「デニーズ時代」カテゴリーアーカイブ

若い頃・デニーズ時代 46

梅雨が明けて夏らしい陽光が降り注ぐ頃になると、錦町の運営はますます安定さを増し、平日、週末それぞれの売り上げ予測はほぼ9割方的中するようになってきた。スタッフの充足率もほぼ満足できるレベルをキープしていたので、飲食業では当たり前となっている残業等々は徐々に改善されつつあった。
UMはどこの店でも早番勤務が常だが、ディナータイムに人手が足りないと、ピークが収まる20時頃まではフロント若しくはキッチンに立たなければならない。出勤が6時半だから、拘束時間は14時間近くにものぼる。
これに対して我が錦町は、ディナータイムに勤務するアルバイト達が出勤してくる17時頃には殆どの場合退社することができ、当時としては他店から妬まれるほどの環境を構築していた。

「マネージャー、ちょっといいですか」
「どした?」

ひと月ほど前に採用した女子大生MDの伊坂文恵が、何やらはにかみながら近づいてきた。

「今日、近くの神社のお祭りなんですけど、いっしょに行きません?」

これにはびっくり。
ややおっとりタイプの彼女は、機敏な動きこそ得意な方ではなかったが、お客様には親切丁寧な接客でウケも良く、そして他のスタッフともうまくやれる、小柄で目のクリっとしたかわいい子だ。
不謹慎とは思いつつも、好みのタイプだったので、出勤初日から終始気になり、何かにつけては声をかけていた。
そんな彼女からまさかのお誘いである。こんなことは夢にも思わなかったので、どきどきどっきりである。

「いいねお祭り。でも上がれるの20時頃だけど大丈夫かな」
「大丈夫です」

たまたまではあろうが、我錦町はオープン当初から美形の女性スタッフに恵まれている。
極めつけはやはり窪田紀子だが、萩尾恵子にしても伊坂文恵にしても、他店では中々お目に掛かれないレベルだ。論より証拠、入店してきた男性客の殆どが、彼女達に熱い視線を送るのだ。嬉しいやら、心配するやら忙しいが、やはり誇らしいという気持ちが一番かもしれない。
オープンから半年と、それほど日が経ってないのに、常連客が多いのも頷けるところである。

彼女から大体の場所を教えてもらっていた神社は、店と立川駅の間位に位置し、立川通りから左へ折れて数分も歩くと、待ち合わせ場所の鳥居はすぐに分かった。同時に伊坂文恵がこちらへ向いて小さく手を振るのが見える。
20時上がりだったが、何だかんだで到着したのは21時に近く、その為か出店の半分以上が既に畳んでおり、少々寂しい雰囲気が漂っていた。

「もうちょっと早くきたらよかったかもな」
「しょうがないですよ」

と言いつつ彼女、会った時から満面の笑みである。その後、境内を肩を並べて歩きながら、互いに取り留めのないことを話し始めるが、意外や会話は盛り上がり、その後喫茶店へと場所を変えて続きを楽しんだ。そして時はあっという間に流れ、気が付けば既に23時を回っている。

「もうこんな時間だ。送っていくよ」
「ありがとうございます」

店のアルバイトスタッフには違いないが、ひとりの女性として好感を覚え、こんな時間をまた楽しみたいと切に思い始めたのである。

翌日のランチ前。社内メールが届いたので早速内容を確認すると、新店情報に関する書類に目が留まった。
何と我が地元“吉祥寺”に出店が決まったようで、興味津々に読み進めると店舗スタイルはインストアらしい。立地の詳しい記載はなかったが、以前から噂されていたパーキングビルの一階であることに間違いはなさそうだ。
大凡10年前。駅ビルの“ロンロン”ができてからというもの、吉祥寺は爆発的な発展を遂げ、一昔前とは比較にならない“都会”へと変貌しつつあった。正に多摩地区の新宿または渋谷と言ったところか。
平日でも街には人が溢れ、その活況ぶりは尋常ではない。新しいビルも次々に建てられ、若者受けするような小粋な店が、まるで雨後のタケノコの如くでき始めていたのだ。一新されるとは正にこのことだろう。
そんな吉祥寺にデニーズの新店ができるなんてとびっきりのビッグニュースだし、また大きな楽しみでもある。
売上目標は相当高く見積もられると思うが、期待感は高いと思う。
しかし、そんなフラッグシップ店の店長は一体誰がやるのだろう。これは気になる。

