
思い返せば、ビッグツーリングではいろいろな事件が起きたものだ。我々スタッフの接客サービス業従事者としての自覚が足りなかったことは否めないが、スタッフもお客さんも怖さの知らない若者だったことが、様々なトラブルに繋がっていたように思い出される。
メカの柳井は方向音痴だ。おまけに道が覚えられないときている。だからツーリングイベントで先頭を走ったことは一度もない。いつぞやのビッグツーリングでコンビを組むことになったときは、ケツ持ちくらいならやれるだろうと、それほど気にも留めなかった。
「コースは頭に入ってんだろ?」
「ついていきます」
「はっ??」
ビッグツーリング前には必ずスタッフ全員で下見を行う。当然ながらコースの状態を各自で確認し、頭に叩き込むためである。もちろん柳井も参加したが、方向音痴を自覚しているにも関わらず、道を覚えてやろうという気概がほとんど伝わってこなかった。
「いやいや、ついていきますじゃなくて、覚えなきゃ」
「覚えられないんです」

本番は朝から絶好のツーリング日和。中央道経由で伊豆に入り、下田のセントラルホテルで一泊というスケジュールだ。初日は山中湖から日本ランド経由で、三島、修善寺と巡る。
日本ランドを通過し、あと少しでR246に出るというところで、うしろがついてこないのに気がついた。信号のタイミングで間が開くことはよくあるので、十台ほどのお客さんと路肩に駐車して待つことにした。一応携帯電話を呼び出したが、走っていれば出られない。
十分ほどするとはぐれた集団が追いついてきたのでひと安心したが、先頭が柳井ではなく、GSX-R250のK子さんなのだ。はぐれた時は先頭になってお客さんを引っ張らなければならないのに、なんと柳井は最後尾。
違和感を覚えつつも、全員そろっていることを確認し、ふたたび走り出した。
ランチは大仁の和食屋でとったが、食事が終わって出発準備をしていると、さきほどのK子さんが近づいてきて、
「柳井さん、ほんとひどいですよ」
口をへの字に曲げ、横目で柳井を睨みながらいきさつを話し始めた。
信号で先に行かれたのはしょうがない。しかし追いつくまではスタッフが責任を以って引っ張っていくのは当たり前。それを柳井に言ったら、
「道がよくわからないから」
平然と言ったまま動こうともしない。
「なんですかそれ。わかりました、もういいです」
呆れかえったK子さんは、信号が青に変わると同時に先頭を切って走り出し、他のお客さんもそれに続いたという流れだそうだ。
「ほんとうに申し訳ない。あとできちっと言って聞かせるんで」
いったん事は丸めたが、なんとこの後、思いもよらない光景に驚くことになった。

出発後は、サイクルスポーツセンター経由で一旦修善寺へ出て、冷川ICから伊豆スカへ乗るという流れ。出発ミーティングで再三釘を刺したので、半ば安心して出発した。ところが、間違いやすいポイントでもあるのから、サイクルスポーツセンター脇から熱海大仁線へ出る交差点で後続を待っていたのだが、待てど暮らせど現れない。トラック隊の矢倉さんにも連絡を入れ、頻繁に柳井の携帯を呼び出すようお願いしたが、何度かけても繋がらないという。
「あとは柳井にまかせたんで!」
と伝え、出発した。
予定通り冷川から伊豆スカに乗ると、ものの数分で長い直線に出る。その時、目を疑った。な、なんと、柳井を先頭に数台のバイクが“前方”から向かってくるではないか。
「なんでケツ持ちとすれ違うんだよぉぉぉ!!」
後で顛末を聞くと、サイクルスポーツセンターへ向かう途中、赤信号に引っ掛かった後、そのまま直進して亀石ICから伊豆スカへ乗ったというのだ。そしていつまでたっても追いつかないので、途中でUターンしたということなのだ。今度はちゃんとお客さんを従え、先導してきたからまだいいが、出発ミーティングの際には念を押すようにコースポイントの説明を行っているのだ。いくら覚えられないと言っても、このていたらくには唖然とした。
こんなこともあった。
ビッグツーリングは春は五月、秋は十月に開催する。世のツーリング好きライダーたちがこぞって動き出すベストシーズンである。よって週末ともなれば、早朝から主要高速道路の都心側SAはどこもバイクだらけだし、高速道を走れば、グループでツーリングする集団の一つや二つは必ず目にする。

