若い頃・デニーズ時代 43

「3名でお待ちの小林様、大変お待たせいたしました」
「24番テーブル3名様お願いします」
「2名の高橋様、カウンターでよろしければご案内できますが」
「いらっしゃいませ、只今満席ですが、少々お待ちいただけますか」

オープン当日。ランチタイムに突入すると入客は一気に膨れ上がった。
平日だったので大方がサラリーマン客だが、家族連れも結構目立ち、フロントの雰囲気はまるで週末。
ところが抜群の仕事を見せるDL窪田紀子が、鮮やかにレジカウンター周りをコントロール。ウェイティング客の表情に不満はなさそうだ。そして新人MD達の頑張りも光った。特に若奥さん萩尾恵子の動きが快調で、オーダーを入れるときの<お願いします>と、料理を持っていくときの<ありがとう>のグリーティングが良く出ていて、ウェイトレスステーションの活気を最高潮に盛り上げた。

「木代さん、萩尾さんいいわよ、ほんと頑張ってる」

9時からフロントに入っているトレーニングリーダーの三角冴子さんも興奮気味だ。
そう、教え子が活躍するのは嬉しいに決まってる。

オーダーはランチメニュー半分、一般メニュー半分といった感じで、キッチンスタッフも大忙し。

「水上、Bラン5個上がるか」
「今いきます」
「酒口、先にシェフとツナをよろしく」
「ました」
「それから坊屋、Pジンの残りはいくつだ」
「10です」
「それじゃあと10、すぐやってくれ」

オープンだけに、今日は本部からクッキングアドバイザーの三頭さんが応援に来ているので、水上はセンターではなくフライヤー前にいる。普段のやや暗く鈍重なイメージからは想像できない素早い動きで次から次へとオーダーを上げ、そのペースは1時間経っても変わらない。さすがLCと言ったところか。
酒口の手さばきも上々。日替わりBランチがPジン(ポークジンジャー)なので、焼くのはグリル板、つまり酒口の持ち場なのだ。それに加えて平日ランチに関わらず、驚くほど入るサラダ類に対しても、盛り方がスピーディー且つ丁寧だから、連発するディッシュアップが全てきれいなのだ。
ハンサムボーイの坊屋は黙々とプレートにガロニを盛り付けているが、そうしている間もオーブンに入っているビザやクレオールへの集中力は切らさずに、マニュアル通りの焼け具合でディッシュアップしている。
これも簡単そうに見えて実はなかなかできないことだ。

「三頭さん、大丈夫ですか、代わりましょうか」
「周りがいいから全然だよ。木代はフロント見とけ」
「ましたぁ~」

嬉しい一言。あとはKHの渡辺さんが力をつけてくれば言うことなし。
渡辺さんは子供の世話がなくなった52歳の主婦。じっとしているのが嫌いなようで、いつも何かやることを探してはちょこちょこと動き回っている。オープン前日もプリパレを一生懸命やってくれ、短期間で相当数の仕事を覚えたはずだ。

フロントへ視線を移すと、入口から渋い表情の佐々岡が入ってきた。

「マネージャー、駐車場ヤバイですよ。満車なのに入ろうとする車が渋滞を作っちゃってます」
「OK。フロントは全然余裕だから、佐々岡、収まるまで交通整理をやってくれ」
「ました」

店前の甲州街道はただでさえ交通量が多く、日野橋交差点を中心に恒久的な渋滞が起きている。
当分の間、駐車場係を付けなければならないだろう。
すると、いま外へ飛び出した佐々岡が血相変えて戻ってきたではないか。

「マネージャー、ヤバイっす」
「今度はどうした」
「今きた小寺RMがいきなり交通整理を始めました」
「ええっ」

そんなことしてくれなくてもいいのに。有難迷惑もいいところである。
とにもかくにも、佐々岡と一緒に駐車入口へ駆けつけた。

「小寺さ~ん、すんませ~ん、自分たちがやりますから」
「うるさい! お前たちはフロントへ戻ってろ」
「そ、そんな」
「いいから!!」

くそっ、、、あのおっさん。手伝ってくれるのいいけど、スタンドプレーなんだよ、まったく、、、
あのように言われたら戻るしかないが、正直やりにくくてしょうがない。
普段から威張り散らしている大幹部なのだから、こんな時の兵隊の微妙な気持ちを汲んでもらいたいものだ。
すごすごと佐々岡と二人でフロントへ戻ってくると、三角さんがニヤニヤしながら視線を送ってきた。

