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中央アルプス・木曽駒ケ岳

 山友のHさんと以前より計画していた、アルプス登山を決行した。
 ターゲットは、中央アルプスの“木曽駒ケ岳”。ロープウエイを使えば、日帰り登山が可能という、初のアルプスにはうってつけの山なのだ。
 
 九月十三日(水)。仕事帰りのHさんを三鷹で拾うと、そのまま中央道で長野県の駒ヶ根へ向かった。
 インターを降りると、先ずはシングル二部屋を予約してあった【ホテルルートイン駒ヶ根インター】にチェックイン。一服のあとは夕食をかねて、近所に見つけた福麟楼・駒ヶ根店で、よく冷えた生ビールと美味しい中華をたらふく食した。ちなみにこの店、品数が豊富で、一品一品の量が多く、肝心な味もしっかりとしたもの。おまけにリーズナブルときているからお勧めだ。

 翌朝は六時にチェックアウト。菅の台バスセンターへと向かった。
 バスセンター隣接の大駐車場にPOLOをおき、ここから路線バスに乗り込んで、ロープウエイ乗り場まで歩を進めるのだ。
「ほとんど満車だな」
 時刻は六時十分を回ったばかり。平日なのにすごい活況である。しかもバスのチケット売り場には、すでに長蛇の列ができている。先頭の人達はいったい何時に並び始めたのだろう。我々も登山の支度をして、列の最後尾に並んだが、そうこうしている間にも、次から次へと車が入ってきて、見る見るうちに列が長くなっていった。
 六時四十五分を過ぎたころ、チケット売り場の窓口が開く。バス&ロープウエイの料金は往復券で四千百円なり。購入した人たちは、バスの停留所へと並びなおし、それもどんどん長くなっていく。
「最初のバス、乗れるかな…」
 そんな心配をしていると、
「本日は臨時便が出ますので、お乗りの際には係の者に従ってください」
 停留所の係員より嬉しいアナウンスがあり一安心。
 七時十五分に最初のバスが出発すると、十分ほどで次のバスが入ってきた。
 長いくねくね道を約三十分走ると、ロープウエイのしらびそ平駅に到着。下車すると、間をおかずにロープウエイへ乗り込むことが出た。高度を上げていく車窓からの景色はなかなかの迫力。特に急斜面を流れ落ちる滝からは、これから歩く山域の山深さを連想させた。

「うわ~、なにこれ! すごい!」
 千畳敷駅に到着し、展望デッキへ出てみると、目の前に現れたのは、切り立つ岩山に囲まれた“千畳敷カール”。息をのむ絶景とはよく言ったものだ。多くのハイカーがしばし足を止め、スマホやカメラを取り出しては見とれている。

 カールを突き抜け登山道へと入る。
 さすが有名どころとあって、道の整備は行き届いているが、やはり標高が2600mを越える高所での急登は息が切れた。
 時々立ち休みをかねてカメラを取り出すが、つくづく自然の作り出す景観の素晴らしさには溜息が出る。
 薄い酸素に喘ぎながら宝剣山荘に到着。ここで最初の休憩を入れた。
 周囲を見回せば絶好の被写体だらけで、あっち見てパシャ、こっち見てパシャと、気持ちは一分たりとも休めはしない。Hさんも、いつになくスマホを構えっぱなしだ。
 この後は、中岳、駒ヶ岳頂上山荘へと稜線歩きが続く。
 至極当たり前のことだが、前後左右から飛び込んでくる尾根々々の中には、奥多摩や奥秩父で見られる森の優しさは微塵も含まれず、人の侵入を拒む圧倒的な険しさが美しさへと形を変え、胸に迫ってくるばかりだ。
「今までの山と全然違いますね」
 同感だ。

