gavin のすべての投稿

バイク屋時代44 MoToGPとムルチストラーダ

 ドゥカティオーナーたちが集まりバイク談議が始まると、ちょくちょく持ち上がる話題がMoToGP。そりゃそうだ。これまでMoToGPと言えば、長い間メイドインジャパンのレーサーが圧巻し続け、ロードレース発祥の地であるヨーロッパ勢は見る影もなかったが、二〇〇三年、ついにドゥカティがMoToGP参戦を開始。当初は期待された活躍は見せなかったものの、二〇〇五年からパワー重視でチューニングされた“GP5”を投入。ヤマハのバレンティーノ・ロッシ一色の年度ながら、コンスタントに六位以内へ食い込む健闘を見せ、第十二戦“もてぎGP”ではついに念願の初優勝を奪取、その後は優勝争いに顔を出す唯一の外国勢として大躍進が始まったのだ。ちなみに翌年二〇〇六年では十七戦中四度の優勝に輝いた。

「店長、面白いものが届きましたよ」
 茶封筒を持った原島がにやついている。
「今年のもてぎGPで、DJが応援スタンドをやるみたいです」
 資料によると、観戦セットを枚数限定で販売し、ドゥカティ応援スタンドからの観戦、応援グッズ(キャップ、ベスト等々)付、決勝直後のパレード走行という、なかなか魅力的な内容なのだ。
「これ、いいじゃない」
 実は俺、バイクレースなるものは一度も観たことがない。たいがいのレースは週末開催なので、仕事とバッティングするのだ。だから、MoToGP、もてぎ、ドゥカティとくりゃ、行きたさはマックス。仕事は休めないが、仕事という名目で行けばいいことだ。
「やるか、MoToGP観戦ツーリングを」
「そう来ると思いましたよ。早めに二十枚ほど確保して、明日からでも告知しましょう」
「わかった、それじゃハラシに任せるよ」
 こういうときのハラシ(原島)は抜群の働きを見せる。すぐさまDJへ電話を入れると、チケットを確保。PCで告知のポスターをササっと作って店内に掲示。最後は杉並店のウェブサイトに、<モト・ギャルソンメンバーへお知らせ>と称し、MoToGP観戦ツーリングの内容をアップ。反応はすこぶるよく、週末までに二十枚を完売。参加者名簿を作った後はツーリングのスケジュール作りに取りかかった。

 当日に乗っていく車両は“ムルチストラーダ1000”と決めていた。発売されて早二年がたつが、販売状況は思わしくなく、その特異なデザインに賛否両論が集中した。
 ― ドゥカティらしくない。
 ― 顔が変だ。
 デザインはあくまでも好みの範疇なので、なんとも言えないが、俺は一発で気に入った。しかも運転してみると、楽ちんなポジションで乗り心地もよく、DSエンジンとのマッチングもすこぶる良好。ドゥカティラリー箱根の時、箱スカ、芦スカで思いっきり飛ばしてみたが、サスストロークが長いので、グリップ感をつかみやすく、強力なブレーキも手伝って、気持ちのいいスポーツランを楽しめた。実はこの時、お客さんを四台引き連れてのツーリング中だったのだが、芦スカ区間に入って間もなく、BMWの1200GS にものすごい勢いで抜かれ、途端に“ブチッ!!”っとスイッチが入ってしまった。
 GSはかなりの走り好きらしく、スロットルの開けっぷりは惚れ惚れするほどだったが、コーナーの立ち上がりでは僅かにムルチストラーダに軍配が上がり、テール・トゥ・ノーズが延々と続いた。そんな素晴らしいムルチストラーダではあったが、ぜいたくを言えば、もう少々サスに腰があると、S字コーナーなどでクイックに向き変えが可能になるだろう。ただ、ビギナーツーリングにムルチストラーダに乗っていった大杉くんは、
「ダメっすね、あれ。おれのケツには合わないみたい。痛くて痛くて」
 まっ、このような意見もある。ちなみに俺はまったく平気。

 初めてのツインリンクもてぎは、ゲートをくぐった瞬間から圧倒された。とにかく人の溢れかえり様がすごいのだ。特にグランドスタンドからは、まだレースが始まっていないのに熱気が発散していた。
「あら! 木代さぁ~ん!」
 振り返ると、ナイスなCガールがこっちを見て手を振っている。
「おっ! Uちゃんじゃない、久しぶりだな」
 ドゥカティラリーで一緒にイベントを盛り上げたCガールの一人だ。
「ドゥカティブースにいるんでよろしくお願いしま~す」
 今日はメイクもMoToGPに合わせたのか、やや濃いめで人の目を引いた。抜群のスタイルと笑顔がまぶしい。
「うわー、木代さん、ぼくにも紹介してくださいよぉ」
 そう来ると思った。

