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バイク屋時代51 好調ハーレー

 二〇一〇年頃をピークにし、輸入バイクの中でハーレーは吐出して業績好調を維持していた。販売店の尽力はもちろんだが、これにはHDJの奥村社長の手腕によるものが大きかった。彼は次々に販売戦略のアイデアを作り上げ、半強制的だがとにかく販売店を動かし、金字塔と言って憚らない業績を作り続けた。それはまさに圧倒的な組織力の行使であり、当初は「暴挙だ!一方的だ!」などと不満をぶちまけていたディーラーの経営者たちも、確実に上がる売上を前に、これまでの販売促進と言ったら“値引き”しか知らなかった己を見つめるようになり、しまいには「奥村さんについていけば間違いなし!」と、長い物には巻かれろとばかりに尻尾を振るようになった。強権と言えばそれまでだが、実際のところウィンウィンの時代は延々と続いていったのだ。

 HDJが掲げる販売促進のメインは“ハーレーライディングフェスタ”と称する、主に府中の味の素スタジアムで開催した大試乗会、そしてHDJが構築した顧客管理システムCRM(Customer Relationship Management)の積極活用の二本立てだ。
 まず試乗会最大の特長は、試乗コースをスタジアムの敷地内に設定することにより、大型二輪車の運転免許を持ってなくてもハーレーに乗れるところ。もちろん安全な運転操作ができるかどうかの事前審査を行うのだが、この審査には地元の自動車教習所が数校参加し、各校の指導員が当たった。なんと言っても試乗は何台乗っても無料だったので、想定以上の来場客があり、当初から混乱するほどの大盛況である。
 試乗受付の背後には二十数社の参加ディーラーのブーステントが並び、中古ハーレーやアパレルを並べ、賑やかなお祭りムードを演出、すぐ脇には自動車教習所のテントが並び、事前審査コースが隣接する。

 実際に試乗をすると、それまで憧れだったハーレーに具体的な興味が起きる。試乗者全員に記入してもらうアンケート結果を羅列すれば、
・想像より乗りやすかった。
・ローライダーが気に入った。
・所有の250ccがおもちゃに思えてきた。
・可能なら購入したい。
・まずは大型二輪免許を取りたい。
 等々、すぐにでも商談になりそうな内容が多くを占めた。そして試乗後、営業マンは特にインパクトが得られたようなお客さんを捕まえてブースへ連れて行く。そう、購入見積もりを提示するために。

「へー、883なら月々二万円で買えちゃうんだ」
「しかもお客さん、ハーレーは中古車市場での人気が抜群に高いんです。百万円で買って、三年後の車検の時に最低七十万円で買い取れるんですよ。だから883に慣れて、そのうちもっと大きなモデルが欲しくなったら、883を頭金として買い替えができちゃうんです」
「それいいな、でも免許がないから…」
「あそこに教習所のテントが並んでるじゃないですか、今行って申し込むと、特別入所金で、しかもすぐに教習がスタートできるんです。同時に883の購入を決めてもらえば、大試乗会特別ローン金利1.9%が適用になります」
「なるほどね、じゃ、決めちゃおう」
「ありがとうございます!」
 嘘のようだが、実際のところ全出店ディーラー合計で、一日に三十台、四十台と売れるのだ。ただ、HDJよりライディングフェスタ実施の告知がされた当時、一部のディーラーから文句が出て、開催へ向けての足並みが揃わなかったことがあった。
 二十数社の参加と言えば、東京のみならず、遠く神奈川、埼玉、千葉のディーラーまでもが対象となる。
 なんと言っても開催場所が味の素スタジアムなのだから、来場者のほとんどが東京在住と予想するのは無理もない。
「ギャルソンさんはいいですよ、地元なんだから商談独占じゃないですか。味スタくんだりまできてゼロ戦じゃあ、やってらんないですよ」
 わざわざ神奈川や埼玉のディーラーを選ぶわけがないという文句である。ところがイベント告知にかなりな広告宣伝費を投入しただけあって、第一回目から大盛況。そして案ずるより産むがやすし。遠方からも多くの来場者があったのだ。回を重ねるごとに試乗者数は伸びていき、近県ディーラーも十分に商売となる規模まで拡大していったのだ。それに中古車については責任販売エリアは除外されるし、オンリーワンという商品性格上、魅力のある品であれば、近隣、遠方関係なく即売れた。一部の遠方ディーラーなどは、毎回ブース前に十台近くの極上中古車を並べ、「完売!」と気炎を上げていた。

 売れるのはバイクばかりではない。イベント特価にしたデッドストックのアパレルやアクセサリーパーツなども、会場のイケイケムードのあおりを受けよく売れた。モト・ギャルソンのブースでも、お荷物になっていたドッググッズ、つまりハーレーダビッドソンオリジナルの首輪やリード等々だが、展示すると意外な集客効果があり、二日間のイベントでほぼ完売である。

