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バイク屋時代 21 ご紹介

 店の売り上げは順調に推移し、新たな固定客も少しずつ増えてきていた。週末ともなれば馴染み客のたまり場と化し、それはそれは賑やかだ。ただ、これも度が過ぎると、新規客が外から見て“入りにくい店”と思わせてしまう危険性があり、この辺の塩加減は難しい。
 そこで、店頭で何気にバイクを見ている人を発見したら、何はともあれ営業マンがショールームを飛び出し、声掛けをしてみるという流れを考えてみた。つまりのこと、“お出迎え”である。ところが徹底しようと鼻息を荒くしていたら、いきなり営業マンの青木くんがギャラツーへ異動になってしまう。こうなると営業マンは俺一人、手が離せない時は声掛けも難しい。メカニックに頼んでもいいが、職務上手が離せないことが多くチャンスを逃しそうだ。そんなことを考えていたある日、常連の竹上くんが自分の彼女である“なおちゃん”をアルバイトとして紹介してくれたのだ。まさに渡りに船だ。
 なおちゃんの主な仕事は接客とレジ上げだったが、仕事を始めて一週間もすると、俺が商談に入っても、見事なまでに彼女が他の客の相手をしてくれるのだ。
 女子大生の彼女はキュートなうえに愛想がよく、どんな客相手でも満面の笑顔で接し、常連の間では瞬く間にアイドルとして祭り上げられた。彼女とお喋りしたさに来店する男性客が増えていったことは言うまでもない。自宅が川崎とやや遠方だったので、閉店前の十八時には上がってもらっていたが、几帳面な性格ゆえに、レジ上げは正確且つスピーディー。違算金等々の報告も合わせて、退店までにはきちっと終了させた。
「じゃ店長、お先に失礼しま~す」
「おつかれ! 気をつけてな」

 新規客が常連の群がる店内へ足を踏みこむには、かなりの勇気が要る。そこに“お出迎え”が現れると客も安心するのか、常連客がたむろする人口密度の高い店内の商談カウンターまで進み入り、腰を据え購入についての話を聞いてくれるケースが明らかに多くなった。
 そもそも専任の営業マンを置くバイク屋は、当時モト・ギャルソン以外にはなかった、はず。これは大崎社長の戦略であり、バイク屋に四輪ディーラーレベルの接客対応を導入すれば、必ず差別化ができるという考え方が基本になる。たいがいのバイク屋は商談が発生すると、メカニックがその都度作業の手を休めて対応するのが一般的だった。

「レプリカって、やっぱいいですか」
 ギアオイルの交換で来店していた大田くんが突然問いかけてきた。
「どうなんだろう。いいか悪いかじゃなくて、好みだと思うよ」
 大田くんは警備会社に勤める独身男性で、つい最近ヤマハのニューモデル“R1-Z”を購入してくれた。ツーリング好きで、帰りにはたいがいお土産持参で店に寄ってくれた。他の常連客とも少しずつ交流が増えていたが、その親しくなった客の多くがレプリカを所有していたので、色々と考えるようになったのかもしれない。
 R1-ZはエンジンこそレプリカのTZR250のものを搭載しているがスタイルはネイキッド。スポーツ性能を極めるレプリカに対して、高パフォーマンスを殺すことなく、シーンを選ばない乗りやすさを加味したオールランダーモデルに仕上がっている。奥多摩が好きな彼は、ワインディングランに興味を持つようになり、やはりレプリカへと目が行くようになったのだろう。
「TZRはどうですか?」
「俺の弟が持っててさ、一度ビックツーリングで使ってみたけど、RZとの比じゃなかったな。とにかくすべてが軽く感じて、S字の切り返しが気持ちいいよ」
「そんなこと聞いちゃうと、欲しくなりますね~」
「でもさ、R1-Z買ったばっかじゃん」
 んっ!
 そうだ、弟が持ってるじゃないか、TZR250。
 あいつのを大田くんへ売ればいいんだ。弟は手入れがいいから状態に問題はない。
「大田くん、実はよさげなTZRがあるんだけど、すぐに手に入るかわからないんだ」
 彼にその旨を説明すると、びっくるするほどの勢いで乗ってきた。
 そしてひと月後。弟はTZR250を下取りに出して、ZXR750の現行車を新車で買ってくれた。もちろん大田くんはめでたくTZR250を手に入れ、まさにウィンウィン。ちなみに、うちの社員販売規定には家族割引もあり、弟はずいぶんと安く手に入れられたのだ。

