「デニーズ時代」カテゴリーアーカイブ

若い頃・デニーズ時代 71

旧盆ウィークになると、街中に他県ナンバーの車が溢れかえった。特に東名沼津インターからR414に至る道には、「沼津」や「静岡」などの地元ナンバーより、東京方面のナンバーの方がはるかに多くなっていた。それだけ多くの観光客が押し寄せているということだ。

朝6時過ぎ。出勤しようと車を走らせると、インターチェンジから吐き出された車が数珠つなぎとなり、既に渋滞を作り出していた。夏の間、私も含めて地元の人達はグルメロードを使うことはない。他県の人にはそれほど知られていない裏道、R405があるからだ。グルメロードとほぼ平行に走るこの道は、沼津市街地から沼津インターへ至る際、最も時間の読める道と言っていい。

「それじゃ開けるよ」

7時ジャストに店を開けると、既に入口で待っていたお客さん十数人がなだれ込んだ。

「いらっしゃいませデニーズへようこそ!」

瞬く間に1ステと2ステが満席になった。しかも駐車場へ入ってくる車のペースを見れば、3ステもすぐに開けるようだ。
オーダーの殆どはモーニングだが、子供のいる家族連れからはファウンテンのオーダーも結構入っている。ファウンテンはMD自ら作らなければならないので、経験の浅い子だと、慌てふためいて作業の順番がめちゃくちゃになりパニックを起こす。

「あ~~、シェークが掛けられない」

安井みのりが早くも助け船を出してきた。

「なになに、いくつ作るの?」
「チョコ3つです」
「分った。やっとくから、それより早くモーニング運べよ」
「は~~い、ありがとうございま~す」

シェークはそれほど手のかかるメニューではないが、シェークマシーンは2機しかないので、手早くリズミカルに作ることが肝心だ。それと背の高いロンググラスを使うので重心が高く、一度に運べるのは2つが限界である。
朝一からMD3名、キッチン3名の体制を取っていたのでので、それほどぎくしゃくすることなく回転した。更に8時になればDW1名、BH1名が加わり、ランチまでにはMD5名、キッチン4名、BH2名、DW1名という完璧な布陣となる。

「マネージャー」

陽子さん、いつも以上に溌溂と作業をしている。

「どうした」
「よかった~、ホワイトいっぱい発注しといて」
「そうか。普段の日曜の1.5倍だぜ。いけそう?」
「うん。でも、これでもぎりぎりかな」

旧盆の経験がある陽子さんと水島の意見を参考にした発注量は正解だった。沼津店UMとの連携で貸し借りはフリーだったが、デイリー商品はさすがに余剰はないので、完璧に自店で賄えるよう正確な発注が必要不可欠になる。

「そのほかはどうよ」
「パンは大丈夫だけど、ランチ終わったら、トスサラ多めにやっとく。あとは井上さんが来たら打合せしときます」

モーニング~ランチの準備は陽子さんに任せておけば間違いない。ディナーは新人ながら奮闘している社員クックの井上と相沢の二人が頼みの綱である。リードクックはいないが、その辺は佐々木が十二分に働いてくれるので安心だ。
10時過ぎになると3ステが空きだしたが、その後も再び埋まってランチへと突入した。

「小野田さん、アイスコーヒーダブルで落としといて」
「は~い、ました~」

さすが盛夏。アイスコーヒーが飛ぶように出る。
MDの小野田さんは主婦である。二人いるお子さんの内、下の息子さんが今春から中学生になったので、手間もそれほどかからなくなり、人手が足りない時などは週末や休日でもスケジュールに入ってくれるのだ。既に2年選手のベテラン選手なので、新人MD達には目の届かないところへのフォローも完璧である。彼女のようなMDが一人いるだけでフロントの安定感はぐっと向上する。

「いらっしゃいませデニーズへようこそ。何名様ですか?」
「子供入れて6名だけど」
「お席はごいっしょの方がいいですよね」
「そうだね」
「それではお名前よろしいでしょうか」