 試乗車アンケートは一旦HDJが回収していき、本部で責任販売エリアごとに分け、その後ディーラーへと送付される。
 そしてディーラーは送られてきた試乗アンケートのデータを速やかにCRMへ入力、電話コールを中心に順次営業をかけていくのだ。HDJは直接ターゲットと会話を行う電話コールを重要視していた。はがきやDMはあくまでも“お知らせ”であり、営業ツールとしては認めていない。
 一件の電話コールを済ますと、その都度CRMに記録。これはルールなので、HDJは各ディーラーの進捗状況が日々手に取るように分かる。着手が遅れているとすぐに指摘され、ディーラー評価にマイナス点が付き、ホールバックマージンに影響する。それでも大半のディーラーは、これまであまり手を付けたことのない作業だったから、なかなか進まないディーラーも多々あった。これに対し、あまりにも内容がひどい場合、なんと社長がHDJへ呼び出しを食らうのである。
「〇〇社長、電話コール、どうなってるんですか」
「いや~、なかなか進まず申し訳ない」
「社長のところ、進捗状況は全店最下位ですよ。我々の趣旨に賛同できないと解釈してもいいのでしょうか」
「店に返って発破かけます」
「発破かけるんじゃなくて、まずは社長自ら行わなければスタッフは腰をあげませんよ」
「は、はい」
 これほど強力に推進するだけあって、電話コールの効果は絶大だった。やり始めは皆同じ事を考えるもので、「電話までしてバイクの営業掛けたら、嫌がるんじゃないの」
 と、勝手に考えてしまうのだ。
 ところがだ、わざわざ会場まで足を運んで試乗をするのだから、ハーレーに興味がないわけはない。できれば手に入れたいのが本音。そんな心情が渦巻くところに営業マンから直接電話が掛かってくれば、なにがしかの心の動きはあるもの。実際は嫌がるどころか、逆に質問や相談を受けることの方が圧倒的に多い。

 販促と言えば値引きやパーツサービスしか思い浮かばなかったディーラーが、このCRMを使ったシステマチックな攻略方法をきっかけに、よりHDJ寄りとなり、先端の経営手法を学び推進していくのだった。

バイク屋時代50 危うさ

 ハーレー部門の営業責任者となった俺は、社長の指示や要望にしたがい、HD調布で営業業務を行う傍ら、適時HD東村山や遠くHD沖縄を訪れ、店の様子、営業マンの働きぶりなどをチェックしていた。やはり実際に自分の目で見てくると、各店の特徴がよくわかった。結論を先に述べれば、どの店もスタッフ達の働きぶりは悪くなく、一見レベルの高い自主性を匂わせるが、ふと裏を覗けば、組織としての機能は不足気味であり、危ういバランスで成り立っていることは否めない。

 初めて沖縄を訪れた時、いかにも南国らしい風の臭いに、同じ日本でありながら強い異国情緒を覚えたものだ。美しい海と大自然、そして独特の歴史を作った琉球文化。これからも有数の一級観光地として君臨することは間違いない。
 那覇空港からは<ゆいレール>に乗って古島まで行き、そこからはタクシーを使う。タクシー乗り場には運転手と思しき男性三人が、賑やかに談笑をしている。
「すみません、宜野湾のハーレーまで行きたいんですが」
 背が低く小太りのドライバーが振り向いた。
「はいはいどうぞどうぞ」
 走り出してしばらくは住宅街が続く。沖縄の住宅にはちょっとした特徴があって、ほとんどの家の二階にこぢんまりとしたテラスが付いている。
「お客さんはどちらからですか」
「東京です」
「そうですか。ジャイアンツのキャンプがあるときは、たくさんの人が東京から来ますよ」
 なるほどね、沖縄でもキャンプを張るんだ。野球はあまり詳しくないが、なんといってもジャイアンツは人気がある。そしてこのキャンプ話を皮切りに、ドライバーのマシンガントークが始まった。よほど話が好きなのだろう、しまいには息子の自慢話までが飛び出した。
 交通量の多い道路に入ると、間もなくして店に到着。タクシーから降りて店を仰ぐと、その大きさにびっくり。一年ちょっと前に最初の店からここへ引っ越してきたのだが、とにかく間口がとてつもなく広いのだ。この規模でHD調布の家賃より安いのだからたまげる。

