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バイク屋時代55 落札!

 毎週水曜日のBDS詣でが始まったのは、新緑の燃えるころ。急激な気温の上昇は、慣れない仕事で疲れがたまる心身へ追い打ちをかけた。
 さて、仕入れ専用車として貸与されたハイエースだが、この車はそもそも商用車である。ルーフに多少の断熱処理をしてあるほかは、もろ鉄板だ。夏の直射が当たればキャビンはすぐにサウナ室へと変貌する。普通にエアコンが効けばそれほど問題にはならないが、日ごろのメンテを怠っていたのだろう、吹き出し口からは温い風しか出てこない。オークション開催日は、短くとも四時間はハンドルを握っているわけで、この劣悪な環境が疲労の原因になったことは言うまでもない。
「社長、ハイエースのエアコン、修理に出しますよ」
「なるべく安くね」
 三鷹にある知り合いの修理工場であんばいを見てもらうと、
「これ、かなり錆びがひどいんで、ちゃんとやると十五万円はいっちゃいますね」
「とりあえず冷風が出てくればいいんですが」
「なるほど、沖縄ナンバーだ。あっちは潮風すごいから錆もね~」
 一週間後。修理完了したエアコンから冷っとした空気が出てきたときは、シンプルに感動した。

 BDSまでの所要時間は、首都高さえ混んでなければ二時間弱。足繁く通うにはかなりな距離ではあるが、現車確認は外せない。いいものを可能な限り安く手に入れる最も確実な方法だから。
 BDS初日は期待感がふくらんだ。出品表を見ると、電動アシスト自転車のエナクルが十一台も出ていた。これまでの落札価格で行けるなら全部欲しいところだが、まずはものを見てからだ。

 駐車場へ車を置き、展示場の入口をくぐる。いきなり目に飛び込んでくるのは、すさまじい数のバイク、バイク、バイク。この中から買付表に記した二台のモンスター、S4RとS2Rをまずは探さなければならない。出品番号順に展示エリアが割り振られていて、しかも輸入車はまとめて置かれているのでおおよその場所はすぐにわかった。それでも入り口からはかなり歩く。
 最初のご対面はS4R。外装、フレーム、油脂漏れ、消耗パーツの度合いを確認したら、エンジンをかけ て、音、排気煙、ミッションなどを確認する。ほぼノーマル車、立ちごけレベルの転倒跡が左右にある。出品評価を見ると五点がついている。品質評価士による評価は十段階で、五点以上が問題も少ない上物で、八点越えは極乗車、十点は新車である。反対に四点以下は、加修にそれなりの金額を覚悟しなければならなく、二点以下は部品取りと考えていい。次のS2Rは、ざっと見てもきれいで、加修はそれほどかからないように思えたが、エンジンをかけると異音が気になった。クラッチは湿式だが、わずかに乾式のようなノイズが出ているのだ。評価は四点。コメントには“※エンジン異音”と記してあるが、BDSの品質評価士がどれだけドゥカティのことを掌握しているかは疑わしい。なぜなら、車両が乾式クラッチの場合、ほとんど“※エンジン異音”と記してあるからだ。乾式クラッチの音ってのは、ドゥカティを知らない人に聞かせれば、ガラガラガラと、あたかもエンジンがぶっ壊れているのではと感じるはずだ。しかも中古車の場合、クラッチの金属カバーをカーボン製などの開放タイプに交換していることが多く、そうすればなおさら音が外へ飛び出し、やかましくなる。
 二台は綿密なチェックの上、合格とした。あとは落札できるかどうかだ。時間が押し迫っているので、この後すぐに自転車展示場へと向かった。

 エナクルの実際の出品数は八台に減っていた。そのうちの二台は錆がひどくパスしたが、残った六台は、見た目も電装関連も特に問題はないようなので合格と判断。仕上げに必要なケミカルやショートパーツ、そしてチューブ、タイヤは、格安品をすでに入手してあるので、落札したらハイエースに載せて持ち帰り、すぐにでも仕上げ作業にかかれる。

 さあ、初の入札だ。少しドキドキしながら応札室へ入り、左通路側の席を陣取った。スタートは午前十時、もう間もなくである。壇上に係員が数人並び、挨拶が始まった。周囲を見回すと、ほぼ六割の入りだ。
 正面の大画面に四台のバイクが映し出され、オークションがスタート。最初に競るのは自転車。右端のDレーンへ集中する。エナクル一番から四番まではだれも押さなかったので、すべて一台7,000円で落札できた。残りの四台には若干の競りは入ったものの、9,000円から10,500円で落札。結局八台すべてを手に入れた。幸先上々である。ドゥカティの二台は午後になるので、ハイエースを自転車展示場へ回して、先に積み込みを終わらせた。時計を見るとそろそろお昼、食堂へ行ってランチだ。

