バイク屋時代51 好調ハーレー

 二〇一〇年頃をピークにし、輸入バイクの中でハーレーは吐出して業績好調を維持していた。販売店の尽力はもちろんだが、これにはHDJの奥村社長の手腕によるものが大きかった。彼は次々に販売戦略のアイデアを作り上げ、半強制的だがとにかく販売店を動かし、金字塔と言って憚らない業績を作り続けた。それはまさに圧倒的な組織力の行使であり、当初は「暴挙だ!一方的だ!」などと不満をぶちまけていたディーラーの経営者たちも、確実に上がる売上を前に、これまでの販売促進と言ったら“値引き”しか知らなかった己を見つめるようになり、しまいには「奥村さんについていけば間違いなし!」と、長い物には巻かれろとばかりに尻尾を振るようになった。強権と言えばそれまでだが、実際のところウィンウィンの時代は延々と続いていったのだ。

 HDJが掲げる販売促進のメインは“ハーレーライディングフェスタ”と称する、主に府中の味の素スタジアムで開催した大試乗会、そしてHDJが構築した顧客管理システムCRM(Customer Relationship Management)の積極活用の二本立てだ。
 まず試乗会最大の特長は、試乗コースをスタジアムの敷地内に設定することにより、大型二輪車の運転免許を持ってなくてもハーレーに乗れるところ。もちろん安全な運転操作ができるかどうかの事前審査を行うのだが、この審査には地元の自動車教習所が数校参加し、各校の指導員が当たった。なんと言っても試乗は何台乗っても無料だったので、想定以上の来場客があり、当初から混乱するほどの大盛況である。
 試乗受付の背後には二十数社の参加ディーラーのブーステントが並び、中古ハーレーやアパレルを並べ、賑やかなお祭りムードを演出、すぐ脇には自動車教習所のテントが並び、事前審査コースが隣接する。

 実際に試乗をすると、それまで憧れだったハーレーに具体的な興味が起きる。試乗者全員に記入してもらうアンケート結果を羅列すれば、
・想像より乗りやすかった。
・ローライダーが気に入った。
・所有の250ccがおもちゃに思えてきた。
・可能なら購入したい。
・まずは大型二輪免許を取りたい。
 等々、すぐにでも商談になりそうな内容が多くを占めた。そして試乗後、営業マンは特にインパクトが得られたようなお客さんを捕まえてブースへ連れて行く。そう、購入見積もりを提示するために。

「へー、883なら月々二万円で買えちゃうんだ」
「しかもお客さん、ハーレーは中古車市場での人気が抜群に高いんです。百万円で買って、三年後の車検の時に最低七十万円で買い取れるんですよ。だから883に慣れて、そのうちもっと大きなモデルが欲しくなったら、883を頭金として買い替えができちゃうんです」
「それいいな、でも免許がないから…」
「あそこに教習所のテントが並んでるじゃないですか、今行って申し込むと、特別入所金で、しかもすぐに教習がスタートできるんです。同時に883の購入を決めてもらえば、大試乗会特別ローン金利1.9%が適用になります」
「なるほどね、じゃ、決めちゃおう」
「ありがとうございます!」
 嘘のようだが、実際のところ全出店ディーラー合計で、一日に三十台、四十台と売れるのだ。ただ、HDJよりライディングフェスタ実施の告知がされた当時、一部のディーラーから文句が出て、開催へ向けての足並みが揃わなかったことがあった。
 二十数社の参加と言えば、東京のみならず、遠く神奈川、埼玉、千葉のディーラーまでもが対象となる。
 なんと言っても開催場所が味の素スタジアムなのだから、来場者のほとんどが東京在住と予想するのは無理もない。
「ギャルソンさんはいいですよ、地元なんだから商談独占じゃないですか。味スタくんだりまできてゼロ戦じゃあ、やってらんないですよ」
 わざわざ神奈川や埼玉のディーラーを選ぶわけがないという文句である。ところがイベント告知にかなりな広告宣伝費を投入しただけあって、第一回目から大盛況。そして案ずるより産むがやすし。遠方からも多くの来場者があったのだ。回を重ねるごとに試乗者数は伸びていき、近県ディーラーも十分に商売となる規模まで拡大していったのだ。それに中古車については責任販売エリアは除外されるし、オンリーワンという商品性格上、魅力のある品であれば、近隣、遠方関係なく即売れた。一部の遠方ディーラーなどは、毎回ブース前に十台近くの極上中古車を並べ、「完売!」と気炎を上げていた。

 売れるのはバイクばかりではない。イベント特価にしたデッドストックのアパレルやアクセサリーパーツなども、会場のイケイケムードのあおりを受けよく売れた。モト・ギャルソンのブースでも、お荷物になっていたドッググッズ、つまりハーレーダビッドソンオリジナルの首輪やリード等々だが、展示すると意外な集客効果があり、二日間のイベントでほぼ完売である。

 試乗車アンケートは一旦HDJが回収していき、本部で責任販売エリアごとに分け、その後ディーラーへと送付される。
 そしてディーラーは送られてきた試乗アンケートのデータを速やかにCRMへ入力、電話コールを中心に順次営業をかけていくのだ。HDJは直接ターゲットと会話を行う電話コールを重要視していた。はがきやDMはあくまでも“お知らせ”であり、営業ツールとしては認めていない。
 一件の電話コールを済ますと、その都度CRMに記録。これはルールなので、HDJは各ディーラーの進捗状況が日々手に取るように分かる。着手が遅れているとすぐに指摘され、ディーラー評価にマイナス点が付き、ホールバックマージンに影響する。それでも大半のディーラーは、これまであまり手を付けたことのない作業だったから、なかなか進まないディーラーも多々あった。これに対し、あまりにも内容がひどい場合、なんと社長がHDJへ呼び出しを食らうのである。
「〇〇社長、電話コール、どうなってるんですか」
「いや~、なかなか進まず申し訳ない」
「社長のところ、進捗状況は全店最下位ですよ。我々の趣旨に賛同できないと解釈してもいいのでしょうか」
「店に返って発破かけます」
「発破かけるんじゃなくて、まずは社長自ら行わなければスタッフは腰をあげませんよ」
「は、はい」
 これほど強力に推進するだけあって、電話コールの効果は絶大だった。やり始めは皆同じ事を考えるもので、「電話までしてバイクの営業掛けたら、嫌がるんじゃないの」
 と、勝手に考えてしまうのだ。
 ところがだ、わざわざ会場まで足を運んで試乗をするのだから、ハーレーに興味がないわけはない。できれば手に入れたいのが本音。そんな心情が渦巻くところに営業マンから直接電話が掛かってくれば、なにがしかの心の動きはあるもの。実際は嫌がるどころか、逆に質問や相談を受けることの方が圧倒的に多い。

 販促と言えば値引きやパーツサービスしか思い浮かばなかったディーラーが、このCRMを使ったシステマチックな攻略方法をきっかけに、よりHDJ寄りとなり、先端の経営手法を学び推進していくのだった。


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