「おつかれさんです」
 店長の茂雄くんである。彼は大崎社長の長男だ。
「でかい店だね」
「店の中でキャッチボールできますよ」
 大きなショールームの端には、これまた立派な倉庫が隣接している。東京のディーラーの社長がこれを見たら、さぞかし羨ましがるだろう。
 一息入れた後、さっそく営業ミーティングを行った。参加メンバーはトップ営業マンでオープンメンバーの大城くん、同じくオープンメンバーで、当時は紅一点だったGMD担当の山田さん、そして新人営業マンの新垣くんと女性営業の宮城さんである。それぞれ自由に現在重視して行っていることや、改善したいことなどを発表してもらった。
 大城くんは“我が道を行く”ってな雰囲気がよく出ている男で、商談即決率の向上が当面の課題。山田さんはオリジナルTシャツの売上アップ。新人の二人は、早く一人前になりたいとのことだった。皆朗らかで優しい笑顔を持ち、沖縄を象徴するかのような人たちである。
「今週中にTシャツの発注がありますけど、二百枚で行こうと思ってます。店長にも言ってあります」
 HD沖縄は観光客の来店も多く、沖縄旅行の記念としてだろう、名入りTシャツを買ってくれる。そしてそれ以上に米兵が里帰りのお土産として、ひとりで十枚近く買っていくのだ。なんといっても店の真ん前は米軍の普天間飛行場。普段から米兵の来店はとても多い。我々日本人が“横文字”に弱いと同じく、外国人は日本の“楷書”に弱い。よってデザインはアルファベットと楷書をうまくバランスさせると手に取ってくれるのだ。

「部長、彼なんですが、お客さんとのやり取りがスムーズじゃなくて、いけそうな商談でも会話が途中で止まって、逃がしちゃうことが多いんですよ。なっ、新垣」
 大城くんが横目でちらちらと新垣くんを見ながら話した。
「そうか、じゃ、新垣くん、あとで個別ミーティングでもやろうか」
「おねがいします」
 昼飯の後、新垣くんと二人だけで話しをしてみた。口下手だなというのが第一印象だったが、話が進むうちに、仕事自体になんらかの引っかかりを持っているようで、就労意欲はどう見ても高くなく、ややもすると離職を考え出すのではと心配になってきた。
「ハーレー売るってけっこう難しいんですね。ちょっと甘く見てました。とても大城さんのようにはいきません」
 表情に濃い諦めが出ている。
「大城くんだって最初は同じだったんじゃないかな」
「でも大城さん、すごくハーレーのこと詳しいし」
「それは勉強とキャリアの賜物だよ。きみはまだ入社して三か月だろ」
「まっ、そうですけど」
「そもそも大城くんは入社前から“ハーレー命”みたいな男だし、しかも営業歴は三年を超えてるからね」

 この晩、店のすぐ近くにあるイタリアンレストランで、ちょっとした歓迎会を開いてくれ、とても楽しいひと時を過ごせた。最初はややおとなしかった新垣くんも、アルコールが進むほどに笑顔が溢れはじめ、そのうちに若いメカニックたちの輪に入って盛り上がっていたのでほっとした。しかし、男性諸君は皆よく飲む。さすが沖縄か。
 翌日の午後には東京へとんぼ返りと、慌ただしい出張だったが、営業マンの声を直に聞けたことはやはり収穫だった。ただ、新垣くんをめぐる問題を考えればコミュニケーション不足は明らかで、この店もちょっとしたきっかけで安定感を失うのではと、危うい雰囲気を感じた。店長並びにリーダー職には組織の在り方を勉強させ、“自分の仕事とはなんぞや?”を早々に身に着けさせる必要がある。
 戻ったら即刻社長へ報告するが、改善の重要性をどこまで受け入れてくれるかは未知数。せめてリーダー職のやるべき仕事だけはちゃんと説明して欲しいところだ。でなきゃ、大きな経費を使って沖縄へ出向いた意味がない。

 搭乗を待つ間に、空港内の食堂で沖縄そばを食したところ、これがなかなかいけた。スープ、麺、具がうまくバランスされ、沖縄そば初心者でも印象よくいただけるだろう。
 石垣島の八重山そば、久米島の久米島そばと、これまでいろいろな沖縄そばを試してみたが、どれも頷ける個性があって、奥深さはラーメンに勝るとも劣らない。そんな中、空港食堂という性格上、敢えて万人向けな味付けにしたのだ。ただ、沖縄そばのエッセンスを余すことなく網羅したところはさすが。

バイク屋時代49 不協和音

 HD調布には営業マンが三名いる。いつも元気はつらつ新木くん、クールでシャイな浅見くん、そして紅一点の会田さん。皆年齢も近く、仲がいい。
 朝からあまり電話もならず、来客もない。開店前のルーティンである、店内外の清掃とバイク磨きを終えると、各自コーヒーを自前のマグカップへ注ぎ、商談カウンターへと集まる。
「新木くんさ、昨日はメカとやりあったの?」
 浅見くんが心配そうに聞いている。
「やりあったりはしないけど、いつものことだよ、なんかさ、気分悪いんだよね」
 何気に耳に届いたやりとりが気になった。
「小笠原さんってさ、確かに気難しくて細かくて苦手なタイプだけど、いちおうお客さんじゃない。それを適当にあしらえとか、できないものはできないってはっきり言えよとかさ、それってどうなのかな…」
「そうゆうの、うちって多いよな」