 2956mの駒ヶ岳山頂は多くのハイカーで賑わっていた。360度の展望は見飽きることがない。
「ご飯にしましょう」
「そうだな」
 さすがに腹が減ってきた。朝食はバナナとあんパンだけだったから、完全に消化しきっている。ザックを下ろし、ファスナーを開ける。
「あれ?」
「どうしたんですか」
「やばい。食料、車に置き忘れたみたい」
 ドジもいいところだ。チケット売り場の長い列に気を取られ、ザックの中身の確認を怠っていた。Hさんに貴重な食料を分けてもらえたからいいものの、これが寂しい山中の単独登山だったらえらいことだ。
 Hさんが入れてくれた熱いほうじ茶を飲み干した頃、突如霧が出始め、一気に周囲の視界が閉ざされていった。
「私たち、いいタイミングで登ってきましたよね」
 話しているその先からも、次から次へとハイカーが上がってくるが、可哀そうなことにさっきまでの絶景は既に望めない。更に霧が濃くなってきので、このタイミングで下山することにした。

 何とか無事に千畳敷駅まで下りてくると、ロープウエイの乗車時刻まで若干の時間があったので、展望デッキのゴージャスなソファーに疲れた体を沈めた。
「飲み物買ってきますけど、何にします?」
「それじゃホットコーヒーで」
 カールの上部は霧に隠れていたが、それはそれでまた違った趣があり、山行を振り返る会話は盛り上がり、何ともリラックスなひと時を楽しむことができた。
 人生初となったアルプス歩きは、好天に助けられ、想像を超える思い出深きものとなったようだ。

JR古里駅からJR武蔵五日市駅まで歩く

丹三郎登山口

 今年の夏は暑いと言われつつも、昨今では朝夕がだいぶ楽になり、秋の訪れを感じるようになった。ところが面白いもので、夏が終わると思うと、遠のく連日の猛暑が何とも愛おしく思えてきて、夏の残り香を楽しむならば今しかないと、妙にそわそわし始めたのだ。
 あんた、おかしいんじゃないの?と言われそうだが、心の内は、猛暑の真っただ中へ身をおき、荒い息を吐きつつ大汗をかきながら山中を闊歩したいと叫んでいるのだ。

 計画したルートは、JR青梅線の古里駅を下車、まずは吉野街道沿いにある丹三郎登山口から大塚山山頂を目指す。富士峰公園を経て日の出山方面へ向かい、途中から金比羅尾根方面へと下る。金比羅尾根に入ったらJR五日市線の終点、そう、ゴールである武蔵五日市駅へ向かってひたすら歩き続けるというもの。
 山行をヤマレコの登山計画アプリで作成してみたら、歩行距離16.3Km、歩行時間七時間四十四分と、これまでの日帰り登山では最長クラスを示した。このロングディスタンスを猛暑下で決行するのであるから、当初の意味合いは十分満たすはず。もっともこのルートは、最初の大塚山までは登りの連続になるが、その後は若干のアップダウンはあっても、基本は長い下りであり、前半の登りをいかに消耗を少なくするかで、勝負は決まる。

大塚山へ通ずる急坂

 八月三十日(水)午前八時。古里駅駅前のセブンイレブンで食料と水を購入。自宅から二本の水筒に1.5Lの水は用意してきたが、これでは心もとないので、更に500ml一本を追加したのだ。
 天気は若干の雲はあるものの、おおむね快晴。登山口までは大型ダンプがひっきりなしに走る炎天下の幹線国道歩き。到着するとすでに背中は汗でぐっしょり。ここから大塚山山頂までは殆ど平地はなく、当然体力的にはきつく、体は上限なく水を要求してくるだろう。よって効率的な水分補給は欠かせない。のどの渇きに関わらず、“十分毎に一口”を徹底した。もちろん、歩幅は小さく、ゆっくりと足を出すことも肝に銘じた。

 森は夏枯れの様相だった。花はあまり見られず、やや無味な景観が続いたが、頂上手前辺りから多くのキノコが目につき始める。しかも色々な種類が顔を出していて賑やかだ。大塚山は幾度となく歩いてきたが、これほどの量のキノコを見たのは初めて。
 頂上に到着。最初の休憩をとった。
 今回はよほど体調がいいのだろう、汗をかきかき急坂を登ってきた割には、普通に空腹を覚えた。食欲は大汗をかきすぎると落ちることがままあるが、水をがぶ飲みせず、計画的に適量を補給してきた効用の現れかもしれない。
 カレーメシを頬張っていると、御岳山側から年配夫婦が上がってきた。
「こんにちは。ここは静かですね」
 話を聞くと、以前は夫婦で頻繁に山歩きをしていたが、ずいぶんと間が空いてしまい、健康維持をかねて再開したとのこと。この後は奥さんのリクエストでロックガーデンまで足を延ばすようだ。