若い頃・デニーズ時代 45

ランナウェイ~と~ても好きさー
ランナウェ~~イ
連れて~行ってあげるよぉ~
うぉんうぉんうぉ~~

この曲一発でシャネルズのファンになってしまい、通勤の車内は毎日がランナウェイ。
鈴木雅之の歌声は凄く魅力的で、これまでの日本人歌手にはないタイプ。
ハマった~♪

「マネージャー、鼻歌うたってる場合じゃないですよ」

7月なのに朝から湿度が低く、爽やかな空気感に誘われて、久々にBHの友部と二人で窓ふきに精を出していた。
交通量の多い甲州街道に面しているので、定期的にきちっと窓を拭いてやらないと、すぐに汚れが堆積し、見た目が悪くなる。レストランに於てトイレのクリーンリネスは常識と言われているが、窓ガラスの美化はそれと同等かそれ以上のレベルで行う必要ありというのが私の考えだ。

「なに、どうした」

半分ほど開いたバックドアから藍田が手招きしている。
一旦窓ふきは中止にして、バックヤードへ戻ってみたら、藍田の横にしょんぼりした様子のBH東謙太が立っていた。

「東、無断遅刻はこれで二度目だよな」
「…」

藍田に相当こっぴどくやられたのか、俯いたままだ。
東は明るくて、仕事をてきぱきとこなす錦町の大きな戦力だが、高校生ということでまだ子供っぽいところが多々見受けられる。学校のクラブ活動には興味がないそうで、専ら帰宅組らしく、アルバイトもデニーズが初めてだということだ。そのせいか、やや社会通念に欠けるのはしょうがないところか。

「東、今日はどうしたんだ」
「その、、、出るのが遅くなっちゃって、、、」
「遅くなるのはしょうがないとしても、遅れるって連絡をしなきゃ駄目だろ」
「まあ、その、はい」

隣で苦虫をつぶしたような、何とも納得のいかない顔をしている藍田の気持ちも分からないではない。しかし無断遅刻や無断欠勤を平気でやってしまう人は高校生に限らず意外といる。
そのような人たちは、出勤予定時刻の持つ意味が理解できていないという以前に、組織の一員として、その組織の中で組まれて働いているという自覚が足りないのだ。
採用面接の際や初期教育の段階で一通りの説明は行っているが、理解度は個々によりまちまち。よってマネージャー職は忍耐と情熱を持ってOJTをやり続けなければならない。

「なあ、東。デニーズで仕事をする時ね、一番大事なこと、分かるか」
「マニュアル通り、決められた通り、です」
「うん、それも正解。でもね、その前にマネージャーへのきちんとした連絡や報告があってこそなんだよ。それがないと俺たちマネージャー達はアクションが取れなくて困っちゃうんだ」

俯いていた東だが、興味を持ったのか、徐々に顔を上げてきた。

「例えば、東が無断欠勤したとする」
「しないっすよ、そんなこと!」
「まあいいから聞けよ」

彼はすぐムキになる。

「今に来るだろうと待っていてついに来なかったとしたら、一人分のBHの仕事を皆で手分けしなきゃならない。これは大変なことだよ。反面、休むにしても事前に連絡があれば、他のBHに電話して来てもらうことだってできるかもしれない。この差は大きいぜ」
「でも俺はちゃんと来ますよ」
「だから分かってるって。お前はそんな無責任な奴じゃないからな。でもそれとこれとはニュアンスが違うんだ。今回のように遅刻になっても、一本電話さえ入れといてくれれば、俺たちは安心して他の仕事へ取り組めるってもんだよ」
「…」

