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若い頃・デニーズ時代 76

関西出張が迫ってきた。目的は現地の下見と新居の契約だ。いよいよ始まるという現実感と共に、過去の異動では感じたことのない不安が圧し掛かかる。
不安の種は土地勘がまったくないことに尽きた。
現地での生活が始まり、担当DMやエリアのUM達と切磋琢磨していけば、自然に解消していくことだと思うが、辞令発令以来、「どあほ!なにやってんねん!」てなフレーズにはやたらと敏感になってるし、私にとって名古屋から先は未踏の地なので、現時点で関西を知る術は情報のみ。そして情報というものは、良い意味でも悪い意味でも想像が勝手に突っ走るもので、頭の中は混乱の嵐である。
生まれも育ちも関東圏の人だったら、関西という土地に対して特別感を抱いている方は恐らく多い筈。関西弁が醸し出すイメージは、時に荒っぽく、時にひょうきん、そして人間味に溢れ、その何れも打ち出し感が妙に強いと言ったところだろう。
まだ見ぬ未知の人々に対して戦々恐々となってしまい、心情的にはまるで外国へでも赴任するような騒ぎになっていた。

三島駅の駐車場へ車を入れ、いざ新幹線に乗り込むと、吹っ切れたのか、旅行気分のリラックスムード。買い込んできたビールとつまみをシートの背面テーブルへ並べ、雑誌を広げる。普段、列車は殆ど利用しないので、車窓を流れる景色はとても新鮮に映る。ついつい目が釘付けだ。新神戸まで大凡2時間半。あっという間の旅である。

新神戸の駅前に立つと、予想もしていなかった美しい街並みの出向かいに、暫し立ち尽くす。
駅舎も眼前に広がるビル群も近代的で美しく、海へ向かって下る坂と、背後の六甲山系の緑がそれを際立たせ、東京のどこの町にもない、洗練された景観を作り上げていたのだ。
今宵の宿は関西事務局が新神戸駅に程近いビジネスホテルを確保してくれていたので、先ずはそこへ行ってみることにした。実はビジネスホテルなるもの、今回が初体験なのでちょっとワクワク。
チェックインを済ませ、部屋でひとまず一服。備え付けのコーヒーを飲みながら、資料を広げて不動産屋を確認する。場所は西宮北口から歩いて2~3分とのことだ。ホテルからは先ず三宮まで歩いていき、そこから阪急電鉄に乗れば間違いなく行きつける筈。やはり新居は一番気にかかることだから、納得のいく物件を早いとこ決めて安心したいもの。

「こんな感じの間取りですが、南向きで、何より武庫川の広くてきれいな河川敷がすぐ脇にありますからね」

総戸数6のこじんまりした賃貸マンションで、間取りはオーソドックスな2DK。2階の真ん中の部屋である。
最寄りの駅は阪神電鉄の武庫川駅で、歩いて1~2分と便も良さそうだ。
不動産屋の車に乗り込み、早速現地へ赴く。
築年数はやや古いが、がっしりとした造りなので、子供の夜泣きに対してもそれほど気にしないで大丈夫とのことだ。見回せば静かそうなところだし、不動産屋が言っていた武庫川の河川敷は本当によく整備されていて、ベビーカーを引いての散歩には絶好だろう。
資料に記載されていた駐車場込みの家賃もこのレベルなら納得である。それに当時の関西では当たり前だった、“敷金礼金半年分”などという甚だしい内容ではなかったので、事務所へ戻って即契約とした。

15時。新しい上司となる春本DMが、西宮北口の駅前まで車で迎えに来てくれることになっていた。
先にオープンしていたデニーズ神戸住吉店の見学と、その後は江坂にある関西事務所まで行って基本的なスケジュールの確認、その後は夕食を奢ってくれるとのことだ。
殆どジャストタイムにグレーのセダンがハザードを点滅させながら駅前通路に入ってきた。同時にウィンドウが下がり、

「おはよう。木代くん?」
「おはようございます。よろしくお願いします」

こうして車に乗り込むと、神戸住吉店へと向かった。

「住まいはどうだった?」
「いいところだったんで決めてきました」
「そりゃよかった。あとは引っ越しだな」
「明日戻ったら、すぐにとりかかろうと思ってます。それより右も左も分からないんで、よろしくお願いします」
「確か錦町でオープンは経験済みだろ?」
「ですけど、東京と関西じゃ、何かと違うと思って」
「いやいや、同じ、同じだよ。逆にうちのエリアは新しいから、他のUM達とも歩調が合うんじゃないかな」
「そうですか、ちょっと安心しました」