ここ数年、一般家庭が所有する乗用車は、セダンからワンボックスへと急速に変わりつつあった。一家4人が乗る場合、その居住性と積載性はセダンとは比較にならないほど良いからだ。たくさんのお土産を抱えて帰省し、再びたくさんのお土産抱えてUターンするこの旧盆などにはもってこいの車ではなかろうか。
それと運転者のアイポイントも高くなるので、長距離を走ってもセダンより疲れが少ないと聞く。
そんな背景もあるのか、休日には4名以上、時には10名を超えるグループ客が非常に多くなってきた。そんなお客さんが一同で座るとなると当然テーブルは限られてくる。空いている席へバラバラで入ってくれれば苦労はないが、全員一緒を固持するお客さんは少なくない。
こうなると回転が悪くなり、更には入口周りに人が膨れ上がって、せっかく駐車場まで入ってきた車が、それを見て引き返すなんてことも屡々だ。
そう、このようなピーク時にはDLの配置が不可欠。DLとはデニーズレディーの略で、仕事はご案内。とは言っても単にお客さんを案内するだけではなく、全テーブルの状況を掌握し、どこがそろそろ空きそうだとか、MDやBHと連携して、滞在時間が長いテーブルへの中間バッシングの指示を出したりと、いわば司令塔的な役割を担うのだ。
よってDLは積極的な性格を持ち、コミュニケーション能力に長け、そして皆に好かれるキャラがなくてはならない。
てなことで、このポジションを麻美にやってもらった。

「萌ちゃん、4番3名様行くね」
「ありがとう!」
「仲居くん、18番バッシングお願い」
「ました!」
「小野田さ~ん、24番4名様いいですか」
「どうぞ~!」

実に見事である。
任せられるDLがいれば、マネージャーはより細かなフロントのチェックや、ディッシュアップのフォローも可能になり、より一層のサービス向上が図れるのだ。
しっかりとした準備が功を奏したのだろう。嬉しいことに、旧盆ウィークに入ってからというもの、連日前年を超える売上を叩き出していたのだ。
店全体がリズムに乗ると、どれだけ忙しくても全く疲れないから可笑しくなる。

若い頃・デニーズ時代 70

海あり山あり川あり、そして夏は涼しく冬は暖か。抜群のロケーションと過ごしやすさが光る沼津は、デニーズに入社して以来、溜まりに溜まった鬱憤やもやもやを、少しずつだが確実に取り除てくれ、遂にはリラックスという言葉の意味を実感をもって知ることができたのだ。

眼前に大海原が広がる千本浜。癒しの場所として何度となく訪れていたが、ここへ来るときは一人のことが多い。
堤防へ腰かけ、何をすることもなくただ海を眺め、潮風にあたり、行きかう人々に目をやり、時間の経過に身をゆだねる。見渡せば私と同じように過ごしている人もちらほら見かけ、ここが市民にとってかけがえのない憩いの場所になっていることが分かる。
少し東へ歩を進めば、賑やかな沼津港が見えてくる。静岡県下第2位の水揚げ量を誇る漁港だが、同時に西伊豆の人気スポットである大瀬崎、土肥等々へと繋ぐ観光船の発着港でもある。夏ともなれば朝から凄まじい人波が押し寄せ、乗船口には長蛇の列ができる。子供の頃、ここから家族四人で遊覧船“龍宮丸”に乗って、海水浴を楽しみに大瀬崎へ行ったことがある。桟橋に到着し、船から降りて足元の海を覗くと、無数の青く小さな魚が泳ぐ様が手に取るように分かり、その透明度の高さに度肝を抜かれたことを覚えている。

「それじゃそろそろ会議を切り上げて、港へ行くか」

東海地区のUM会議は原則的に静岡長沼で行われるが、今回は沼津インター店に全員が集まった。その訳は、昨年から開催が始まった、沼津港を中心とするお祭り【海神祭】が中々の評判ということで、皆で一度は行ってみようということになったのだ。
東海地区のメンバーは、坂下DMを中心に皆仲がいいから、こんなイベントも自然に出てくるのだ。