 こんな暑い日でも御岳山界隈にはそこそこの観光客を目にする。青梅線でも多数の乗客が、御岳山ケーブルカー駅行きのバス停がある御嶽駅で下車するので、その後の車内はひっそりとする。
 参道を抜け、日の出山方面へ折れると、とたんに人影が途絶えた。春や秋のベストシーズンだったら、平日でも多くのハイカーで溢れる尾根道だ。この先、金比羅尾根への分岐までにすれ違った人は年配女性一人のみ。

金比羅尾根から東を望む

 金比羅尾根を順調に進み、麻生山への分岐まで来ると、さすがに疲れが出始めた。よく歩くアタゴ尾根方面だったらちょうど梅野木峠あたりだろう。体が後半戦を前にしてやや長い休憩を欲しているのだ。塩にぎりと菓子パンをゆっくりと咀嚼する。十分近く丸太の上に腰掛けていたせいか、若干だが活力が戻ってきた。

 金比羅尾根は全線において山道の整備が行き届いており、歩きやすさは格別だ。今回のルートは距離こそ長くても、道のコンディションがいいので、足腰へのダメージが少なく思ったより疲れが蓄積しない。それと今回も関節に優しい歩き方を終始徹底していた。外股も内股も膝関節や股関節に負荷がかかりやすく、骨盤面に対して直角、つまり足首から先も含めてまっすぐ脚を出すことにより、特に前後にしか摺動しない膝関節の負荷は大幅に軽減できるのだ。

―おっ、またキノコだ。
 “奥多摩はキノコの季節”とでもいうのか、タルクボ峰まで下ってくると、またまたあちらこちらでニョキニョキである。キノコ関連には全く明るくないので、毒の有無はおろか、名称さえもわからないが、詳しい人なら家族の夕飯に供するほど収穫できただろう。

 金比羅山が近づいてくると、標高がだいぶ落ちるので、気温がぐっと上昇する。疲れた体にこれはきつい。それでも眼下に五日市の町並みがちらりほらりと見えてくると安堵感が広がった。
 金比羅公園の展望台で最後の休憩を取ったが、昆布のおにぎりと残りの菓子パンを平らげ、早めに出発した。坂を下れば後は武蔵五日市駅まで住宅街を歩くだけである。

金比羅公園展望台から五日市の町が見下ろせる

「今日の山歩きは大変でしょ」
 庭先で車を磨いていたご主人から声がかかった。
「いやいや、山中はまだ涼しかったですが、ここまで下りてくると暑さにやられそうですよ」
「ははは、気をつけて」
 事実、直射日光とアスファルトの照り返しで、一旦は引いていた汗が再び噴き出してきた。おもわず道路脇にあった自販機でペプシコーラのロング缶を買い、一気に喉へと流し込む。
「うんめぇ~~~!」
 思わず声が出てしまう。この冷たさと甘さは、大袈裟ではなく、救いだ。
 日陰でたたずみ半分ほど飲み干すと、気分も落ち着いてきた。
―さあっ、ひとふんばり!
 ザックにしまってあった帽子をとりだすと、駅を目指して再び歩き出す。

夏の笠取山

 連日の猛暑には正直うんざりである。
 体力的にどうのこうのではなく、気持ちの方が萎えてくる。事実、まるで焼けたフライパンの上を歩いているような灼熱感は堪えがたく、その苦痛は人工の冷風でしか癒せないという、あまりの選択肢のなさに、途方もない絶望を覚えるのだ。
 そんな日々の中、以前から山トモのHさんと約束をしていた、笠取山登山を決行した。
 笠取山は奥秩父山塊に属する標高1,953mの山で、特に西側から登るド急登は“心臓破りの坂”と称され、初めて眼前に迫るその急坂を見上げれば、誰でも唸ること間違いなし。