目が細く垂れている戎さん顔の春本DMは、どことなく坂下さんに雰囲気が似ていて、初対面でも話し辛いことはまったくなかった。それより私の不安や疑問を真剣に聞いてくれる姿勢がありありと分かり、この人の下だったらオープンもスムーズにやれるのではと直感した。

「いらっしゃいませ、デニーズへようこそ!」

関西入りして最初に耳に入ったグリーティング。場所は異なれど、グリーティングは全国共通。ここもデニーズなんだとほっとした。

「おはようございます、谷田です。よろしくお願いします」
「木代です、こちらこそよろしく!」

谷田UMは、四角い顔に健康そうな真っ白い歯が印象的。優しい笑顔は人に好かれそうだ。
国道2号線沿いにある店舗は、商業施設へのインストアなので、どこにもないここだけのスタイル。窓の数の問題で全体的にフロントは薄暗く、それに合わせて高級感を狙ったのだろうか。しかし作業同線もやや狭くなっていて、圧迫感さえ覚えた。これは同じインストアの沼津店や高田馬場店とは異質な感覚だ。広く明るい独立店舗とはまさに正反対のイメージである。
そしてこの高級感を作り出しているのは内装や照明だけではないことが分かった。その時三人いたMDの誰もがなかなかの美人で、健康的だがしっかりとした大人の色香を漂わせていたのだ。彼女達、恐らく年齢は二十歳以上で、平均生活レベル以上を持つ主婦か、名の知れた大学の女子学生だろう。
そんな私の視線をキャッチされたか、

「いい子が揃っているでしょ」

谷田さんが胸を張った。

「あの二人は武庫川女子の2年生と3年生です」
「へ~、お嬢さん学校なんですか」
「そこまでじゃないけど、まじめで清楚な子が多いですかね」

するとそのうちの一人がコーヒーをもって我々の座るテーブルに近づいてきた。

「マネージャー、ブレーク入りますが、、、」
「どうぞ」

あれ? きれいな標準語だ。

「彼女、関西弁じゃないですね」

春本DMがニヤッとした。

「ここのスタッフの殆どは、仕事上の会話は標準語を使うんだ。だけど大阪の店はどこへ行っても、いっさい関西弁だよ」
「へー、そうなんだ」
「木代さん、大阪の店でお客さんがMDを呼ぶときは、“ちょっとねーちゃん”って感じですけど、神戸では東京と同じで“すみません”なんですよ」

同じ関西でも地区によって文化的色合いが違うってことか。
神戸は上品、大阪はコテコテ?!
おっと、これじゃ大阪の人に怒られそうだ。
約3~40分、DMと谷田さんから関西エリアの近況報告を聞いた後、再び車に乗り込むと、今度は関西事務所へと向かった。
街は既にトワイライトタイム。窓を流れる景色は色とりどりの照明が主役である。
これは東京も神戸も同じなんだなと、妙に納得してしまった。

若い頃・デニーズ時代 75

麻美のおなかには既に小さな命が宿っていた。
最も気をつけなければならない時期は過ぎていたが、関西への引っ越しは間違いなく心身共々大きなストレスになるだろうし、当然、彼女は私以上に不安を抱えていたに違いない。
移動先は兵庫県西宮市に現在建設中の「西宮中前田店」。新店オープンは立川錦町店以来である。但、全く土地勘のないところでの作業は、想像以上にしんどいことになるだろう。唯一幸いなことは、夏の猛暑も過ぎ去り、朝夕には秋の気配が感じられる爽やかな季節が到来していたことだ。これだけで随分と気分は楽になる。

「マネージャーもこれから大忙しですね」

この日は17時からMD2名にSA1名と、3名のフロントスタッフが揃っていたので、マネージャー3人でミーティングを行っていた。

「それより2人に負担がかかっちゃうから、なんか申し訳ないね」
「いやいや、夏からバイトが安定しているから全然ですよ」

現状の仕事をやりつつも、次の店舗は遠方なので、いったん出張となれば、日帰りで戻ってくるわけにはいかない。結婚式から新婚旅行と、この二人には迷惑をかけっぱなしで頭が上がらなかった。
正直なところ、彼らの尽力あって沼津インター店の安定が保たれているのだ。