 TZRの納車日。
「近いうちに会社の同僚を連れてきますよ」
「ありがたいね~」
 常連客の紹介は、侮れないほど売り上げに貢献する。もちろんその都度会社から謝礼を出していたが、常連達はそんな謝礼よりも、馴染みの店に貢献し、立ち位置を上げたこと、そして新たなバイク仲間ができたことを純粋に喜んでくれるのだ。本当にありがたい!
 二週間後、大田くんは約束どおり、ひとりの男性を連れてきた。背丈は小さいものの、さすがに警備保障勤務だけあってがっしりとしている。大田くんよりふたつ年上だが、一応後輩だそうだ。名前は冨沢くん、高知県の出身である。
「勤め先にバイク乗る人が多いんで、俺も乗ろうかなと思って。ほかにも欲しい人は何人かいるみたい」
「だったらみんな連れてきてよ、バッチリお礼するからさ」
 このパターンは往々にして話半分が多いが、警備保障一派は久々の満塁ホームランだった。なんとこの後、次々に二名の紹介をもらい、さらに冨沢くんと同棲している彼女が、やはりバイクに興味があって、現在教習所へ通っているとのこと。
「ところで冨沢くんは、車種、もう決めてるの?」
「ん~~、アクロスがいいかなって」

 アクロス。スズキが昨年(1990年)発売した250cc四気筒のロードモデルである。レプリカ全盛の時代に、ラゲッジスペースを備えたアーバンモデルということで、発表当初はちょっとした話題になった。ベースとなったのはGSX-R250。このモデルは本格派スポーツを目指し過ぎた嫌いがあり、ふつうに通勤通学や街乗りに使うと、パワーバンドの狭さや、時にはエンジン始動の困難さが目立ち、ライバル車のホンダ・CBR250Rやヤマハ・FZR250と較べて今ひとつ人気が出なかった。
 これは俺の持論だが、排気量250ccで四気筒っていうエンジンは、欠点こそ多々あれども、長所や面白みなどは殆どない。結論を言えば、ぶん回さなければ走らない非常にピーキーなバイクになってしまう。初心者が初めて購入するのであれば、比較経験がないので気がつきにくいと思うが、ベテランライダーが試しに乗ったら、誰しも「これ、走らねーな―」と苦笑するだろう。
 さて、そんなエンジンが載っているアクロスであるが、納車前の試乗をすると、これがびっくり。回転の伸びはGSX-R250と比べておとなしいが、低速から中速までの常用回転数域では、明らかにトルクが増していて乗りやすいのだ。さすがにメーカーの行うリセッティングである。ガソリンタンク部分がラゲッジスペースになっているので、通勤通学の際も荷物が簡単に収納できるし、日帰りツーリングなら、カッパや財布はもちろん、お土産だって入れられる。メットインスクーターの利便さをロードバイクに加味したスズキのアイデアには拍手喝采だ。
 ただ、レプリカ全盛という時代背景と、ラゲッジスペースを置いたことでガソリンタンク容量が減ってしまったという欠点があり、実際の販売台数は寂しいものだった。