 BDSの会員には、来場するたびにIDカードへ2,500円分の食事ポイントがオンされ、好きなものをメニューから選ぶことができる。レストランコーナーではステーキから寿司まで、隣の喫茶コーナーでは各種飲み物、サンドイッチなどの軽食、ケーキ類と、ほとんどのものがそろっている。朝来場したらモーニングコーヒー、昼は生姜焼き定食、そして帰りしなには紅茶とチョコレートケーキと、これだけいただいてもポイント内で収まるのだ。

 応札室へ戻り、十三時半にS4Rが始まった。0円スタートだからすごい勢いで上がっていく。35万円で売り切りとなると、やや上昇速度は落ちたが、それでも合間なくランプが点灯するのは、落とそうと頑張っているショップがあるのだ。ちなみに競りのボタンを押すと、該当車両にランプが点灯する。買付計画は上限40万円なので緊張が走る。しかし勢いはそのままに40万円を超え、まだひっきりなしに点灯している。こうなると気持ちはイケイケだ。45万円になってしまったが、やけくそになって押してみると、ランプは追ってこない、落札である。オーバーしたがここはドンマイ。整備する際に大きな問題さえ出てこなければ、60万円以上の売値はつけられそうなので十分商売になる。
 一時間後、次はS2Rだ。
 20万円売り切りからぐんぐん上がっていく。買付計画は35万円。
 S4Rと比較すると、市場での人気はいま一歩。四点ものなのでいけそうな気がする。参考までに、S4Rはスーパーバイク996の水冷エンジンを搭載した最高出力119馬力のモンスター。S2Rは排気量800ccの空冷エンジンを搭載し、出力も77馬力とおとなしいが、湿式クラッチ仕様で抜群に乗りやすいモンスター。
 30万円は超えたが、そろそろ落札しそうな雰囲気である。そのまま押し続けると32万円で落とせた。
 自転車に次いで、バイクも計画通りに買え、興奮冷めやらない初オークションである。

 自転車は共進倉庫へ運び込み、俺自ら仕上げ作業を行うが、ドゥカティは杉並店の大杉くんと相談の上、外注という形で仕上げてもらう。
「二台買えたって?」
「まあね。そんなに急がないから、よろしくたのむよ」
「OK。じゃ、明日にでも持ってきたら」
「だいじょうぶなんだ。じゃ、お言葉に甘えるね」
 こんな流れである。
 ところが二台のモンスターを持ち込んだ翌日、整備していた坂上メカから電話があった。
「部長。S2R、高くつきますよ」
「えっ?! まじかよ」
「まじです。クラッチスプリングが一か所折れてました」
「だからちょっと変な音がしてたんだ。お手柔らかにな」
「いや、バッチリいただきます」
 後日、杉並店から請求書のFAXが届くと、通常の仕上げ整備とは別途に、部品代並びに交換工賃として60,000円がオンされていた。これで最終原価は40万円を超えたが、それでも7~8万円は抜けると見込んでいる。中古商売はある意味博打。えらく儲かることもあれば、赤字になることもある。やるべきことは、さらに目利きの力を上げ、売り買い相場に精通できるよう努めることだ。
 モト・ギャルソン各店で下取車のある商談が入ったときは、基本的に俺へ一報が入り、車両詳細を聞いたうえで、下取り額を回答する流れになっている。常に現状の相場や売れ筋をつかんでいれば、下取った車両をBFで直販するにも、はたまたオークションで売るにしても、利益幅を大きくできるチャンスが生まれるわけだ。

 さて、それはさておき、手に入れた八台の電動アシスト自転車エナクル。これをいち早く仕上げ、売りさばかなければならない。ドゥカティ二台は、グーバイクへアップデートすればいいが、自転車にはそのような販売サイトがないので、ヤフオクを頼ることにした。どのような反応がでるか楽しみでもある。
 グーバイクには先日BFとして新たなIDを取得した。予算がないので、掲載台数4台のもっとも小さな契約枠だ。この四台枠をいかに効率よく回していくかで先々は決まる。
 いきなり仕事量が一気に増えたが、久々にやる気が出てきた。

バイク屋時代54 買うぞ、BDS!

 急務は新たな商材の入手だ。不良在庫を売るだけではすぐに先が見えてくる。そもそも俺はバイク販売一本で歩んできた。当然、販売スキルは社内の誰にも負けない。国産時代から手掛けてきたので、現行のハーレーやドゥカティはもちろん、発売が一九八〇年代以降の国産バイクなら十分な商品知識を持っている。BFはハーレージャパンとは全く関係がないので、なにを売っても自由。だったら今後の商材は中古バイク以外にはないと、素直に方針がまとまった。ただ、商材の仕入れは難しい。一般ユーザーが売却を考えれば、大々的な宣伝広告を行っている、バイク買取り業者大手の“バイク王”や“レッドバロン”へ依頼するのが流れだ。一般ユーザーからの仕入れはベストな方法だが、悲しいかな町のバイク屋が入り込む余地はない。