「ただ、東海大軍団が来春揃って4年生になるんで、卒論諸々でこれまでのようには入れないと思いますよ」
「特に亀田と仲井は結構微妙らしいね」

佐々木が渋い顔をしている。

「だったらDMに頼んで年明けあたりに募集広告を打ってもらおうか」
「お願いします。そのタイミングで2~3人採用できたら御の字ですね。それと彼らには大学の後輩をあたってもらってます」
「仕事のことが良く分かっているから、その線で採れればベストだな」
「そういえば、麻美ちゃん元気ですか」
「おかげさんでね」

この流れの中、仕事とは直接関係ないが、前から考えていたプランについて二人の意見を聞いてみようと思ったのだ。
つい1年前。千葉県の浦安に東京ディズニーランドなるものがオープンして、国民的大反響となっていた。
遊園地ではあるが、元来のそれとは異なる世界を堪能できるらしく、TVニュースの街頭インタビューなどでも、若い女の子達の行ってみたいところナンバーワンが続いていた。もちろん我沼津インター店のエンプロイでも、ディズニーランドの話題はちょくちょく出ていたが、私の知る限り、行ったことのある者はまだそれほど多くはない筈だった。

「話はかなりそれるけどさ、ディズニーランドって、行ってみたくない?」
「なんですかそれ」

佐々木が厳しい視線を投げかけてきた。

「うちのメンバーで行けば絶対楽しいと思うんだけど」
「それ、まじめに考えてます?」

そう問いながら水島の顔がにやついている。

「一度はレクレーションもいいかなって。みんなにその旨伝えて、希望者募って多かったら、それをふたつの班に分けるんだ。1班が行くときは2班のメンバー全員が必ずスケジュールに入るのが条件。2班が行くときはその逆だ」
「なるほど、それだったら行けるかも」

にやける水島とは正反対に、只々憮然としている佐々木が口を開いた。

「マネージャーと水島さんで計画練ってくださいよ。俺は遠慮しときます。遊園地は好きじゃないから」
「そう固いこと言わないでさ、あくまでもレクリエーションってことだよ」
「いいっていいって、ほんと、俺好きじゃないから」

早速皆へ伝えると、やはり若いスタッフの反応は良く、すぐに8名が名乗りを上げた。
その中に東海大軍団の渡辺がいたので、彼の愛車“86”を出してもらえば、少々狭いが、私の車に4名、86に4名乗って、2台で、しかも一度で済む。しかも渡辺の実家は世田谷なので東京周辺の地理には明るいから、はぐれることもなさそうだ。
東名高速からそのまま首都高へ入れば、ディズニーランドはもう目と鼻の先である。

今から思えば私も若かった。実はディズニーランド行、DMには内緒だったのだ。本来ならきちっと申請して、許可を貰うべきことだったが、不慮の事故等々に対する責任の在り方を考えれば、到底OKは出る筈もないことは分かっていた。しかし、何故か無性にこの店のスタッフ達を連れて行ってあげたいという、これまで感じ得たことのない気持の高まりが、行動への後押しとなっていたのだ。

「いや~~~凄かった」
「ほかにないね」
「一日じゃ回り切れないよ」
「なにからなにまで、感動☆」

聞きしに勝る遊園地だった。没入感をこれほど覚えるところは正直言って初めてである。
施設、アトラクション、どれを取ってもウォルト・ディズニーワールドを強烈にアピールしていて、逆にここまで徹底しくくると笑いがでてしまう。
アトラクションはどれも30分待ち以上。かなり疲れはしたが、満足度は大きかった。
お土産袋を抱え、待ち合わせの正面玄関に向かうと、既に皆集まっていた。

「こっちですよ~~~!」

満面笑顔がずらりと並んでいる。

「いや~~、お疲れさん。楽しかった?」
「もう最高でした」

黒田萌子と安井みのりは、お揃いで大きな耳が可愛いミニーマウスの帽子を被っている。

「もう、帰りたくな~~い」
「なに子供みたいなこと言ってのよ、陽子さんは」

これだけ楽しんでもらえれば、企画した甲斐があるってもの。
本当は最後のパレードまで見たかったが、安全を期して、これから遠い沼津まで皆を送り届けなければならないのだ。それに麻美には無理をさせられない。