バイク屋時代 20 カワサキ・ZXR750

 限定解除を果たせば当然それ相応のバイクが欲しくなるのは人情である。しかし俺の場合、仕事を行う上で早急に必要とする資格だったので、すぐに新しいバイクを手に入れる予定はなかった。それにオーバーナナハンでどうしても欲しいと思うモデルも見当たらず、自分の中では相変わらず“2スト・ニーハン”が魅力的と思える存在だった。
「兄貴さ、俺のTZRだけど、ギャルソンで買ってくれないかな」
「どうした?」
「ナナハンをね、知り合いから譲ってもらえる話があるんだ」
「へぇ~、どんな?」
「ZXR750」
 知り合いとやらがバイクの代替をしようと、下取としてZXRをショップで見積もってもらったら、思ったより安く、同じ価格なら譲ってもいい云々の話が出ているそうだ。

 ZXRはカワサキ初となる本格的なレプリカシリーズで、ナナハンの他に、250cc、400ccがラインナップされている。チームカラーであるライムグリーンの車体は確かにレーサームード満点だし、どこから見てもパワー感がみなぎっていて、発売当初から気にはなっていた。ただ、個性と独自性を売り物にしていたカワサキのニューモデルとしては、やや世の中の流れに乗りすぎた感は否めない。それとタイミングの悪いことに、発売時期が名車ホンダRC30とほぼ同じだったことから、各バイク雑誌で比較記事が連発し、<“機械”としては雲泥の差>とまで書かれたのだ。一般車のZXR750に対し、RC30はレースホモロゲーションを取得するための、言わば本物のレーサーである。比較すること自体がナンセンス。
 と、そんな話が出てから二週間後。ZXRに乗って弟が帰宅した。ちなみに受け取った場所は渋谷で、自宅までは20Km弱の距離があるので、おおよその雰囲気は味わえたはず。エンジンを停止する前にスロットルをひとふかし。大音量にびっくり。
 ところがヘルメットを脱いだ弟は渋い表情。満面の笑顔を予想していただけにちょっと意外だ。
「どうよ?」
「ん……」
「速い?」
「乗りづらい」
「どのへんが?」
「全部」
 全部とはまた厳しい。
「ちょっと乗らせて」
「いいよ」
 限定解除を果たしてからは、仕事でCB750Fを店から民間車検場へ乗っていっただけ。今どきのレプリカナナハンに期待が膨らむ。
 跨って車体を起こすが、これがけっこう重い。カタログデータでは乾燥重量205Kgとなっているが、どうみても眉唾。プラス10Kgはありそうな感じだ。
 まずは井の頭通りを加速していく。十二分なトルクを感じつつ三速へシフトアップ。あとはスロットルワークのみで自由自在に車速をコントロールできる。信号の多い道では若干持て余し気味だが、高速道路を走らせたら面白そうだ。ただ、気になる点がふたつほど出てきた。
 これはちょっとと感じたのは、サスがあまりにも硬いこと。調整で多少はましになると思うが、大袈裟ではなく、ダンピングが殆ど効かず、振動で前方が見えなくなるのだ。
 もうひとつは、右左折の際の重さ。街中だけでの印象なのでなんとも言えないが、加重をかけてもフロントが残る感じで、軽快さがない。ただ、箱根ターンパイクや伊豆スカのようなハイスピードで走れるところだったら、違ってくるかもしれない。とにかく全てのネックはこの硬くて動かないサスに起因すると思われた。それにしても装着されているVance&Hinesのマフラーは音がでかすぎ。抜けすぎているのは明らかで、もっとましなマフラーへ交換すれば、低速トルクが出てきて使いやすくなるはずだ。
 弟の不満は分かった、と言うか、この状態で乗れば大半の人がいい印象を抱かないと思う。ところが俺の場合、若干違った。豪快ともいえる粗削りな猛々しさは、過去に試乗したどのバイクにもないもので、“男カワサキ”を地で行く雰囲気がたまらなくよかったのだ。
 家に戻り、バイクを庭へ入れ、キーを弟へ返した。
「どうだった?」
「なんとなくお前の不満がわかったような気がする。ところでさ、これ、いくらで買った?」
 聞けば予想よりかなり安い金額だ。業界においてはすでに不人気車の仲間入りなのだろう。
「お前が買った値段で買うからさ、俺に譲ってくれないか」
 思いがけない言葉が出てきて、自分でもびっくり。ひとめ惚れってところか。弟も即断してくれ、一週間後には名義変更も済ませた。早々に自分好みのカスタムをしようと、楽しい模索が始まったのだ。