ドゥカティ Diavel
2011年発売  1200cc 水冷L型ツイン 最高出力 112馬力 (日本仕様)

 883Rに乗る小笠原さんは、恰幅のいい大柄な還暦ライダー。見た目とは裏腹にとても神経質で細かい人である。何かにつけ小言が始まるが、いつも相手になるのは、彼の担当営業である新木くんだった。
「金払ってんだからさ、取引先にはもっと厳しく対応しなきゃダメだよぉ」
 愛車のカスタムペイントを行うことになり、前後フェンダーとタンクを取り外して、塗装業者へ依頼したのだが、戻ってきたパーツを確認すると、リアフェンダーにねじれのような歪みが生じていると言い張るのだ。しかも塗装前は絶対になかったと断言、憤慨している。
「いやぁ~、小笠原さん、そうはおっしゃっても、塗装屋でフェンダーをひん曲げることなんてありえないですよ」
「じゃあ、なんで歪んでるのよ!」
 かなり険悪なムードになってきた。ここは立場上、乗り込まなければならない。
「小笠原さん、リアフェンダーですけど、部品単体で観察すると、残念ながら新品でも完全左右対称なんてものはないんですよ」
「なに言ってんの、そんなことないだろぉー」
「そんなことあるんです。ちなみに、国産メーカーのフェンダーだったらそんなことないと思いますが」
 つまりだ、ハーレーの品質基準からいえば、リアフェンダーは少しぐらい歪があっても、シートレールに装着すればまっすぐになるから、それでよしなのだ。米国と日本とでは、物作りに対する考え方に大きな相違があるのは事実。
「じゃ、装着して見せてくれよ」
「メカの手が空いてないので、今すぐは無理ですが、明日以降でしたらお見せできます」
 不満たらたらの様相で引き上げた小笠原さんであったが、後日来店した際に、かっこよくカスタムペイントが仕上がった愛車を目の当たりにして、ぶつぶつ言いながらも、なんとか納得してくれた。

2011年モデル ハーレーダビッドソン XR1200X

 今回の一件は、俺がしゃしゃり出るまでもなく、担当したメカが同じように説明すれば、お客さんの納得度も高いだろうし、営業マンとの信頼の絆も構築できるはず。それをなぜかメカと営業はそれぞれ相手方に問題を丸投げする傾向が見られるのだ。
 ふと思うことがあり、この一件を直接社長に報告した。
「おさまってよかったじゃない。小笠原さん、細かすぎだよ」
 予想していた返答である。
「結果はそうなりましたけど、担当メカが自らお客さんの声を聞こうという意気込みがあれば、浅見くんもこれほど悩むこともなかったと思いますよ。フェンダーの歪の件だって、営業やってまだ数カ月の浅見くんじゃわからないし、一人で解決できるものじゃない」
「だから部長がフォローしてくれたんじゃないの?」
「社長、伺いますが、うちのメカは、苦手なお客さんには直接タッチせず、ただ整備作業だけをして、なにかが起これば営業マンへ丸投げしてますが、それでいいんですか?!」
「全部が全部そうじゃないだろ」
 自分を推してくれる親しいお客さんなら、作業中でも手を休めてべらべらとお喋りを続けるのに、苦手意識のあるお客さんとなると、すべて営業マンに任せてしまう現況。入社十年越えのメカに対して、浅見くんレベルの営業マンが文句を言えるはずもない。俺が思うに、最も根の深い問題は、この状況を社長や店長は知っているのに、なんの指導もアドバイスも行ってないことなのだ。
 大崎社長は以前から言っている。
「うちはスタッフの自主性を重んじる」と。
 しかし実際には単なる放任であるのに、それを「自主性」と言い換えているだけである。