「マネージャー、すっごくいい思い出になりました。ありがとうございます」
「そりゃよかった」
「次は彼氏ときます!なんちゃってー☆」

素晴らしい仲間たちに囲まれ、素晴らしい実績を残した。
デニーズマン冥利に尽きるとはこのことか。
結婚を筆頭に、さまざまな感慨と思い出をたっぷりといただいた沼津。子供時代の生活も含めて、既に気持ちの中では第二の故郷と呼ぶにふさわしいところになっていた。

「ところでさ、うちらの車、どこよ??」
「全然わかんね~」

ここまで凄まじく車が入ってくるとは予想だにしなかった。
見渡せば広大な駐車場が満杯である。こうなると分かっていれば、列表示をメモしておけばよかった。
さらに探し当てても、出車ラッシュで出口へは長い車の列ができていた。

若い頃・デニーズ時代 74・結婚

年を越した月末に結納を交わし、挙式も正式に5月と決まった。会場は日本武道館の隣になる九段会館である。
麻美は元々東京の出身で、親せきは全て東京方面在住だったので、当初から双方の招待客の利便性を考えて場所は東京と決めていた。仲人は私の叔父に、そして木代側の主賓は小寺さんにお願いした。
ただでさえ少ないのに、休日は披露宴の打ち合わせや新婚旅行の段取り等々で慌ただしく消えていき、挙式まではそれこそあっという間だった。

当日は忙しい中、坂下さん以下東海地区UM全員、そして田無店以来の友人となった堀之内さんにもご足労いただき、小ぢんまりではあったが、心に残る式を挙げられたと思っている。
新婚旅行の出発は、日程の調整が取れなかった為に挙式の10日後とした。行先は南国グァムのPIC(パシフィックアイランドクラブ)。人生初となる海外旅行である。この旅行に当たっては、某海外航空会社の日本支社長を務める麻美の叔父さんが全面的に引き受けてくれた。

「少しでも安く行ける方法ってありますか」
「それならビザを自分たちで取りに行ったらどお。ちょっとだけど手数料をカットできるからね」
「それいいっすね。どこで取るんですか」
「アメリカ大使館だよ」

こんな事がなければ、アメリカ大使館へ行くことなどない。経費が掛からない云々より、この目でアメリカ大使館をじっくり観察できることの方がよほど価値がある。
てなことで麻美と二人、行ってきた。

敷地内へ入ると、そこは紛れもないアメリカだった。
匂う、匂うのだ、これまで嗅いだことのない匂いが。外国へは一度も行ったことがないのに、この匂いが外国を連想させるのだ。本当に不思議な気分である。
事務所の入り口に立っているごッつい警備員は黒人、その先に見えるカウンターの奥には金髪の女性事務員、考えれば当たり前な光景なのに、恰も映画を見ているような気分に陥てしまう。
バックから書類を取り出し、受付の列に並んだ。

「ねえ、この匂い、アメリカの匂いかな」

麻美も感じていたようだ。

「かもね」

成田空港から快晴の大空へ向かって、コンチネンタル航空のジェット旅客機が力強く上昇していく。
実は飛行機に乗るのも初めてなので、これには興奮。機体が宙に浮かんだ時などは、思わず“おーっ”と声が出てしまった。
暫くするとスチュワーデスが爽やかな笑顔を発散しながら飲み物満載のワゴンを押してきた。機内サービスだ。
エキゾチック溢れる美人揃いで何とも嬉しくなる。東南アジア系のやや褐色の肌はやはり魅力的。この後暫くしてコンチネンタル航空名物の、スチュワーデス全員による機内ファッションショーが行われた。さすがに民族衣装が良く似合い、先ほどまでの彼女達とは別人のように見えてしまう。
知らぬうちに目尻が下がっていたらしい。ふと横を向いた時、そこには麻美の呆れ顔が。

