「ちょっとひと書き」カテゴリーアーカイブ

バイク事情

Kenny Roberts12月24日(水)のYaHooニュースに掲載されていた、【中高年のバイク事故死者増加 リターンライダーの“過信”】と題した記事に目が止まった。
仕事がオートバイ関係なので当然といえば当然だが、この記事からは現在のバイク業界が持つ様々な問題点を読み取ることができる。

(以下はYaHooニュースよりの抜粋)
交通事故の死亡者数が年々減少を続ける中、中高年のバイク事故死者が増えている。背景にあるのは、青春時代を思い出し、再びバイクにまたがる「リターンライダー」の増加だ。体力やバイクの性能の変化に感覚が追いつかず、単純な操作ミスなどで命を落とすケースが後を絶たない。危機感を強める警視庁と神奈川、埼玉、千葉の3県警は23日、初めて合同の安全教室を開き、注意を促した。(加藤園子)

中高年ライダーだったらご存じの方も多いと思うが、1970年代後半から1980年代初頭まで、ロードレース世界選手権で圧巻の500ccクラスチャンピオンとして名を馳せた、キング・ケニーこと“ケニー・ロバーツ”。その彼が駆っていた当時のヤマハワークスマシーンYZR500の最高出力は大凡120馬力だった。これに対して、現在ヤマハ発動機が国内外へと市販しているスポーツバイク・YZF-R1の最高出力はなんと182馬力もあり、競技専用車であるYZR500の軽い車重を差し引いても、おつりが出るほどの超高性能を誇っている。ところがこんな凄いバイクも、二輪の運転免許証と購入資金さえあれば、たとえ初心者であろうと峠道やサーキットでスポーツ走行を楽しむことができるのだ。良い時代といえばそれまでだが、YZF-R1の性能はプロレーサーでさえ100%を使い切ることは難しいレベルにあり、それを一般ライダーが勢い任せにスロットルを開けていけば、大凡の結末を予想できるというもの。
YZF-R1先ずは己とバイクを十二分に知ること。そして理性という名のリミッターを研鑽し続けること。この二つを履行して初めて安全安心なバイクライフを入手できるという事実を理解していただきたい。

(以下はYaHooニュースよりの抜粋)
日本自動車工業会によると、ミニバイクを含む二輪車の販売台数は約5年前から回復基調にあり、平成21年に約43万3千台、23年に約44万5千台、25年は約46万台。25年の新車購入者の平均年齢は51歳で40~50代が全体の47%を占めている。

“回復基調にあり”は、確かに事実だが、現在の二輪車市場は悲しいほどに萎んでしまい、昭和55年の総販売台数237万台を思い起こせば、今、バイク販売店の経営がいかに厳しくなっているかが分かる。
最盛期の販売データと比較すると、原付バイクはなんと10分の1、車検付きバイクでさえも5分の1まで落ち込んだ。当然その過程でバイク屋廃業が相次ぎ、今では資本力のある会社、特殊な整備力、企画力を持つ会社、そして店舗自己物件のパパママストア等々だけがなんとか生き続けているのだ。私の職場は約20年前、販売の主力をそれまでの国産バイクから外車へとスイッチしたことにより、90年代から始まったバイク業界不況の嵐をなんとか逃れることができたのだと解釈している。
昔の男子高校生が一番欲しかったものは“彼女”、そして次に来るのがバイクだった。ところが今やバイクは一握りの大人が趣味として使う道具へと様変わりした。
若い人達の嗜好が変ったと言えばそれまでだが、乗ってみればこれほど楽しいものはなく、そんなバイクが見向きもされなくなった本当の原因はなんだろうかと、頭をひねること屡々だ。

早一年

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前の晩にたらふく飲んだ酒のせいか、床から抜け出すのに一苦労したが、なんといっても年に一度の伊豆撮影旅行だから、ここは重い体に鞭を打って、予定通り爪木崎公園へ出かけることにした。
朝食の前に夜明けの海を撮ろうというのだ。眠い目を擦りながら、参加者全員ワンボックスへと乗り込んだ。

夜の帳に包まれた爪木崎。少ない街灯をたよりにカーブの多い道をひた走る。
車中は暖かいが、外はしばれる寒さだ。

「すこし明るくなってきましたね」

陽が昇り始めると瞬く間に明るさが増してくる。
車を降りると、それぞれが海岸に撮影場所を陣取り忙しなく準備を始めた。

その忙しさから早一年。
一週間後には今年の伊豆撮影旅行が迫っている。
どんな被写体が我々を待ち受けているのだろう。
楽しみだ。

ニコン1 V2・CXの未来

Nikon1_V2この頃ではV2の勘所も大部つかめてきて、スナップを中心に気軽な撮影を楽しんでいる。
小型軽量の恩恵は使う込むほどに実感でき、近い将来、ミラーレスモデルがデジカメシーンの中心的存在になることはもう間違いないだろう。
首に掛けた時の軽さはもちろん、ウエストバッグに入れて歩き回れる自由度は計り知れなく、いざというときにサッと取りだして、意図とする画を切り取れるパフォーマンスはなんとも心強い。