BDS柏の杜会場

「社長。BDS使いたいんですけど」
「うん、いいじゃない。木代くんは会員登録済だけど、会場には行ったことないよね」
「ええ」
「おれも久しく行ってないから、見学かねがねいっしょに行くか」
 BDS柏の杜は、東京ドーム2.5個分という国内最大規模のバイクオークション会場だ。所在地は千葉県の柏で、国内外問わずあらゆるバイクが平均三千台以上並び、資金と運さえあれば希望の車両を手に入れられる。BDSの利点は現車チェックが可能なこと。出品表に欲しいバイクがあれば、現車を前にして心行くまで状態の確認ができる。BDSの次に規模の大きいオークネットは、通信オンリーなので、バイクのレベルは査定士の評価点を信じるしかない。ただ、もちろんBDSでもリモート応札は可能だが、せっかく現車確認ができるのだから、自分の目だけを信じて買い付けたいもの。 
 大崎社長のパサートに乗り込むと、首都高~中央環状~常磐道・柏IC~R16と進んだ。所要時間はおおよそ二時間弱。社長も久しぶりだったので、会場の直前まできて道に迷い、住宅街を右往左往。やっとのことで到着すると、BDSの規模に目を見張った。
 係員に案内された応札室へ。空いた席に二人並んで着くと、実際にシステムを使ってのレクチャーを受けた。見回せば約半分ほど席は埋まっていて、皆モニターへ真剣なまなざしを向けている。

応札室

「ハーレー、あんがい安いんだな。買いたくなるね~」  
 三十分ほどモニターを眺めていると、なんとはなしに相場がわかってくる。やはり国産の落札額は高く、人気のほどがうかがえた。反面、ドゥカティは車種問わず安く、ハーレーも含めて輸入車は十分に買いの価値はありそうだ。それにしても驚くのは国産の旧車。ホンダCBX400FやカワサキのZⅡ等々だ。落札額は新車価格をはるかに超えており、二~三年前から始まった旧車ブームがブームには留まらず、新たなビジネスジャンルとして定着しているのが実感できる。
 だいたいの流れはわかったので、応札室を出て他の施設を見て回った。
 部品オークションの倉庫を覗くと、様々なものがこれまた大量にスチール棚に並んでいる。一応確認したが、ハーレー、ドゥカティ関連はごくわずかしかなかった。

サンヨー・エナクル


 そして意外や興味を引いたのは自転車オークション。ロード、クロス、ママチャリ、そして電動アシストまで並んでいる。ロードやクロスは新車が多いが、フレームサイズを見ると、極端に大きいものと小さいものがほとんど。いわゆる売れ残りだ。落札額を確認すると、ものによってはけっこう安い。なかでも電動アシストの出品は、そのほとんどがサンヨーの“エナクル”。ニッケル水素バッテリーを使った旧型だ。落札額は一万円以下と激安。三台ほど作動確認をしてみると、バッテリーが弱いがどれも通電OK、アシストも効く。充電器が付属しているのでこのまま売ることができそうだ。
 昨今、電動アシスト自転車の人気はうなぎのぼり。人気モデルになると納期が半年後になることもあるそうだ。メインのユーザーは小さい子供のいる主婦で、後ろには子供、前かごには買い物を満載しても楽に発進でき、ちょっとぐらいの坂ならスイスイと上っていくから人気が出るのもうなずける。ところが新車価格が高いのがたまにきず。パナソニックやヤマハの中堅モデルになれば十五万円以上はする。
「社長、うちは古物商をもってるから、自転車組合には入れますよね」
「だいじょうぶだと思うよ」
「バイクはさておき、その前に電動アシストを売ってみようかと」
「儲からないんじゃないの」
「仕入れ資金がわずかだから、手始めにはうってつけですよ」

 販売組合に加入しないと防犯登録を発行できないので、申請方法を調べると、まずは所定の種類を作成し、秋葉原にある販売組合の事務所へ持参するとある。訪ねてみると、一時間ほど、防犯登録の発行、管理、そして報告書の記入方法のレクチャーを受けた。それから一週間後、グッズ一式が到着、発行が可能となった。実に簡単だった。

 HD調布には、以前HD沖縄が使っていたトヨタのハイエースがある。ディーゼルエンジン、ロングボディーのハイルーフだ。ハーレーイベント時にしか使ってないこの車を、買付け用として借りることになった。載せ方にもよるが、自転車なら十台近く、バイクだと、250ccクラスで二台、ハーレーなら一台といったところか。この車、俺のBF時代の良き相棒となって、BDSまでの往復140kmを何度駆け巡ったことか。