飛行機はグァム直行ではなくサイパン経由だったので、初めての着陸はここサイパン国際空港になった。
着陸も離陸同様に緊迫した。荒っぽいパイロットなのか、高度の下げ方にむらがあり、スムーズに降下していたと思ったらいきなりドスンと落ちたりして、もう冷や汗ものだ。
着陸後、落ち着いて周囲を見回すと、ちょっとびっくり。戦時中のゼロ戦基地と見紛うばかりの空港である。成田と比べちゃいけないが、小屋とヤシの木しかないのは、凄いとしか言いようがない。

サイパンからグァムまではすぐだった。
だいぶ飛行機にも慣れてきたので、着陸の際は窓際の席へ移ってその瞬間まで窓にかぶりつく。
青い海が徐々に間近になっていく様に感動!
サイパンのそれより近代的なグァム国際空港は、南国リゾートの玄関口をイメージさせると同時に、米軍のヘリや航空機も何機か見られ、ここが極東の前線基地にもなっていることが分かる。
タラップを降りると現地スタッフだろうか、若い女性からレイのサービスがあり、やや照れた。

「Welcome to Guam!」

遂に来た、外国へ。
圧倒的な南国の空気感は一瞬にして旅人を酔わせる。空港のロビーへ移ると甘い花の香りが漂い、ここはリゾート地なのだよとアピールしているかのようだ。
ツアー客が全員が集まると、恐ろしいほど冷房を利かせたワゴン車に乗り込みPICへと向かった。
空港は丘の上。ゲートを出ると暫く坂道を下っていった。
質素そのものの街並みが続く。どこも商店は飾り気がなく、歩いている人も殆ど見かけない。そのうちビーチが見えてきたが、日本のそれとはだいぶ異なる輝きと落ち着きがある。
いくつかの大きなホテルを過ぎ、右折してもう一段坂を下るとPICの看板が見えてきた。ここの最大の特徴は全ての部屋がコテージであること。そして目の前には贅沢なプライベートビーチが広がる。
広大な敷地内には様々な遊びが用意され、日がな一日、PICの中だけでリゾートを満喫することができるのだ。
但、今回の旅行では行きたいところがあった。それはグァムのデニーズ。ラッキーなことにPICからだと歩いて行ける距離だったので、ディスカバリーグァムも含め、初日は街を歩きに歩き回った。

お馴染みの看板はすぐに見つかった。
店内へ入ると、テーブルレイアウトもユニフォームも日本とはまるで違ったが、MDの笑顔は同じだったので安心した。

「大きい!」

日本のそれと比べ、ハンバーガーは1.5倍、フレンチフライやコーラは2倍あるだろう。しかしさすがにハンバーガーの本拠地だ、肉肉しいパティーの美味さが際立っていた。やはりパティーはある程度大きい方が、焼きあがってもジューシーさが残ってGooなのだ。

「FFもボリュームがあっていいけど、とにかくこのケチャップが美味しい」
「甘くていかにもアメリカのケチャップって感じだね」

ふと反対側の窓際に座る白人の年配夫婦へ目をやると、テーブルに置かれた恐らくアイスティーだろうが、そのグラスの大きさにびっくり。

「あれ、Lサイズかな?」
「Mにして良かった~」

高さが30cmに迫ろうとするほどのビッグサイズだ。もっとびっくりしたのが、ご両人、それを普通にお替りしているのだ。こっちのデニーズはコーヒーだけではなくソフトドリンクのお替りもできるようだ。

「これ食べてあれ飲んでりゃ、体でかくなるよな」

二人とも目的を達せられニンマリ。

お土産もたんまり買い込んで、4泊5日の新婚旅行は無事ラストへと駒を進めた。
最終日は空港に早朝4時集合だったので、実際の日程は正味4日、あっという間とはこのことだ。もう帰るのかと思うとやたらと名残惜しかったが、同時に現実を思い出して気が重くなってきた。
実を言うと、内々に異動があることを聞かされていたのだ。正式な通達は後日だろうが、ほぼ決まりだと坂下さんが言っていた。
その移動先が、懸念していた関西。私にとってここグァムとさほど変わらない、遥か遠い異文化圏なのだ。

