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デジイチ考

私の仕事は中古オートバイの仕入れ並びに販売である。
メインで扱っている車種は米国のHarley-Davidsonだが、この他イタリアのDUCATIも得意のジャンルで、私的には最も好きなメーカーになる。業界歴30年の目線で沿革を振り返れば、販売や訴求の方法は時代の流れと共に大きく様変わりした。
街道沿いに店を構えたら、店前を通る車や通行人の目に留まるよう、創意工夫した看板やプライスカードを掲示、更には“オートバイ”や“モーターサイクリスト”等の有力バイク雑誌にショップ広告を掲載と、こんな流れが業界へ足を踏み入れた頃からの一般的なバイクショップの訴求パターンだった。
しかし10年ほど前から雑誌離れが急速に加速し始めると、それに取って代わるようにネット戦略が中心となってきた。自社のHP設置はもちろんのこと、GooBike.com等々、人気のバイク販売サイトに多くの車両を掲載し、近隣だけではなく、全国津々浦々をターゲットとしたビジネスへと変化していったのだ。
掲載に際して最も気を遣うのが価格設定。各社の提示価格を研究して相場を掌握、それを元にお値打ち感溢れる価格を提示することにより、お気に入りリストへ入れてもらえる可能性を高めていくのだ。しかし第一印象を決めるのは価格だけではない。次に大切なのは購入者の目を引くQualityの高い写真である。
うちのウェブサイトへ掲載する写真は、これまで全て私が撮ってきた。コンデジで簡単にちゃっちゃと済ましてはいない。最もきれいに写る時間帯を選び、カメラはデジイチと拘り、最後は必ずレタッチを施す。人間の心理というものは、価格や車両のコンディションが同じだったら、必ず見栄えのいい方を選ぶのだ。
その仕事用デジイチがついこの間不調になり、仕方がないので中古品だが新たなものを導入した。
新たなものとは“ニコンD7000”、そして不調になったのは“キヤノンEOS10D”である。
まずは下の票をご覧あれ。

キヤノン EOS 10Dニコン D7000
発売日2003年3月2010年10月
有効画素数630万画素1,620万画素
撮像画面サイズ22.7×15.1mm23.6×15.6mm
JPEG-Lサイズ3,072×2,0484,928×3,264
ファインダー視野率95%100%
液晶モニター1.8型TFT3.0型TFT
連続撮影速度3コマ/秒6コマ/秒

明らかにスペックの差は歴然だ。
元々キヤノン10Dは、ライバルメーカーであるニコンの人気デジイチD100に矛先を向けた意欲作だった。しかしそれは16年も昔の話。そこから7年の歳月を経て発売されたD7000には、トータル性能で到底及ぶものではない。
ところがD7000を導入して早速使ってみると、何やら画が不自然。
どこが不自然かと言えば、ホワイトバランスなのだ。
設定はオートになっているが、作られる画の色温度が若干高めに出て、見た目6000K以上あるような青味が薄っすらと掛かってしまう。取りあえずオートホワイトバランスの調整機能を使って補正すると、一応自然な色味に改善された。恐らく個体の問題という可能性も考えられるので、これでD7000云々言うつもりは毛頭ない。
レンズはAF-S 18-55mm 3.5-5.6Gを使用、合焦もスムーズで且つ精度も高いから、実にストレスのない撮影が可能になった。これで仕事も捗るというもの。
まっ、それはさておき、今回の一件で改めて気が付いたことがある。
D7000の合焦やレリーズのレスポンスは非常に素晴らしく、小気味よい操作感はリズミカルな撮影を可能にさせる。この機械的性能は一朝一夕で成せるものではなく、さすがに7年の差だと頷けた。
しかしカメラから吐き出す画については、それほどの差は感じとれないのが正直なところ。モニター上で見る限り、確かに解像感はD7000が上だが、自然でニュートラルな10Dの画も捨てがたい。