理解度75%、、、
若しかして、自分を信じてくれないのが不満なのかもしれない。

「それともう一つ。たまにキッチンからスノコ磨きを頼まれるだろ。その時フォワードが残り少ないって気が付いたら、報告をして欲しいんんだ」
「えっ、それはキッチンの人が担当でしょ」
「その通り。でもな、キッチンのメンバーにもうっかりはあるさ。誰でも気が付いた人がマネージャーまで報告をしてくれれば、フォワードを切らしてスノコ磨きができないとか、床掃除ができないとかは無くなる。スタッフみんなが色々なところへ目を向けて、その都度報告や連絡をしてくれれば店はうまく回るんだ」
「でもやっぱりフォワードの管理はキッチンですよね。なんで俺が尻拭いしなきゃならないんですか」
「まてまて。大事なことは切らさないことだよ。もちろんフォワードの担当はキッチンだから、切らすことがあればマネージャーからLCの水上へ管理を強化しろと指示するさ。その繰り返しで店は少しずつ良くなっていくんだ」

東は頭のいい子である。私の拙い説明でもその真意を汲んでくれ、即実行してくれるだろう。

「分りました。今日は連絡しなくてすみませんでした」
「OK!頑張って!!」

いろいろな上司から受けた指導や自分自身が経験した諸々をまとめれば、オペレーションの要はやはり人事管理である。社員にしろアルバイトにしろ、個々とのコミュニケーションがしっかりとできていれば、大概の場合、店はうまく動くものだ。
全ての従業員へ目を向け、私はいつもマネージャーに見られているという意識を植え付けることが重要なポイントであり、この意識が希薄のままだと、質の高い信賞必罰は望めず、注意すれば反発し、逆に褒めても返ってくるのは薄ら笑い。その内従業員は勝手気ままに動き出し、店のモラルは地に落ちる。
基本的に従業員はみな気持ちよく仕事をしたくてここに集まっている。同じ給料を稼ぐんだったら楽しくやれた方が良いに決まっている。しかも嫌々やるより楽しくやれた方が生産性だって数倍高くなるもの。つまり良いこと尽くめなのだ。
注意する時は感情を抑えて、分かりやすくを念頭に置き、褒める時には笑み満面で認めてあげること。
これを忍耐強く繰り返していけば、徐々に従業員から笑顔が出るようになり、マネージャーも含め、誰もがとても楽しい職場だなと感じてくる筈だ。

若い頃・デニーズ時代 44

おかげさんで立川錦町店はオープン以来大きな問題もなく、順調な営業を続けていた。
これは従業員の充足率によるところが大きく、各職種、各シフト共々、理想的な人員配置を敷くことができ、デニーズではもはや常態化していた休日出勤や残業とは無縁の職場になりつつあった。
一方、肝心な売り上げに関しては、年間目標である3億のペースには少々至らず、2カ月を過ぎた時点での年間予測は2.6億前後と見られた。
迎える夏のボリュームがどの程度まで膨らむかにもよるが、本部の見方も渋滞が起きやすい等のマイナスポイントを考慮して、やはり頑張っても2.5~2.6億止まりという見解は変わらなかった。
但し甘んじると、あとからDMやRMにねちねち言われるのは目に見えているので、少しでも売り上げアップができるよう、ピーク時の高効率化等々を練っていこうと思っている。

至極当たり前のことだが、どの様な業種業態でも、売り上げを伸ばすことは容易でない。
もちろんデニーズ然りである。
幸いなことにファミレス業界は上り調子だったので、よほど特殊な条件でも入らない限り、そこそこの売り上げは確保できたが、そこから上を狙うことは至難の業だった。
競合ファミリーレストラン各社のメニュー構成、店舗規模、単価等々にはとりたて大きな差があるわけでもないので、自店の商圏に競合店の出店があると、ものの見事に売り上げが落ちてしまう。よって、既存店にとっては売り上げを伸ばすことより、いかに売り上げを維持するかの方が現実的だった。
但し、これには例外もある。
飲食店の出店があっても、例えば長崎ちゃんぽんのリンガーハットや味の民芸であれば、逆に売り上げが伸びてしまうことがあるのだ。何故ならデニーズとは根本的なメニュー構成が異なるので、単純にエリアの集客力アップに繋がるのだろう。もちろんマクドナルド等のファーストフード店でも同様である。
裏を返せば、外部事情の変化が即売り上げに影響を及ぼすという脆さも露見するのだ。
地域によっては特別ランチメニュー等々で対抗はしているものの、大きな成果は一度も聞いたためしがない。
きれいな店内外、笑顔の接客、スピーディー且つマニュアル通りのディッシュアップなど、ファンダメンタルポイントを地道に履行していくことが我々の仕事であり、またそれしか方法はないのかもしれない。
やはりチェーンオペレーションの成功はマニュアル厳守に尽きる。