道志ダムにて

 最初にやったことはリアサスペンションの調整。とりあえずフロントはそのままにしておいた。ハンドリング等々、バイクの挙動に関しては、約七割がリアに関わっているからだ。まずはプリロードを合わせ、減衰調整は最も柔らかい位置にした。試乗すると、これだけでも乗り心地はずいぶんと良くなった。ただリーンするときの重さやスムーズさには期待したほどの変化は見られない。これはストックの限界かと、取引業者であるカロッツェリアジャパンの担当営業へ相談してみると、
「オーリンズ、騙されたと思って買ってください!」
 同社は二輪サスペンションの最高峰である“オーリンズ”の国内総代理店である。社外品のサスは、オーリンズ、ホワイトパワー、カヤバ、コニー等々、色々出回っていたが、装着して確かな効果が体感できるのは、やはりオーリンズが断トツである。
「リアだけじゃなくて、フォークのインナースプリングもセットで交換してください」
「売り込むね~」
「効果がぜんぜん違うんですよ」
「わかった。騙されついでに買いますよ」
「ありがとうございます。在庫あるんで、戻ったら発送しときます」
「じゃ、スタッフ特別仕切りでお願いしますね」
「わかってますって」

 足回りの改善を考える場合、サスのセッティングや社外品への交換だけでは片手落ち。最初に行うことは、“第一のサス”と称されるタイヤを新品に交換することだ。タイヤの劣化による挙動の変化は、バイクのそれと四輪車では雲泥の差がある。“タイヤをケチるならバイクに乗るな”の格言があるほどタイヤの健康度は重要であり、サスセッティングはタイヤが新品という前提からスタートしなければ、まったく意味の持たない行為になってしまう。それと空気圧に関してもバイクはシビアな管理が必要。四輪車なら多少空気圧が落ちてきても、カーブを走行する際にキキキっと軋み音が出る程度だが、バイクは下手すりゃ転倒だ。二か月以上空気圧のチェックをしていなければ、なにはともあれ今すぐ行ってほしい。


 さて、タイヤの選択には少々迷った。巷の評判と、うちの常連客の装着率から言えば、ミシュランの59Xが圧倒的だったが、生まれもっての天邪鬼な俺はブリヂストンのBT-50を選んだ。理由のひとつは価格。今でもそうだが、ビッグバイク用のラジアルタイヤってのは馬鹿みたいに高価格で、四輪車のそれと比べればまんま詐欺のレベル。まして輸入物となれば「おいおい、タイヤは消耗品だぜ」と泣き言まで出る。もうひとつはタイヤパターン。BT-50はセミスリック風でレプリカモデルによくマッチすると思ったからだ。それに皆と同じではやっぱり面白みがない。
 前後オーリンズとBT-50に交換したZXRは、正直なところ“別物”へと生まれ変わった。特にハンドリングの素直さは目を見張るほどで、単純な交差点の右左折がこれほど楽しくなるとは思いもよらなかった。これで伊豆スカを走ったらどんな感じだろうと、期待は膨らむばかりだ。

バイク屋時代 19 やるぜ限定解除!②

 衆人環視の下に行われる限定解除試験は、想像以上の緊張感に包まれる。
 毎回受験者数は五十人~六十人ほどで、試験が始まれば、一番目の受験者の一挙一動へ対し受験者全員の鋭い視線が集中する。それだけではない。コースの隣には運転免許証を交付する棟があり、大勢の免許更新待ちの人達が物珍しさと暇つぶし目的でスタート周辺に集まってくるのだ。
その数ざっと二十人~三十人。よって、おおよそ百人近くの視線を受けながらの実地試験となる。とんでもないプレッシャーが襲いかかってくることは言うまでもない。