港に到着すると、魚市場の駐車場にずらっと並ぶ出店が、祭りの雰囲気を盛り上げていた。

「いらっしゃ~い!この鰯料理は全部無料ですよ~~!食べてってくださいね」

どこの店からも威勢のいい声が飛び交ってくる。
どうやら出店の訴えるテーマは“鰯”のようだ。魚がそれほど好きでない人だったら、まず鰯を口にすることはないだろう。何故なら“ザ・魚”と言うべき生臭さに耐えきれないからだ。鮮度の落ちも早く、そうなれば尚更臭いは強力になる。
ところが、そんな鰯も調理法さえ工夫すれば、これだけ美味しくいただけることをアピールしていたのだ。
聞けば鰯の水揚げ量も県下トップクラスだそうだ。
試しに煮つけを試食してみた。

「おっ、美味いじゃん」
「ほんとだ。ご飯が欲しくなる味だな」
「これなら子供もOKかも」

生姜の風味をきかせたその煮つけは、ご飯のおかずにはもちろんのこと、酒の肴にしたらついつい飲み過ぎてしまうほど。その他焼き物も香ばしさと程良い苦味が素晴らしかったし、何と刺身は全く生臭さが感じられない。

「いや~~食った食った」
「お金払いたいくらいですよね」
「ほんとほんと」

海神祭は出店だけではなく、浜へ出ればウィンドサーフィンのレースもあるようだが、残念ながら今日は終わっていた。
腹ごなしに皆で港をぐるりと一周歩き、その後一応解散とした。東京でこのようなUM会議は絶対にありえないし、また想像もつかない。それにしてもこのメンバーの大らかさには笑いがでてしまう。
特に最年長者である静岡長沼UMの小森さんは、大らかでプラス志向が強く、いつも輪の中心にいて皆を和ませてくれる。年上と言うこともあり、坂下DMも小森さんには一目置くところがあり、良い意味で彼はUMとDMの間のクッション的役割を果たしていた。

「どうです?囲みます?」
「2~3回ならいいよ」
「じゃ決まりだ♪」

静岡でも沼津でも、締めはこれ。
究極の夏ピークが訪れる、旧盆前の静かなひと時である。

「へぇ~、みんなで海神祭行ったんだ」
「なんだ、連れてって欲しかった?」
「んっ、いい。魚嫌いだから」

沼津に住んでいて魚が嫌いとは、何とも勿体ない。

「海神祭はどうでもいいから、お肉食べに行こう」
「肉かい」
「盆休みもヘルプに行くんだから、うんと美味しいやつね♪」

実は、麻美に旧盆期間中の助っ人を頼んでいた。彼女の勤めるカーディーラーも5日間の盆休みがあったので、そこから2日間を当ててもらったのだ。
何もそこまでとは考えたが、やはり初となる沼津インター店の旧盆はそれだけプレッシャーの掛かる大イベントなので、どうしても安全マージンたっぷりの布陣が欲しかったのだ。

若い頃・デニーズ時代 69

新人MDの黒田萌子と安井みのりの二人は順調に仕事を覚え、ひと月も経つ頃には完全な戦力へと成長した。
これは両UMITの尽力もさることながら、東海大軍団の下心?ある手厚いフォローがあってこそだと思う。同年代の若い女の子が仲間になるのだから、彼らも自然と協力的になってくれるのだ。
それにしても軍団の面々は若いのに皆紳士であり、実に頼りになるナイスボーイ達。御曹司のSA嘉村、バイク好きのKH亀田、車好きで何とトヨタレビンを所有するSA渡辺、そして口癖が「金が欲し~~い」の苦学生?SA仲井。
彼らが全員揃えば週末のディナーも全く不安はないし、そこへ二人のMDがプラスになったのだから、夏もどんとこいだ。

「黒田さんってスタイルいいよね~」
「いえいえいえ、背が高いだけですよ」

クリーマを作っている黒田に、何やら仲井が話しかけている。
黒田の身長は恐らく165cmそこそこあると思う。確かにスタイルは良いが、更にそれを際立たせているのはワンピースのユニフォーム。日本人女性で身長が165cmあれば少数派、よって用意されるユニフォームで最も丈があるものを着用しても膝上がかなり出てしまう。膝上と言えばミニスカートだが、そもそもミニスカートは“脚長効果”が売りなので、黒田がよりスタイリッシュ見えるのは頷けるところであり、男性スタッフ達にとっては刺激的この上ないのだ。