「マネージャー、ちょっといいですか」

佐々岡がいかにも何か言いたげな顔をしながら事務所へ入ってきた。

「どうした」
「坊屋のやつ、MDの萩尾と何かあるみたいですよ」

いきなりの意味深である。

「なにそれ? 俺は何も知らないぜ」
「たまたまかもしれませんが、休みがいつも一緒なんですよ」
「それだけで何かあるってのも、考えすぎじゃないの」
「いやいや、それだけじゃなくて、ブレークも合わせることが良くあるみたいです」

微妙な話だが、男女問題は必ずと言って勃発する店の厄介ごとだ。
私が<そんなこと無理もない>とでも発言したら管理放棄と捉われるかもしれないが、何せ元気溌剌な男女が20~30名もいる職場である。色恋沙汰が起きない方が不自然だし、私にしたって、好みの女性が採用できれば毎日が心躍るのだ。その都度ちょっかいを出さないのは“理性のブレーキ”があってこそ。効き目が悪くなったら、それこそどうなるかわからない。
さておいても、独身の坊屋と既婚者の萩尾恵子に何かあったら洒落では済まない。監督行き届きで会社が告訴される恐れだってある。
まさかとは思うが、芽があるのならば問題が大きくなる前に摘んでおかなければならない。

「分かった。とりあえず坊屋と話してみるよ」

UMの仕事は多岐にわたるのだ。

その日の夕方。早番を上がった坊屋を#3ステに呼んで、いきなり核心に迫ってみた。
改めて彫りの深い坊屋の横顔を見れば、女心への影響が分かるというもの。彼は本当にハンサムなのだ。

「それ、誰が言ったんですか」

表情に焦りはない。心底侵害といった感じである。

「佐々岡が心配しているんだ」
「心配って、何もないですよ。休みの件だってたまたまですし、もちろん店以外で会ったことなんてありません」
「でもさ、俺の目から見てもずいぶんと親しそうに見えるぜ」
「素敵な人だし、話が合いますから、、、でも、奥さんですよ、彼女」
「そこなんだよ。そこを心配してこうして色々聞いてるんだよ」

ジャブは入れた。
坊屋は賢い男だから、私の言いたいことは十二分に理解できたはず。
あとは彼の“理性のブレーキ”に委ねるしかない。
それに佐々岡の執拗な監視の目は信頼に足るレベルなので、ひとまずは安心できそうだ。

「おはようございま~す!」

すばらしく元気な挨拶は、MDの西岡みのりとBHの東健太の出勤だ。
彼らは立川錦町店第1号のカップルで、共に高校2年生。店の皆が周知の公認カップルである。
それぞれ女子高と男子校へ通っているので、デニーズはある意味学校では得ることのできない青春ステージになっているのだろう。
二人とも明るく、そしてよく働いてくれていた。