 さすが国際レース、125ccクラスから驚きの連続である。当たり前だが速い。いや、速すぎる。ストレートはさすがに排気量が小さいため、やや迫力に欠けるが、コーナーは切れがよく、世界クラスのライダーの力量がうかがえた。250ccクラスになると、コーナーこそそれほど変わらないが、やはり立ち上がりの加速とストレートの伸びが格段に上がり迫力満点。ところが、四~五台の集団でストレートを駆け抜けるときの排気音は凄まじいものだが、出走を前に、MoToGPクラスのマシーンがパドックでエンジン暖機を行う時の排気音は更に大きく暴力的で、レース中の250ccの音が聞こえないほど。中でもドゥカティGP5は音量はもちろん、音色も他を圧倒した。フォンフォンフォン、フォーーン、フォーーンが国産マシーンならば、GP5はバンバンバンである。
 250ccクラスが終わるとMoToGPの前に、往年の名ライダー“ランディー・マモラ”によるエキシビジョン走行が行われた。ランディーが抽選で選ばれた一般のお客さんをドゥカティGP5の後ろに乗せ、スポーツ走行をするというもの。
「うわぁ、面白そー! いいなぁ~、あたしも後ろに乗りたいぃぃぃ」
 紅一点のツーリング参加者である長谷川さんは、さっきから隣で興奮気味。女性ながら愛車はSS1000と根っからのスポーツ派。さすがにランディーのこともよく知っていた。
 するとすかさずハラシが、
「長谷川さん、ぼくの後ろに乗せてあげるよ」
 きつい視線がハラシへ投げられる。
「けっこうです」
 それにしてもランディーの走りは凄い。まるでサーカスだ。フル加速でコーナーへ突っ込むとウィリーしながら立ち上がり、次のコーナーではフルバンク、タンデムのお客さんも膝を擦っていたかもしれない。最後はブレーキングの最後でジャックナイフ。お客さん、降りるとしばらく足元がおぼつかなかった。しかし最高の経験だったことは間違いないだろう。

 ついにMoToGPが始まった。ドゥカティのエースライダー“ロリス・カピロッシ”は予選から絶好調で、決勝もポールポジションからのロケットスタートでレースを牽引。ホンダのマックス・ビアッジと手に汗握るデッドヒートを展開、最後はみごと競り勝ってポール・トゥ・ウィン。完璧なレースを作り上げたのだ。おかげでツーリングメンバーたちは大喜び。応援グッズの価値もさぞかし上がったことだろう。

 そして興奮冷めやらぬうちにパレードランが始まった。さっきまで熱い戦いがあった同じコースを走る嬉しさはこの上ないもの。各コーナーブースにはまだ少数の観戦客が残っていて、前を通過すると手を振ってくれる。なんだかGPライダーになったような気分がしてきてこそばゆい。
 あっという間のレースイベントだったが、こんな楽しい一日を仕事と言う名目ですごした後ろめたさは、明日出勤して大杉くん以下、スタッフ達と目が合った時に、はっきりと出てしまうのでは…

「店長。おみやげは?!」
「ご、ごめん」

フルサイズとROWデータ

 先日の“ヨルイチ”には<Nikon D600+SIGMA Art 24-105mm F4 DG OS HSM>の組み合わせでトライした。初めての被写体を狙うときはたいがいこれになる。
 さて、納得のいく画を作り上げる前提として、やはり光学ファインダーから得られるイメージと、フルサイズのROWデータは欠かせない。広くて明るいファインダーからは多くのヒントを見つけられるし、“撮って出し”で完結する諸氏は別として、ROW現像を行うとなれば、フルサイズの密で頑強なデータは必要不可欠。
 私はROW現像ならびにレタッチに、大昔からAdobeのPhotoshopを使っている。現在のバージョンはCS5なので、既に発売から十五年以上たつアプリだが、機能的には十二分だし、むしろ使い慣れている分、作業の効率は高い。ただ一点、搭載されるROW現像のプラグイン、Camera Rawのバージョンが6.0なので、D600のROWデータをダイレクトに現像することができない。そのため、一旦AdobeのDNG Converterを使ってROWからDNGファイルへと変換し、それを現像するという、やや手間のかかる工程を踏む必要がある。