こうなると性能の差というより好みの差と言った方がいいかもしれない。
実は10Dの前は、長らくニコンのCoolPix5000を使っていたのだが、合焦と読み込みの遅さに仕事用としては多分にかったるさを感じていた。そんな時、ちょうどキヤノンからニコンへと機種替えを果たしたTくんにお願いして、使わなくなった10Dを譲り受けたのだ。
コンデジながら限りなくデジイチに近い性能を謳っていた5000だったが、10Dで撮影した画を一目見れば、その立体感のリアルさに格の違いを思い知らされる。
10Dより更に古く、既に古典の仲間入りをしたニコンのD1でさえ、webサイトやインスタだったら何ら問題のないレベルの画を出してくれる。
高画素、連写、レリーズレスポンス、高ISO、ライブビュー等々、昨今のデジイチのボディー性能は実にウェルカムな進化を遂げているが、そんな性能を必要としない方々には、古いモデルを中古で購入することも一考だ。なんと言ってもリーズナブルだし、逆に今の高画素機では得られない温かみのある画に感動する可能性もあるからだ。
ニコンオリジナルのイメージセンサー“LBキャスト”を搭載したD2Hは今でも現役で使っているが、410万画素を忘れさせるナチュラルな画は最高のお気に入り。このモデルの発売も10Dと同年、2003年11月である。

八ヶ岳・夏風景

夏が迫ってきた。行動的な季節の到来である。
暑い暑いとぼやいても、私は夏が好きだ。気持ちが前向きになり、無性に冒険心が湧き出てくるのはこの季節だけだ。おまけに<夏 = 夏休み>という連想が働くのか、ちょっぴり気持ちが若返るところも嬉しいもの。
恒例にしている“夏の一人旅”は、この膨らむ冒険心がもたらすとっておきのイベントだ。

2013年8月。八ヶ岳最高峰【赤岳】へ登った際、改めて八ヶ岳界隈の夏風景に魅了された。
北八や南八の山々はもちろんだが、広大な裾野に広がる別荘地や田園地帯も素晴らしいもので、中でも標高1300mの山麓に広がる総面積273haの八ケ岳中央農業実践大学校は魅力的なポイントが満載だ。
校内にある新鮮野菜や乳製品の直販店には、いずれも裏切られることのない上質な品々が並び、リピーターが多いのも頷ける。数年前にバイクツーリングで立ち寄った時に食したソフトクリームは、正直うまかった。
校内を巡ると畜産関連の授業も行っているのか、多くの山羊や牛が放たれていて、その愛くるしい姿に思わず笑みがこぼれる。
広い校内から東へ向けば雄大な八ヶ岳連峰が迫り、そして遠く西にはアルプスの山々を眺望できるすばらしいロケーションは誰をも魅了すること間違いない。

― こんなところに、、、

駐車場を出て西へ進むと、間もなくして右サイドに池が見えてきた。一見何の変哲もない光景と思ったが、車から降りて湖畔まで歩み寄ると、背後の森が湖面に映り、神秘的な様相を放っていた。
こんな池の一つ一つが山麓全体の魅力を担っているのだろう。
東京から車で2時間も飛ばせばこの夏風景を眺められるのが八ヶ岳の良さ。これまでに何度も足を延ばせた一番の理由である。

富士通 CELSIUS W520

 

画像加工に使っている“半自作PC”の動きが日を追うごとに悪くなり、色々と手当てを施したものの、改善らしき結果が出てこなかったので、抜本的且つ確実な<OS再インストール>を決断、すぐさま準備に取り掛かった。

5年前ほどだろうか、長年画像加工用に使っていたエプソンダイレクトのPCが突如動かなくなってしまい、手当をするにも型式が古かったので、修理の線はパスし、新しいPCを入手することにした。
しかしこの頃は何かと出費がかさんでいて、画像処理に特化したそこそこのPCを購入するゆとりはなく、かといって写真は最大の趣味だけに、金の工面ができるまで待つわけにもいかなかったので、致し方なくポケットマネーの範囲で選ぶことにしたのだ。その時ネットで見つけたのがカスタムオーダーPC。マザーボード、CPU、メモリ、ケース等々を好みでチョイスすることができるので、予算に合わせるのが容易だし、自前のパーツも生かせたから、この時の状況には最も適していると購入を決断。早速届いたPCを眺めると、やけにプアなPCケースでちょっと心配になったが、それでもつい最近まで、何とかMY写道楽を支えてくれたのだ。