「西岡。そろそろ髪の毛束ねないとな」
「え~、もうですか」
「もうだよ。肩からずいぶんと伸びてるぞ」

特に高校生には社則やルールを妥協なしにしっかりと伝えなければならない。
そうすることによって、若い彼らにも会社組織という社会通念が理解でき、非常に生産性の高いスタッフとして育ってくれる可能性が高いからだ。
そうして育ったスタッフが高校~大学と戦力になってくれれば、店としてはこの上なくありがたいことになる。
逆に甘やかしてしまうと良いことは一つもない。
ちょっと可愛い子なのでちやほやしたり、出勤率が高いので少々のことには目を瞑ったりと、個々の管理に緩みが出てくると、終いには店全体の緩みに発展し、オペレーションに大きな障害が出てくるものだ。
東久留米店で初めてUMを任された当初、何となく既存スタッフに対しては一線を引くような遠慮があったようだ。
反面、前任UMに染められていない新人スタッフが採用できれば、ここぞとばかりに手厚く教育を施し、一日でも早く顎で使えるスタッフを作ろうと必死になった。この姿勢が既存スタッフの疎外として映ったようで、ある日古参のBH栗原浩二から、<ねえ木代さん、みんなには平等にあたってよ>と、グサッときつい言葉をもらった。
顔色を窺う等々、必要以上に周りを意識することはないが、日々スタッフ全員とはコミュニケーションを保ち、モチベーションに問題がないかどうかを探ることはUMの最も重要な仕事であり、これなくして統制は図れない。

「は~い」
「それから東、ユニフォームは頻繁に換えろよな」
「すいません、今日替えときます」

このやり取りの中、一人殻に籠っていたような坊屋がいきなり立ち上がると、

「もういいですか。用があるんで」
「あっ、すまん。お疲れさんでした」

何にもなければいいが、これでやる気が落ちることにもなれば問題はさらに複雑になってしまう。
様子を見ると同時に、坊屋を信じるしかないか、、、

若い頃・デニーズ時代 43

「3名でお待ちの小林様、大変お待たせいたしました」
「24番テーブル3名様お願いします」
「2名の高橋様、カウンターでよろしければご案内できますが」
「いらっしゃいませ、只今満席ですが、少々お待ちいただけますか」

オープン当日。ランチタイムに突入すると入客は一気に膨れ上がった。
平日だったので大方がサラリーマン客だが、家族連れも結構目立ち、フロントの雰囲気はまるで週末。
ところが抜群の仕事を見せるDL窪田紀子が、鮮やかにレジカウンター周りをコントロール。ウェイティング客の表情に不満はなさそうだ。そして新人MD達の頑張りも光った。特に若奥さん萩尾恵子の動きが快調で、オーダーを入れるときの<お願いします>と、料理を持っていくときの<ありがとう>のグリーティングが良く出ていて、ウェイトレスステーションの活気を最高潮に盛り上げた。

「木代さん、萩尾さんいいわよ、ほんと頑張ってる」

9時からフロントに入っているトレーニングリーダーの三角冴子さんも興奮気味だ。
そう、教え子が活躍するのは嬉しいに決まってる。

オーダーはランチメニュー半分、一般メニュー半分といった感じで、キッチンスタッフも大忙し。

「水上、Bラン5個上がるか」
「今いきます」
「酒口、先にシェフとツナをよろしく」
「ました」
「それから坊屋、Pジンの残りはいくつだ」
「10です」
「それじゃあと10、すぐやってくれ」

オープンだけに、今日は本部からクッキングアドバイザーの三頭さんが応援に来ているので、水上はセンターではなくフライヤー前にいる。普段のやや暗く鈍重なイメージからは想像できない素早い動きで次から次へとオーダーを上げ、そのペースは1時間経っても変わらない。さすがLCと言ったところか。
酒口の手さばきも上々。日替わりBランチがPジン(ポークジンジャー)なので、焼くのはグリル板、つまり酒口の持ち場なのだ。それに加えて平日ランチに関わらず、驚くほど入るサラダ類に対しても、盛り方がスピーディー且つ丁寧だから、連発するディッシュアップが全てきれいなのだ。
ハンサムボーイの坊屋は黙々とプレートにガロニを盛り付けているが、そうしている間もオーブンに入っているビザやクレオールへの集中力は切らさずに、マニュアル通りの焼け具合でディッシュアップしている。
これも簡単そうに見えて実はなかなかできないことだ。

「三頭さん、大丈夫ですか、代わりましょうか」
「周りがいいから全然だよ。木代はフロント見とけ」
「ましたぁ~」

嬉しい一言。あとはKHの渡辺さんが力をつけてくれば言うことなし。
渡辺さんは子供の世話がなくなった52歳の主婦。じっとしているのが嫌いなようで、いつも何かやることを探してはちょこちょこと動き回っている。オープン前日もプリパレを一生懸命やってくれ、短期間で相当数の仕事を覚えたはずだ。