 さて、ROW現像を行う手順は、一般的に露光量の調整から入ると思うが、私の場合、まずは“自動補正”をクリックする。Adobeが設定したアルゴリズムで得られる画像は、まあまあ使えるが40%、使う気になれないが40%、そして変化なしが20%といったところか。ただ、駄目と感じたらCtrl+Zで元に戻せばいいだけ。Photoshopも最新バージョンなら強力なAIが搭載されているので、もっとましな画像が期待できそうだが、とにかくワンクリックだから、“使える”が出てくればめっけものである。

 参考例を見てもらおう。元画像は白飛びを避けるため、露出をマイナス補正してあるのでかなり暗い。これを自動補正すると、Photoshopが出した回答は、露光量+1.8、明るさ+62、コントラストー24となった。灯篭の乗っている台や背景が浮き出るが、画としての面白さはどうだろう。次に手動で露光量のみを+2.9としてみた。灯篭の光は増幅したが、背景は暗いまま。しかしこちらの方が雰囲気が出て私は好きだ。ちなみにこの後、若干のトリミングや水平出し等々も行うことがあるので、やはりデータ量が大きく質の高いROW画像が必要なのだ。
 昨今のAPS-C画像は上質になったとはいえ、ROW現像という土俵上でフルサイズ画像とくらべれば、やはりデータ量の差で粗は隠せない。

痛い出費・女房とランチ

 約三十年前、自宅を二世帯住宅へと建て直した。その際、建築屋の強い勧めでで、トステムのセントラルヒーティングとSANDENの排気型換気システムを取り入れたのだが、冬は家中どこにいても同じ室温を保持でき、さらに中央換気によって、窓を開けなくても室内は常にフレッシュな空気が循環するという画期的なシステムは、実際に使ってみるとあながちうたい文句に嘘はなく、特に両親は“快適々々”と事あるごとに賞賛、そのおかげか二人ともずいぶんと長生きしてくれた。ちなみに極寒の北海道では、かなり以前から普及していたが、東京ではまだ少数派だったのだ。
 つい先日、その換気システムのモーターから異音が出始めたので、建築屋に相談したところ、ユニット自体を新型に交換するしかないとのこと。使っていた機械は古く、すでに修理用交換部品はなく、ユニットそのものも二十年前に生産中止となっていた。見積もりを出してもらうと、交換手数料諸々含め二十五万円強とけっこうな額。ただ、家屋の構造が耐火高密度設計なので、従来家屋の屋根裏や床下にある空気の通し穴がなく、放っておけばは湿気がこもり、柱や梁等々が腐ってしまう恐れもあるので、致し方なく工事を依頼した。秋には二階の和室のフローリング化を予定していたのだが…

「でもいいじゃない、これで私たちが死ぬまで回り続けるんだから」
「まあね…」
「ねえ、それよりヨーカドーに買い物があるんだけど、自転車じゃ行き倒れになりそうだから、車出して」
「ああ、わかった」

 ヨーカドーは省エネと称し、全館の冷房を控えめにしている。それでも一度足を踏み入れれば、オアシスであることに間違いはない。女房がGUで物色している間に無印良品のコーナーを覗いてみた。しっかりと見て回ったのはこれが初めてである。シンプル且つしゃれたデザインの生活用品が目立ち、眺めているだけでも楽しくなる。なるほど、見回せば女性客ばかりで、男は私だけだ。
「パパ、買い物すんだからお昼にしようよ」
「何にする?」
「バーガーキングは」
「このあいだ食べたばっかりじゃん」
「あたし、毎日でもいいけどぉ」
 女房の意見を振り切って、とんかつの“いなば和幸”の暖簾をくぐる。
 とんかつと丸亀製麺は食したい願望が定期的に沸き起こる。ちなみに、多くの人達に好かれるラーメンと焼肉にはそれほど食指は動かない。
「やっぱりかつやよりおいしい」
「そりゃそーだろー」
 柔らかいお肉で、ごちそうさまでした。

バイク屋時代43 ライダースミーティング

 モト・ギャルソンのモットー【遊べるバイク屋】の訴求は順調に進んでいた。自社イベントの盛り上がりはもちろんのこと、もう一つの要素として、ドゥカティのライダーズミーティンク゛“ドゥカティラリー”と、関東圏のビューエル正規販売店が設立した組織、BuellDOK(ブルドック)が定期的に行うライダーズミーティンク゛“ワインディングハント”が予想を上回る盛況に沸いたことが好影響したようだ。特に少数派のビューエルオーナー達にとっては、自分の車両以外、普段あまり見ることのないビューエルが、毎回二百台近く集結する様を目の当たりにすれば、驚きと同時にうれしさも感じるはずだ。販売台数は数値でわかっていても、実際にこれほどの数のビューエルを目の当たりにすると、俺だってびっくりだ。