OSの再インストールに際し準備したものはSSD。これでオリジナルのレスポンスを上回ってくれるだろうと期待は高まる。それとメモリがデュアルチャネルに対応しているので、それまでの4G一本刺しではなく、2Gの2本差しに変更した。
と、ここまでは良かったが、その後の再インストールで予想もしない難問にぶち当たったのだ。
CDトレイにOS(Windows7)のDVDを入れ電源を入れる。普通ならDVDブートが始まり、その流れで新しいSSDへOSがインストールされていくのだが、何度試みてもうんともすんとも反応がない。
基本に戻れとBIOSを開いてブート順位を確認しようとしたが、なんとその肝心なBIOSが開けないのだ。ありとあらゆる方法をトライしたが、例の画面は出てこない。ダメもとでマザーボードからボタン電池を外して初期化を図ったりもしたが、何をやっても状況は変わらず、しまいにはイライラが進んで嫌気がさし始め、不調の原因がマザーボード本体にあるのではと、疑惑は多岐に渡り広がっていくのだった。

― いつまでもこいつに付き合ってられないな、、、

何とかしないと画像処理が滞る。これは何としてでも避けたい。
しかし先日、30年間使い続けた冷蔵庫を買い替えたばかりだったし、自動車税51,700円も早々に払わなければならない。なぜかPCが必要になった時はいつも金欠だ。

ー 中古でいいか、、、

だったらいつものヤフオク。PCに限らず生活のあらゆるシーンで利用頻度は高く、もはや私にとってなくてはならないコンテンツである。
カメラのレンズは売り買い半々で頻度大、ブックオフで見つからなかった文庫本はここでプチ、ジャズや60年代70年代のロックCDは殆どヤフオクで手に入れるという常用ぶりだ。
さて、ディスクトップを探すといっても、メーカー、内容等々、星の数ほどあるので、今回は堅牢性を第一に考えてワークステーションをチョイスすることにした。
尤も、堅牢性があるが故にハードな使用環境におかれていたことは間違いないが、そこは承知のうえである。
10,000円ちょいの予算で手に入れたのは、富士通製のCELSIUS W520。仕様はCLWC1A11で、2012年発売当時の販売価格は178,000円とけっこうな高級機。CPUはIntelのi3-2120、メモリは8GB(SPD)、そして前面にはHDDを4個並べて格納できるソケット式のストレージベイを備えていて、画像処理には十二分と言える構成だ。
早速周辺機器をつないでチェックしようとしたところ、ディスプレイコネクタにアナログがない。手持ちの接続コードはアナログのみ。これから変換コードを買いに行くのも面倒だし、CELSIUSの標準のグラフィックはCPU内臓のHD Graphics2000ということなので、半自作PCからそれまで愛用していたNVIDIA GeForce210を抜き取り、移設することにした。
OSはThinkPad X200でも使っているWindows10をインストール、慣れた操作感で画像加工もサクサク行えるはずだ。
起動してひととおりチェックしていくと動きは上々、しかも静音設計が成されているのか、PCから発するノイズが非常に低レベルなのだ。
次に行ったのはデータ保存用の1TBの取り付けだ。HDDに専用のマウンタを装着し、PC前面のふたを開けて差し込めばOK。いたって簡単である。
電源を入れ起動を待った。

― ん?