「あーーー!マネージャーいやらしい~~」
「陽子さん、なんだよ!」
「黒田さんの脚ばっか見てる」
「おいおい、勘弁してくれよ」

陽子さんとは、KHの鈴懸陽子。自他共に認める沼津インター店のドン。御年45歳、沼津インター店での勤務年数は社員も含めて最も長く、ある面では水島UMITより店のことを良く知っている。
スタッフからは「陽子さん陽子さん」と親しげに呼ばれ、何かと頼りにされているが、本人もそれを重々承知していて、皆への目配り気配りは然もお母さんのようだ。

「“あれ”作ってくれたら勘弁してあげる」
「また“あれ”、これが最後だよ」

“あれ”とは、イカフライ丼のこと。
もちろんデニーズにイカフライ丼などというメニューはない。しかしエンプロイメニューは限られた品数しかなく、一巡すれば当然飽きがくる。ある日、「たまには違ったものが食べたいわよね~」ってな話がランチスタッフの間で盛り上がったことがあり、その場の勢いに嵌められた私は、「じゃ特別に作ってやるか」と、つい口を滑らしてしまったのだ。

「えーー、うれしい!お願いします」

既に時効だが、規定以外の料理をキッチンで作ることなど当然違反行為である。
先ずはランチメニューで使っているイカフライをフライヤーで上げる。
卵料理用のフライパンに、水、醤油、砂糖を入れ火にかける。沸騰してきたらそこへスライスした玉ねぎを敷き、続いて一口大にカットしたきつね色のイカフライを並べる。次に卵一個をといて流しいれ、蓋をして待つこと一分。こいつを丼によそったご飯の上に盛れば、見た目もGooなイカフライ丼の出来上がりだ。

「ほんと美味しいこれ」

陽子さんが真面目な顔して美味しいなんて言うもんだから、他のランチMDからもせがまれて、結局3人前を作らされてしまった。
そしてどこからリークしたのか、ディナーのメンバーにも知れ渡り、ここでもまた数人にせがまれてしまった。

「マネージャー、これ、やばいですよ」

早速、佐々木UMITに叱られてしまった。厳しい彼が見逃してくれるはずがない。

「ごめんごめん、これっきりだからさ」
「駄目ですよ~、スタッフへの示しがつきません。しかもこんなに作ったらフードコストに影響します」

彼の言うことは正しい。一つ甘いことを許してしまうと、見えないところで箍が緩むのだ。
更にフードコストに関しても少々問題が出てくる。卵と玉ねぎは除いても、コスト管理の元となる棚卸でイカフライの数値にアラームがでる可能性だってある。許容範囲内だったら“ロス”で処理できるが、度を越せば営業管理部からDMを通して指摘される羽目になり、そうなれば始末書と改善報告書は避けられない。デニーズのコスト管理は実にシステマチックである。
但、言い訳になってしまうが、これしきのことで我スタッフのモラルが低下することはないし、況して従業員関係に問題をきたすことはもちろんない。スタッフ一人一人が何の意識もせずにつくり上げていく沼津インター店の“らしさ”は、明るく楽しくそして秩序ありなのだ。

GWが終わる頃になると空気感に夏本番が漂い始め、遠く伊豆半島の真上には、でっかい夏空が広がっている。
おかげさんで売上は順調に推移していた。沼津店時代ではリニュアル効果ナンバーワンで表彰されたが、うまくいけばここでも前年進捗率で表彰されそうな勢いがあった。これは能力の高いスタッフを定着させたことが主な要因だと思うが、これには定期試験などでスケジュールに穴が空いた時、一度はデニーズを退職した麻美や友達の松本恵がスポットで入ってくれたことが少なからずの貢献となっていた。
実は麻美との仲は順調に進展していて、1年後には結婚式をあげようと着々と準備を進めていたのだ。

「私も恵も貴重な休みを返上して手伝いに来てるんだから、二人に美味しものおごってね」
「もちろんさ。ほんと、助かってるよ」
「お寿司がいいかな~、カウンターでお好みで♪」
「ま、まかせろ!」