 試験の流れを簡単に説明すると、スタート~一本橋~波状路~スラロームと、初っ端に基本課題が続くので、いきなりつまづく者も少なくない。続いてクランク~S字と狭路を抜けると短制動。全体的な技術不足、メリハリ不足が明らかな者は、短制動停止後に「はい、スタートへもどってください」とアナウンスが入り、試験中止になること屡々。逆にここを突破できると合格する可能性がぐっと上がる。
 次の坂道発進をクリアすると法規走行に入る。安全確認を基本にメリハリあるスロットルワークを見せつけ、“乗れてるライダー”の印象を強くアピールする必要がある。単に丁寧な運転だけでは合格できない。
 結果から言うと、合格できたのは四回目である。
 一回目:短制動後試験中止。
 二回目:一本橋の途中でエンスト。
 三回目:短制動後試験中止。
 基本課題はみっちりと練習してきたので自信があった。特にスラロームはステップを擦るほどダイナミックにやれるはずなのに、いざ本番となると大きなプレッシャーがかかり、情けないほどリズムに乗れなくなる。とは言え、合格するまでは止められないので、試験中止だろうがなんだろうが、スパッと頭を切り替え次の試験に臨んだ。
 試験当日は本館内にある一室に全員が一旦集合し予約表を提出する。この提出した順番が試験の順番になり、ここから脈拍が上がりだす。
「それでは二列に並んで提出してください」
 着席していた受験生が皆立ち上がり、前に置かれたテーブルへ向かって長い列ができる。
 と、その時。
「あれっ? 武井くんじゃない!」
 なんと三鷹店のメカニック・武井くんが列の中にいるではないか。
「おっ!木代さんも受けるんだ」
「そりゃそうだよ、ここにいるんだから」
 会社の同僚と一緒になるとは夢にも思わなかったが、おかげで心が和み、プレッシャーもいくぶん低減した。書類の提出順から俺は武井くんの次になったはず。
「練習所には通ってんだろ」
「八王子。あそこほら、府中にそっくりだから」
 あんな遠いところまで…..
 武井くんも気合いが入っている。今回の受験者数は六十人弱と、いつもながらすごい人数だ。
 待合室から試験会場へと移る。途中、免許更新待ちがたむろする通路に「今日は見に行くよ」と言っていた弟の姿を発見。もちろん彼も悪戦苦闘中である。
 受験票を手にした試験官が皆の前に立った。
「はい、皆さんおはようございます。いつもお願いしていることですが、いかにもナナハンに乗れてるというような、メリハリある元気のいい走りをお願いしますね」
 もちろんそのつもりだ。運よく外周まで出られたら、峠だと思って豪快に開けてやるさ。
 試験が始まると早いもので、武井くんの名前が呼ばれた。