2011年モデル ハーレーダビッドソン FLTRU Road Glide Ultra

 大崎社長は営業のプロだ。若い頃は東京日産でコミッション営業をやっていて、トップ売上げを何度も果たした凄腕である。笑顔を絶やさない商談は非常に巧みであり、お客さんは社長との会話が進むほどに、購入後のバイクライフを胸の内に膨らませ、気がつけばサインしているのだ。
「ありがとうございます!」
 はたから見ていて凄いと感じることはこれだけではない。こうしてギャルソンメンバーとなったお客さんをとことん大事にする。店に遊びに来ればホストに徹し、回を増せば会話の内容もバイク談義からプライベートなことにまで発展していく。だから社長のお客さんのリピート率はダントツに高い。営業マンが商品に大きな付加価値をつけて売る最良の例と言っていい。
 さて、一匹狼ならば抜群の成果を上げる大崎社長だが、実は彼、組織の中に組み入れられて仕事をした経験がほとんどない。そのせいだろう、組織の在り方、教育、指示伝達、信賞必罰等々へ対する社長独自の考え方を聞いたことがない。恐らくだが、持ってないのだ。
 この影響であろうか、全店において組織のタガが緩み始め、調布、東村山、そして沖縄は、それぞれ独自なカラーを持って独り歩きをし始めていた。なにかがおかしいと大崎社長が感じ始めたころには、多くのスタッフが不満や疑問を持つようになり、最悪の結末である離職へと進んでいった。痛手だったのは、優秀な営業マン達が現況に鑑みて先を読み、このままいてもメリットなしと判断、次から次へとモト・ギャルソンを去っていったのだ。残ったのは歳がいった家族持ち。辞めても転職がおぼつかない面々である。
 ちなみに過去二年間のうちに、調布の瀬古くん、三波くんが去り、実はこの先一年で、新木くん、浅見くんの二人も辞めてしまったのだ。彼らがHD調布へもたらした売上げは大きく、その貢献度は計り知れない。さらにHD東村山の営業マン橋澤くんも時を同じくして退職し、広告代理店への再就職が決まった。
 こんな状況だから、売上も徐々に厳しいものとなり、財政的な体面を保つため、俺の首も風前の灯火となっていたのだ。

バイク屋時代48 杉並店閉店と組織のあり方

 甲州街道を挟んでHD調布の真ん前にあるのが“ロイヤルホスト・味の素スタジアム店”。午後一時過ぎ、テーブルを囲むのは、俺、大崎社長、下山専務の三人。
「冷めちゃうから、先に食べちゃおう」
 話があるということで、店長会議終了の後、ここへ来ていた。

ロイヤルホスト・味の素スタジアム店

 鼻っから空気は重かった。げっそりとくる内容なのだろう。美味しそうなハンバーグランチも、味わって食する気にはなれない。
 ほとんど会話もなく、黙々と食事が進み、ナプキンで口元を拭く。
「なんです、今回は?」
 そう問うと、専務の目線が社長を急かした。
「うん。そろそろね、ドゥカティは若いメンバーに任せて、木代くんはハーレー部門の営業統括をやってもらいたいんだ」
 なるほどね。薄々感じていたが、やはり人減らし第一号は収入からして俺になるわけだ。しかし正直言えばハーレーは避けたい。大好きなスポーツバイクと比べ、商品としてのハーレーにはほとんど魅力を感じないのだ。もっとも社長からやれと言われたら従うしかない。断れば首が飛ぶだけだ。ただ、今のモチベーションを維持できるかは微妙である。入社以来、好みのスポーツバイクを扱い、そこへ集まるお客さんと共に切磋琢磨してきたこれまでの日々を、まずは強引な意志により抹消する必要がある。組織に生きるには好きも嫌いもない。これまでが本当にラッキーだったのだ。

杉並店の忘年会 こんな集まりをちょくちょく行っていた

「杉並店は今のところで続行ですか?」
「あそこは家賃が高いから無理だな。柳井と奥留は調布へ異動させて、ドゥカティ用に新しい店舗を探しているよ」
「じゃ、大杉とハラシ、坂上でやるわけだ」
「今のドゥカティの売上が半分になってもやっていけそうなところがあればいいが」
 重要な案件なので、その後大崎社長は杉並店メンバー一人一人と面接を行った。そこで一つ問題が発覚、ここへきてハラシが会社を辞めたいと言い出したのだ。彼と話をすると、理由はとても明快だった。
「人事評価が不公平で、やる気が萎えました」
「なるほどな」
「だっておかしいでしょ。ハーレーの営業の誰よりも僕の方が台数を売っているのに、まったく評価してくれないんですよ。給料を上げろとまでは言いませんが、せめて全体会議の席上で、『販売台数は二カ月連続で原島くんがトップだね、おめでとう!』くらい言ってくれてもいいんじゃないですか」
 張り切りボーイのハラシにとっては、耐えがたいことなのだ。
「これからのことについても聞きました。ドゥカティは今でも大好きですけど、縮小方向にある部門で働く気はありません」
 就活は既にひと月前から始めていたようで、米国の医療器具メーカーの日本現地法人に当たりをつけているようだ。給料の少ないバイク業界は外し、あえてノルマの厳しい成果報酬型の企業を目指すとのこと。
 ギラリと光るハラシの目を見て羨ましいと思った。まだ若く、猪突猛進な性格をもって、怖いものなしに自分の道を切り開いていく様は、今の俺にはまったく失せたものだ。