「出発ミーティングやりま~す、集まってくださぁ~い」
東名高速の海老名SAである。ガソリンスタンド手前のゼブラゾーンには、Aグループ、Bグループ、そして俺が担当するCグループが集合していた。今回の参加者は百名を超えていたので、初心者グループとオフロードグループは、東京インター入口のマクドナルドに集まっていた。
「皆さん、ガソリンは満タンにしてありますよね。全員満タンを基準にして給油ポイントを決めますから、もしまだの方がいたら至急給油ねがいます。ここを出発したら次の休憩場所は足柄SAです。いいですね、覚えてくださいね。もしも寄らずに通過してしまった場合は、沼津ICで待っててください」
これだけ念を押しても、はみ出す人がいるので、高速道路はフリー走行にして、スタッフ二人は最後尾からという形が定着していた。途中で何かトラブルが起きた場合、対処を行えるのはケツ持ち一人になってしまうからだ。
「それでは出発しま~す。しつこいようですが、次の休憩ポイントは足柄SAですからね~」
全員が走り出たことを確認し、俺とケツ持ちの松本くんも走り出した。空は晴れ渡り風もない。この上ないコンディションに、今日はツーリングライダーがとりわけ多く感じた。
後方から確認すると、うちのお客さんは二~三台ないしソロで流しているようだ。時々様子をうかがいながら追い越し車線へ出ては遅い車をパスしている。この追い越しに関してもアドバイスは行っている。集団心理とでもいうのか、みんなで走るとソロの時と比べて集中力が低下する傾向がある。車線変更の際、後方確認をせずに前の車両につられて行ってしまうのだ。

N美さんの後ろ姿が目に入った。彼女は納車からひと月ほどしか経ってないピッカピカの初心者で、愛車はヤマハのSRV250。XV250ビラーゴのエンジンを搭載したライトウエイトモデルで、軽快なハンドリングに癖はなく、おまけに省燃費ときてるから、初心者や小柄な女性にはおすすめしているモデルだ。
頑張って走っているN美さんの前を行く二台が、右にウィンカーを出して追い越し車線へと入っていく。そこまでは何ら意識することはなかったが、続くようにN美さんも右車線へと入っていったのだ。嫌な予感がした。もしかすると先行の二台が同じグループのメンバーと思っているのでは…
あと数キロで足柄SA、最初の休憩ポイントだ。先行の二台は速度の遅いトラックを抜くと再び左へウィンカーを出して走行車線へ戻った。ここでまたついていったら仲間だと勘違いしている可能性がある。予感は当たり、N美さんは再び二台の後ろへついた。これはまずいと、俺もトラックを追い越してN美さんの左側に付け、大きく手を振って彼女を誘導しようと試みた。
俺だということは分かってくれたようだが、なにを訴えているのか分からないそぶりである。ちょっと前へ出て俺について来いというような、おいでおいでのジェスチャーを繰り返すと、やっと左手でOKのサインを出してくれた。そう、やはり彼女は先行の二台をビッグツーリングの参加者と勘違いしていたのだ。そりゃそうだ。昨今のライダーは、アライかSHOEIのヘルメット、上着はGWスポーツのライディングジャケット、下は黒色のレザーパンツと相場が決まっていた。こんななりをしたライダーが高速道路上にうじゃうじゃいるのだから間違いは起きる。あのままついていったらとんでもないことになっただろう。

おまけにこのときもう一件トラブルが起きていた。N美さんを従えて最後尾を走っていると、前方の路肩に二台のバイクが停まっている。近づくとヤマハR1Zの大田くんとスタッフの松本くんだ。二人ともヘルメットをかぶり直し、出発するようだったのでスルーしたが、あとから話を聞くと、大田くんが徐々に速度を落とし、ついには止まってしまったので、松本くんも路肩に寄せて状況を聞くと、なんとガス欠。出発ミーティングの際に、満タンにしたかどうか確認したのにだ。
「なんで満タンにしてなかったの?!」
「二週間前に満タンにしたから大丈夫だと思ったんです」
大田くんも初心者。初心者ってのは、通常では考えられない判断基準を持ってるから怖い。松本くんがガソリンコックをリザーブにすると、あっけなくエンジンがかかり、ギリギリだったがなんとか足柄SAまでたどり着けたという顛末だ。
今日からの二日間、まったく気が抜けない。