 七月十二日(水)六時。三鷹駅前でHさんを乗せると、調布ICから中央自動車道へ入った。勝沼ICで降り、フルーツラインから大菩薩ラインへ。柳沢峠を通過ししばらく行くと、作場平へと通ずる細い道へ折れる。相変わらずの荒れた道だったので、慎重に進めていたが、それでも段差や穴では何度もハンドルを取られた。
「あっ、警備員がいますね」
 工事中看板の手前で一旦停車。ウィンドウを下げた。
「作場平へ行きたいんですけど」
「迂回路になりますが行けます」
 指示された右手へ延びる道へ入ると、更に幅員は狭くなり、おまけに急カーブが延々と続いた。しばらくすると、
「酔っちゃいました、、、」
 Hさん、どうもクネクネに弱いらしい。
 かなりな遠回りになってしまったが、無事に作場平の駐車場へ到着。予定より三十分遅れの九時スタートとなった。
 それにしても東京の猛暑がうそのようだ。POLOの外気温度計は23℃を示していて、出発準備をしていても、ひんやりとした空気感に包まれ汗は出ない。
「なんか東京との落差が大きすぎますね~」
 このまま登っていけばさらに気温は低くなる。

 素晴らしく整備された山道をゆっくりと進んだ。左手に沢が現れると、涼しさに拍車がかかり気持ちがいい。一般的に、同じ山道でも沢があるとないとでは、体感的に2~3℃ほど違ってくるものだ。最初の分岐から一休坂へ折れる。標識に“急坂”と書かれているが、それほどでもなく、ミズナラの森へ入ると、道はむしろなだらかになった。
 小さな橋をいくつか渡ると、今度は渓流を右手にし、急速に標高を稼いでいく。
「ここの道って変化があっていいですね」
 そうなのだ。笠取山登山は今回で二度目だが、下山路になる“渓流コース”も含めて、景観が単調にならず、且つ危険なところがほとんどないので、心行くまで山歩きを楽しめる。だから特に登山初心者の方にはおすすめだ。

「ここって水場ですか?」
 笠取小屋の水場に到着。上方へ目をやれば小屋の敷地が見える。滾々と流れ出てくる水は、量が豊富でとても冷たい。顔を洗ったら、あまりの気持ちの良さに疲れが吹き飛んだ。それぞれボトルに詰め込む。
 小屋のテン場で最初の小休止。トイレも使わせてもらったが、改築直後のようで、とてもきれいである。
「ここのテン場、使いやすそう」
 よく整備されていて、どこで張ってもほとんど地面は平らだ。雨天の際、山側から流れてくる雨水に対しても、それなりの側溝を掘ってあるので安心感もある。
「お昼どうします?」
「この先は落ち着いて休めるところがないから、笠取山の帰りにまたここで」

 “小さな分水嶺”までくると展望が大きく広がった。まさしく絶景という言葉に相応しい眺めだ。日差しは強いが、適度な風が頬を冷してくれるから、ついつい足を止め見入ってしまう。山っていいな~っと思える瞬間だ。
「ほら、こっち側に落ちれば多摩川、こっちだったら荒川だよ」
「へー、そーなんだ」
 それにしても誰だ。川の名前に趣味の悪いペンキ塗ったのは。

「うわーー、強烈ですね」
 心臓破りの坂が目の前にそびえる。そう、これからあれを登るのだ。途中までは何のこともない急坂だが、残すところ二割あたりまでくると、その傾斜は緊張感が漂うほどになる。当然トレポは使えない。足場を確認しながら一歩、一歩、一歩と慎重に上っていく。そのうちに大きな岩が頭上に現れ、最後のひと踏ん張りを終えれば、山梨百名山の頂上である。
「ここもすごい眺めですね!」
 残念なことに富士山の頂上付近は雲に覆われている。しかも夏空はくっきり感に乏しい。先回は紅葉狩りのシーズンだったから、雪を被った富士山がアンシャープマスクをかけた如く見えたものだ。
 頂上は狭く岩だらけなので、留まらずにもう一つの埼玉県側の頂上へと場所を移した。ところがここも狭く、突如不安を煽るような黒い雲が出始めてきたので、すぐに下山へと移った。何カ所かの岩場を乗り越え、右へと折れる急坂を下っていくと、小屋方面へ通ずる山道にでた。しばらく行くと多摩川の最初の一滴を見ることができる“水干”があったが、残念なことに、夏だからか完全に干からびていた。

