若い頃・デニーズ時代 37

心配していた従業員の気質に問題はなく、むしろ“明るくて良く動く”というのが第一印象だった。各職種の頭数も充足していて、ランチや週末のディナーも難なくクリアできるところは、フォーメーションができあがっている証拠だろう。なんだかんだ言っても梅本UMの人事管理はさすがなものだ。
但、ファミレスはこの時代の高校生、大学生にとって人気のアルバイト先であり、本部の募集広告だけで月に4~5人の面接があったので、私の知る限り、どこの店でもそこそこの充足度はキープできていたように思う。
あとは採用者をいかに短期間で戦力として育て上げるかが最大のポイントになる。
アルバイトの教育は、マネージャーによる接客サービスの基本や就業ルールの説明から始まり、次は担当職やアルバイトスタッフに預け、マンツーマンで具体的な仕事の手ほどきを受けるのが一般的。この際、教えるのが上手なスタッフがいると当然ながら効率は良い。
この点、東久留米にはベテランBHの栗原浩二が非常に光った存在となっていた。大学を卒業後、専門学校に通いながらのアルバイトだったので、週の出勤日数も1~2日程度、一度の就労時間も4時間を上回ることはなかったが、新人のBHへ対しての指導はとても詳細なもので、彼に任せておけば、20時間から30時間ほどでBH全ての仕事を教え込むことができた。
BHはとかく縁の下の力持ちと言われるが、実はこの縁の下の力持ちこそ、デニーズの健全な営業の要となっている。
< レストランの基本 = クリーンリネス >は言うまでもなく、駐車場のごみ拾い、雑草除去、トイレ掃除、窓ふき、グリーストラップの清掃、食器洗い、食器補充、バッシング補助等々、あげればきりがないほど大切な仕事を担っているのだ。

「マネージャー」
「はい」

さっきから皿洗いをしていた栗原が、仏頂面を下げて事務所へ入ってきた。

「フォワード、もうないんですけど」
「そうか、すぐ発注しとくよ」
「こないだも同じように君澤さんへ頼んだんですよ」
「そうか、ごめん」
「ほんと、お願いしますよ」

不機嫌さがもろに出ている。
生真面目さは買うところだが、アルバイトの中では最長老であること、前UMに可愛がられていたことなどが、増長を生んでいるようで、正直なところ、使い勝手のいい従業員とは言えなくなっていた。先週の日曜日などは、MDの食事回しの指示を勝手に行い、それを咎めた君澤と激しい口論になり、危うくつかみ合いになるところだった。

「もっと早く回さないとピークに間に合わないじゃないですか」
「そんなこと分かってるよ」
「分かっててなんでやらないの」
「なんだお前、その口の利き方は!」

前UM、そう、梅本さんは35歳だ。私と君澤UMITは同い年の25歳、そして栗原は23歳。
ベテランUMに鍛えられながら切磋琢磨してきた栗原にとって、殆ど年の差のない新米マネージャーの仕事ぶりは、認められるものではなく、また歯痒いものとして映ったのだろう。
そもそも若いマネージャーが人を使うのは、想像以上に難儀だ。特に主婦を中心とする平日のランチメンバーの殆どは年上で、それなりに経験を積んできた人生の先輩だ。よって作業のアドバイスをするにも、注意をするにも常に気を使わなければならず、年長者やベテランを重んじる気持ちを多少なりともアピールしていかないと、思うように動いてくれないことが多々あるのだ。
ちょっとした指示も、“俺はマネージャーなんだ!”とばかりの命令調では反発や反感を食らい、店の統制がぐらつきかねない。

「マネージャー」
「うん、どうした」

さっきからエンプロイテーブルで食事をとっていたMDの石田早紀である。
ちらっとディッシュウォッシュの方へ目をやると、おもむろに声を潜めて、

「栗原さん、なんか最近イライラしてるみたいですね」
「そうみたいだね。なんかあったの?」

どうせ私が原因なのだろうが、何気に訊いてみると、

「分かりませんけど、最近になって“この仕事、もういいかな”って、何度か漏らしてました」

アルバイト歴も3年を過ぎれば、人によってはマンネリを感じるだろう。そんな時、新しい仕事を考えたりもするだろうが、慣れた職場は捨てがたいし、仮に他へ移っても、新しい仕事を一から覚えるのは容易なことではない。
彼もその辺の葛藤に苦しめられているのかもしれない。