 倉庫の雑多なパーツの処分は大方完了できたので、切りのいいところで仕事のメインを買付へとスイッチした。最初に行ったのは買付計画表の作成である。買いたいバイクの売り相場から売価を想定し、最低限の利益を決めれば、仕入れ額の上限が算出できるような計算式をインプットした。熱くなる競りの際に、ボタンの押しすぎを防止する役目もある。せっかく競り落としても、儲からなければ意味がない。
 試しに直近の落札データからシミュレーションしてみると、現実が見えてきた。全般的に人気のある国産バイクは、とても買えそうにないこと。例を挙げれば、売り相場三十万円ほどのヤマハ・SR400の落札額が二十万円台後半と、わけのわからないことになっているのだ。競り落とした店は、いったいいくらの売価をつけるのか。おそらく諸経費+αほどの利益しか考えてないだろう。二輪業界の儲からない実態を垣間見るようだ。
 これに対してドゥカティだと十分な勝算が見込め、ホッとすると同時にニンマリである。一般的な二輪中古販売店は輸入車を嫌う。相対的な人気がないし、整備の際にも独特なノウハウが必要になるからだ。ハーレーは輸入車の中では人気が高いが、モデルによっては十分ビジネスになりそうだ。人気のスポーツスターなどはうまみがないが、ツインカム88あたりのソフテイル、ダイナだったら、かなりな上物でも安く落とせそうだ。
 とりあえずドゥカティの目利きには自信があるので、買付計画に二台のモンスターを選んでみた。あとは例の電動アシストがいくらで落札できるかである。BDSの開催日は毎週水曜日。総務に仕入れ予算を確認し、さっそく来週にでも行ってみよう!

バイク屋時代53 在庫整理から!

 モト・ギャルソンの倉庫スペースは、共進倉庫の一角を間借りしていてとても広い。バイクだけを並べたら優に二十台はいけるだろう。ざっと見まわすと、正面壁際にハーレーの部品と思しき段ボール箱がずらっと並び、右手の二列の棚には古い洋用品が雑多に置かれている。手に取ってみると、なんと俺が入社したころに店頭を飾っていたレインウェアやブーツカバーだったが、おそらくすべて新品。隣の箱にはおびただしい数のウィンカー、レバー、その他雑多なものが放り込まれている。見たところほとんどが国産バイク用だが、どんな車種に適用かは不明。棚の一番奥にはパーツが裸で置かれている。見覚えのあるバックステップはV-MAX 用、二本まとめてあるサイレンサーはドゥカティモンスター900のノーマル、それとドゥカティのドライクラッチカバー、カーボンが二つ、アルミが一つある。どれもきれいですぐにでも売れそうだ。

飛田給第二倉庫

 壁際に積まれたハーレーの段ボールを一つ引き出して開けてみると、物凄いほこりが舞い上がり、思わずむせた。ここで作業を行うにはマスク必須。怠れば間違いなく呼吸器系疾患に罹るだろう。
 さて、だいたいどのようなものが置かれているかはわかったが、厄介なのは、2/3以上を占めるハーレーパーツの対応だ。まず棚卸資産とその他を区別しなければならないので、まずは膨大な在庫の一覧表を作ることからスタートだ。ただ、新品と思しきものには箱に商品名と品番が明記されているので、問題なくカウントできるが、明らかに箱と中身の異なるものがけっこうある。
「社長、ハーレーのパーツに詳しいスタッフと一緒にカウントしないと、一覧表自体が作れませんね。それにあまりに量が多いんで、俺一人じゃいつ終わるんだか、、、」
「とりあえず下山くんをつけるよ。短期間だけどハーレー店にいたからね。あと、不明パーツは分けておいて、まとめて武井店長に確認してもらおう」
 こうして俺と下山くんの二人は、エアコンのない極寒の薄暗い倉庫の中で、来る日も来る日も一覧表作りに励んだのだ。狐久保のハーレー中古車店を閉店させた後、下山くんはひとまずHD調布の所属となり、就活をしつつ雑多な仕事をしていた。
「木代さん、これが夏だったらまちがいなく行き倒れですね」
「まったくだ」

 なんだかんだで一覧表作りは一か月を要した。倉庫にあるのはHD調布のものだけではなく、HD東村山やHD沖縄のものまであったので、武井くんでも判断しかねるパーツが山ほどあり、HD東村山の店長になっていた社長の息子の茂雄くんを呼んでチェックしてもらった。 
「この三つの箱は全部沖縄から来た分で、ほとんどが古い社外パーツですね。今じゃ使い物にならないものばっかりですよ」
「ヤフオクでも売れない?」
「いやぁ~、無理じゃないかな」
 この他に、自動納入と称したキャンペーン時のパーツ、誤発注品、お客さんが引き取りに来ないもの等々、よくぞここまで貯めこんだものだと呆れてくる。倉庫の家賃に眠った大量の在庫。きちんと管理されていれば、相当な利益が上がっていたはずだ。
 いちおう社長立会いの下、webを使って売るもの、とりあえず在庫するもの、そして処分品とにわけた。さらにヤフオクへ出品すると同時に、HD調布のHPにもアップする商品を選別した。ヤフオク担当は俺、HPへのアップは下山くんが行うことになった。ここまできてやっと具体的な仕事が見えてきた。
「木代くんさ、ついでにGMD(ハーレー業界では一般的にアパレルのことを指す)のデッドも売ってよ」
 おいおいおい、、、
「いいですけど、品出しと一覧表づくりは誰かやってくれるんですよね」
「それじゃ会田さんにお願いしようかな」
 会田さんはHD調布の女子営業マンだ。
 こうしてやっとwebへのアップ作業が始まったのである。売れた商品のモト・ギャルソン分は、販売額の○○%を手数料としてBFが計上、棚卸資産に入らない不明商品(ほとんどはもらったもの)、つまりは国産時代、ドゥカティ関連の雑多なものは、いったんBFが仕入れた形にし、そのうえで売上計上をすることにした。