 FZX750に乗車するとスムーズに発進、ずいぶんと落ち着いている。これは相当な練習を積んできたに違いない。基本課題は慣れたものでまったく危なげがない。引き続き短制動も問題なく終了。すわ合格か?!と思いしや、次の坂道発進に着いた時、非情にもマイクのスイッチが入った。
「スタート地点へ戻ってください」
 えっ? あそこまで進んで不合格?? これはかなり厳しい判定である。
「次のかた、乗車してください」
 おっと、人の心配をしている場合じゃない。俺の番だ。彼には悪いが、武井くんが落ちたことによって肩の力が抜け、これまでになくリラックスできている。
 見てろよ、俺の走りを!
 今日の試験車両は三台ともヤマハのFZX750だ。ジェネシスエンジンを搭載するスポーツクルーザーで、癖もなくパワフルで非常に乗りやすい。
 基本課題は可もなく不可もなく通過、殆ど減点はないはずだ。短制動は完璧に決めてやった。停止した時点で試験中止のコールなし、さらに気合いが入る。
 狭路は難なく通過、法規走行へ。コーナーの立ち上がりではスムーズにスロットルが開き、リズムに乗ってきたのがわかった。障害物の側方通過では、減速時にシフトダウンが決まり、まるで峠を走っている感覚である。この時点で「いける!!」と確信。
 無事スタート地点へ戻り、下車の後、試験官の前へと進む。
「よかったですよ、合格です」
 合格時に試験官より差し出される黄色いカードを手にすると、これまで味わったことのない大きな喜びと安堵が胸いっぱいに広がった。
 うぉっしゃぁぁぁぁ!!!
 フェンスの端にいた武井くんへカードを見せびらかす。
「くっそぉぉぉ…..」
「お先ぃ~♪」
 彼のいかにも羨ましそうな顔を見ると、思わず笑顔がはじけた。ちなみに武井くんはこの悔しさをバネにしたのだろう、次の試験で合格する。

バイク屋時代 18 やるぜ限定解除!①

「兄貴さ、限定解除しなくていいの?」
 そうなのだ。バイク屋の店員がナナハンに乗れないなんて、全く話にならない。

 タイミングを見計らい、近々に限定解除へのトライを始めようと考えてはいるが、なんと言っても非常に難関な実施試験をパスしなければならないので、それなりの準備を行う必要があった。勢いだけで受験しても合格する見込みはほとんどない。府中自動車試験場での合格率は5~6%と言われており、しかも受験回数五回以内で合格するには、受験ノウハウを売りにしている限定解除練習所に通わないと、かなり厳しいというのが定説だ。
「お前は受けないの?」
「考えてる」
「そーなんだ、じゃ、いっしょに練習所探そうぜ」
 それにしても内向的な弟がここまでバイクに嵌るとは正直びっくり。
 さっそく通えそうなところを数校リストアップした。有名なところは“鬼のナカガワ”の異名をとる中川教習所だが、ここの印象はぼちぼちである。入社直後の話になるが、
「木代くん。トラックに検切れのCB750F積んであるから、限定解除の中川まで行って売り込んできてよ」
「あの過走行のおんぼろですか?」
「そうそう。所内でしか使わない教習車にはちょうどいいんだよ」
 なるほどね、そんな販路もあるんだと、半分感心しながら中川教習所へ向かった。到着して、車両担当と思しき人にその旨を伝えると、
「CBかぁ、、、いらないな」
「うちの社長、安くするって言ってますよ」
「CBって壊れやすいんだよ。特に電機系がね」
「へ~、じゃ、壊れにくいのは?」
「スズキかな。GSXなんか丈夫だよ」
 これはちょっと勉強になった。教習所という一般とは異なる使用環境になると、車両の評価も変わってくるのだ。
「わかりました。じゃ、またよろしくお願いします」
 せっかくなんで、所内をちょっと見まわしてみた。二名の生徒が狭いコース内で黙々とターンやスラローム等々の基本を繰り返し行っている。教官に教わるでもなく、ただ淡々とやっている。それにしても、教習料金を払ってこんな“自習”ばかりでは、入所する価値があるのだろうか。
「なんかさ、八王子に府中試験場とそっくりなコースを使うところがあるらしいよ」
「ああ、それモトテクニカだよ。だけど遠すぎて無理だな」
「でも一度見学の価値はあるかも」
「じゃ、次の休みに行ってみるか」