若い頃・デニーズ時代 73

相変わらず外食大手の伸びは好調だった。
我がデニーズは、千葉、埼玉で確実なドミナント化を進め、そこから北へと伸ばした北関東進出も順調に推移していた。一方、東海地区では新店オープンこそなかったものの、既存店の売上推移は概ね好調で、1クウォーターだが、5店舗全店が前年を上回るという快挙を叩き出し、坂下DM以下、UM5名の鼻息は荒かった。
そんな中、我々IYグループの者達にとって禁断の地区とも言える“関西”への進出がついに決定した。
国内に於ける2大流通グループと言えば、東のイトーヨーカ堂、西のダイエーと呼ばれ、それぞれ強大な勢力を保っていた。その西のダイエーのお膝元、大阪府の堺市にイトーヨーカ堂のビッグストアをオープンするというもの。それに乗じて、傘下のコンビニエンスストア“セブンイレブン”とデニーズを同時に多店舗展開することになったのだ。

「計画だと大阪に4店、兵庫へ1店かな。関西事務所は既に江坂にできてるらしいよ」
「坂下さんは行かないんですか」
「俺は行かないよ、呼ばれてもないしな」

勢いがあるのはいいことだが、これから一体どこまで広げるつもりだろう。いくらナショナル社員と言っても、東京エリアから突如大阪へ行けと言われたら、簡単に「はい、そうですか」とはいかないと思う。
関東から関西へ居住地を移すとなると、言葉を始めとして、文化や風習の違いがもたらす様々な壁を覚悟しなければならないし、特に所帯持ちだったら自分自身だけの問題ではなくなる。
真面目なところ、結婚したら転居のないエリア社員への移行も一度真剣に考える必要があるかもしれない。
この問題は離職率が一向に良くならない一つの要因として、もっとクローズアップすべきだ。
出世第一と選んだナショナル社員だって、私も含めてその殆どが独身である。年齢的にも近々に所帯を持つ者は多い筈だ。そうなれば、これまであまり気にすることもなかった住居を伴う異動が、必ずや大きく圧し掛かってくるだろう。
特にこの先5~6年を考えると、正直なところ慎重にならざるを得ない。
先ず既存店の社員達が揃って年頃となり、結婚を果たして子供も授かる。そんなタイミングで手のかかる乳飲み子と若い妻を残して単身赴任を命じられたら、前述の如く悩むことになる。しかし会社の進撃は衰えない。年間40~50店レベルの店舗展開は、最低これから数年続くのでは。
家族の行く先を考え、意を決した社員は退職するか、若しくはエリア社員へと登録変更をして、出世のない代わりに安定した生活を得る。果たしてそんな判断をする者は決して少なくなく、足りない新店要員は短期間で育てた新卒と、中間社員の大量採用で補う。
ところがこの繰り返しには落とし穴がある。既存店を任されたエリア社員の人生設計だ。
前述の如く、会社はまだまだ元気があるが、これは新店オープンがあってこそ。既存店だけをクローズアップすれば、好調とは言い難いのが現状だ。
沼津店がいい例である。リニューアルと聞けば前向きな投資のように聞こえるが、実は不採算店の救済手段に他ならない。もちろん高売上店対象のリニューアルもあるにはあるが、その殆どは救済手段である。
ところが800万円から1,500万円ほどの投資をして、どれほどの費用対効果があるかと言えば非常に疑問。沼津店はリニューアル効果ナンバーワンと表彰もされたが、これだけ伸びたところは数える程しかなく、しかも対前年比は年を追うごとに下降傾向になっているのが現況だ。
その代替え策か、この頃の全店店長会議では「スクラップアンドビルド」と言う言葉がよく使われるようになった。
不採算店への救済は行わず、思い切って閉店とし、浮いた人的資源は新店開発関連へ回すというものだ。
噂によれば、競合社である“すかいらーくグループ”ではこれを強力に進めているという。
燻る既存店へ回されたエリア社員は、店舗の実績で左右する昇給やボーナス査定でかなり不利な立場となってしまうのは言うまでもない。いかに安定した生活を望みたいと言っても、子供の成長に係る少なからずの養育費、教育費は現実の壁となって迫ってくる。
店内外のクリーンリネス、従業員教育、ディッシュアップ品質等々を徹底的に向上させ、店パワーを上げて売り上げを伸ばす!
一度はこのような正攻法も考えるだろう。ところがこれは本当に難しいことであり、並大抵の意思では到底貫徹できないもの。しかもその理想的な店を仮に作り上げたとしても、それが売上に繋がる保証はどこにもない。まして不採算店だったなら、恐らく99%は不可能と思われる。
待っているのは落胆、妥協、マンネリ、そして逃避だ。
そしてこれに“新店の伸び鈍化”が加わったら、この業界は一体どうなるのだろうと暗澹たる気分に陥てしまう。