フロントへ視線を移すと、入口から渋い表情の佐々岡が入ってきた。

「マネージャー、駐車場ヤバイですよ。満車なのに入ろうとする車が渋滞を作っちゃってます」
「OK。フロントは全然余裕だから、佐々岡、収まるまで交通整理をやってくれ」
「ました」

店前の甲州街道はただでさえ交通量が多く、日野橋交差点を中心に恒久的な渋滞が起きている。
当分の間、駐車場係を付けなければならないだろう。
すると、いま外へ飛び出した佐々岡が血相変えて戻ってきたではないか。

「マネージャー、ヤバイっす」
「今度はどうした」
「今きた小寺RMがいきなり交通整理を始めました」
「ええっ」

そんなことしてくれなくてもいいのに。有難迷惑もいいところである。
とにもかくにも、佐々岡と一緒に駐車入口へ駆けつけた。

「小寺さ~ん、すんませ~ん、自分たちがやりますから」
「うるさい! お前たちはフロントへ戻ってろ」
「そ、そんな」
「いいから!!」

くそっ、、、あのおっさん。手伝ってくれるのいいけど、スタンドプレーなんだよ、まったく、、、
あのように言われたら戻るしかないが、正直やりにくくてしょうがない。
普段から威張り散らしている大幹部なのだから、こんな時の兵隊の微妙な気持ちを汲んでもらいたいものだ。
すごすごと佐々岡と二人でフロントへ戻ってくると、三角さんがニヤニヤしながら視線を送ってきた。

「いいじゃない、やってもらえば」

13時半を過ぎるとようやくウェイティングが途切れ、徐々に入客も落ち着いてきた。
キッチンを見ると坊屋と渡辺さんが既に〆作業に掛かっている。#3ステも三つ四つ空席ができ始めて、ピークは終わりを告げていた。
どこへ行ったのか、小寺RMはとっくの昔に姿を消していた。駐車場整理をやっていたのも正味10分ほどだったか。まっ、良い見方をすれば、我々スタッフを信頼してくれたのだろう。
そして15時を回った頃、客の引いた#3ステで、私、三角さん、三頭さんでコーヒーブレークに入った。

「三角さん、三頭さん、どうもお疲れ様でした」
「いや、お疲れさん。ランチはいい回転だったな」
「フロントもそつなく回って、ホッとしてます」

夕方からディナーが待っているのでまだ何とも言えないが、新人スタッフの手ごたえは十二分に感じたので、まずまずのスタートが切れるのではないかと思った。
但、フロントスタッフはBHも含めて充足率並びに質も及第点だが、KHの採用がやや滞っていて、何とかあと2~3名は欲しいところ。MDと比較してKHは教育に時間が掛かるので、先手先手での人員確保が肝心だ。

「東京もね、これから出店に加速が掛かるから大変だよ」
「どの辺ですか」
「郊外はもちろんだけど、都心へ広がるんじゃないかな」

碑文谷や千歳船橋が成功しているからだろう。しかし会社はウハウハでも現場のスタッフはえらいことになっている。噂は色々入ってきていて、千歳船橋などは、ひと月の残業時間が100時間を超えているとか、アイドルタイムがないのでキッチンのすのこが洗えないとか、マネージャーは二か月間休みが取れてないとか等々、それは凄まじいばかりである。
浦和太田窪のオープン当初を思い出せば、それもまんざら噂とは言い切れない。相変わらず高い離職率もその裏付けと言えそうだ。

「お疲れさまでしたぁ~」
「お先に失礼します」

バックから元気のいい声が聞こえてきたと思ったら、KHの渡辺さんとMDの萩尾恵子の二人がちょうど上がるところだった。うまく仕事をやり切った充足感が表情に出ている。

「ご苦労さん。初日にしては上々でしたよ、明日も頑張りましょう」
「はい。お願いします」

渡辺さんから見ると、萩尾恵子はちょうど娘ほどに歳が離れている。オープン前トレーニングではいつも一緒だったので、気心が知れたのか、二人はとても仲がいい。
こうしてアルバイト間に少しづつ輪ができていくのは、店の基盤づくりに欠かせない。
そしてこの輪をうまく使っていけるかどうかはUMの手腕にかかっている。