 笠取小屋のテン場へ戻ると、待ってましたのランチ。もう腹がペコペコだったのだ。Hさんも私も、持参したメイン食は、日清食品のカレーメシ。二人ともカレーが好きだし、こいつはカップ麺と違って、完食すればスープが残らず、このような場所での使い勝手がいい。
 更に雲行きが怪しくなりつつあったので、食べ終わると、水場に立ち寄り、早々に下山とした。下山路はきれいな沢が続くヤブ沢。今にも朽ち果てそうな小さな橋を数えきれないほど渡らなければならないが、流れは本当にきれいで、ヤマメあたりが泳いでいるのではと、ついつい川へ目が行ってしまい、何度となく躓いた。

「もう、汗びっしょりですよ」
「こりゃ温泉行くしかないな」
 フルーツラインへ折れる手前に、日帰り温泉である“大菩薩の湯”がある。十数年前に一度だけ利用したことがあり、その際に記憶に残った湯量豊富は間違いなかった。名残惜しい感じもしたが、時間が押していたので、三十分間だけ利用とした。
 汗をかく時期の登山には、温泉必須。
 さっぱりとした体に持参した着替えを羽織れば、最高のピリオドが打てるってわけだ。

湯ノ沢峠から小金沢山へ

 四月から五月にかけては毎週のように山へ入っていたが、その後梅雨入りを迎え、休みの日はほとんど自宅でごろごろ。読書やお絵かきも楽しいには違いないが、やはりこの季節はアウトドアで思いっきり体を動かしたいもの。そんな中、取得した休みの中日に晴れ予報が出た。

 六月二十九日(木)。七座までクリアした秀麗富嶽十二景。今のところ全座登攀は考えてないが、小金沢山稜だけは興味が湧きたっているので、小金沢山、牛奥ノ雁ヶ腹摺山は、先回の大蔵高丸、ハマイバ丸の続きとして、近々に登ってみようと決めていた。

 出発地点である湯ノ沢峠へ至る林道は、手前5Kmあたりから結構なダートとなり、POLOのハンドルを握る両手も汗ばんだ。やっとの思いで到着すると、駐車場に車は一台のみ。週末には満車~路駐と聞いていたので、やや拍子抜けである。

 出発準備をしていると、途中で抜いたグレーのプリウスが上がってきた。乗っていたのは男性二人、女性一人の年配トリオ。皆口々に「寒い寒い」を連発しながらも、ザックを背負うと早々に出発していった。まっ、どうでもいいが、車を隣に停めながら、挨拶はおろか、目も合わせてこないのはどうしたものか。幸いなことに、行先は私と反対方面だったのでホッとした。

 湯ノ沢峠からはいきなりの急登である。傾斜もきついが、山道が雨でぬかるみ、実に歩きにくい。ただ、先ほどの三人も口にしていたように、気温が低く、スタート直後からの汗だくだけは避けられそうだ。駐車した際、POLOの外気温度計を見たら17℃だった。地元武蔵野市が朝から30℃近いことを考えると、まさに天国。

 急登が終わり樹林帯を抜けると視界が大きく広がった。白谷ノ丸である。雁ヶ腹摺山からの下山時に言葉を交わしたご主人が言っていた。「冬の時期ですが、白谷ノ丸には登山者じゃなくて、富士山を撮ろうとするカメラマンが大勢集まるんですよ」と。今は夏だが、このワイドな景観から容易に想像できる。脳裏には雪原の先にそびえる凛々しい富士山が浮かんだ。

 黒岳を過ぎると、再び樹林帯歩きになったが、周囲は原生林なので飽くことはない。倒木がやたらと多いが、これが景観にアクセントを与え、寧ろ画になる雰囲気を作り上げている。そもそもこのコースは“甲州アルプス”の一区域なので、そのほとんどが尾根歩きであり、随所で東側や西側の山々、そして遥か遠くに広がる町並みを見下ろせるのだ。