 難航していたドゥカティの新店舗探しだが、おあつらえ向きなところが見つかった。京王線の桜上水から徒歩数分の甲州街道沿いで、整備作業はショールームで行うしかないという小さな店だが、家賃が安く、ちょっと踏ん張れば利益も出そうだ。名残惜しさは多々あるが、こうして思い出多きモト・ギャルソン杉並店を閉店とし、俺、柳井、奥留の三人はHD調布へ異動、そして大杉店長、坂上メカニックの二人が、新モト・ギャルソン杉並店を始動させることになった。

 HD調布では、慣れない職場、慣れない商品と、最初の一カ月はドタバタの繰り返し。武蔵野市本店の頃でもハーレーは扱っていたが、それからずいぶんと月日がたち、エンジンもシャーシも何もかも変わっていたので、商品知識の勉強は殆ど白紙の状態からである。しかもハーレーはオプションパーツが星の数ほどあり、掌握するのは並大抵のことではない。商談の際、すぐに壁にぶつかる。
「ちょっとハンドルを上げたいんだよね」

ここにあるのは氷山の一角

 ドゥカティの商談では絶対にありえない注文だ。ハンドルを上げたいと言っても、ライザーで上げるのか、ハンドルバー自体を交換するのか、それにほとんどの場合、上げた分、ブレーキホースやクラッチケーブル等々の長さが足りなくなり、要交換となることが多い。純正パーツならP&Aブックに
 メカニックに聞いても、
「これっすか? どうかな、ノーマルでも行けそうな気もするけど、、、」
 この段階では正確な見積もりが立てられず、お客さんへは調べたうえで後日伝えるということになる。面倒くさいことこの上ない。
「木代くん、そんなのはこっちで決めちゃえばいいんだよ。『この純正ハンドルが当店のおすすめで、これならホースとケーブル、工賃込々で十万八千円になります』てな感じでさ」
 大崎社長はさも簡単そうに言うが、そんなことは重々分かっている。
 実はこっちが懸命におすすめしても、
「やっぱりこっちのメーカーの方がいいな~」
 とくることが殆ど。一台売るにも、国産バイクやドゥカティと較べれば十倍の労力と手間がいる。まっ、こんな荒波に揉まれて三カ月も経つ頃には、そこそこの商品知識も身についてくるが、非効率なことには変わりなく、あまりに複雑な注文を押し付けてくると、
「当店では基本的に純正パーツの取付けまでしか行っておりません。お力になれず残念です」
 と、正直に伝えるようにしている。実際、半数以上のディーラーが“カスタムは純正パーツまで”としている。ただ、ハーレー部門の高収益率は、こうしたカスタムパーツから得られるところが大きく、ケースバイケースとしているのが現状だ。新車、中古車に関わらず、成約すれば100%に近い確率でカスタムの依頼が入り、車両利益にプラスして10万円から60万円ほどの売り上げが得られるのだ。これはハーレーならではのドでかいメリット。

 一か月を過ぎると、仕事もそうだが、スタッフたちの特徴や店内人間模様、そして渦巻く不満等々がだいぶ掌握できるようになってくる。                     
 例えば不透明な人事評価への不満は、ハラシだけが感じていたことではなく、モト・ギャルソンの主流派であるハーレー部門にも同様の不満が渦巻いていたのだ。もちろん不満の原因は多岐にわたり、最も深刻と思われるのは、営業とサービスの確執。杉並店にはなかった問題だけに、目の当たりにしたときは愕然とした。
 例えば営業のAくんが在庫車両のFXDLを売ったとしよう。成約から納車までには様々なステップを踏まなければならなく、まずは営業サイドで、お客さんからいただいた住民票をもとに、登録書類(新規登録、中古新規、名義変更等々)を作成する。前述のようにハーレーの場合はカスタムパーツの取付け依頼が多々あるので、パーツの発注も行わねばならない。そして一番大事なのは、成約した車両を整備するために納車整備依頼書を作成し、いち早くメカニックに頼むのだ。そして買っていただいたお客さんの関心事No1は当然“納車日”。
「在庫のFXDLですけど、いつ頃整備上がります?」
 と、担当メカに聞くわけだ。すると、
「今色々抱えてるから、やってみないとわからないな」
 お客さんに納期を伝えられず、営業マンはほとほと困ってしまう。
「大体でいいんですけど」
「だったら一か月ちょっとって言っといてよ」
「一か月っすか…」
 こんなやり取りは日常茶飯事であり、ほとんどの営業スタッフが経験し不満を感じていたのだ。ただし、すべてのメカニックがこのような身もふたもない返答をするわけではない。よく観察するとこの傾向はベテランメカに顕著だった。そしてこの問題を追求していくと、メカニックがどうの、営業マンがどうのではなく、組織には絶対にあってはならない深刻な構造が明らかになってきたのだ。