 河川敷に作られたコースはさすがに広大である。中川教習所や自宅近所の悪名高きRTCミタカとは比較にならないレベルだ。本番と似たようなコースで練習すれば、確かに合格率は上がるだろうが、やはり実際に訪れてみると遠すぎた。自宅へ戻って再度よさげなところを物色。すると、練馬にある都民自動車教習所で、限定解除の短期集中コースなるものを発見。教習は五回だけで、料金も他と比べて格段に安いのだ。
 さっそく弟と出かけてみると、他の教習所と比べて格段に生徒の数が多く、物凄い活気に溢れている。まずは受付で短期集中コースの説明を聞いた。府中攻略本なるものを見せてもらい、基本課題である、スラローム、波状路、狭路等々を五回に分けてみっちり体で覚えてもらい、最後に攻略本に沿って試験の際の留意点をレクチャーされるという流れだ。
「どうだよ?」
「いいね」
 その場で申し込み手続きを済ませ、次の休みから練習がスタートした。
 初っ端は威圧感のあったナナハンだが、少し慣れてくると、400ccクラスよりトルクがあるせいかスロットルコントロールが容易、すぐにリズムをつかめた。特にスラロームは格段に楽しい。スピードが乗ってくると倒しこみが深くなっていき、そのうちにステップを擦ってしまう。すると、
「無理するな!」
 と、メガホンから教官の大声が飛んでくる。
 教習は楽しく進み、あっという間に五回が終了、卒業となった。課題には自信がついたし、肝心な検定コースの注意ポイントもばっちりと頭の中へ入ったから、もう受験したくてしょうがない。
「いつ受ける?」
「兄貴は?」
「もう、申し込んだ」
「おっ!」
 教習の最終回が終了すると、その足で府中試験場まで行き、受験料三千三百円を収めてきたのだ。この際、初めて受験するものに対し事前審査なるものが課せられ、取り回しと引き起こしを行った。仕事で普段からバイクを扱っているから、なんのこともなかったが、使われたおんぼろのCB750Fのタンクの中には、ぎっしりと砂が詰め込まれていてかなり重かった。俺だからいいが、小柄な女性だったら悪戦苦闘間違いなし。
 試験の様子は外部からよく見渡せた。二輪専用コースと言っても道路の幅員はけっこうあり、全体も広々としている。西隣は四輪車の試験コースになる。ちょうど試験が始まったばかりのようで、待機している大勢の受験者は眼前を走る試験車両に釘付けだ。試験車両は四台で、ヤマハのFZX750が三台とホンダのCBX750ホライゾン。都民自動車教習所ではホンダCB750Fしかなかったので、その辺がやや不安だったが、いずれにしてもマルチエンジンだから特性はそれほど変わらないだろうと己に言い聞かせる。
 さあっ来週、勝負だ!

バイク屋時代 17 Vespa 2

 いぶかる社長に無理やり頼み込み、ふたたび怪しい業者へビンテージ第二弾を依頼。おおよそ一か月後に追加の三台が到着した。一度目の印象がよかったので、皆で意気揚々と開梱を始めたが、車体があらわになっていくにつれ、先回と様子が違うことに気がついた。上部がすべて開くと吉本くんの視線が“中身”に張りついた。
「やられたか……」
 木枠から出てきた車体には、ベスパに詳しい者ならすぐに気がつく異変があった。オリジナルにかなり手が加えられていたのだ。ラリーと称する車体のレッグシールドが5㎝以上も削り取られていて妙に幅が狭く、これではベスパの持つ美しいラインが台無しである。その他の二台も意味不明なところに穴が開いてたり、おそらくカンペだろうが、質の悪い塗装が施されていたりと、商品にするにはかなりな手間と費用がかかるのは一目瞭然である。
 事の顛末を社長へ報告すると、
「だから危ないって言ったんだよ……とにかく輸入業者へ連絡してなんとかクレームにしよう」
 返品こそ叶わなかったが、社長の強い押しで、仕入れ価格をかなり下げてもらうことには成功した。これで最低限の加修を施し、なんとか販売していくしかない。
「今後ビンテージの扱いは一切禁止。いいね!」
 吉本くん、今度ばかりは平身低頭である。