何となく将来の家庭生活が見えてくるようだ。

若い頃・デニーズ時代 68

春。沼津インター店への異動と同じくして、麻美は短大を卒業、内定をもらっていた地元カーディーラーへ就職すると、事実上デニーズを退職した。
せっかくヤマハJOGを買ってやったのだが、ディーラー勤務が始まると、すぐに社販でマーチを新車で購入。普段の脚はスクーターから車へと取って代わったのだ。
沼津店はアパートから目と鼻の先なので、通勤は専ら徒歩だったが、沼津インター店となるとさすがに車かバイクでないと無理な距離がある。だったらたまにJOGを使えばいいかと試しに走らせたが、延々と上り坂が続く通勤ルートではアンダーパワーが隠せずボツ。それからJOGはカバーをかけて、RZ250の後ろに停まったままとなった。

沼津インター店は立川錦町店以来となる149型店舗。今やデニーズのスタンダードタイプである。ウェイトレスステーションへの動線にやや難があるものの、高効率で生産性が高く、高田馬場店を除いた売上上位店の殆どを占めている。
東名高速の沼津ICを降りると、否応なしに目に飛び込んでくるところが同店最大のポイント。そして年間最大の山場は“旧盆”だ。
夏と言えば誰でも海を連想するだろう。そして東京近郊で海水浴からシュノーケリングと、マリンスポーツ全般を楽しめるのは間違いなく伊豆。その伊豆への玄関口は三つあり、東は熱海、中央は三島、そして西は沼津。そう、沼津インター店は西の玄関口の真正面に位置しているのだ。
旧盆の大凡2週間は、店の前の道である“グルメロード”は朝から晩まで、それも上下線で渋滞を起こす。それほどの人波がやってくるので、忙しさも凄まじいわけである。
沼津店の営業時間帯はオーソドックスな7:00~23:00であるが、沼津インター店は7:00~2:00とちょっと変則。この深夜帯も旧盆となれば日が変わる頃まで満席が続くとのことだ。
これに対して人員配置というと、ややディナーが弱かった。沼津店同様、ここもランチは完璧に近い布陣だが、ディナーの固定戦力がフロント、キッチン共々少ない。救われるのはラストまでやれるSAが3名、そしてKHが1名いること。彼らは店から10kmちょっとのところにある東海大学沼津校舎の学生達で、そろって働き者。ファミレスの仕事への興味も高く、SAの一人などはキッチンの締めもほぼ完璧にこなしてしまう。
何れにしても夏が来るまでには不足分を補填する必要があり、アルバイト募集広告は既にDMへ依頼していた。
そう、東海エリア担当の坂下DMは、これまで知っているDMの中でも抜きん出て行動力があり、しかもUM寄りだ。だからエリアの結束力は強く、仕事をしていて楽しかった。このように感じたのは初めてだったから、プライベートも含めて沼津への入れ込みは日を追うごとに強くなっていった。

「マネージャー、バイト希望の連絡がありました」
「おっ、そりゃよかった」
「なんと、女子大生二人組、平日ディナー希望ですよ」
「いーねー、それ」

報告してきたのは水島UMIT。クックの時から同店勤務なので、店のことは隅から隅までよく知っている。若いが既に所帯持ちで、温和でマイペースと言ったところが第一印象か。但、見かけのよらずMDのコントロールには手慣れたところがあり、新人教育も熱心に取り組んでいる。そんな仕事ぶりを認められ、近々にAMへの昇格辞令が出る予定。但、昇進区分はエリア社員であり、人事異動は自宅から通える範囲内と定められている。出世よりも公私バランスの取れた生活を希望しているのだ。
もう一人のマネージャー佐々木UMITは、水島とはかなり対照的。神経質なところがあって、やたらと細かいところに目が届く。店全体のクリーンリネスやスタッフの身嗜み管理については一任できそうだが、ストレートなものの言い方には反発するスタッフも少なくない。
何れにしても、キャラクターの違う二人がタッグを組んでくれれば、大きな力になること間違いなしだ。

バイト希望の女子大生が面接に訪れたのは、電話があった日の翌日夕方。
3番ステーションに通されていた二人は頬を赤らめ、肩で息をしていた。

「ご苦労様」
「よろしくお願いします」
「二人とも自転車で来たの?」
「はい」
「しんどかったでしょう」

沼津インター店は何せ坂の上。自転車通勤だと、住まいの場所によっては相当な体力が必要になる。ランチメンバーの主婦たちを例に挙げれば、車利用者が2名、スクーターが1名、残る2名は近隣なので自転車だ。