1TBが認識されない。どうしたことだろう。ディスク管理も開いてみたがやはり認識されていない。とりあえず一旦引き抜き、隣のストレージベイ2に差し込んで再度電源を入れた。ドキドキしながら待つと、残念ながらこのベイでも認識しない。電源オンした後、HDDに指を当てていたが、微細な振動を感じとれたので、電源は来ていると思われる。
同じことをストレージベイ3でも試してみたが、残念ながら結果は同じだった。
データ保存用のHDDを内蔵できないとなると、これは不便である。外付けだと配線が邪魔してPC回りがすっきりしない。何とか解決しようとサイドパネルを外し、マグライトを当てて内部を観察した。
ところがここで問題発見。本来便利な構造であるソケット式のストレージベイがこの作業で仇になったのだ。ベイの裏側、つまりHDDの配線口が、ベイ全体の冷却用に設けられたファンユニットに阻まれて、全く見えないし手も届かないのだ。
深呼吸してから隅々まで観察を進めていくと、拡張スロットに差し込まれた意味不明なカードに目が留まった。何とそこへ赤いSATAケーブルが配線されている。

― そうか、これは恐らくRAIDカードだろう。

RAIDとはワークステーションやサーバーなどによく取り入れられているシステムで、PCの不意のトラブルに備えてデータの安全性を冗長化するシステムだ。取扱説明書によれば、RAIDを構築する場合、ストレージベイ0とストレージベイ1に於てミラーリングするようなことが記されており、今回手に入れたCELSIUS W520は元々RAIDモデルだったのかもしれない。
しかし判明したまでは良かったが、これを通常仕様に戻すにはどうすればいいのか?!
新たな壁にぶち当たった。
但、唯一の望みは、束になって固定されているSATAケーブルにはそれぞれに番号がふってあり、配線図さえあればストレージベイ全てを使える通常仕様に戻せるはず。ここは手っ取り早く富士通のお客様様相談室へ問い合わせてみようと、さっそく電話を掛けてみた。
何度か部署をたらいまわされた後、最後は法人モデル課に落ち着き、妙に暗い感じの男性が電話口へ出てきた。
ちょっとしたやり取りの後、これまでの経緯を説明すると、いきなり男性のトーンが落ちた。

「これはあくまでもRAIDモデルでありまして、このままの仕様でお使いいただきたいのですが」

何のための相談窓口なのだろう。RAIDカードを抜いて、配線を組み直したいと言っているのに、この返答の意味が解せない。

「標準仕様の配線だけでも教えてもらえませんかね」
「このまま使っていただきたいとしか申し上げられません」

全く話にならない。間違って繋いでデータがパーになり、それを富士通のアドバイスのせいにして訴訟でも起こされると思っているのだろうか。全くばかばかしい。
これ以上言い寄っても無駄と判断。いつも感じるが、大手メーカーのマニュアル的対応には正直辟易するところだ。これが町のパソコン屋だったらもっと違う展開になっていただろう。

― 昼飯にでもしよう。休憩休憩、、、

飯も食わず、朝からずっとPC をいじっていたから、さすがに空腹を感じてきた。経験上、PCいじりと麻雀はとかく時間感覚をマヒさせるので、注意が必要である。
テーブル周りを一旦かたずけようと、PCのサイドパネルを手に取ると、ん??
裏面に配線図らしきものが張り付いているではないか。いつもサイドパネルは外すとそのまま脇に立てかけるので、裏面まではチェックしていなかったのだ。
改めてじっくり眺めると、標準仕様とRAIDの際の配線が分かりやすく記してある。しかもSATAケーブルにふってある番号とマザーボード側の差込口が明確に示されている。
一瞬にして昼飯のことはどこかへ飛び去り、再び作業を再開。先ずはRAIDカードを取り外した。
RAIDカードに接続されていた2本のSATAケーブルをマザーボードへ直接差し込み、残りの2本も配線図通りに接続した。一呼吸入れてから電源オン。緊張が高まる。

― よっしゃぁ!起動した!!