「ビューエルって、こんなにいたんですね」
「わかってても驚いちゃうね」
 BuellDOKの役員である大崎社長も、広場に集結したビューエルを唖然と見つめている。初のミーティングは清里で行われ、百台を超えるビューエルが集結した。二〇一一年に解散となるまでに十一年間の活動実績があり、最終回のワインディングハントは二百五十台の参加で盛り上がり、惜しまれる雰囲気が場内に満ち溢れていたのは覚えている。ハーレーダビッドソンとビューエルの決別が、オーナーたちの楽しみを奪ってしまったのだ。

 一方のドゥカティも販売店主導型のドゥカティラリーを、ビューエルミーティングを追うように第一回目を蓼科のホテルで開催した。ただ二回目からはドゥカティラリーを運営をするための販売店グループを作り、その中で毎回幹事を選出、イベント内容、宿泊先等々を持ち回りで行った。うちのグループは東京から三社、群馬から一社、新潟から一社の計五社で構成された。初回の幹事は、小平のO社長率いるTモータースが行うことになった。
「大崎社長から聞いちゃったんですけど、木代さんって抜群にMCが上手なんですって」
「ええ、そんなこと言ってたんだ~」
 大崎社長のおしゃべり好きは相変わらず絶好調のようだ。
「御社のビッグツーリングの宴会の様子を詳しく話してもらいました」
 やっぱり。
「そこでお願いがあるんですけど、MCの子とペアを組んで、会場イベントを盛り上げてもらいたいんです」
 そうきたか。
「えええ、ちょちょっと、重荷かも~」
「そんなこと言わないでお願いしますよ」
 てなことで最後は押し切られ、記念すべき第一回目の蓼科を皮切りに、第二回の伊香保、そして第三回の箱根まで、連チャンでMCをやることになったのだ。

 蓼科のホテルの裏庭にはこじんまりした別棟があり、そこがCガール三人の控室になっていた。
「どーも、木代ですが」
 突き当りのドアが開き、ひとりの女性が出てきた。
「あら、木代さんですね、どうぞこちらへ」
 部屋に足を踏み入れると、メイク中のCガールが二人いて、会釈された。
「初めまして、MCの横沢です」
 横沢直美さんは目元パッチリのロングヘア―で、スタイルが抜群にいい。年のころは二十代後半から三十前半てなところか。Cガールたちは共に二十代だろう。いちおう打ち合わせということで来てはみたが、
「随所で話を振りますので、合いの手はアドリブってことでいきましょう」
 これは願ったりかなったりである。へんに台本があると緊張するし、ビッグの宴会はいつだって100%アドリブだから、そっちの方が慣れている。
「OKです。俺もその方がいいかな」
 幸いなことに、直美さんとは初っ端から息が合った。と言うか、やはり彼女はプロ。話の廻し方が抜群に上手で、乗せられたようにアドリブが飛び出てくる。それとビッグの時もそうだが、事前にアルコールを少し入れてあるので、リズムにさえ乗れば、あとは勝手に舌が回り続けるのだ。
 こうなると多数の参加客を前にしてマイクを握るのは楽しい。しかもCガールは毎回変わっても、MCは第三回目までずっと直美さんだったから、安心してやり遂げることができた。

「木代さん、おつかれさまでした」
「いやいや、つたないMCでかえって迷惑かけちゃったね~」
「とんでもない、ものすごくお上手でした」
 さっきからニヤニヤしているTモータースのO社長、
「木代さん。バイク屋からMCに転向したらどうですか」
「なに言ってんですか」
「うちの事務所、紹介しますよ」
「直美さんまで、なにバカなことを」
 とは言ったものの、なんだか嬉しい。