 登り始めてから約一時間。早くも腹が減ってきた。先ほどから胃のキュルキュルが止まらない。これは体調がいい証だ。おまけに心配の種である、右膝と右股関節の調子も今日はそれほど悪く感じられない。

 数年前までは左膝の腸脛靭帯痛に悩まされ、下山時には十中八九症状が出るので、歩行時間が長くなるルートは意識して避けていた。ところがここ一年ほど、なぜか顔をしかめるような痛みは出ず、徐々に回復しているのだと勝手に納得している。ただ、それに代わる新たな問題も出てきた。前述した右側膝と股関節の違和感だ。一般の歩行に支障が出るほどではないが、一向に良くなる気配がなく、気になるところだ。

 牛奥ノ雁ヶ腹摺山に到着すると、老夫婦が休憩中である。ご夫婦ともども七十代後半といったていで、第一印象は「よくぞここまで歩いてきたな」である。しかも、二人ともかなりな小柄。奥さんはどうみても150cmには満たないし、ご主人も160cmあるかないかだ。

「こんにちは」
「どうも」
「これからどちら方面へ行かれるんですか」
「大菩薩の方から来たんで、これから戻るんですよ」
 ん? ん、ん、ん??
 大菩薩が“峠”か“嶺”かは定かでないが、仮に上日川峠から歩きやすい林道を使い、介山荘経由でここまで来たとしても、彼らの脚ならどうしたって三時間以上はかかるはず。それを再び戻るというのだから、休憩を含めれば七時間を超える山行となる。
 昨今、やたらと元気な年配ハイカーを見かけるが、このご両人も大したもの。この歳でこの体力と行動力。ぜひぜひあやかりたい。

 小金沢山の頂上に到着すると、すぐにお湯を沸かし、好物の“カレーメシ”とホットコーヒーで一息入れた。静かな山頂からは、富士山をはじめとする甲州の山々が広く見渡せ、至上のひと時を独り占めである。

大蔵高丸とハマイバ丸

 富士山を愛でる登山。飽きもせず続いてる。過去にこれほど頻繁に山へ入るなんてことはなかったから、自分でもびっくりしている。きっかけは十二景を知ったことに間違いない。今更だが富士山は絵になるし、眺める場所によって受ける印象が異なるから、飽きるどころか、新しい魅力も発見できる。おそらくそれを知りたいために勢いがつき、登り続けているのだろう。

 五月二十四日(水)。昨日までの雨がうそのように上がり、朝から青一色の空が広がった。目指す山は十二景の三番山頂である“大蔵高丸”と“ハマイバ丸”。大菩薩嶺と同じく小金沢連嶺に属する山々だ。
 稜線の連なりにお隣さん同士で並ぶこの二つの山は、それまでのどの山とも違う開放感があった。山自体がどうのこうのより、雄大な景色を見ながらの稜線歩きが楽しめるところに大きな魅力があった。

 富士山はもちろんのこと、アルプスも含めて次から次へと絶景が目に飛び込んでくる。車で湯ノ沢峠の駐車場まで上がってくれば、下車してすぐにこの稜線歩きが楽しめるし、往復二時間もあれば、大蔵高丸とハマイバ丸両山を回ってくることも可能。ただ、それだと山歩きの妙味に欠けるので、今回は東側の真木小金沢林道から入山したのだ。

 雁ヶ腹摺山へ登るとき利用した大峠駐車場。そこへ至る手前5Kmの地点に、ゲートが下りている林道があり、そこへ入ってしばらく歩き進むと、右手に登山口が見えてくる。湯ノ沢峠までおおよそ一時間半の行程だ。

 道は真木川に沿って上がっていく。自然林と渓流の織りなす森の美しさは間違いなく一級品。二年前に歩いた笠取山の渓流コースよりさらに深淵とした山深さが感じられ、ここを発見したことは、今回の山歩きの一番の収穫と言っていい。ただ、あまり知られてないのだろう、行きも帰りもこのルート上では誰一人としてハイカーを見かけなかった。念のため、久しぶりに熊鈴を鳴らしながら歩いた。