 さて、このアップ作業、やってみるとけっこう大変である。商品の一覧表作り、売価の決定、写真撮影、商品説明文の作成等々、どれも時間を要する。一日中PCと睨めっこになるので、目は疲れる、腰は痛くなる、肩はこると、バイク営業の仕事とはまた違った疲労がたまっていった。
「部長、これお願いします」
 会田さんが段ボール箱を抱えて裏口から入ってきた。
「えっ? それも撮影分?」
「シャツが十枚ほどですかね」
「わかった。じゃ、幕立てといて」
「はーい」
 アパレルの撮影は、画像加工の際の“背景消し”を容易に行えるよう、商品の背後にシーツで幕を張った。こうして写真のクオリティを上げないと、自社HPへ載せる際に全体のバランスが悪くなるし、またヤフオクでもウォッチの件数に影響してくるのだ。
 通販を始めてみると、右から左へは半数ほどで、それ以外は事前に電話またはメールの問い合わせが入る。これをいかにうまく対応するかによって売上は大きく変化した。そう、閉店した狐久保のハーレー中古車専門店では、的確な返答ができなかったり、メールの着信を何日も放置していた等々で、多くの売上機会を失っていた。

「ハーレーダビッドソン調布です。はい、ああ、はいはい。ホームページのワークシャツですね」
 問い合わせの電話である。
「長期在庫品になりまして、襟と肩のあたりにやや日焼けがあるんです」
 処分品のワークシャツだ。定価1万円のものを税込み二千円で売出している。
「それほど目立つものではありませんし、古着のような味もあります♪」
 かなり苦しいやりとりだが、会田さん、なかなか上手な対応だ。
「はい、ありがとうございます。それでは着金確認ができしだい送らせていただきます」
 パチパチパチパチ。
 この日は問い合わせが多かった。
「部長、ホームページに出ているマフラーの問い合わせです」
 ドゥカティSS900のノーマルサイレンサーだろう。
「はい、お電話代わりました」
― 聞きたいんですが、あれってSS1000にも付きますか?
「900用なのですんなりとはいかないかもしれませんが、取付ステーの部分をちょっと加工すればいけると思います」
― ああ、わかりました。検討します。
 パーツに関しては、互換性や適応可否の質問が最も多い。ところがこれが意外と厄介なのだ。ドゥカティのパーツのことなら、杉並店の大杉くんに聞けばすぐにわかりそうだが、やはり実際に合わせてみないと断言できないというのが彼の答え。形状は見た目そっくりだが、品番を調べると1000用と900用は異なる。
 中古のパーツや洋用品の販売は、売上額の割には手間のかかる作業だが、現金化という命題がある以上、突き進むしかない。スタートして一カ月目の売上は、俺の給料分にもならなかったが、ヤフオクの方が徐々に上向き始め、二か月目を過ぎると、売上合計が三十万円を超える月も出てきた。しかし、売れるべくして売れるものは自然と減っていく一方、倉庫に残るのは、素性不明で誰も目を向けそうにないガラクタばかり。
 在庫は有限。早くもほかの商売を考える必要が出てきた。

バイク屋時代52 バイクフィールドで仕事

 モト・ギャルソンは“有限会社バイクフィールド”という子会社を持っている。モト・ギャルソンを創設した数年後に、スクーバダイビングのビジネスを行うために作った会社だ。大崎社長はバイクビジネスのみならず、時節を鑑みた上で、チャンス到来と判断すれば、新ビジネスへトライする姿勢を持ち続けていた。
 しかしバイクフィールド(以下BF)の道のりは険しいことの連続に終始した。

 ダイビングショップ・ムーバを開業した頃は、一九八九年に公開された映画『彼女が水着に着替えたら』の大ヒットも手伝い、世の中は空前のダイビングブームに沸いていた。そんな助けもあって上々の滑り出しを見せていたが、悲しいかなブームはそれほど長く続かなかった。結局“まだやれるだろう”があだになった。
 消費者は賢い。ウェットスーツ、マスク、フィンなどの機材は、安く手に入る量販店で買い求め、アットホームで内容の楽しいツアーだけはムーバを利用したのだ。ところがツアーの収益性は低く、そもそも日頃の愛顧に対するサービス行為でしかない。それでも常連客の要望には抗えず、身を切るようなツアーを企画しては実行を繰り返していた。ショップは機材の売上あってこそ存続できるもの。気がつくと倉庫は売れ残った機材で溢れていた。こうなると泣く泣くだが赤字覚悟で売りさばくしかない。しかし大特価セールだけでは焼け石に水、ついには十円スタートのヤフーオークションを使ってまで、現金化を図るしかなかった。
 親会社であるモト・ギャルソンには運営資金を借りていた経緯があり、双方に対しこれ以上の負担はかけられないと判断、ムーバは独立した。社長は下山専務の息子である。しかし孤軍奮闘はしたものの、結局は店じまいに終わった。
 一時はおどろくほど繁盛し、米国領のグアムに店を持ったこともあった。プレジャーボートも手に入れて、大勢のお客さんに囲まれ賑やかなものだった。結局バイクフィールドに残ったのは、多額の借金だけである。

