十二月二十三日(火)。義母の介護認定の件で、女房と二人、沼津へ行ってきた。
担当の方が午後一時半に義母宅まで来てくれるというので、早めに出かけてゆっくりランチを楽しむことにした。
「さわやか行こうよ」
「ウェイティング確実だぜ」
「十一時に着けば大丈夫じゃないの」
押しの一本に負け、渋滞を考慮しつつ八時半に出発した。
“さわやか”とは、静岡県下のみに展開するハンバーグチェーンのこと。地元の客だけではなく、県外からも多くの来店がある超繁盛店として有名だ。
到着するとラッキーなことに、ウェイティングは四組のみ。十五分ほど待つとテーブルへ案内された。実はこのさわやか、十一年前に一度利用したことがあり、そのクオリティは経験済み。“まわりはこんがり中はレア”という焼き方がさわやか流。これにオニオンソースは抜群の相性。ボリューミーだがご飯がやたらと進む。ただ、ここにも値上げの波は押し寄せていて、同じメニューが先回は1,058円(税込)、現在は1,760円(税込)とずいぶん上がった。それでもラーメンが1,000円以上する昨今を考えれば、十二分に価値のある一品だ。
「いらっしゃいませ。さわやかは初めてご来店ですか?」
「以前に一度利用しました。ランチメニューの“げんこつ”と“おにぎり”をお願いします」
ハンバーグの大きさの違いだけである。げんこつ250g、おにぎり200gで、その他はすべて同じ。二人ともライスとオニオンソースをチョイスした。
「今日は観光ですか?」
「沼津の実家に用事があってきました。東京からです」
この頃のファミレスには見られないフレンドリーな接客がとても新鮮。
十分ほどで料理が運ばれた。ウェイターがボールのようなハンバーグを二つに切り分けると、焼けた鉄板へ切り口を当てる。ジューッという音とともに盛大な煙が立ち込める。そこへソースをかけると、さらに賑やかになった。
「ごゆっくりどうぞ」
さっそくいただくと、その味はまったく変わらなく、ひと安心。食べ応えのある量だが、女房も私もあっという間に完食した。
「お味はいかがでしたか?」
「おいしかったね」
注文はタッチパネル、料理を運んでくるのはロボット、そしてセルフレジ。人件費削減と効率化を目指しているのだろうが、このように無味乾燥で人の体温を感じられないやりかたには限界がある。仮に目視しているものが得られたとしても、その次が見えてこない。
昼過ぎ。女房を義母宅前で降ろすと、千本浜へとハンドルを切った。介護の用件はだいたい二時半ごろには終わるというので、それまでの間、カメラを持って懐かしい沼津の地を歩いてみることにした。
沼津第二小学校は四年生の二学期から卒業まで、そのあとは沼津第二中学校へ進級し、二年生の夏休みまで過ごした。感受性が旺盛な小中学校生にとって、海、川、山のある沼津はまさに楽園だ。楽しい思い出は数えきれない。
まずは第二小学校。敷地の一角にパン工房があり、給食にはいつも焼き立てのパンを出してくれた。初登校の時、ずいぶんといい匂いのする学校だなと不思議に感じたのをよく覚えている。もちろん焼き立てのパンは抜群においしかった。
千本松原の中を歩くと思い出す。
中学一年の夏休み。部活が終わって家に向かう途中、どこからともなく賑やかな音が飛んできた。もしやと思い踵を返す。音に向かっていちもくさんに歩いていくと、松原のど真ん中でやっているではないか、生のエレキバンドが。
バスドラに“Red Cherries”と記してあり、VENTURESのヒット曲を演奏していた。生演奏はこの上ない迫力と刺激に溢れ、これが発端となって、大学を卒業するまでバンド生活を楽しんだ。
第二中学校の校庭にバスケットコートが見当たらない。まっ、ごく当たり前のことだ。あれから約六十年の月日が流れているのだ。バスケットコートどころか、校舎も完全に建て替えられ、昔の面影は跡形もない。
二中をあとに、通学路である子持川の遊歩道を歩いた。水量は激減したが、その代わり水質はよくなった。種類はわからないが、数百匹を超える稚魚の大群が、光る水面の下、元気に泳ぎ回っている。ここは港湾に至るまで桜が植えられているので、春はすばらしい光景が広がる。
時間がまだあったので、久しぶりに“びゅうお”へ行ってみた。三百六十度の大パノラマが楽しめる沼津港のランドマークだ。天気が良かったので、富士山から沼津アルプス、そして伊豆方面までよく見渡せた。沼津ってのは、本当にいいところにあるのだとつくづく思う。
POLOを停めてある千本浜の駐車場へ向かっていると、スマホが鳴った。
「終わったよ。マックで待ってるね」
「OK」