膝の具合 Part 10 自然さ

 膝や股関節の痛みをなんとかせねばと一念発起。それから早くも二年がたとうとしている。毎日のウォークとジョグ、寒い日も暑い日も、我ながら頑張っている。

《 いたわり過ぎず、加減を見ながら鍛えていく 》
 ウォークとジョグをうまく取り入れ、膝や股関節と対話するように、日々慎重に実行している。違和感が出たときは歩幅と着地に意識を向け、逆に調子がよければピッチを上げる。もちろん痛みがあるときや、体調が思わしくないときはきっぱり中止だ。それと、廉価なランニングシューズでも新調すれば、忘れていたクッションのありがたみを思い出し、一般的なスニーカーとは一線をかく性能と快適さを享受できる。

 《 継続は宝なり 》
 半年前にコースを変更。距離は当初の5.6kmから4.6kmへと減らした。これだけの差でも心身への負担はだいぶ軽くなり、おまけに新たな街の景色が気分をリフレッシュさせた。
 とにかく続けていけば大なり小なり効果は出るもの。おかげで最近は調子がよく、ほぼ毎回ジョグを行っている。楽な走り方がわかってきたことと、多少だが筋力がついてきたからだと思われる。こうなると走ることが苦ではなくなり、むしろ爽快感を味わえる日課へと変貌した。古希を越えた我が身、この先いつまで走れるかは定かでないが、より一層コンディションに留意し、怪我だけはしないよう注意を払いたい。

 この頃、老化ってのは具体的にどんな感じで訪れてくるのだろうかと考えることが多くなった。
 自己申告ではあるが、見た目が弱弱しくなったとか、歩く様がおぼつかなくなってきたこともない。それに背中だってまだ丸くない。物忘れの多さは以前からだが、人の名前を覚えられなくなった。聴力はやや減退してきたが、会話に支障はない。ただちょっと寂しいが、皮膚のたるみと皺は見事に高齢者だ。やはり引力には逆らえない。顔ならば、目の下、頬、口角、顎が顕著。体全体では、尻、二の腕、胸あたりが怪しくなっている。

 私は見た目の老化はさほど気にならない。なぜなら、そうなるのが自然だから。
 一例をあげよう。
 若禿げへの対策としてかつらを利用するのは大いに結構なことだが、年配者、特に爺さんのかつらはいただけない。皺くちゃの顔と黒々とした頭髪はあまりにもアンバランスであり、むしろ人の目を引く。歳を取ったら禿げたり白髪になる方が極々自然なのだ。禿や白髪については当の本人が気にしているだけで、周囲はまったく気に留めない。その歳なりの自然な見た目や雰囲気を、もっと胸を張ってアピールすべきである。


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