 しばらく時期を置いてから、起死回生と、こんどは中古ゴルフクラブの販売店“ゴルフィックス”を開業した。大崎社長はなによりもゴルフが好きで、業界の内外には精通していた。当時、中古クラブの専門店などはなく、中古バイクの旨味をヒントに計画をスタートさせたのだ。商品の入手はゴルフダイジェストなどの専門誌にゴルフクラブの買取広告を掲載、最初はレスポンスに乏しかったが、そのうちにぽつりぽつりと問い合わせが来るようになってきた。バイクや車の中古車はオークションがあるので、誰でも仕入れはできるが、当然ゴルフクラブにはそのようなシステムはない。
 <S-YARDアイアンセット〇〇円、PINGアイアンセット〇〇円で買い取りいたします!>
 そんなシンプルな広告だったが、掲載を続けていくと、買取希望の問い合わせは確実に増えていった。半年もするとショップの体面がとれるほど在庫が増えてきたので、新品の半額ほどの価格で店頭に並べると、これがすごい、瞬く間に品切れである。大崎社長は考えた。これほど反響があるならフランチャイズ化してみようと。さっそく専門誌にフランチャイズ加盟の宣伝広告を載せると、数社から声がかかり、大崎社長は、説明、契約、開業フォローと、関東はおろか遠く東北にまで日々飛び回ることになった。
 ゴルフィックスの成功は急速に広まり、ついにはマスコミの目に留まる。なんと朝日新聞社のニュース雑誌“AERA”から取材要請が飛び込んだのだ。大崎社長の写真を中心に、カラー見開きで掲載され、大げさではなく、まさに時の人となったのだ。
 ところがここまで有名になると、ゴルフ用品大手が黙ってはいない。うちが<〇〇アイアンセット三万円で買取します>と広告を出せば、翌週にはシントミゴルフが同じアイアンセットを五万円で買取ります!と反撃してくるのだ。こうなると企業の体力勝負になり、悲しいかな中小企業に勝ち目はない。じわじわと問い合わせは減っていき、みるみるうちに商品の確保が難しくなってきた。売るものがない!、粗利が取れない!とのクレームが続出、せっかく軌道に乗りつつあったフランチャイズも辞退が相次いだ。
 結局ビジネスレベルではおおよそ三年弱しか維持できなく、ムーバと同様、終いには経営権を手放すことになった。
 それでも銀行評価を考えれば、赤字状態であるバイクフィールドを遊ばせておくことはできず、苦肉の策として、ハーレーの中古車を専門に扱う会社として再びスタートさせたのだ。二〇〇九年春のことである。
 店舗を三鷹の狐久保に構え、スタッフにはハーレー統括部長の江藤さんと、元ムーバ代表の下山くんの二名が選ばれた。二十坪ほどの小さな店だったが、極上車のみをピカピカに磨き上げて並べ、プロショップの雰囲気を演出した。ただ、メカニックは置かずに、注文が入ればその都度HD調布またはHD東村山へ納車整備を依頼するという仕組みにした。
 ちょうどこのころから、中古車の告知を雑誌で行うことはほとんどなくなり、メインをwebへと転換した。ただ、自社のHPでは告知に必要なアクセス数を見込めないことから、利用したのが中古バイク掲載台数国内トップの“グーバイク”。掲載料は幾分高かったがさすがに反応はよく、モト・ギャルソンの営業手段として欠かせないツールになっていった。

 開業後、ハーレー中古車店はまずまずの成果を上げた。しかし内容を見るとそのほとんどが江藤さんのつてからの商談だった。江藤さんは昔からなかなかの人気者である。彼が代表となった新店の開店情報は常連客の間で瞬く間に広がり、その常連客の紹介による商談が結構入っていたのだ。商談だけではない。遊びに来店するお客さんがひっきりなしだったから、江藤さんは日々彼らへの対応で一日が終わってしまう。外から見て店内に常連らしき客がうじゃうじゃいる状況は、新規客からすれば“入り辛い店”と映ってしまう。そのせいだろう、新規商談が非常に少なく、せっかくグーバイクから入る問い合わせに対してもフォローが不十分となり、取れる商談も落としてしまうという悪循環に陥ていたのだ。もう一人のスタッフである下山くんの仕事は、もっぱらグーバイクへのアップ作業。それはそうだ、スクーバダイビングに関してはプロだが、バイク関連はまだまだ素人。よって、店頭にしろweb問い合わせにしろ、上手に対応して商談から成約までもっていくのは難しかったと思う。
 家賃ならびに開業経費の返済、そして二人分の人件費は重くのしかかった。
 BFの借金軽減のために開業した中古車店だったが、半年もすると軽減どころか再び借金しなければならない状況へと転落。
 残念だったが、一年を待たずしてハーレー中古専門店は閉店。同時に江藤さんは会社を去った。