 スタートから長袖シャツの上に薄手のパーカーを羽織っていたが、終始脱ぐことはなかった。朝の真木小金沢林道では、POLOの外気温度計が9℃を越えることはなく、路肩に駐車したときは8.5℃と冷え込んだ。
 昼食休憩は木々に覆われたハマイバの頂上で取ったが、冷たい横風が身を冷やし、レインパーカーをザックから取り出し重ね着した。ただ、歩行中はほど良い感じで、ほとんど喉は乾かない。

 昼食のメインはお馴染みのカレーメシ。やかんに水を注ぎ、火にかける。イワタニのジュニアコンパクトバーナーはCB缶ながら2300Kcalと火力も強く、数分で沸騰してくる、、、はずだったが、ちょっと様子がおかしい。覗いてみるとやたらと火が小さく、つまみを全開にしたら、消えてしまった。つまりのこと、ガス欠である。あと数回は使えるだろうと高をくくって、残量の確認を怠っていた。カレーメシの蓋は既に開けてある。やかんに指をそっと突っ込むと、そこそこ熱い。マニュアルは熱湯を注いで五分だが、この湯温ではその倍はかかるのではと、湯を入れ十分待った。

 結果は、食えた。米粒はちゃんと柔らくなり、食感も悪くない。ただ、湯温が低かったために、ルーの溶けが悪く、時間をかけてつぶしながらかきまぜる必要があった。それでも、セブンで購入した、“八代目儀兵衛監修 銀しゃりおむすび・梅ひじき”を追いかけるように食すると、カロリー補充が十分にできたのか、徐々に冷えた体に体温がよみがえってきた。
 それはそうと、この梅ひじきおにぎり、おすすめである。コンビニのおにぎりもここまできたかというレベル。“一番だしおむすび・わさびめし”に次ぐヒット作である。おにぎりはセブン。これ、間違いなし!

 湯ノ沢峠は花の峠と称されている。今頃はミヤマツツジがとてもきれいだ。湯ノ沢峠からハマイバへ至る稜線のあちこちに見ることができた。もう少し季節が進めば、草原には色とりどりの可憐な花が咲き誇るのだろう。

 富士山をきれいに見たくて、いろいろな山を歩いているが、そうした中、発見も多々あり、前述の“真木の森”に続いて、この湯ノ沢峠の尾根道もすばらしい景観に溢れていた。まだ見ぬ魅力的な場所は無限大にあると思うと、なんだかそわそわしてくる。

 さて、実は今回、またまたロストをしでかした。
 林道から湯ノ沢峠入口へ入り、そのまま山道を歩いていくと、正しい道へと誘う“ピンクリボン”が目に入る。これを確認しながら進んでいけば間違いなしというのが一般の流れであり、周知の事実。よって深くは考えずにそのリボンを追っていったのだ。するとどうだ、いきなり傾斜が異常にきつくなった。それでも疑うことなく上っていったが、さらに傾斜が増し、ふと「これ、降りられるかな?」と不安が膨らんだ。
 そもそもリボンとは、山を楽しむハイカーへ対して、まともな道へと誘導してくれるマーカーであるはず。落ち着いて考えれば、この坂はどう見てもまともではない。こんな基本的なこと、もっと早い時点で気がつかなければ……
 不安定な姿勢だったが、サコッシュからスマホを取り出しYAMAPを確認すると、やはり外れていた。少しでもゆるい傾斜地を探しつつ、慎重に下っていく。
 なんとか平らなところまで戻り、改めて急坂を見上げると、等間隔に取り付けられたリボンが“こっちへ来い!”とばかりに揺らいでいるではないか。観察すれば、その取り付けられているところすべてが、害獣除けフェンスを支えるロープである。
 林業従事者の方に恨みつらみはないが、リボンをつけるなら色をピンクではなく青系にするとか、通常の誘導マーカーとは違う色にしてほしかった。ロープがあるから気をつけろという意味だろうが、山中とまったく同じ色のリボンを使うことはやめていただきたい。まあ、まともな道に気がつかなかったことや、本来ピンクリボンは木の枝に取り付けてあるという常識を失念した私が悪いのは確かだが……
 山へ入ったなら、常識を見極める判断力は必須!!