「木代、悪いけど俺はそろそろ戻るよ」
「ありがとうございます。助かりました」

本部スタッフの中でも三頭さんは異色の筆頭。前職は某シティーホテルの料理長とのことで、当然のごとく料理全般への造詣は深く、デニーズでは住吉にあるテストキッチンのリーダーを務めている。
プレイべーとではジャズを聴き、自らもベースを弾くというダンディーぶりだ。猛烈サラリーマンの気風が少なからず残っていた当時でも、三頭さんはゴーイングマイウェイを崩さず、どんな時でもどこ吹く風的な相貌が余裕を感じさせ、実にカッコイイのだ。

「私はディナーピークが収まるまでお手伝いしますね」
「お願いします」

三角冴子さんの笑顔はやっぱり堪らない。
大勢の方々に支えられた、素晴らしいオープン日になりそうである。

若い頃・デニーズ時代 42

「この売り上げ予測、どうなんすかね」

納得いかない表情は佐々岡UMITだ。
確かに年商3億は大きい気がする。多摩地区の店舗は個々の売り上げにあまり大きな差がなく、大凡1.8億から上は2.4億レベルで推移している。若しも錦町が3億を叩き出せば、ひとつ頭が飛び出るということだ。

「どうなんすかねって言ったって、上が決めたことだからな。恐らく3億やらないとペイできないんだよ」
「ました。それじゃ木代さんからいただいた売り上げ予測で、予定発注量の確認をやっときます」
「よろしく」

冷凍並びに冷蔵品、ノーイング等々は本部が作成したオープンスケジュールに則って納品されるが、パンや青果は直前の売り上げ予測を参考にして、店から業者へと発注を掛けるのだ。

「開店早々品切れなんてことのないようにな」
「ました」

事務所のドアが開くと、3ステで行っているMDトレーニングの声が聞こえてきた。
一生懸命になって仕事を覚えようとする彼女たちの前向きな姿を見ていると、自分も原点に戻らなければなとつくづく思う。UMへ昇格できたのはもちろん嬉しかったが、その後は目標が消滅したような空虚さに包まれ、今一歩力が入っていなかった。更にここからDMの席を狙うってのも現実的でないし、そもそもDM職にはあまり魅力を感じない。一国一城の主というスタイルが好きだし、スタッフのみんなと手を取り合いながら目標へ向かうというのが最も自分らしい。

「そうだ、藍田」
「はい」
「今日からディッシュの方が2名来るんで、インサート、シルバー、それとプレート、全部洗ってもらってスタンバイよろしくね!」
「ました。水上さんと打ち合わせしときます」

ここまで来るとオープンへの現実味が大きく膨らみ圧迫感さえ覚える。
食器類の洗浄さえ終えれば、プリパレとキッチンの最終仕上げに入り、後はオープンを待つばかりだ。

「マネージャー、八王子店の柏澤さんから電話です」

確か柏澤ってUMITの筈、、、
何用だろう。

「おはようございます、木代です」
「お忙しいところすみません。実はうちのMDがそちらの店へ移りたいとのことなんです」
「いいの? 現役が来てくれればこっちは助かるけど」
「家が近いらしいです。近々に伺わせますのでよろしくお願いします」
「わかった。なんて子?」
「窪田紀子、女子大生ですよ」

これは朗報だ。ヘルプがいなくなった後は当然自力で運営しなければならないが、新人MDが一通りの仕事を覚えて完全な戦力になるまでは、早くとも二カ月はかかる。それにトレーニングに関しても男性のマネージャーだけではどうしても行き届かない部分が出てくるので、そんな時に現役MDが一人でもいてくれると事がうまく進むのだ。
しかし、それにしても怪しい。
バイトの放出なんてそんな一大事、なんで梅本UMから直接話しがないのだろう。
もしかして使えない奴?
問題児?
何れにしても、来店したらひととおりの面接を行い、じっくりと人物を観させてもらおう。