 とある日、大崎社長が話があるというので、連れ添って近所の和食屋へランチに出かけた。
 ドゥカティ部門は新しい店で大杉くんと坂上くんが奮闘を続け、なんとか現状維持を保っていた。一方ハーレー部門はメカたちの頑張りで、工賃収益を高いレベルでキープしていたが、HDJによる車両の押し込みが激化する傾向にあり、資金繰りは絶えず崖っぷち状態だった。契約台数を仕入れなければディーラー評価が落ち、ホールバックマージンを削られるという理由で、限度すれすれの仕入れが常態化しつつあった。こうなると在庫は膨らむ一方である。もはや返済金利と在庫金利ロスは、見過ごせないレベルにまで達していた。
「BFの借金をこのままにはしておけないんで、なんとかしなきゃならないけど、どう考えてもうまい方法は見つからない。それでね、目を付けたのが共進倉庫に眠っている不良在庫の処理を、とりあえずBFに仕事としてやってもらおうと思うんだ」
 話はわかるが、とても嫌な予感がしてきた。
「木代くんにお願いしたいんだけど」
 やはり…
 正直なところ、ハーレー営業統括の仕事は、気分的にも構造的にも暗礁に乗り上げていた。各店の勝手な動き、それを見て見ぬふりを続ける店長と社長。そんな環境下での毎日は、モチベーションを下げ、気づけば自分の仕事にも手抜きが目立ち始めていた。そう、まったくやる気が出ないのだ。
 もっとも、このやる気のなさは社長にも明らかに伝わっていた。営業統括としては使い道がなくなった木代部長、それでもこれまでの経緯があるので、これをラストチャンスとして、せいぜいBFで踏ん張ってみろよということだ。
 この時点から社内の立ち位置が変わった。モト・ギャルソンに於ての役員はそのままに、職務上はバイクフィールドの社員となったわけだ。中小企業の役員報酬なんてものは雀の涙以下、明日からはこの腕で稼いでいかなければ生活に差し障りがでる。まったく頭が痛い。
「わかりました。やりかたは私に一任でいいですよね」
「かまわない。とにかく始めてみてくれ」
 さて、目を避けたくなる不良在庫の山。こいつをどうやって料理するか。

バイク屋時代51 好調ハーレー

 二〇一〇年頃をピークにし、輸入バイクの中でハーレーは吐出して業績好調を維持していた。販売店の尽力はもちろんだが、これにはHDJの奥村社長の手腕によるものが大きかった。彼は次々に販売戦略のアイデアを作り上げ、半強制的だがとにかく販売店を動かし、金字塔と言って憚らない業績を作り続けた。それはまさに圧倒的な組織力の行使であり、当初は「暴挙だ!一方的だ!」などと不満をぶちまけていたディーラーの経営者たちも、確実に上がる売上を前に、これまでの販売促進と言ったら“値引き”しか知らなかった己を見つめるようになり、しまいには「奥村さんについていけば間違いなし!」と、長い物には巻かれろとばかりに尻尾を振るようになった。強権と言えばそれまでだが、実際のところウィンウィンの時代は延々と続いていったのだ。

 HDJが掲げる販売促進のメインは“ハーレーライディングフェスタ”と称する、主に府中の味の素スタジアムで開催した大試乗会、そしてHDJが構築した顧客管理システムCRM(Customer Relationship Management)の積極活用の二本立てだ。
 まず試乗会最大の特長は、試乗コースをスタジアムの敷地内に設定することにより、大型二輪車の運転免許を持ってなくてもハーレーに乗れるところ。もちろん安全な運転操作ができるかどうかの事前審査を行うのだが、この審査には地元の自動車教習所が数校参加し、各校の指導員が当たった。なんと言っても試乗は何台乗っても無料だったので、想定以上の来場客があり、当初から混乱するほどの大盛況である。
 試乗受付の背後には二十数社の参加ディーラーのブーステントが並び、中古ハーレーやアパレルを並べ、賑やかなお祭りムードを演出、すぐ脇には自動車教習所のテントが並び、事前審査コースが隣接する。