心なし動作が早くなったような気もする。
一旦シャットダウンして、今度は1TBをストレージベイ1へと差し込む。こいつが認識すればPC内に画像データ保存ができ、これまでのような画像加工環境が整うわけだ。
再び電源オン。またまた緊張が走る。
起動後、恐る恐るディスク管理を開いてみると、おっ!1TBがバッチリと認識されているではないか。
これで一通りの作業は完了であるが、フィニッシュはディスク0を半自作PCの為に購入したサムスンのSSDに丸々クローンする作業だ。
SSDをUSBで繋ぎ、愛用のフリーソフト【Todo Backup Free】を起動させる。このソフトは使い方が簡単で、以前にThinkPad X200をSSD化する際にも利用した。この時のSSDはIntelの330・120GBだが、余りのレスポンス向上にびっくりしたことをよく覚えている。しかも本日に至るまで一度のトラブルもなく、またパフォーマンスも下がっていないところはさすがIntel製だ。
今回、サムスンの850EVO・250GBを選んだのは、ネットでの評判が良く、またCPに優れているところ。
“SSDに最適化”にチェックを入れクローンを開始、後は待つのみである。

完成したCELSIUS W520は期待以上の爆速化を達成し、作業のリズム感はこの上なく向上した。ちょっと古いPCでも可能な範囲で養生してあげれば、見違えるほど動きが良くなる良い例になった。

そしてワークステーションはさすがである。ケース、メモリ、クーリング関係に於いても、一般のディスクトップPCとは一線を画く配慮が成されているので、古臭さはまるで感じず、“ハイレベルなものは古くなってもハイレベル”を地で行くところが何ともGooなのだ。

◆ 続きがあります。

気持ちをリセット

暗礁に乗り上げた感のある写道楽。フルサイズを生かそうと張り切り過ぎて、逆にぎこちなさを招いてしまったり、はたまたV2の携帯性を武器に、あたりかまわずシャッターを切りまくるスナップ撮影に飽きがきたりと、目的の定まらない小手先ばかりの撮影行は、必然的にマンネリを呼び起こした。
そもそも写真の醍醐味を得たいならば、テーマと目的は設定すべきだと思う。
気の向くままに撮るやり方ではすぐに頭打ちが来てしまうし、たまたま画的に見栄えの良いものが数枚撮れたとしても、その喜びは一瞬のものでしかない。

随分と昔の話になるが、NikonD100を手に入れた頃、せっかくの高性能デジイチなのだから、その性能を堪能しつつ、しっかりとしたテーマを持って、後々まで残せる作品作りにトライしようと、真剣に計画を練ったことがある。
しかしテーマ作りはあまりにも漠然としていて、簡単には絞り込めなかった。
空、海、川ではピンとこないし、写真雑誌にたびたび載る“お散歩スナップ”では食指が延びない。モデルがいないからポートレートも無理だし、花や鳥、そして列車等々は月並みすぎて端からNG。
それならば、興味があるもの、好きなものの中にヒントがあるだろうと頭を捻りなおすと、なるほど、朧気ながらも形になってきた。
出てきたのは子供の頃に住んでいた沼津の風景だった。
私にとってまさに田舎の原風景とはここのことであり、胸の奥にしっかりと沁み込んで揺ない歴史なのだ。
こう考えるといてもたってもいられない。
自宅から沼津までは125Kmと、さほど骨の折れる距離ではないので、すぐにでも出かけることは可能だ。しかし、その前にどのあたりを歩くか決めておかなければ無駄足になる恐れがある。手始めは子供の頃によく遊んだ、“千本浜公園”、“港湾”、“子持川”を中心に、僅かでも昔の匂いが残っているところを巡ってみようとスタートさせた。

夏の初め。こうして千本浜公園の入り口に立った時、<やったるで!>と気分は高揚、D100を持つ手にも気合が入った。
さっそく被写体を探り始めたが、平日の昼前なので広場には人影が殆どなく、あまりに寂しすぎて画にならない。大勢の子供たちが現れてワイワイ始まるのは週末か、平日でも夕方以降だろうか。
港湾も然り。よく釣りをした白灯台の岸壁は、今では完全に埋め立てられ、当時の面影は微塵も残っていない。ノスタルジーを湧き起こそうとしても、現実を目の当たりにすれば、気分は冷えていく一方である。
同じ場所でもこれほど様相が変わってしまえば、思い出が現実の風景へと被さることはなく、ファインダーには単に前方だけが映し出され、感慨のひとつまみも感じ取れない。
<沼津・夏・蝉時雨・潮騒>
求めるイメージは何処へ行ってしまったのだろう。
やや疲れを伴い、港湾を後にする。
最後は、中学生の頃に通学路として毎日歩いた、子持川沿いの小径へと場所を移した。

