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サラダセット

Peperoncino

TOKITAの種、“サラダセット”をまいてみた。
ブロンズ(赤リーフレタス)、グリーンリーフ、エンダイブ、サラダ菜、チコリ(青)、チコリ(赤)、クレソンの7種類がミックスされていて、何れもサラダの王道を行く野菜だけに、生育と収穫に期待は膨らんだ。
但、種をまいた時期が真冬だった為か、待てど暮らせど芽が出なく、一時は半ば諦め気分だったが、ある日何気にプランターを覗いたら、なんと無数の可愛らしい芽が一斉に土から顔を出していた。
ちょうどその頃から春めいた暖かな日が続くようになり、発芽した芽は日に日に大きくなっていき、それから約2週間ほどでそれぞれの個体が判別できるまでに成長した。
みずみずしい葉は見るからに美味しそうで、一日でも早く食したく、生育チェックは日課となった。
クレソンの背が7~8cm位になった頃、各種を適量に摘んで食することにした。但、どう観察してもチコリらしきものは見当たらず、この点はとても残念である。
恐らくまいた時期や土の関係で発芽しなかったのだろう。次回はもっと下調べを行ってから7種類全てを収穫できるように頑張りたい。

単純に自家製Peperoncinoへトッピングしたみた。
ニンニクと唐辛子の世界に爽やかさが加味されて、味全体が引き締まったようだ。
この他、朝食のベーコンエッグへ付け合わせとして使ったら、見た目のグレードがアップし、無性に楽しくなった。
予想以上の美味しさと使い勝手の良さで、プランターは3日間でほぼ土だけとなってしまったが、一応、根だけは残してあるので、あと1回位は収穫できるだろう。
但、次は何とか大量且つ大きく育てて、色々な料理に使ってみたいと思っている。

海外 食事

birthday

50歳となった女房の誕生日を、娘夫婦といっしょに祝った。家族の誕生日会は恒例である。
今回は三鷹駅北口、TSUTAYA隣の地下1階『とれたて食堂』を利用した。メニューはどれも美味しくリーズナブルで、店内の雰囲気、スタッフの対応共々◎のイタリアンレストランだ。
特にピザチーズがしっかりした濃い味わいで、クリーミー且つふくよかな食感はちょっと癖になりそうである。
ワインのラインナップも多く、好きな人には絶対うけるはず。

2008年秋。バラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領選に勝利したその時、ちょうどドゥカティのミーティングへ参加する為に、遙々イタリアのミラノへ来ていた。同業者仲間とホテルのTVの前に陣取り、これで歴史が変るかも?!と大いに盛り上がったことが懐かしい。
海外へ出掛けて印象に残るポイントは皆それぞれだろうが、食べ物はその最たるもののひとつに違いない。
食べ物の好き嫌いは殆どないが、唯一パクチー系だけは苦手としていて、タイへ旅した際に青さと臭さ満載のスープを出された時は、完全にギブアップした。
それと、味そのものではないが、香港のローカルな食堂街で、軒先に吊り下がる個体不明な無数の肉が目に入った時、途端に食欲が減退したことも印象に残っている。
その点、食に関してイタリア~ミラノは完璧だ。
日本人はもともとイタメシ好きだから、口に合わないわけがない。
到着した晩、宿泊ホテルのレストランでドゥカティジャパン主催の夕食会が行われ、イタリアンスタンダードと言うべきシンプルなフルコースをいただいた。
飲みやすいワインに始まり、メインの肉や魚は無論美味しかったが、何より驚いたのは前菜として出てきたリゾットだ。定番のチーズリゾットで、深みのある風味と滑らかな喉越しは、まじめにおかわりを頼もうとしたほどで、それまで<リゾット=おかゆ>程度の認識しかなかった私にとって正に驚きの発見であった。
翌日の昼食は、同室のYさんとミラノ中央駅に程近い大衆レストランでハウスワインとラザニアを食してみたが、これもさすが本場!と唸らせる味わい。いっしょにでてきたパンも実に香ばしく、これとワインだけで食は進んだ。
このミラノ行をきっかけに、お手製Peperoncinoの研究が加速したのだ。

教養と冷静さ

おかげさまで昨年めでたく還暦を迎え、そして早くも1年が経とうとしている。
“光陰矢のごとし”とはよく言ったものだ。
一般的な会社に勤めていれば、正に定年退職を果たし、ついに“リタイヤ”という文字が現実としてのし掛かってくるところだろうが、幸いなことに、老人でも己に鞭を打ち続けさえすれば就労させて貰える環境に甘んじている為、もう少々現役で突っ走ることが許されている。
但、1978年3月。代々木オリンピックセンターで行われた株式会社デニーズジャパンの新入社員研修が、ついこの間の出来事のように思い出される中、これはある意味、衝撃的な現実であるとも解釈している。

ー こんな長い間、一体俺は何をしてきたんだろう?!