「慣れれば大丈夫です」

彼女たち二人はクラスメイトで共に入学したての1年生。女子大生と言っても看護関係の大学へ通っているとのことで、体力には自信があるらしい。緊張の中にも笑顔が出ているし、非常にはきはきしているところに好感が持てた。女子大生の中にも 、接客には向きそうにない独特の言い回しをする子や、基本的な言葉遣いができない子だっている。
黒田萌子は背が高くスレンダー、安井みのりは小柄だが、大きくてくりくりっとした目が愛らしい。
結果、問題なく二人とも採用。早速ディナータイムでスケジュールを組み、週明けから来てもらうことにした。

「かわいいですね、あの二人」

さっきからSAの嘉村が、面接の様子をチラ見していたのは分かっていた。
アルバイト男子にとって、新加入の女の子ってのは気になってしょうがない存在である。

「嘉村君は彼女いないんだろ」
「ええ、まあ」
「頑張りなさいよ」
「いきなりそう来ちゃいますか」

嘉村は沼津インター店の誇る“東海大ボーイズ”のひとり。西伊豆にある実家は裕福で、父親は船会社を経営しているそうだ。そんな坊ちゃんだが、控えめで実家をひけらかすこともなく、仕事ぶりはとにかくまじめ。好青年を絵に描いたような男なのだ。

「でもこれで夜も明るくなりますね」
「みんなでフォロー頼むな」
「もちろんですよ」

その時だ、突如バイクが視野に飛び込んできた。
<今入ってきたの、なんだろう?>
バイクはとにかく好きなので、駐車場への出入りがあると、ことごとく反応してしまうのだ。
世の中で走っているバイクの殆どは頭に入っているが、今のは分からない。
そうしているうちに、ヘルメットを持ったKHの亀田が満面の笑顔でこちらへ歩いてくる。

「おはようございます。マネージャー、見ました?!」
「やっぱり亀田だ」
「納車になったんです、SRX!」
「うぉ!見せて見せて」

水島が呆れた顔をしている。店長はバイクとなると、すぐに仕事を忘れるからな~って、もろに顔に出ている。
亀田と一緒に駐車場の裏へ回ると、あるではないか、ピッカピカのライトグレーが。
モアパワー、モア最高速、まんまレーサー!
こんなはっちゃけなバイクが台頭している真っ只中に、“Simple is the best”を証明するかのようなスタイルを持つヤマハ・SRX400は逆に目立つ。

「ワインディングはさ、一にも二にも“腕”なんだよ」

嫌味でスカしたセリフだけど、これを堂々と言える“テクな奴ら”には堪らないモデルだろう。
限定解除ライダーの駆るナナハンが、排気量もパワーも半分しかない細身なバイクに、峠で後ろからつんつんやられたらたまったもんじゃない。

「いいの選んだよね」
「ありがとうございます」

まるでエンジンと一体化されたかのような印象を与えるダブルクレードルフレーム。それに這うようにデザインされた燃料タンク。しかし何と言っても肝はマフラーの形状だ。バランスされたボディーを強調するために、大柄なサイレサーは採用せず、排圧を保ちつつ見かけはショート管としたヤマハの拘りは素晴らしいの一言。

こりゃやばい!
まじめに仕事を忘れて、気持ちは既に伊豆スカイラインにいるではないか。

若い頃・デニーズ時代 67

「吉倉!彼女は?!」
「一応大事を取って救急車を呼びました」
「そうか」

吉倉からの連絡は、事故後30分ほど経ってからだったようだ。
介抱したり必要なところへ連絡したりと、こんな一件はそう簡単にさっさと終わるはずもない。
見れば警察による現場検証もそろそろ終わりそうだ。

「あの~、マネージャー」
「うん?どうした」

吉倉が道路の向こう側へ指を指している。

「あの方、どうやら若村さんのお父さんみたいです」

麻美のお母さんは、交際が始まると同時によく店へ来てくれていた。どんな相手なのかチェックの目的だっただろうが、話し好きで笑顔を絶やさない社交的な女性というのが第一印象。趣味はゴルフで、夫婦揃って沼津ゴルフクラブの平日会員だそうだ。来店するときは大概打ちっ放しの帰りで、ゴルフクラブを持っていた。いつもカウンターに座り一言二言以上の話をしていた経緯もあって、お母さんからは暗黙のうちに交際の了解をもらっていた。
反面、お父さんはこれが初対面。一気に緊張が高まる。まさかこんな状況下が初顔合わせになるとは夢にも思わなかった。
交通量の減ったリコー通りを走って横断、会釈の後、覚悟を決めて近づいていく。