当時は川の上流に染め物工場があり、そこからの排水で、何と川の水には色が付き、多いときは日に三度も色を変えたものだ。高度成長期に多々見られた工場排水の垂れ流しであり、当然生物が住めるような状況ではなかった。
ところが近年、この川に元気良く泳ぎまわる小魚の群れを見られるようになり、それを狙う鷺も飛来するようになった。自治体総出のクリーンアップ作戦があったのだろうか、ここだけは昔以上に昔をアピールする心象風景へと変貌している。
<海の近くの住宅街>が色濃く出ていて、撮影はリズム感よく進んだ。小径には桜が植えられ、春先はさぞかし賑やかになるだろうと想像しつつ、その他にも様々な植物の開花が見られ、構図を決めるのが楽しくてしょうがない。
暫し夢中になり、ふと気が付くと母校である沼津二中の近くまで来ていた。
この辺を歩くと思い出す。夏休み、バスケット部の練習が終わると、仲のいい友人と連れ添って、通学路から一本入った路地裏にある駄菓子屋へ駆けつけ、そこの焼きそばを食べるのが楽しみだった。僅かな豚肉にキャベツ、これをウスターソースで味付けをしたあっさり味だったが、美味かった。懐かしい思い出である。

千本浜公園~千本浜~港湾、そして子持川と、ぐるり半日回ってきたが、久々の古里漫遊からか、その疲労感は爽やかそのもの。そしてどのような写真が撮れたかワクワクしてきて、今回の撮影行は企画的に成功だったとひとりほくそ笑むのだった。
帰宅すると早速データをPCへダウンロード。一枚一枚じっくりと確認していく。
この作業は実に楽しいもので、ある意味撮影以上の興奮を味わえる。
D100のデータ保存は基本的に「RAW」オンリーだ。Nikon Viewで閲覧した後、気に入ったものをPhotoshopのプラグインである“Camera Raw”を使って現像していく。このフローは現在の愛機D600に至るまで一貫したもので、自分らしい写真を表現できる最良の方法となっている。

「・・・・・・」

どれもこれも単に今の沼津の記録でしかなく、悲しいかな心象風景的なものは一枚も撮れていない。
それなりに工夫したつもりだったが、いざモニターでまじまじと見れば、何の変哲もない平凡なスナップ写真ばかりなのだ。
但、子持川沿いの教会やその周辺は昔とそれほど変わっていなかったので、何となく形にはなっていたが、この時の気分は“残念”というより、寧ろ“難しい”が正直なところだった。ものを見る眼力に力不足があることがありありと自覚でき、写真の奥深さを痛感した。
結果的に満足できる写真は殆ど撮れなかったが、やはりテーマを決めて臨んでこそ、山あり谷ありの醍醐味に遭遇するわけであり、また、達成感の尺度もありありと分かって、次へのステップも見つけやすいと感じた。

前述のとおり、この頃ではD600もV2もカメラバッグの中で眠りっぱなし。ここは一度気持ちをリセットして、再びテーマなりやり方なりを構築した上で、再トライするつもりだ。
落ち落ちなんてしていられない!
盛夏、晩秋、大晦日と、シャッターチャンスは次々に巡ってくるのだ。

ニコン 頑張れ!

