか経っていない筈である。人間関係のトラブルだろうか。

「自分の不器用さと作業ののろさに、ほとほと呆れましてね」

のっぽも入社直後は厨房の仕事から始めるとのこと。以前、レシピを覚えるための手書きのノートを見せてもらったことがあるが、マニュアルだけでは不足する部分を細かな字でびっしりと補足してあった。
堀之内さんは普段から筆記用具を持ち歩いていて、気に留まったことは全てメモに残している。

「今、クックやってるんですよね」
「そうですが、プリパレは遅いし、ピークになると周りのペースに追いつけないというか、、、」

なるほど。何となく予想はしていたが、彼は何につけ不器用なところがあり、しかも頭で一旦かみ砕かなければうまく行動に移せないという性状を持っている。
クックにとって確かにマニュアルは徹底順守であり全てではあるが、マニュアルだけでは中々成り立たない手際の良さやスピードなどは、クック個人の能力によって大きな差が出てくる。恐らく堀之内さんは、きちっとマニュアルを厳守したうえで職務に当たっているのだろうが、作業の一つ一つが慎重に行われ過ぎて、周りの流れに追いつくことができないのだ。
決められたディッシュアップ時間と品質を実現するためにマニュアルは存在するが、頭で理解しただけでは到底成しえるものではなく、同時に、手際の良さ、リズム感、そしてチームワークが必要不可欠となる。

「だから、怒鳴られっぱなしだし、迷惑もかけどうしでね」
「そりゃ辛いな」
「よく考えたけど、今の仕事、自分には向いてないような気がしてね」

淡々と話す彼の表情には、既に諦めと吹っ切れが滲み出ていた。
“向き不向き”と“適材適所”は極めて重要な尺度である。何をやるにも個々には必ず向き不向きがあり、それに準ずる適材適所が当てはまれば、人は想像以上の生産性を得ることができ、心身共々充実した日々を送ることも可能だ。逆にこれがうまく当てはまらない場合は、もがき苦しみ、挙句の果てには逃避が待ち受ける。

「俺達まだ若いし、これから溌剌とやれる仕事を見つければいいじゃないですか」
「そう言ってもらうと気が楽ですね」

この時代、余り選り好みをしなければ、中途採用の門はそこそこに開いていた。失敗を糧に次の就職先を探せば、結果はより良いものになるはずだ。
この後、のっぽを退職した堀之内さんは、人生にまたとないチャンスだと、以前から願望のあった東南アジア歴訪の旅へと出発したのだ。そしてこの旅が彼の人生を決定した。帰国すると、旅行ジャーナリストの事務所でアシスタント経験を積み、その後自らも旅行ジャーナリストとして独立し、今日に至っている。

「コーヒーいかがですか」

三池洋子が気を利かしてコーヒーのお替りサービスにやってきた。

「ありがとう。でもそろそろお開きにするよ」
「そうですか。あっ、木代さん、後でマネージャーが事務所へ来てくださいって」
「わかった」

デニーズでの毎日は嫌なことも辛いことも多々あったが、仕事自体は好きだったし、自分に合っていると感じていた。堀之内さんは新たな世界へチャレンジだが、私はデニーズで生きていく覚悟ができていた。それより一日も早くUMになって店を持ち、すべてを自分の手でコントロールしたいという願望が日に日に大きくなって行くのだった。