「日記」カテゴリーアーカイブ

体調不良 その3

 「肝臓の数値が高い間は、ジョギングなどは控えてください」
 そんなアドバイスをドクターKから受けていたので、ウォーキングも当分の間封印し、家でおとなしくしていた。もっとも体温が37℃近くあれば、歩こうという気分にはならない。ところがやっと一昨日あたりから熱が下がり始め、平熱までもう一歩となってくると、妙に体が軽く感じてきた。
「もう治ったのでは」
「一時間以内だったらウォーキングも大丈夫だろう」
 などなど、身勝手な考えが沸き起こる。日赤での血液検査は数日後だというのに…

 三週間ぶりのウォーキングだ。
 歩き始めは膝まわりに力が入らず、妙な感覚が気になったが、玉川上水の側道あたりからスッスッっと自然に脚が出て、いつものリズムが戻ってきた。出発してから三十分もすると、背中にうっすらと汗をかき、とても気分がいい。
 ちょっと期待していたのだ。
 一年半前から日課としてウォーキングを続けてきたので、この普段のサイクルに戻せば、体調もよくなるのではと…
 検温は朝昼晩と一日三回行っている。ウォーキング再開翌日は、一日を通して平熱まで下がった。気をよくして次の日もまた次の日も軽いペースで歩き続けた。ところが昨日の昼から再び微妙な体温へと戻ってしまったのだ。ウォーキングは勇み足?!
 まったくもってイライラする。

体調不良 その2

 微熱とは言え、三週間近く熱が下がらないのは極めて異常であり、これまで経験のないことだけに不安は大きい。ドクターKは多くを語らないので、致し方なくAIをフル稼働。血液検査の結果と検温データー、そして詳細な病状の推移を打ち込むと、様々な答えが瞬時に現れる。軽度と思われるものから腫瘍熱まで、目を通せば通すほど、気分は奈落の底へと落ちていく。

 こんな状況下、十月十七日の昼の検温よりやっと平熱(36.2℃)に下がり、その後も落ち着きを見せている。ただ大手を振って安心するには、肝臓機能の数値が正常値に戻ったことを確認しなければならない。日本赤十字病院での初診は十月二十四日に決定、恐らくその日に採血をすると思うので、今週中には体調不良の白黒がはっきりするはずだ。

 グレーな毎日の中、元気が出そうなイベントへ行ってきた。
 高中正義の【SUPER TAKANAKA WORLD LIVE 2025-2026】である。
 会場は厚木市文化会館大ホール。ほぼ満席の活況下、二時間+αの素晴らしい演奏は時を忘れた。特にアンコール二曲は熱演で、最初の“READY TO FLY”で一気に盛り上げ、フィナーレの“You Can Never Come To This Place”は、とことんTAKANAKAを聴かせてくれた。

体調不良 その1

 九月下旬のとある日、朝から鼻水が止まらない。もともとアレルギー性鼻炎もちなので、季節の変わり目で頻発することはよくある。なんの疑いもなく鼻炎の常備薬を手に取った。ところが夕方になると怠さと悪寒が出始め、念のために熱を測ってみると37.8℃もある。十月一日~二日は楽しみにしているデニーズOB会初の一泊旅行が控えているし、なにより幹事を買って出ていたので休むことなど到底できない。すぐに床に入り回復へ万全を期した。

 翌朝も熱は下がらず、大事を取って一日安静にして過ごす。ところが昼食前に検温すると36.9℃と下降傾向を示し、気のせいかなんとなく体も軽い。これは回復へ向かっているのだと自己判断、普段の生活に戻った。ただ、朝目覚めたときから酷い腰痛が起き、家の中を歩くにも一苦労。これには参った。

 OB会の一泊旅行は実に楽しく、おかげさんで腰痛以外はなんのトラブルも起きなかった。
 旅行から戻って十月三日。相変わらず腰痛は続いていた。
「ねえパパ、前に病院でもらった湿布があるんだけど、貼る?」
 風呂上がりにこれを貼ってもらうと、冷たさがスーッと広がってとても気持ちよく、その晩はぐっすり眠れ、おまけに翌朝目が覚めると、ずいぶん痛みが引いていた。

 回復へと向かっているのだと頑なに信じていたところ、十月五日の夕方に再び怠さを覚え、検温してみると37.4℃。
「なんだかぶり返したみたい」
「早く寝れば」
 翌朝目覚めると、体が重くなんとなく熱っぽい。ちょっとは下がったが、体温は依然と36.8℃あり、微熱でもこれほど長く熱が下がらないのはこれまでに経験がない。ちなみに平熱は36.4℃ほどだ。どこか深刻な状態にあるのではと不安になり、西久保三丁目にあるK医院で診てもらうことにした。

「なんでしょうね、とにかく血液検査をしてみましょう」
 解熱剤をもらうほどの高熱でもなく、微熱の原因もわからないので、薬は処方されなかった。
 怠い体に鞭を打つだけか…
 翌日午後三時。K医院へ検査結果を問い合わせた。
「肝機能の数値が軒並み悪いんですよね」
「考えられる病気は?」
「これだけじゃなんとも、雑多なウィルスが入っちゃったのかな」
 このドクター、なんとも歯切れの悪い男だ。どのような目星をつけているのかまったく伝わってこないし、詳細に説明した症状に対して、どのように考えているのかもわからない。
「この数値、たまたま上がってしまったかもしれないんで、念のためもう一度やりましょう」
「結果が変わらなかったら?」
「まあ、とにかく採血しましょう」
 熱は下がらないし、肝臓の異常値が変わらないのは気になるところ。ここは素直に指示に従った。実はこのドクター、次回来院までに熱は下がり、怠さも解消してるだろうと安易に予測していたのだ。