DL

2月13日(月)。ニコンがハイエンドコンデジ【DLシリーズ】の発売を中止すると発表した。その理由は、「開発費増加と、市場の減速に伴う販売想定数量の下落を考慮し、収益性重視の観点から」とのことだが、これが耳に入った瞬間、「あのニコンが?!」と、驚きとも落胆ともつかない微妙な感覚を覚えたのは私だけではないだろう。老舗ニコンなるものが、新機種の開発費増加を見込めなかったとは不可解だし、況して発売前から“収益性重視”などのセリフが出てくるとは、実に“らしからぬ”ところだ。この発表は、絶えずカメラの未来を切り開き、斬新且つ意欲的な商品を世に送り出してきたトップブランドとしては首をかしげる内容であり、言い訳一辺倒とも捉えられるコメントからは、首脳陣の右往左往すら垣間見える。
但、こうは述べても私は大のニコンファン。製品には深い愛着と信頼を感じているし、何より単に撮るだけのカメラ遊びを、現在の西久保日記まで昇華させてくれたのは、ニコン製品のおかげだと思っている。
ニコンのカメラはこれまでに、D1、D100、D2H、D600、Nikon1V2、CoolPix5000、CoolPixS8000と使ってきたが、どれも基本性能に不満はなく、撮る楽しみはこの上ないものだ。何より使い慣れたインターフェースだから積極的に被写体を追え、切り取る画に対しては意図どおりに露出を決めることができる。
よって今さら他メーカーへと機材変更する気は毛頭なく、寧ろ私も含め、これまでのニコンファンが更に喜ぶ新機種の開発を積極的に進めていただきたいと願っている。
そしてその新機種に関しては、私なりの希望がある。

これまで長い間カメラ界を担ってきたのが“一眼レフカメラ”。ニコンを例に歴史を遡れば、1959年に登場したNikonFから現在に至り、それは58年にも及ぶ。各社それぞれの工夫はあるものの、レンズから入ってきた光はペンタプリズムを介してファインダーで確認、シャッターを押せばミラーが跳ね上がり、フィルムまたはイメージセンサーへストレートにぶつかり記録されるという流れはどこも同じだ。
画期的な構造であることは言うまでもないが、デジタル技術の飛躍的向上により、記録媒体がフィルムからイメージセンサーへと取って代わった現在、もともと“フィルムありき”で設計された一眼レフ方式は、そろそろ次世代へ向けて最適な進化を歩み出さなければならない時期に来ていると考える。
私が思うに、昨今のデジタル技術を巧に生かしているのは間違いなくミラーレス機であり、液晶モニターの高品質化によって、EVFが完全に実用化されたことで弾みがついたのだ。
そう、ある程度写真撮影に慣れた方だったら、どうしたってファインダーを使いたいものだろう。
特にじっくりと一枚の画を切り取ろうとしたり、動く被写体を追う時などには尚更そう感じる筈である。
コンデジやスマホのような背面モニターでは、見辛く不安定であり、そもそもイマジネーションが湧き辛い。だからEVFなるものを知ったとき、ヨドバシカメラへ馳せ参じ、ひとつふたつ手に取りチェックしてみたのだ。
ところがその頃のEVFは画面がざらついていたり、動的な追従性もイマイチと、未完成さは否めなかった。しかしNikonV2発売直後に同じくヨドバシカメラで実機をチェックすると、大幅な進歩が感じられ、ファインダーを覗きながら露出補正ができるという、一眼レフでは考えられない画期的な性能に、倍増するであろう撮る楽しさを予感させた。

