
勤め人にとって昼休みは特別なひとときだ。単に昼食を取るだけではなく、就業時間中に心身をリセットできる貴重なチャンスでもある。HD調布へ異動後、昼食はほとんど外食にした。財布に優しい配達弁当もあるが、お粗末な調理が口に合わず、二~三回試してやめた。それにさっきまで仕事をしていたディスクで弁当を広げるってのは、どうも…
HD調布は京王線の飛田給駅に近いので、徒歩圏内に、すき家、バーミヤン、ロイヤルホスト、華屋与兵衛等々と飲食店がけっこう並ぶ。ある日すき家へ行こうと駅に向って歩いていると、居酒屋の“庄や”に、ワンコインランチを始めた云々のポスターが掲示されていたので、試しに入ってみた。正面のカウンター席に陣取りメニューを確認すると、本日のワンコインは“サンマの塩焼き”と記してあった。
「お決まりですか?」
「ワンコインで」
まもなくして運ばれてきたお盆には、焼き立てのサンマと、ご飯、みそ汁、ミニサラダが載っている。これで税込500円はどう考えても安い。さっそくいただくと、味もまったく不満はないし、サンマの焼き方などはさすがに居酒屋クオリティ。もちろんたっぷりの大根おろしも忘れてない。勤務中でなければ冷酒が欲しいところだ。
これがきっかけで、庄や詣でが始まった。週に三~四回も顔を出すと店員に覚えられ、いつしか常連扱いとなった。
「あら木代さん、今日はちょっと早いですね」
ウエイトレスは三十代から四十代のお姉さんが中心だが、中には二十代と思しき、ぴちぴちな子もいる。この店の馴染めるところは、お姉さんたちの愛想のよさにつきた。
「これから約束の商談があるんだよ」
「繁盛してていいですねぇ」
こんなやり取りでも、気分はずいぶんとリフレッシュする。事務所で黙々と冷えた弁当を食らうよりははるかにいい。
しかし、お世話になり続けた庄やも、残念なことにあのコロナ禍のあおりを受け、ついには店じまいとなってしまった。あのお姉さんたち、元気でやっているだろうか。

BF所属となった海藤くんと広田くん。顔合わせをしたその日から、互いに嫌厭なムードを放ち始める。
「なんでそれほど?!」と思うほど相手を無視するのだ。言葉は交わさない、目線も合わせない。仕事はそれぞれきちんとこなしているので、一見問題はなさそうだが、工場としての生産性は間違いなく低い。陸運支局への“持ち込み”などは顕著な例。
持ち込みとは、車両の持ち込み検査のことで、陸運支局へ検査対象車をトラックで運び、そこで検査ラインを通して合格を取得する一連の作業だ。新車並びに中古車の新規検査、継続車検、構造変更等々があり、調布店では、中古車新規検査と継続車検で週に何度か出かけている。ところが彼らは、互いに自分が担当する車両のみの持ち込みしかしないので、週に各々一台づつ、計二台の継続検査があると、普通はトラックに二台積んで一度で済むが、彼らは自分の分しか行かないので、トラックは週に二度出動することになる。これにはさすがの社長も腰を上げた。
「これは非効率ですよ」
うつむいていた海藤くんが顔を上げた。
「どんな整備をしているかわからない他人の仕事ですよ。それで通らなかったら僕の責任になるじゃないですか」
「どんな整備って、、、互いにベテランメカでしょ」
今度は広田くんが言い放った。
「いや、彼の整備は信用できないんで、僕も嫌です」
この問題は結局解決することなく、延々と続く。このいがみ合いの原因は、当人たちの性格と相性にあるとは思うが、俺は社長の考えた“歩合制の給与”も原因の一つと考えている。そもそもうちの会社は、以前から給与の査定について何度ももめごとが起きている。スタッフ達の多くが査定基準の不明確さと給与の低さを訴えていて、これにより離職する者もいた。
例えば営業職。営業マンのAくんがお客さんから注文書にサインをいただいた。この一台成約はAくんの手柄となるのだが、実はこのお客さん、先週来店していて、そのとき別の営業マンBくんの対応と説明がとても印象よく、検討してまた来ますと言っていたのだ。そして再来店した時、たまたまショールームにいたのがAくんだったから、Bくんとしてはトンビに油揚げをさらわれる形になり面白くない。このようなケースの場合はその都度社長のジャッジが入り、ポイントは五分五分だとか、Aくんのエンディングはなかなかよかったから、今回はAくんの手柄だとか、非常にあいまいな結末にしてしまう。当然ながら営業マンには毎月の売上目標が課されているので、納得がいかない場合は士気低下にもつながりかねない。
BFの二人のメカについては、給料が歩合制になったことでさらに拍車がかかっていた。
仮に海藤くんが整備したバイクを、広田くんが自分で整備したバイクと計二台、トラックに積んで持ち込みに行ったとしよう。持ち込みは回数並びに台数に対して手当がつくから、彼の給料には持ち込み一回分と車両二台分の手当として一万数千円が加算されるのだ。
歩合制の給料計算方法については、大崎社長と何度も検討し合って作り上げたが、最初から完璧な形にするのは至難の業で、幾度となく改定を余儀なくされた。従業員にとって給料は最大の関心ごとだから、なんとか納得してもらわないとうまくない。
「部長、ちょっといいですか」
サービスカウンターで、整備書類を作っていた広田くんから声がかかった。
「どした」
「なんで歩合制になったんですか」
意外な質問だった。なぜなら、彼らの方から歩合制の給料にしてほしいと社長へ要望が上がっていたと聞いていたからだ。
「えっ? だってそれ、希望だったんだろ」
「いや、そんなこと言った覚えないです」
このあと新藤くんにも聞いてみたが、彼からも同様の答えが返ってきてびっくり。社長に問い合わせると、
「いやぁ~、言ってたはずだよ、ふたりとも」
曖昧さが滲み出て、どうもしっくりとこない。
「とにかく今のままで進めよう。問題が出てきたらその時考えればいい」
社長お得意の〆である。
つい先日、若干組織の体制が変わった。あらためてBFとモト・ギャルソンの関係を説明しておこう。
これまでモト・ギャルソン、BF共に、代表は大崎社長だったが、今期からBFの代表は、社長の長女である山口信代が就任することになった。彼女は業務改革に前向きなので、これまで以上に無駄をなくした収益第一の体制が構築できそうだ。大崎一家との付き合いは長く、彼女が中学生のころから面識があるので、立派な大人になっても自然に「のぶちゃん」と呼んでしまう。
BFのメンバーは、のぶちゃん、海藤くん、広田くん、そして俺の四名体制となり、毎月の厄介な仕事“給与計算”は、すべてのぶちゃんがやってくれることになり、とりあえずほっとした。
メカの仕事のほとんどは、モト・ギャルソンからの請負という位置づけになり、売上の〇〇%がBFの取り分と定められた。中古車店に並ぶバイクはモト・ギャルソンの資産だし、車検、点検、修理、カスタムでの売上も、依頼主がほぼモト・ギャルソンの顧客だからだ。
営業にしても、俺が店頭のハーレーを売れば、工場と同じく、決められたパーセンテージの手数料が収益となる。もちろんBFの資金によって仕入れた車両が売れればすべてBFの収益だ。