D100から一貫してNikonのデジイチを使っている経緯から述べると、とにかく自由な画作りにトライできる基本性能を、この小さなボディーにまとめた点に感心してしまう。写真撮影をわくわくさせてくれる技術向上にはいつだって拍手喝采だ。
但、Nikon1というカテゴリーは、その生い立ちからして不確実な要素の上に成り立っているということを忘れてはならない。
Nikon1の開発にあたり、真っ先はボディー設計ありきだったのか、はたまたCXフォーマットという1インチサイズ(13.2×8.8mm)の撮像素子開発が主眼であったのかは定かでないが、ややもすると今後どちらも宙ぶらりんになる危険性が大いにあるのだ。
CoolPixA何故かと言えば、それは同社コンパクトデジタルカメラ“CoolPix A”の存在に尽きる。
ボディーはコンデジだから当然小さく、殆どV2と変らない。そこに1616万画素のDXフォーマットを搭載し、デジタル一眼レフをも凌駕する画質をうたっている。
撮像素子の高画質化が今後どれだけ進んだとしても、CXフォーマットはその4倍の面積を持つDXフォーマットに、“ゆとり”の面で絶対に上回ることは不可能だ。システム全体を小さくする為にCXフォーマットを開発したのなら、なぜこうもあっさりとDXを詰め込んだCoolPix Aが現れてくるのだろうと疑問に思う。
“Nikon2”とでも称し、CoolPix Aをレンズ交換式にしようとする動きが出てきたとしたら、悲しいが、その時がCXフォーマットの幕引きとなる。

伊豆 紅葉

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紅葉の季節である。
よくチェックしているウェザーニュースの紅葉情報トップ画面でも、見頃マークが日に日に増えてきて、秋真っ盛りがひしひしと伝わってくる。
富士箱根、奥多摩、鎌倉等々、東京近郊のメッカと呼ばれる地域では、天候にさえ恵まれれば、11月末頃まで毎週末、大勢の観光客が押し寄せることになる。
そう、私の大好きな伊豆半島もこれからが本番。例年だと今月の半ばから色づきが始まり、天城の渓流沿いでは、水の流れと紅葉が作り出す、年に一度の“色彩ショー”が繰り広げられる。
なかでも“滑沢渓谷”は知る人ぞ知る紅葉撮影のグッドポイント。国道から目と鼻の先ほどのエリアなのに、深山ムードに浸れ、景観の多様性も十二分に期待できるので、じっくりと腰を据えて撮影に臨めるのだ。
狩野川と滑沢川が合流する周辺では、一枚岩の上を滑る水の流れに艶やかな赤と黄色が相俟って、思わずシャッターを押し込む指に力が入ってしまうほど。
一般的に伊豆と聞いて最初に頭に浮かぶのは温泉と海あたりだと思うが、なかなかどうして山や渓流も大きな魅力を放っている。寧ろ、南北50km、東西に20kmほどのエリアに、これほど多岐に渡る要素が網羅されているのは希有なことではないだろうか。

あれから一年

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 写真は神戸南京町の広場である。
 陽が落ちて一杯飲みに出かけようと中華街へ向かって歩いていたら、突如賑やかな無数の赤い提灯が目に飛び込んできたのだ。

 六甲山での紅葉撮りと、神戸~西宮散策から既に一年が経ったとはまったく驚きだ。
 神戸空港からポートライナーで三宮へ出て、JRに乗り換え、隣町の元町へ降り立った時の空気感は今でもはっきりと憶えている。
 一泊二日の強行スケジュールだったが、初の六甲歩きとデニーズ時代最後の職場を訪れることができて、それは心に残るいい旅となった。

 ふと今年の紅葉はどこを狙おうかと考え始めたら、いつの間にか気持ちだけが勝手に神戸へと飛んでしまったようだ。
 六甲ガーデンテラスから眺める神戸港、深山ムード満点の紅葉谷、そして艶やかな紅葉と真っ赤なお湯が印象的だった有馬温泉。リピートしたいポイントはいくらでも思い浮かんでくる。

 阪神電鉄・武庫川駅で下車し、当時住まいとしていたマンションへ向かった。
 地震で崩壊したことは既に知人より聞かされていたので、心の準備はできていたが、改めてその地に立った時、記憶の一部が欠損している光景は何とも重く心にのし掛かかり、暫し体を動かすことができなかった。
 兵庫県南部を襲った阪神淡路大震災は、西宮から東京の実家へ戻ってちょうど7年が経った冬に発生した。

有馬アート

 六甲山散策の後に立ち寄った有馬温泉は、とてもユニークなアートの町でもあった。