バイク屋時代47 人員過剰とS4Rs Testastretta

 大崎社長の行動には理解不能なことが時々出てくる。中でも闇雲に人を採用する悪癖は、時として店、そして会社の存続をも脅かす。

 社長が考え判断することなので口は挟めないが、人の採用は即固定費増へと繋がるので、適正人員、対象者の将来性等々を十分把握したうえで行うべきものだ。ところがメカニック希望者や、若くて見栄えのいい女性となると、誰との相談もなくその場で採用してしまう。
 ちょっと前にHDJが開催する経理講座があって、俺と武井くん、そして社長の息子である大崎茂雄の三人で参加した。担当店舗の財務諸表を持参し、それを経理のエキスパートと共に分析し、問題点を洗い出そうという内容である。参加は二十社を超え、会場は熱気に包まれていた。
 基礎の講義が終わり、休憩を挟んだ後、先生を交えて各社個々の分析が始まった。
 ある程度は予想していたが、
「ギャルソンさん、人件費がかなり吐出してますね。ややもすると他社の二倍は使っているかも」
 二倍とは驚きだ。「杉並店は赤字続きなんだよな~」は、社長の口癖であるが、そうなっている原因はあなたのいい加減な採用によるものですよと、声を大にして言いたい。こっちは一生懸命売っているのに、店長会議で毎度「赤字赤字!」と指摘されたら、当然いい気はしない。
 そもそもスターティングメンバーは、店長兼営業:俺、営業:ハラシ、工場長兼ドゥカティメカ:大杉、ドゥカティメカ:坂上、ビューエルメカ:柳井の四名にアルバイトの真理ちゃんである。もっとも今の売上ではこれでもやや多い。そんな状況下、社長の独断で採用した営業一名、メカ一名を、こともあろうに両名とも杉並店所属としたのだ。今の営業並びに工場売上げを倍にでもしない限り利益は出ない。
 まっ、その前に狭い杉並店では彼らの居場所がないか…
 新営業マンは、三十代男性の松生。味の素スタジアムで行われたHDJ主催の“アメリカンフェスティバル”に来場し、うちのブースでビューエルXB9Rの新車を買ってくれた。と、そこまではよかった。商談が成約し、社長と雑談に入ると、
「すみませんが、営業で採用していただけないでしょうか」
 吟味が必要な事案に対して大崎社長、買ってくれた恩義にほだされたか、「履歴書と面接は後日でけっこう」と、事実上の即決採用を告げてしまったのだ。しかも新車を買うほどビューエルが好きだということだけで、杉並店配属とした。
 もう一人のメカは、仙台赤門自動車学校の卒業予定者である奥留くん。仙台まで赴き、会社説明会を行った際に、一人だけ引っ掛かったのが彼。奥留くんはビューエルオーナーだった?こともあり、ハーレーではなくビューエルのメカをやりたいと履歴書に記していたし、また面接の際にもその旨を強く希望した。うちとしてはハーレーのメカが欲しかったが、あとで配置転換等々で調整すればいいと判断。
 実は奥留くん、一年ほど前に仙台の中古バイク屋でXB9Rを購入し、嬉々として峠道をぶっ飛ばしていたのだが、とある日に転倒。己の怪我は軽かったものの、残念なことにXB9Rは全損、残ったのは多額な残債だ。
 奥留くんは柳井につけて、徹底的にビューエルの整備ノウハウを身に着けさせた。新卒なので即戦力にはならないが、彼はこつこつと仕事をこなしていった。根っからの明るい性格もあり、店のメンバーたちみんなから可愛がられた。
 一方、営業の松生も懸命に働き、お客さんへの声掛けも積極的に行い、月に一台、二台と地道ながら実績を上げ始めた。ところが同僚となるハラシとどうにも馬が合わなく、ちょっとした言い争いが頻発し、ハラシの士気は見る見る下がっていった。
 こうし大所帯となった杉並店は、予測どおり大赤字を連発。営業マンが一人増えたからと言って、売り上げが伸びるわけもなく、それ以上に営業マン二人の不協和音が悪影響し、商談の成約率は下がる一方だった。
 そんなある日、珍しく大崎社長が来店するやいなや、小言の連発が始まる。
「木代くん、最近の値引き額だけど、ちょっとやり過ぎじゃないかな。1098はニューモデルなんだから、ここまで引くことはないだろう!」
 俺も分かっていた。しかし毎月の売り上げ不調に焦りが出てきたことが引き金になり、ハラシにも松生にも、成約優先の指示を出していたのだ。
「すみません。とにかく在庫をさばいちゃおうと思って…」
「わからないでもないが、これじゃ後々の為にならない」
「ここ二カ月は特にドゥカティの商談が激減してるんです」
「おれもそれなりに情報を集めてるけど、Tモータースあたりは大変だと思いうよ」
「でも先回のDJ会議の資料を見ると、登録台数はそれほど落ちてないですよ」
「いやいや、Mさんに聞いたよ。DJがストアに対してかなりな額の登録補助金を出してるらしい」
 意味のない数字“登録台数”。こいつに振り回され、真の現況や推移がまったく見えなくなり、業界全体を重苦しくしているのだ。
「そう言えば、松生に調布店異動の話をしたら、難色示したね」
 松生はスポーツバイクが好きだ。だからわかる。ハーレーには全く興味がないのだ。奥留にしても然り。だから言わんこっちゃない。あとからハーレー担当に振るなんて考えは、エゴ以外の何物でもないのだ。
 しかしそうなると、杉並店はどうなってしまうのか。人減らし以外に打開策はないものか…