 十月十五日。血液監査の結果を聞きに来院すると、
「どうです、怠さは取れましたか?」
「まったく。熱も下がりませんね」
「えっー、そーなんだ… ぼくにはわからないな」
「それより血液検査は?」
「数値は悪いままですね」
 これには落胆。となると十中八九肝臓にトラブルが発生しているということだ。
 ついに来たか、年貢の納め時。断酒である。
 果たしてアルコール抜きで私は生きていけるのか…
「紹介状を書きますので、他の病院を当たってもらえますか」
 鼻っからそのつもりだ。このドクターを相手にしてたら、肝臓うんちくの前に精神がプッツンときそうだ。
「だったら紹介先を武蔵境の日赤にしてください」
 長い戦いが始まりそうである。

デニーズOld Boy’s 西伊豆一泊旅行

「一回ぐらいさ、温泉でも浸かって一泊でやりたいよな」
 定例の飲み会で、ふとYOさんが呟いた。
「伊豆だったらけっこう詳しいから、計画立ててみるか」
 てなことで、いつものメンバーは十月一日~二日の一泊二日で、伊豆を堪能してきた。

浄蓮の滝にて

 集合場所は三鷹北口のニッポンレンタカー。おまかせで用意されていたのは、トヨタのヤリス。でっかい大人が四人も乗りこんで、排気量1000ccは果たして走るのかと、やや懐疑的だったが、そこはトヨタ車、最後の最後まで頑張って走ってくれた。ただ、加速に関しては、一般道、山道、高速それぞれ十分とは言い難く、キックダウンのタイミングも早くて、ややストレスが溜まった。
 東名を裾野で降りて、デニーズ三島北店でランチ。なんと女性スタッフがメンバーのIさんと面識があり、話が盛り上がる。私より数段若く、しかも定年まで働いていた彼なら、まだまだ既存店に知り合いが残っているのだろう。

 雲行の悪さに回復の兆しは見えず、スタートから延々と小雨が降り注いでいたが、ここまで来たら観光だよ!と、天城は“浄蓮の滝”へ行ってみた。数日前から腰痛が酷く、急で二百段もある長い階段は、さすがに応えた。
「すごいな~、でかい滝だね」
「おれ、ここって初めてだよ」
 それでもメンバーの反応はまんざらでもなく、ホッとする。
「しかしこの階段、シンドイな…」
 みんなの息が上がっている。
 途中、東名で事故渋滞に巻き込まれ、一時間以上のロスタイムがあったので、この後は婆娑羅峠経由で宿へ直行した。

  今宵の宿は、昨年末の年末撮影会で利用した、宇久須の【漁火の宿 大和丸】。
 料理とコスパの良さでは群を抜き、一発でファンになったところだ。
「温泉、料理、ぜぇ~んぶ最高!」
「静かなところがいいよね~」
「なんてったって、目の前が海ってのは癒されるな」
 部屋に戻ってからもおしゃべりと酒は進み、結局床に就いたのは午後十一時を回っていた。

宇久須港にて

 翌日は奥石廊のユウスゲ公園まで足を進め、大海原を眺めた。あいにく富士山は雲に隠れていたが、南伊豆の海岸線と、遠くにかすむ伊豆七島の島影は、日常にはない胸のすく眺め。
「こりゃ絶景だ!」

ユウスゲ公園にて

 下田を経由して天城を上り返し、修善寺からは縦貫道に乗って一気に沼津へ。ラッキーなことに沼津港の無料駐車場に空きがあり、車を置くと、人気海鮮店“丸天”でランチにした。昔の暗くてごみごみした感じもよかったが、今は明るく、テーブルも余裕ある配置で、ゆっく落ち着いて食事を楽しめた。注文した天丼は、タレにやや甘みが足りなかったが、イキのいい素材で美味しくいただけた。

 あっという間の二日間であったが、やはり一泊という旅程は、親睦を深めるにはいい仕事をする。
 大変おつかれさまでした。

長生きくらべのできる相手

 自宅玄関前の彼岸花が今年も健気に開花、その美しい姿を披露してくれた。
 植物の持つ生命力ってのは、飛びっ切りのものだ。もしも地球が最終章に陥ったなら、最後の最後まで生き続けるのは恐らく植物だ。“大賀ハス”のトピックスを鑑みれば如実である。二千年前のハスの実が発芽、そして見事に開花したなんて、すでに驚きを越えてロマンチックが大爆発。

 彼岸花の球根の寿命は十年から二十年と言われているが、うまく分球が進めばそれを越えて毎年目を楽しませてくれる。
 ふと可笑しなことを考えた。私と玄関前の彼岸花は、どちらが先に息絶えるだろうかと…
 長生きくらべのできる相手だと認識すれば、友人のように思えてくるから笑える。
 彼岸花は寿命が近づくと、球根の活力低下が起き、その結果、花が小さくなる、色が薄くなる、咲かない年が出てくる、などの変化が表れるようだ。ただ、似たような症状でも、日照不足、過湿、根詰まりなどが続くことによって起きる“疲弊”が原因になることもあり、こんなところは人間となんら変わらない。
 ここまで考えが及んでくると、翌年の開花に興味が向く。地下でスタンバる“球根くん”は、果たして元気にやっているだろうか、はたまたどこかの飼い犬が球根の真上でおしっこを振りまき、困ってないだろうかと、妙な心配をするようになるのでは…