その翌日。電話でアポ取りを済ませた窪田紀子が来店した。
フロントに立った彼女は、大袈裟ではなく後光がさしていた。
身長160㎝以上、スタイル抜群、そして優しい笑み。大概の男性は釘付けになること間違いなしの容姿である。
とんでもない性格ならともかく、見た目だけなら即採用のレベルだ。

「おはようございます、窪田です。よろしくお願いします」
「ああどうも、店長の木代です」

梅本UM直々に電話がなかったことは、何となく分かった気がする。
恐らく悔しくて地団駄踏んで、お冠になっているのだ。これでは八王子の常連客の何人かがこちらへ移ってくることだってあり得る。
彼女はそれほどの美人なのだ。
某有名大学の2年生で、自宅から錦町店までは自転車で10分以内で来られるようだ。テニスサークルに加入しているが、それほど力を入れていないので、試験期間中は外しても、土日+平日1日程度なら出られるとのこと。
八王子での仕事は楽しかったが、通勤が地理的に不便だったので、錦町の新店オープンを知って梅本UMに相談したらしい。
話し方は非常にはきはきしてるし、理知的さも感じられる。そして目尻にできる笑い皺ががとてもチャーミングなのだ。
採用決定後、速やかにオープン日も含めた当面のスケジュールを打ち合わせ決定した。
理想的な準備が整ってくると、安堵感と同時にやる気を覚えてきた。

「それじゃ失礼します」
「気を付けてね」

ルーバーの隙間からずっとこちらを伺っていた藍田と水上が、ニヤケ面丸出しで近寄ってきた。

「いや~~可愛い子だ、もちろん採用ですよね?!」
「来週から来られるってさ」
「やったぁ~~」

藍田は辺り構わず満面の笑みを爆発させているし、普段は仏頂面の多い水上も、さっきからだらしなく目尻が下がっている。まっ、そういう私も強力な看板娘ができて大満足。あの容姿をもってなら、職種はMDよりDLの方が効果的だろう。美人DLに粒ぞろいのMDか、、、
なんだか楽しくなってきたぞ!
と、その時、

「こら、お前ら何にやついてんだ」

いきなり背後からかかった濁声にびっくり。
振り返って更に度肝を抜かれる。
バックよりの侵入者は、な、なんと小寺RM。

「おはようございます!」
「お前ら、しまらない顔だな。そんなしけた面並べて売れんのか」

相変わらず口が悪い人だ。
デニーズの国内展開にあたり、イトーヨーカ堂首脳部は、当初の核となるスタッフを既存のホテルやレストラン業界からかき集めたのだろうが、この面々の中には堪らなく下品な人がいて、その言動には驚くばかりだ。
それこそパワハラ、セクハラのオンパレードであり、今時だったら完璧な訴訟レベル。
<俺は場末のレストランで苦労してきた本物の叩き上げなんだ>と誇らしげに語る某LCは、機嫌が悪くなるとすぐに暴言をまき散らし、更にヒートアップするとマジな回し蹴りが飛び出す始末。これは立派な傷害であり、ある時あまりにも頭に来たので、正当防衛と称して思いっきりぶん殴ってやろうかと考えたこともある。
紺のYシャツにオレンジ色のネクタイといういで立ちの某DMは、普段鬼のような形相をしているにもかかわらず、たまの来店時にニューフェイスの可愛いMDを見つけると、ガラッと相貌を崩し、<ずいぶんと可愛いね~~、男に騙されないよう気を付けるんだよぉ!>なんてことを辺りを憚らづ、しかも大きな声で言い放つのだ。
デニーズの幹部としても、また一般社会人としても、どうなんだろう彼。

「ました!」
「とにかく頑張れや。それじゃ」

一瞬の出来事であった。
ところで何しに来たんだ? 言っちゃ悪いが、これも仕事?
新規開店へのMotivationが上がってきたところに水を差されたようで後味が悪い。
まっ、それはさておき、梅本UMへ報告とお礼の電話をしなければ、、、
ちょっと怖いなと思いつつ、受話器を取りダイヤルを回した。