 そんな中、ドゥカティがモンスターのニューバージョンを発表した。その名も“S4RSテスタストレッタ”。
 現行モデルのS4Rも高い人気を誇り、ドゥカティの屋台骨を支える重要な役目を果たしてきたが、今度のはそれを上回る仕上がりだ。エンジンは999で、足回りをOHLINSで固めている。S4Rはエンジンが996なので、強力なトルクは恐怖をも感じる立ち上がり加速を見せるが、ライテクのある人ならまだしも、一般ライダーでは持て余す。それに対し999のエンジンは飛躍的に使いやすいセッティングになっていた。すべての加速域で暴力的なところがなく、スロットルの開度に従いパワーが出てくるから、どのようなレベルのライダーでも積極的に開けられるところが大きな進化ポイントだ。そして目を見張るのは、強力な制動力。ラジアルマントのBremboキャリパーは、これまで経験したことのない強力かつ安定した制動力を発揮。伊豆スカだったら、どれほどスピードを出しても不安なくコーナーへ突っ込める優れもの。もちろん杉並店でもすぐに試乗車を用意し、販売強化を図った。ただ、下ろしたては当たりがでてないので、ぎくしゃく感が目立ち、試乗したときの印象はあまり芳しいものではない。最低でも1000Km以上の馴らし運転が必要だ。
 てなことで、直近の木曜に伊豆箱根を走り回り、最低でも積算距離を500Kmまで伸ばしてくることにした。仕事とはいえ、実に楽しみである。

「店長、明日は馴らしですか?」
「うん、伊豆あたりへ行こうかと思って」
「ぼくも一緒に行っていいですか?」
「ああ、もちろん」
 XB9Rの松生である。彼は愛車を大切にしていて、いつもピカピカだ。先日もXB9Rのプロジェクターヘッドライトの暗さがどうにも気に入らないようで、大枚をはたいてHID化した。XB9Rのヘッドライトは本当に暗く、新規登録時はなんとか通っても、継続車検時ではほぼ50%、“照度不足”で落とされる。

戸田港にて

 当日は絶好のバイク日和。伊豆の西海岸をひたすら南下し、戸田で休憩の後は宇久須まで足をのばしランチにした。以前から一度食してみたかった宇久須名物の小鯖寿司である。その名を広めたのは“三共食堂”。R136から一本海側へ入ったところなので、探すのにちょっと時間がかかった。新鮮で弾力のある身に生姜とネギとがうまく絡まりあい、瞬く間にごちそう様。つま楊枝をくわえながら、お茶をずるずるやっていると、

「店長、実はお話があるんです」
 なんとなく、予感めいたものは感じていたが…
「どした?」
「急なんですが、今月いっぱいで退職したいんです」
「社長に言われたことが引っ掛かってるの?」
「それもありますが、実家の仕事を継ぐことになったんです」
 話を聞けば、決意は固く、奥さんの了解も取れてるようだ。そう、彼は半年前に結婚していた。
「そっか、残念だけどしょうがない。じゃ、今日は走りおさめだな」
「はい! これまでいろいろとありがとうございました」
 松生と一緒に走るのもこれが最後。
「よっしゃ、ゲロが出るまで走ろうぜ」
「OK!」
 宇久須から松崎、そこから婆娑羅峠~下田街道~修善寺と進み、冷川ICから伊豆スカへ乗る。そこから箱根峠までの40Kmを一気に走り抜けた。
 馴らし中だったので、大きく回転を上げることはできなかったが、エンジンの伸びの良さと、足回り、ブレーキの秀明さは十分体感できた。リッターバイクを感じさせない軽さは、積極的なコーナリングを生み出し、特に右手の人差し指一本でジャックナイフできそうな制動力は、もはや感動的ですらあった。

 こんな騒動から一年後。社内キャリアでのターニングポイントが突如訪れた。