過去に戻ることはできないから、“れば”、“たら”は口にしたくないが、あと二つまみの教養と冷静さを身につけていたなら、もう少々潤いと厚みのある人生を歩めたと思うことがある。

もともと内向的な性格の私は、いざ外へと目を向ける時、視野が狭まりがちになることが多く、どっしりと構えて俯瞰的に状況を見ることは今でも苦手としている。よって仕事もプライベートも初めてやることに成功した例しがない。
『君子危うきに近寄らず』
とても意味深いことわざであるが、私の場合、教養が足りないが為に“危うき”の実態をうまく掴めず、且つ冷静な状況観察ができないから、知らず知らずのうちに餌につられて危うきに脚を突っ込んだり、危うき自体に翻弄されてしまうことがある。そして気が付くと取り返しの付かないところに立たされ、最後は必ず大きなしっぺ返しを食らうのだ。
この流れは日常生活の中でも当てはまることが多々あり、ひとつひとつを思い出すたび、

ー 俺って、本当に馬鹿だよな…

と、溜息が出てしまう。
これまでの半生は、“身から出た錆”でむせ返るだけだったのかもしれない。

教養がないのは、努力ができないから。
冷静さに欠けるのは、先を急ぐから。

これを踏まえて、残された後半戦を、少しでも有意義にやれたらなと思っている。

横着撮影

開花

最高気温が15℃を越える日が続くと、春本番を実感できる。井の頭公園の桜も開花が始まったようだ。
馴染みの散歩コースでも様々な花の開花が目に止まり、辺りの雰囲気は日々春めいてきてカメラは欠かせない。
但、散歩中は左手でロックのリードを掴んでいるから、撮影は右手だけで操ることが多く、手ぶれの危険性は高い。その都度リードを腰ベルトに繋ぎ換えて、トイレバッグを地面へ置けば両手でがっちりと構えられるが、その分シャッターチャンスは逃しやすくなるし、実際はどうも面倒だ。
結局手抜きして片手撮影で済ましているが、こんな時でもV2の手ぶれ補正機能はきちっと働いてくれ、結果的には意外といけてしまう。カメラ設定は手ぶれ補正ONと、800上限のISO感度オートにしてあるので、昼間の散歩ならよほど薄暗いところでなければ安全圏に入るシャッタースピードを稼げ、更に手ぶれ補正も加わるから、狙った画は高い確率で安全に切り取れるというわけだ。
撮影に横着は禁物だが、散歩しながら気軽にやれるのもスナップの面白さではなかろうか。

hori思い起こせば既に35年の交友があるジャーナリストの堀氏。
行動力旺盛な彼は、年の約一ヶ月間を東南アジアを中心とする海外での取材に当てている。
昨年も11月から12月にかけて、太平洋上に浮かぶ島国“マーシャル諸島”を旅し、この時の紀行文を“旅行主義”九号に掲載した。
第五福竜丸事件でクローズアップされたマーシャル諸島には、60年経った今でも放射能汚染の爪痕が深く残り、住民の苦悩は計り知れない。堀氏は言う、「日本だけが核兵器の被爆国などという考え方は間違いだ」と。
1954年3月1日に行われたビキニ環礁での水爆実験は、島民と周辺を航行していた漁船の乗組員を含め、2万人以上が被爆するという未曾有の大惨事となり、安全見極めを無視したこの実験は、もはや人体実験と言って憚らない。
今回の取材には11万円もしたサーベイメーター(携帯放射線測定器)を持ち込んだ。それは最も深刻な放射能汚染を受けたロンゲラップ島へ乗り込む為だ。ところがあてにしていた“ビキニ&ロンゲラップ環礁ツアー”は理由不明で取りやめとなっていて、事実上島へ渡る手だては消えた。飛行機をチャーターすれば行けないこともないが、費用は200万円を越える。しかし、ただでは引き下がらない堀氏は、その行動力で共和国の国会議員へのアポを取りつけ、ロンゲラップ島の近況について詳細なる取材を敢行、進まぬ除染で故郷の島へ帰れぬ島民の実態を知ったのだ。

核実験の歴史を調べ始めると、人間を狂わす核の魔性がクローズアップしてくる。
世界戦争を勝ち抜き、自他共に認める超大国となったアメリカは、核の罪と恐ろしさを覆い隠し続け、一方では核利用を輝く未来へ導く絶対的な存在としてアピールし、国威と経済発展の主原動力に位置づけてきた。
そして戦争に敗れ、勝者に従順するしか道のなかった日本政府も、敢えて核の恐ろしさには目を瞑り、国の復興と経済発展の元となる電力確保のために、ローコストな原子力発電を積極的に広めていったのである。