 実際に試乗をすると、それまで憧れだったハーレーに具体的な興味が起きる。試乗者全員に記入してもらうアンケート結果を羅列すれば、
・想像より乗りやすかった。
・ローライダーが気に入った。
・所有の250ccがおもちゃに思えてきた。
・可能なら購入したい。
・まずは大型二輪免許を取りたい。
 等々、すぐにでも商談になりそうな内容が多くを占めた。そして試乗後、営業マンは特にインパクトが得られたようなお客さんを捕まえてブースへ連れて行く。そう、購入見積もりを提示するために。

「へー、883なら月々二万円で買えちゃうんだ」
「しかもお客さん、ハーレーは中古車市場での人気が抜群に高いんです。百万円で買って、三年後の車検の時に最低七十万円で買い取れるんですよ。だから883に慣れて、そのうちもっと大きなモデルが欲しくなったら、883を頭金として買い替えができちゃうんです」
「それいいな、でも免許がないから…」
「あそこに教習所のテントが並んでるじゃないですか、今行って申し込むと、特別入所金で、しかもすぐに教習がスタートできるんです。同時に883の購入を決めてもらえば、大試乗会特別ローン金利1.9%が適用になります」
「なるほどね、じゃ、決めちゃおう」
「ありがとうございます!」
 嘘のようだが、実際のところ全出店ディーラー合計で、一日に三十台、四十台と売れるのだ。ただ、HDJよりライディングフェスタ実施の告知がされた当時、一部のディーラーから文句が出て、開催へ向けての足並みが揃わなかったことがあった。
 二十数社の参加と言えば、東京のみならず、遠く神奈川、埼玉、千葉のディーラーまでもが対象となる。
 なんと言っても開催場所が味の素スタジアムなのだから、来場者のほとんどが東京在住と予想するのは無理もない。
「ギャルソンさんはいいですよ、地元なんだから商談独占じゃないですか。味スタくんだりまできてゼロ戦じゃあ、やってらんないですよ」
 わざわざ神奈川や埼玉のディーラーを選ぶわけがないという文句である。ところがイベント告知にかなりな広告宣伝費を投入しただけあって、第一回目から大盛況。そして案ずるより産むがやすし。遠方からも多くの来場者があったのだ。回を重ねるごとに試乗者数は伸びていき、近県ディーラーも十分に商売となる規模まで拡大していったのだ。それに中古車については責任販売エリアは除外されるし、オンリーワンという商品性格上、魅力のある品であれば、近隣、遠方関係なく即売れた。一部の遠方ディーラーなどは、毎回ブース前に十台近くの極上中古車を並べ、「完売!」と気炎を上げていた。

 売れるのはバイクばかりではない。イベント特価にしたデッドストックのアパレルやアクセサリーパーツなども、会場のイケイケムードのあおりを受けよく売れた。モト・ギャルソンのブースでも、お荷物になっていたドッググッズ、つまりハーレーダビッドソンオリジナルの首輪やリード等々だが、展示すると意外な集客効果があり、二日間のイベントでほぼ完売である。

 試乗車アンケートは一旦HDJが回収していき、本部で責任販売エリアごとに分け、その後ディーラーへと送付される。
 そしてディーラーは送られてきた試乗アンケートのデータを速やかにCRMへ入力、電話コールを中心に順次営業をかけていくのだ。HDJは直接ターゲットと会話を行う電話コールを重要視していた。はがきやDMはあくまでも“お知らせ”であり、営業ツールとしては認めていない。
 一件の電話コールを済ますと、その都度CRMに記録。これはルールなので、HDJは各ディーラーの進捗状況が日々手に取るように分かる。着手が遅れているとすぐに指摘され、ディーラー評価にマイナス点が付き、ホールバックマージンに影響する。それでも大半のディーラーは、これまであまり手を付けたことのない作業だったから、なかなか進まないディーラーも多々あった。これに対し、あまりにも内容がひどい場合、なんと社長がHDJへ呼び出しを食らうのである。
「〇〇社長、電話コール、どうなってるんですか」
「いや~、なかなか進まず申し訳ない」
「社長のところ、進捗状況は全店最下位ですよ。我々の趣旨に賛同できないと解釈してもいいのでしょうか」
「店に返って発破かけます」
「発破かけるんじゃなくて、まずは社長自ら行わなければスタッフは腰をあげませんよ」
「は、はい」
 これほど強力に推進するだけあって、電話コールの効果は絶大だった。やり始めは皆同じ事を考えるもので、「電話までしてバイクの営業掛けたら、嫌がるんじゃないの」
 と、勝手に考えてしまうのだ。
 ところがだ、わざわざ会場まで足を運んで試乗をするのだから、ハーレーに興味がないわけはない。できれば手に入れたいのが本音。そんな心情が渦巻くところに営業マンから直接電話が掛かってくれば、なにがしかの心の動きはあるもの。実際は嫌がるどころか、逆に質問や相談を受けることの方が圧倒的に多い。

 販促と言えば値引きやパーツサービスしか思い浮かばなかったディーラーが、このCRMを使ったシステマチックな攻略方法をきっかけに、よりHDJ寄りとなり、先端の経営手法を学び推進していくのだった。