V2 α7

良く出かける山歩き。しかし、大きく重い一眼レフは何かと負担が大きいもの。かと言ってスマホでは記録レベルを越えられない。そんな中、小型で一眼レフ並みの撮影操作が可能なV2に、この上ない魅力を感じたのだ。
入手すると、先ずは試しに近所を流れる玉川上水周辺をスナップして歩いた。
首から提げても重量を感じることがなく、これなら山で使えると実感、直近の休日には鎌倉へ出かけて、神社仏閣を中心に様々なSituationで撮影を行なった。
データの書き込み速度と、ファインダーを覗いた時に自動ONとなるEVFの立ち上がりが遅いことにはややストレスを感じたが、操作全般は非常に分かり易く、寺を二ヶ所も回る頃には、自由自在に被写体を追うことができるようになった。
さて、肝心な画像データは、インチセンサーと言うことで過大な期待はしていなかった。ところがRAWデータをPhotoshopで現像してみると、ボケ味にやや癖があることを除けば、描写力、色味等々、予想よりレベルは高く、特に色味の自然さはこれまでのニコンの流れを汲むものであり、今後も安心して画作りに愛用していけると確信した。
Nikon1はインチセンサーを採用し、そのサイズに特化した小型軽量な1Nikkorとの組み合わせで、コンパクト且つ高性能なミラーレスシリーズとなっている。ひいき気味に言わずとも、いつでもどこでもサッと出してサッと撮れる真のオールラウンダーであることに間違いない。しかし、敢えて意地悪く評論すれば、“どっちつかず”と言った答えもあり得るだろう。
悲しいかな、日本国内市場においては、いまだに性能第一主義がまかり通っているようで、その辺の立ち位置にある商品の評価は極めて低く見積もられるもの。
「センサー、画素数は大きいほど魅力的。連写は速いことに越したことはなく、フォーカスポイントも多い方がいいに決まってる」とこんな感じ。
ミラーレスに対しても、「フルサイズは少々大袈裟だとしても、インチじゃ小さすぎ。せめてAPS-Cは欲しいところ」となる。
こんな風潮があるから、Nikon1は実に厳しい戦いを強いられているのだ。
実際に所有し使っている身としては、オールラウンダーとしての基本性能はライバル達と十二分以上に張り合えると思っているので、あとはニコンが如何にしてその良さを世のカメラ好きへアピールするかに掛かっている。ところがニコンは、何故か連写性能ばかりを前面に出し、コンパクトミラーレスとしての極めて高い総合性能を殆ど打ち出していないのが現況だ。それどころか、最新のニコンイメージングを開いても、Nikon1へ直接リンクできるアイコンは見当たらないし、やっとたどり着いても、抽象的なキャッチばかりで、本質を説明する文言はどこにも明記されていない。

ここでニコンへちょっぴり物言い。
フラッグシップであるD5は、今後も最先端技術を余すことなく投入し、ニコンそして日本のカメラの代表選手として君臨させて欲しいが、その他の一眼レフは思い切って全機種廃止にし、その代わりにFマウントを用いた新たなミラーレス機の開発を進めてもらいたいのだ。これがニコンと言うブランドの維持も含めてベストな方向だと思っている。
手始めには、FXミラーレス一機種、DXミラーレス一機種といった感じで十分だ。
見方によっては、まんまSONY・α7のパクリと言えそうだが、そのSONYこそが最も生産性の高く、分かりやすい商品ラインナップを揃えている。そもそもニコンのラインナップは無駄が多すぎて的が絞れない。

さて、DLシリーズへ戻そう。
ニコンが総力を挙げ創意工夫したであろう、究極のコンパクトデジタル機は、「画はレンズで決まる」という基本に準じ、なんとNikkorの高級版と同じく、ナノクリスタル技術を投入したゴージャスなつくりをアピールした。これはニコンファンならずとも大いに興味を引いたポイントである。
それなのに、突如湧き出た発売中止のニュース。
確かに「市場の減速に伴う販売想定数量の下落を考慮」は一理あるかもしれない。但、これを言わしめた理由の中に、イメージセンサーにインチを採用したことが弱腰へと繋がったのではと推測する。
特にDL24-85に与えられたキャッチコピー「日常を作品に変える解像とボケ」と「これが一眼に迫る描写力」は、やや苦し紛れと捉えられても致し方ない。そもそもインチにとってきれいなボケと描写力は最も不得手な仕事なのだ。
恐らく当初はイメージセンサーにAPS-Cを使いたかったのだろう。しかしそうすれば販売価格は跳ね上がり、発売開始後すぐに消えてしまったCoolPix Aの二の舞いになると判断したに違いない。
コンデジと言えども、高級機を謳うニューモデルに、インパクトの欠けるインチを採用したのは苦渋の決断だったろうが、前述の如く、消費者というものは、極めて高いハードルを要求してくるのが常であり、メーカーは絶えず1年後の市場を的確に予測できるよう、マーケティングリサーチには一層の予算と手法を投入していかなければならないのだ。