「はじめまして、店長の木代と申します。お嬢様にはいつもお世話になってます」
「・・・・・・」

な、なぬ、、、
は、反応がない、、、目も合わせてこない、、、
完無視か、、、

「大事にならなくて本当に良かったです」
「・・・・・・」

くそまずい雰囲気だ、、、どーしよー、、、

「これからもよろしくお願いします」
「・・・・・・」

するとお父さん、軽く右手を上げると、踵を返して駅方面へと歩き去っていったのだ。
どうなってるの??
良くわからないが、東京から来た11歳も年上の男が、二十歳になったばかりの小娘を手玉に取っているんじゃないかと、猜疑の目で見られていることは確かだろう。話ができればもうちょっと状況は変わったと思うが、完全な一歩通行では次の一手が出し辛い。
まっ、それにしても結果的に殆ど怪我がなかったことは何よりだった。歩道に放置され、まだ撤去されていないリードを見るとぞっとする。フレームがちょうど真ん中からひしゃげて、シートの先端とハンドルの付け根がくっついているのだ。結構な衝撃がなければこのような状態にはならない。不幸中の幸いとはこのことだろう。
一安心すると酒が入っていることを思い出した。あとは吉倉に任せてアパートに引き返すことにしよう。

「お騒がせしました」

ちょうどランチピークが終わった14時頃。バツの悪そうな様子で麻美が姿を見せた。どこにも怪我らしき手当の跡がないところを見ると、本当に何もなかったようだ。

「おいおい、大丈夫かよ」
「大丈夫です」
「お父さんに怒られただろ」
「別に何も」

お母さんにはあれこれと小言をもらったらしいが、お父さんには「気をつけろ」との一言だけだったらしい。

「仕事はできそうかい」
「大丈夫だけど、一応レントゲン検査の結果が今日出るんで、それ聞いてからになります」
「シフトには恵ちゃんが入ってくれるってさ」
「頼みましたから」

我々のやり取りを遠目からも興味津々としていたランチメンバーがぞろぞろと集まってきた。

「やだー、麻美ちゃん大丈夫?!」
「すいません、お騒がせしちゃって」
「体は平気なの?!」
「おかげさんでピンピンしてます。でもスクーターが完全に壊れちゃいました」
「いいのよそんなの、マネージャーに買ってもらったらいいじゃない」
「そうよそうよ」

突如話が変な方向へ向いてきた。

「え~~~、買ってくれます」
「おいおいおい、ちょっとまってくれよ」

このあと、スクーターの件は一旦ペンディングになったが、麻美がラストに入った時だけ、森嶋または吉倉が車で自宅まで送ることになった。歩いては帰ることのできない距離があったし、そもそも防犯上よろしくない。それとさすがに地方都市とあって、バスの便もラストの30分前で終わっていたし、最寄りの停留所も自宅からかなり離れていた。
こんな騒動の一週間後、結婚を前提とした交際の許しをもらうため、意を決して麻美の実家へ訪ねていったのである。香貫山と狩野川を挟む静かな住宅街だった。
お父さんは事故の時と同様に、最初は一切口を開かなかったが、持参したウィスキーを飲むうちに、雪解けのごとく少しづつ少しづつ胸の内を顕にしてくれた。そう、麻美のお父さんは大の酒好きで、飲むと明るくなり饒舌になる。こんなに早く嫁に出すとは思わなかった、何にも用意していない、料理一つもできない等々を噛みしめるように話してくれたが、最後は“よろしく”との一言をいただけ、辛うじて新しい人生へのスタートができたのである。

「ねえねえ、スクーターの件、ほんとに?」
「いっしょになったら、俺も乗れるしな」
「でしょ♪」

てなことで、真っ赤なヤマハのJOGをプレゼントすることになったのだ。