「いいじゃない、やってもらえば」

13時半を過ぎるとようやくウェイティングが途切れ、徐々に入客も落ち着いてきた。
キッチンを見ると坊屋と渡辺さんが既に〆作業に掛かっている。#3ステも三つ四つ空席ができ始めて、ピークは終わりを告げていた。
どこへ行ったのか、小寺RMはとっくの昔に姿を消していた。駐車場整理をやっていたのも正味10分ほどだったか。まっ、良い見方をすれば、我々スタッフを信頼してくれたのだろう。
そして15時を回った頃、客の引いた#3ステで、私、三角さん、三頭さんでコーヒーブレークに入った。

「三角さん、三頭さん、どうもお疲れ様でした」
「いや、お疲れさん。ランチはいい回転だったな」
「フロントもそつなく回って、ホッとしてます」

夕方からディナーが待っているのでまだ何とも言えないが、新人スタッフの手ごたえは十二分に感じたので、まずまずのスタートが切れるのではないかと思った。
但、フロントスタッフはBHも含めて充足率並びに質も及第点だが、KHの採用がやや滞っていて、何とかあと2~3名は欲しいところ。MDと比較してKHは教育に時間が掛かるので、先手先手での人員確保が肝心だ。

「東京もね、これから出店に加速が掛かるから大変だよ」
「どの辺ですか」
「郊外はもちろんだけど、都心へ広がるんじゃないかな」

碑文谷や千歳船橋が成功しているからだろう。しかし会社はウハウハでも現場のスタッフはえらいことになっている。噂は色々入ってきていて、千歳船橋などは、ひと月の残業時間が100時間を超えているとか、アイドルタイムがないのでキッチンのすのこが洗えないとか、マネージャーは二か月間休みが取れてないとか等々、それは凄まじいばかりである。
浦和太田窪のオープン当初を思い出せば、それもまんざら噂とは言い切れない。相変わらず高い離職率もその裏付けと言えそうだ。

「お疲れさまでしたぁ~」
「お先に失礼します」

バックから元気のいい声が聞こえてきたと思ったら、KHの渡辺さんとMDの萩尾恵子の二人がちょうど上がるところだった。うまく仕事をやり切った充足感が表情に出ている。

「ご苦労さん。初日にしては上々でしたよ、明日も頑張りましょう」
「はい。お願いします」

渡辺さんから見ると、萩尾恵子はちょうど娘ほどに歳が離れている。オープン前トレーニングではいつも一緒だったので、気心が知れたのか、二人はとても仲がいい。
こうしてアルバイト間に少しづつ輪ができていくのは、店の基盤づくりに欠かせない。
そしてこの輪をうまく使っていけるかどうかはUMの手腕にかかっている。

「木代、悪いけど俺はそろそろ戻るよ」
「ありがとうございます。助かりました」

本部スタッフの中でも三頭さんは異色の筆頭。前職は某シティーホテルの料理長とのことで、当然のごとく料理全般への造詣は深く、デニーズでは住吉にあるテストキッチンのリーダーを務めている。
プレイべーとではジャズを聴き、自らもベースを弾くというダンディーぶりだ。猛烈サラリーマンの気風が少なからず残っていた当時でも、三頭さんはゴーイングマイウェイを崩さず、どんな時でもどこ吹く風的な相貌が余裕を感じさせ、実にカッコイイのだ。

「私はディナーピークが収まるまでお手伝いしますね」
「お願いします」

三角冴子さんの笑顔はやっぱり堪らない。
大勢の方々に支えられた、素晴らしいオープン日になりそうである。


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