モト・ギャルソン吉祥寺店

 一方、バイク雑誌に掲載した【モト・ギャルソン コンプリートベスパ】の広告は予想以上の反響があった。当初はいくら改善改修した完璧なベスパを謳っても、メーカーの希望小売価格より高い販売価格などというものを、はたして消費者が受け入れるか不安だった。世の中、値引きなしでバイクを買うなんてことはありえない状況にあった。ところが、電話問い合わせや実際に来店してきたお客さんと話をすると、コンプリートベスパの高評価はもちろんだが、具体的な給油方法のレクチャーや、特に【乗り方教習実施しています】の文言に惹かれて興味が湧いたとの声が予想以上に多く、バイクに乗るのは初めて、または50ccのスクーターだったら乗ったことがある等々、大半が超初心者だった。
 運転操作について言えば、ベスパは一般の国産スクーターのようなオートマチックではなく、発進には半クラッチ、加減速には変速操作と、普通のバイクとまったく同じなので、排気量100cc以上のベスパ100やET3に乗るなら自動二輪免許保持者だから問題はないが、最も問い合わせの多かった50sは、実地試験不要の原付免許か普通乗用車免許があれば法規上は運転可なので、たいがいの人たちは二輪操作未経験だ。案の定、販売が始まってみると、50s購入のお客さんのほぼ全員が乗り方教習を希望した。“乗り方教習実施しています”のキャッチが当たったのは嬉しかったが、その分納車の際には恐ろしく手間がかかる。交通量の比較的少ない裏路地へ連れて行っての教習になるが、公道なのでまったく車が来ないなんてことはありえず、非常に神経を使う仕事になったのだ。
「そうそう、もっとゆっくり離してね」
 十六歳の女の子の顔は強張り続けている。
 おっと、またまたエンスト。
「じゃ、いったん路肩へ寄せてからエンジンかけよう」
「う、動きません、、、」
「さっきも言ったでしょう、ギアをニュートラへ入れなきゃ」
「は、入りません、、、」
「ちょっと前へ押し出す感じで、スナップきかせて」
 バイク操作を一から教えるのは容易でない。
 なんとか発進ができるようになっても、新たに冷や汗をかく。
 なにも指示しなければずっと一速で走り続けるのだ。だから並走しながら、
「二速へ上げて!」、「はい三速!!」ってな感じで指示を出さなければならない。
「はいはい、いいよいいよ、そのままそのまま!」
 三速まで入ったはいいが、眼前には早くも交差点が近づいてくる。
「ブレーキ!ブレーキだよぉ!」
 ベスピーノのブレーキ操作は独特だ。恐ろしいことだがフロントは殆ど効かないので、いかにリアを上手に使うかがポイントだ。
「OK、OK!」
 なんとか止まったところまではよかったが、またもやエンスト。
「止まる直前にクラッチ握って一速へもどさなきゃって言ったでしょ」
「は、はい、、、」
 こんなやり取りが、毎週末延々と続くのだった。
 しかし苦労のかいあってか、ベスパの売り上げは順調に推移し、新車販売台数は開始から一年を待たずして、全国で三番目に入るペースへと成長した。ちなみに一位は専業店のホノラリー、二位は神奈川県の丸富オートである。


 しかもこの空前のぺスパブームに乗るように、大手出版社であるBBC BOOKSより、ベスパのすべてを紹介する【VespaFILE】という本が刊行されることになり、その取材先のメインとしてモト・ギャルソン吉祥寺店が選ばれたのだ。スタンドのかけ方から簡単な操作法に関しては俺、メンテナンスに関しては吉本くんが担当した。取材と写真撮りに半日以上も要し、どのような本に仕上がるのかとワクワクである。
 この頃になると店の雰囲気にちょっとした変化が生じてきた。来店客にモッズ風が多くなり、峠帰りのつなぎ姿の常連さんとバッティングしたりすると、絵柄のアンマッチングが甚だしい。
 いったいこのバイク屋、なにをメインに売っているのか?