 ワインディングハントとドゥカティラリーは共に毎回盛況で、有力バイク雑誌社も取材に来るようになり、雑誌掲載効果によるものか、売り上げも好調に推移した。しかし何よりの恩恵は顧客の定着化である。イベントに参加したお客さんの来店頻度は決まって上がり、お客さん同士、そしてお客さんとスタッフの繋がりが強くなる。この流れは店に活況を生み、具体例として、紹介、カスタム、点検等々が増えていった。
 ただ、このようないいことずくめは長くは続かない。
 ビューエルとハーレーの決別でワインディングハントが中止に追い込まれるのは致し方ないとしても、DJが徐々にドゥカティラリーから離れる方針を打ち出したときは、かなりカチンときた。
 東京は中目黒にあるDJのオフィス。昼過ぎからドゥカティラリー運営グループの会議が行われた。
「えっ? それって、イベント会場の隣で試乗商談会をやるってことですか?」
 これまでのドゥカティラリーとは趣向がだいぶ異なるので、各店代表はそろって眉を曇らせた。しかも試乗商談会を実施するに当たり、各社から二名のスタッフを出してくれと言う。
「うちはお断りします。箱根で商談会をやっても、まさか新潟のお客さんは来ないでしょうから」
 新潟のAモーターの発言はもっともである。
「ドカを買ってよかったと、既納客に満足してもらうためにドゥカティラリーがあるんだから、それに全力投球しましょうよ」
「僕もそう思います。試乗商談会は別にやったらどうですか」
 なんでいきなり方針を変えようとするのか、その理由をDJ営業へ詰め寄ると、最初は遠まわしな回答を続けるだけだったが、要は半年ほど前からDJの業績が落ち始め、イベントへの予算を捻出するのが難しいところまで来ていたと言うのだ。
「売上なんて、そんな商談会を単発でやっても、すぐにどうにかなるもんじゃないでしょうに」
 販社には販社の、販売店には販売店の悩みや問題がある。それとは裏腹にお客さんは楽しさと満足を絶えず求めてくる。三者それぞれの欲求を独自に解決しようとすれば限界があり、絶えず三者一体となった、つまりウィンウィンを目指すような考え方を基本としなければ、結局空回りに終わるのだ。これを当時最も効率的に行っていたのは、国産、外車バイク界のなかでも、唯一ハーレーダビッドソンファミリーだったように思う。
「とにかくイベントへの予算は控えてくれというのが本国の意向なんで、そのへん、ご理解をいただきたいのです」
 平行線は延々と続き、ドゥカティの三者一体となった素晴らしいイベントは、尻つぼみとなっていくのだった。

ヨルイチ・武蔵五日市

 八月三十日(土)。JR武蔵五日市駅周辺で行われる【ヨルイチ】なるイベントを覗いてきた。
 きっかけは「夜のスナップなら涼しさもあるのでは」という至極単純なものだったが、浅間尾根登山やつるつる温泉へ行く際に幾度も通るあの無味乾燥な道が、別世界へと様変わりした光景は暫し見惚れてしまうほど。駅前から檜原街道を西へ進むにつれ人いきれが増し、夜店やイベント会場では多くの見物客で賑わっていた。

 カメラを抱えてのんびり歩いていると、ドラムとベースの音が耳に入った。近づくと人垣ができていて、照明の先には年配者のバンドがライブの真っ最中。ボーカルの男性はサングラスで決めているが、私より歳上かもしれない。なかなか渋い声をしていたので聞き入っていると、いきなり“止まらないHa〜Ha”が始まり一気に盛り上がる。ベースの男性も声がよく、サザンのナンバーを披露した。
 道を横断し、はす向かいの会場へ移ると、こんどは年配の太った女性がギターを抱えてしみじみとバラードを熱唱中。その先では年配男性の二人組が、バンジョーとギターでなにやらアンサンブルを奏でている。脇にスチールギターが置いてあったので、待っていればハワイアンでもやるのかもしれない。
 さらに進むと、大きな会場に櫓が建ち、紅白幕の中では全員女性の和太鼓グループによる演奏が行われていた。打音には力強さがあり息もよく合っている。
 次から次へと現れる夜店や出し物に、時間はあっという間に過ぎていく。涼しさを期待して来たのだが、陽が落ちても相当な蒸し暑さがあり、シャツは汗でずぶ濡れである。
 それでも祭りの喧騒に身を浸すのは久しぶりだからか、決して退屈することはなかった。さらにこの町にはこんな人たちが生活してるんだと観察眼を光らせれば、武蔵五日市への印象さえ変わってくる。

 拝島で中央線東京行きへ乗り換える。国立を過ぎた頃にスマホを取り出し、女房へLINE。
ー 風呂沸かしといて
ー かしこまり。ご飯は?
ー つまみがあればOK
 車内の冷房で、シャツに染みた汗が冷えていく。