会議の後はいつも通り、卓を囲んでいた。

「IYの開発が言ってたけど、あっちは色々と気を遣うらしいよ」
「どんなことです?」
「こっちじゃあまり聞かない、同和問題とかね」
「言葉だけは聞いたことあるけど、詳しい内容は全く分からないな」
「IYの中じゃ勉強会もやってるようだ」

地域の方々と共に運営し、地域の方々に利用して喜んでもらうレストラン運営は、ある程度当該地域の特性を理解していないと、様々な問題が発生する可能性もあるのだ。

「遠州灘はいいですよね~、ほんと平和だし」
「ここは天国天国」
「あっ、それポンね」
「あれ、DM、捨て牌それでいいんですか?」
「えっ、うそだろ」
「はいっ、ロ~~~ン。めんたんぴんどらどらの親満~~~~!!」

若い頃・デニーズ時代 72

沼津インター店にとって年間最大の山場である“”旧盆ウィークも無事に終わり、しかもおかげで予想を超える成果をあげることができた。峠を越えた安堵感はひとしおで、スタッフ達の顔付にも、良い意味でのゆとりが戻ってきたように思えた。
9月に入ると朝夕では秋の気配を感じるようになり、気持ちは自然に次のシーズンへと切り替わって行った。
麻美との結婚準備も順調に進んでいて、暮れには結納、そして来年5月に挙式も決まり、人生の順風満帆を実感するのだった。

その日は中番(12時~21時)に入っていたが、珍しくジャストに上がることができて、同じシフトだった東海大軍団のSA嘉村、そしてクックの井上と、エンプロイテーブルで一服つけていた。

「今日は引くのが早かったですね」
「30分前から締めや補充ができたもんな」

井上がクック帽と前掛けを外して、好きなハイライトを胸いっぱいに吸い込んでいる。彼とは煙草の好みが合うようだ。多くの人が吸っているマイルドセブンは軽すぎて余り好みではなく、香りが良くて、パンチの効いたショートホープが一番のお気に入りだ。

「今日もそこそこ入ったんだろうけど、夏を超えると何だか楽に感じるよな」

嘉村がしきりに頷いている。口数が少なく、与えられた仕事はきっちりと責任をもって行うところは、東海大軍団の中ではピカイチ。彼なら卒業後どのような仕事についても人並み以上の成果を出せると思う。尤も、西伊豆の船主の御曹司なので、十中八九親父さんの仕事を継ぐのだろうが。

「マネージャー、独鈷の湯(トッコノユ)って知ってますか?」

その彼がいきなり口を開いた。

「ん? なにそれ」
「井上さんは、知ってます?」
「俺も知らないな」
「修善寺にある無料の露天風呂ですよ。川沿いにあるんですけど、東屋になっていて脱衣場もないんです」
「それじゃ周りからモロ見えじゃん」
「そうなんです。だから昼間は誰も入ってないです」
「混浴?」
「はい」

こんな話の流れだったが、何だか無性に面白そうな情報だったので、早速行ってみることになった。
もちろんメンツは言い出しっぺの嘉村、そして井上と私の三人である。

伊豆最古の名湯である修善寺温泉は、店から大凡30kmと距離的にはそれほど離れていない。因みに首都圏とここ沼津界隈を比べれば、その距離感は大分異なり、時間帯にもよるが、夜遅くだったら車で30分もあれば間違いなく到着する。東京で同じ距離ならその倍は覚悟しなければならないだろう。

国道から温泉街へ入ると、道は急に狭くなった。スピードを緩めて更に進んでいくと、間もなく左手に川、その先にホテルが見えてきた。
腕時計を見ると22時半を回っていたが、通りには浴衣姿がぽつりぽつりと目に付く。さすがに人気の温泉地だ。
車を適当な路肩に駐車させ、店から失敬してきたタオルを取り出すと、わき目も振らずに独鈷の湯へと直行。なるほど、嘉村の言ったとおり、川の畔に忽然と東屋が立っている。