「それより、マネージャーの歓迎会をやろうと思うんですが、来てくれますよね」
「おおっ、そりゃ嬉しいね」
「私と香苗ちゃんと、そのほか3~4人ですけど」
「ありがとう、行かせていただきます!」

UMになったばかりで不安が大きい中、こうしてスタッフの方から一席設けてくれるなんて、感慨ひとしおである。

「香苗ちゃんの家はスナックなんで、そこでやります」
「そうなんだ、それは知らなかったな」

こんなやり取りから一週間ほど経ったある晩、MD時田香苗の実家である“スナックLULU”に、私を入れて7名が集まり、歓迎会がひらかれた。
盛り上がる宴の中、発起人の石田早紀と、唯一の年輩、DWの立川さんは共によく飲みよく喋った。彼女達は年齢が親と子ほど離れているのだが、気が合うみたいだ。

「早紀ちゃん、彼氏いるんだったらそろそろ結婚じゃないの」
「いるようないないような、結婚したいようなしたくないようなって感じかな」
「なにそれ、わけ分かんない」

石田早紀は20歳代半ばで独身。以前にOLの経験があるそうだが、大人っぽく、中々の男好きするタイプである。これまで浮いた話も多々あっただろうが、本人曰く、独り身の気軽さが一番らしい。恐らく立川さんはそんな彼女が無性に心配なのだろう。確か立川さんには同じ年頃の娘がいたはずだ。そんな立川さんの心情が石田早紀には分かるから、自然にこんなやり取りができるのかもしれない。
それにしてもデニーズという職場は興味深い。
高校生から上は60歳代までの男女が仕事を通じて切磋琢磨し、そしてコミュニケーションする、れっきとした一社会を形成しており、学校生活だけの学生や専業主婦には到底味わえない人の絡みに溢れ、個々にとっては人生勉強となったり、楽しさにもつながっていく。
但し、職場でできた友人、職場で芽生えた恋と、その社会は良い意味での広がりも見せる反面、問題も多々発生する。特に恋愛沙汰には様々な落とし穴が口を開いて待ち受けており、日頃から十二分な人事管理が必要となっている。
しまったり、MDとBHの恋愛が壊れて、ふたり共々アルバイトを辞めてしまったり、ひとりのMDを巡って、二人のアルバイトが取り合いとなり、負けたKHがそれっきり店に来なくなったり、更には何と社員と主婦MDが駆け落ちして裁判沙汰と、営業体制に支障の出ること屡々なのである。

「マネージャー、、、送ってくれますか」

突然のひとことに場が騒めいた。

「ヒューヒュー、やりますね新店長!」
「おいおい勘弁してくれよ」

それにしても頬を染めた石田早紀、ちょっと危険な艶めかしさを放っている。今日は車で来ているのでアルコールは飲んでいないが、若しも酔っていたら、自制心との戦いになりそうだ。

「だって私スクーターで来ちゃたから、、、」
「マネージャー、送ってあげてくださいよぉ」

傍にいた立川さんがすり寄ってきた。彼女もけっこうな酔い加減で、石田早紀よりもむしろ危なそうだ。場は相当に盛り上がっていたが、腕時計を見ると午後10時を回るところだった。

「それではみなさん、今夜はありがとうございました。これでお開きにしますので、気をつけて帰ってください」

よろけながら立ち上がった石田早紀にMDの時田香苗が声をかけた。

「早紀さん、気をつけてね♪」
「何言ってんだお前!」

スタッフ達との関わり合いも、UMITやAMの頃とくらべて、自然体でできるようになった気がする。
以前はコミュニケーションやトレーニングに際しても、絶えず総責任者である店長のフィルターを意識しないわけにはいかなかったが、その店長の立場になってみると、個々のスタッフとより深まった内容がストレートに交わせ、良いにつけ悪いにつけやり易くなった。しかし裏を返せば、全ての責任がのしかかっているのだから、今まで以上にタガを締めていかなければならない。

「早紀、行くよ」
「お願いしま~す」


「若い頃・デニーズ時代 37」への2件のフィードバック

    1. ありがとうございます。
      デニーズ現役の頃から既に40年の月日が経とうとしています。よって記憶も薄れがちですが、
      それを少しずつ思い出しながら筆を進めるのは楽しいものです♪
      何と言っても私の青春時代でしたから☆

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