
ハーレー部門の営業責任者となった俺は、社長の指示や要望にしたがい、HD調布で営業業務を行う傍ら、適時HD東村山や遠くHD沖縄を訪れ、店の様子、営業マンの働きぶりなどをチェックしていた。やはり実際に自分の目で見てくると、各店の特徴がよくわかった。結論を先に述べれば、どの店もスタッフ達の働きぶりは悪くなく、一見レベルの高い自主性を匂わせるが、ふと裏を覗けば、組織としての機能は不足気味であり、危ういバランスで成り立っていることは否めない。

初めて沖縄を訪れた時、いかにも南国らしい風の臭いに、同じ日本でありながら強い異国情緒を覚えたものだ。美しい海と大自然、そして独特の歴史を作った琉球文化。これからも有数の一級観光地として君臨することは間違いない。
那覇空港からは<ゆいレール>に乗って古島まで行き、そこからはタクシーを使う。タクシー乗り場には運転手と思しき男性三人が、賑やかに談笑をしている。
「すみません、宜野湾のハーレーまで行きたいんですが」
背が低く小太りのドライバーが振り向いた。
「はいはいどうぞどうぞ」
走り出してしばらくは住宅街が続く。沖縄の住宅にはちょっとした特徴があって、ほとんどの家の二階にこぢんまりとしたテラスが付いている。
「お客さんはどちらからですか」
「東京です」
「そうですか。ジャイアンツのキャンプがあるときは、たくさんの人が東京から来ますよ」
なるほどね、沖縄でもキャンプを張るんだ。野球はあまり詳しくないが、なんといってもジャイアンツは人気がある。そしてこのキャンプ話を皮切りに、ドライバーのマシンガントークが始まった。よほど話が好きなのだろう、しまいには息子の自慢話までが飛び出した。
交通量の多い道路に入ると、間もなくして店に到着。タクシーから降りて店を仰ぐと、その大きさにびっくり。一年ちょっと前に最初の店からここへ引っ越してきたのだが、とにかく間口がとてつもなく広いのだ。この規模でHD調布の家賃より安いのだからたまげる。
「おつかれさんです」
店長の茂雄くんである。彼は大崎社長の長男だ。
「でかい店だね」
「店の中でキャッチボールできますよ」
大きなショールームの端には、これまた立派な倉庫が隣接している。東京のディーラーの社長がこれを見たら、さぞかし羨ましがるだろう。
一息入れた後、さっそく営業ミーティングを行った。参加メンバーはトップ営業マンでオープンメンバーの大城くん、同じくオープンメンバーで、当時は紅一点だったGMD担当の山田さん、そして新人営業マンの新垣くんと女性営業の宮城さんである。それぞれ自由に現在重視して行っていることや、改善したいことなどを発表してもらった。
大城くんは“我が道を行く”ってな雰囲気がよく出ている男で、商談即決率の向上が当面の課題。山田さんはオリジナルTシャツの売上アップ。新人の二人は、早く一人前になりたいとのことだった。皆朗らかで優しい笑顔を持ち、沖縄を象徴するかのような人たちである。
「今週中にTシャツの発注がありますけど、二百枚で行こうと思ってます。店長にも言ってあります」
HD沖縄は観光客の来店も多く、沖縄旅行の記念としてだろう、名入りTシャツを買ってくれる。そしてそれ以上に米兵が里帰りのお土産として、ひとりで十枚近く買っていくのだ。なんといっても店の真ん前は米軍の普天間飛行場。普段から米兵の来店はとても多い。我々日本人が“横文字”に弱いと同じく、外国人は日本の“楷書”に弱い。よってデザインはアルファベットと楷書をうまくバランスさせると手に取ってくれるのだ。

「部長、彼なんですが、お客さんとのやり取りがスムーズじゃなくて、いけそうな商談でも会話が途中で止まって、逃がしちゃうことが多いんですよ。なっ、新垣」
大城くんが横目でちらちらと新垣くんを見ながら話した。
「そうか、じゃ、新垣くん、あとで個別ミーティングでもやろうか」
「おねがいします」
昼飯の後、新垣くんと二人だけで話しをしてみた。口下手だなというのが第一印象だったが、話が進むうちに、仕事自体になんらかの引っかかりを持っているようで、就労意欲はどう見ても高くなく、ややもすると離職を考え出すのではと心配になってきた。
「ハーレー売るってけっこう難しいんですね。ちょっと甘く見てました。とても大城さんのようにはいきません」
表情に濃い諦めが出ている。
「大城くんだって最初は同じだったんじゃないかな」
「でも大城さん、すごくハーレーのこと詳しいし」
「それは勉強とキャリアの賜物だよ。きみはまだ入社して三か月だろ」
「まっ、そうですけど」
「そもそも大城くんは入社前から“ハーレー命”みたいな男だし、しかも営業歴は三年を超えてるからね」
この晩、店のすぐ近くにあるイタリアンレストランで、ちょっとした歓迎会を開いてくれ、とても楽しいひと時を過ごせた。最初はややおとなしかった新垣くんも、アルコールが進むほどに笑顔が溢れはじめ、そのうちに若いメカニックたちの輪に入って盛り上がっていたのでほっとした。しかし、男性諸君は皆よく飲む。さすが沖縄か。
翌日の午後には東京へとんぼ返りと、慌ただしい出張だったが、営業マンの声を直に聞けたことはやはり収穫だった。ただ、新垣くんをめぐる問題を考えればコミュニケーション不足は明らかで、この店もちょっとしたきっかけで安定感を失うのではと、危うい雰囲気を感じた。店長並びにリーダー職には組織の在り方を勉強させ、“自分の仕事とはなんぞや?”を早々に身に着けさせる必要がある。
戻ったら即刻社長へ報告するが、改善の重要性をどこまで受け入れてくれるかは未知数。せめてリーダー職のやるべき仕事だけはちゃんと説明して欲しいところだ。でなきゃ、大きな経費を使って沖縄へ出向いた意味がない。
搭乗を待つ間に、空港内の食堂で沖縄そばを食したところ、これがなかなかいけた。スープ、麺、具がうまくバランスされ、沖縄そば初心者でも印象よくいただけるだろう。
石垣島の八重山そば、久米島の久米島そばと、これまでいろいろな沖縄そばを試してみたが、どれも頷ける個性があって、奥深さはラーメンに勝るとも劣らない。そんな中、空港食堂という性格上、敢えて万人向けな味付けにしたのだ。ただ、沖縄そばのエッセンスを余すことなく網羅したところはさすが。