「ほんと凄いところにありますね、これじゃ昼間は無理だ」

脇にある石段を降りていくと、暗い中にも独鈷の湯の全体像が分かってきた。

「おっ、ラッキー。誰も入ってないっすよ」

暗闇に乗じてさっさと衣服を脱ぎすて湯へ浸かった。3人だとのびのびできる広さがある。大人5人までだったら何とかなりそうな大きさだ。

「いや~~、きもちいいな」
「さいこうさいこう」

闇夜を照らすのは街路灯とホテルの窓から洩れる光だけ。そして目の前に流れる桂川の絶え間ない川音が、耳に心地よく響き渡る。これは何とも嵌るSituationだ。
からんころんと時たま届く下駄の音を聞くと、結婚したらこんな温泉でのんびりするのもいいかなと、柄にもないことを思ってしまった。

入る人が少ないのだろうか、湯は結構熱かった。
湯船から出ると足湯のように腰かけて、山の冷気に身をさらした。すぐに火照りが消え去り気持ちがいい。
うつらうつらしだした時、一つの下駄音がこちらへ近づいてくるのに気づき、反射的に耳を澄ました。音の厚みやピッチからして女性か、、、
ここが目的だったら気の毒なことだ。小さな露天風呂に男が3人も入っていたら引き返すしかないだろう。

「誰か石段を下りてきますね」

嘉村も気が付いていたらしい。
足音は躊躇なく近づいてくる。そして簡易脱衣所に足音の主が現れた。

「あら、先客さんね」

女性だ。暗い中、目を凝らせば、頭をアップにした“粋な御姐さん”って感じな人だ。
年の頃は40代前半だろうか。

「すみませんね、先にいただいちゃってて」
「いいのよ、大勢の方が楽しいじゃない」

その直後だ、彼女は踵を返すといきなり帯を解き、着ていた浴衣をスルッと肩から落とした。
呆気にとられた我々3人は、その後姿を見て更に呆気にとられたのだ。
肩からそのくびれた腰に亘って、牡丹だろうか、赤い花が連続して描かれているではないか。まさしくそれは本物の入れ墨であり、彼女が普通の女性とは明らかに異なることを意味していた。
浴衣を畳んで棚に置くと、前も隠さず湯船に入ってきた。
後からよく思い出せば、つり目で唇も薄く、かなりきつい顔つきではあったが、体は、無駄なぜい肉のない、むしろ年増女の魅力をこれでもかと発散する極めてエロいものだった。
私も若い。これほどの裸体を目の当りにしたら、本来は男が反応するだろうが、背中の花と、物怖じしない所作に圧せられ、情けないことに、まるで冷たい海にでも入ったかのように、これでもかと縮み上がっていたのである。

「お兄さん、水止めて」
「あっ、はい」

ここへ到着した時から、温泉の湯があまりにも熱かったので、脇にある水道の栓を開いていたのだ。

「こんなに温いんじゃ、入った気しないでしょ」
「で、ですね」

決して温いとは思わなかったが、そう返答するしかない雰囲気が漂っていた。見れば嘉村も井上も完全に茹っている。これはそろそろ引き際のようだ。
二人に目配せしてから、

「それじゃ僕ら、これで」
「あらそうなの、おやすみなさい」

3人とも前を隠しつつ、俯き加減に湯船から上がり、簡易脱衣場で手早く着込むと、逃げるように独鈷の湯を後にしたのだ。
石段を上がった左側の自動販売機でそれぞれ飲み物を買い、目と鼻の先に停めてある車へ向かう。
それまで寡黙だった3人だが、車へ乗り込んだとたん、一斉に口を開いた。

「ひょえ~~すごかったぁ~~」
「あの人、ヤクザの女ですかね」
「俺、ビビりましたよ」

彼女には圧倒されっぱなしだったが、この上ないいい経験だったことは間違いない。独鈷の湯自体をもっと楽しみたかったのも正直なところだが、それはこれからいくらでもできること。
入れ墨女のきれいな裸体を目の当りにできたなんて、これからの人生には十中八九ないことなのだ。

「今日は来てよかったっすよね」
「俺になんかおごってくださいよ」
「あはははは、わかったわかった」

嘉村のドヤ顔や、井上の楽しそうな表情を見ていると、やはり沼津に来てこれまでの流れが変わったのだと、つくづく実感したのだった。
さっ、明日も仕事。頑張るぞ!