バイク屋時代49 不協和音

 HD調布には営業マンが三名いる。いつも元気はつらつ新木くん、クールでシャイな浅見くん、そして紅一点の会田さん。皆年齢も近く、仲がいい。
 朝からあまり電話もならず、来客もない。開店前のルーティンである、店内外の清掃とバイク磨きを終えると、各自コーヒーを自前のマグカップへ注ぎ、商談カウンターへと集まる。
「新木くんさ、昨日はメカとやりあったの?」
 浅見くんが心配そうに聞いている。
「やりあったりはしないけど、いつものことだよ、なんかさ、気分悪いんだよね」
 何気に耳に届いたやりとりが気になった。
「小笠原さんってさ、確かに気難しくて細かくて苦手なタイプだけど、いちおうお客さんじゃない。それを適当にあしらえとか、できないものはできないってはっきり言えよとかさ、それってどうなのかな…」
「そうゆうの、うちって多いよな」

ドゥカティ Diavel
2011年発売  1200cc 水冷L型ツイン 最高出力 112馬力 (日本仕様)

 883Rに乗る小笠原さんは、恰幅のいい大柄な還暦ライダー。見た目とは裏腹にとても神経質で細かい人である。何かにつけ小言が始まるが、いつも相手になるのは、彼の担当営業である新木くんだった。
「金払ってんだからさ、取引先にはもっと厳しく対応しなきゃダメだよぉ」
 愛車のカスタムペイントを行うことになり、前後フェンダーとタンクを取り外して、塗装業者へ依頼したのだが、戻ってきたパーツを確認すると、リアフェンダーにねじれのような歪みが生じていると言い張るのだ。しかも塗装前は絶対になかったと断言、憤慨している。
「いやぁ~、小笠原さん、そうはおっしゃっても、塗装屋でフェンダーをひん曲げることなんてありえないですよ」
「じゃあ、なんで歪んでるのよ!」
 かなり険悪なムードになってきた。ここは立場上、乗り込まなければならない。
「小笠原さん、リアフェンダーですけど、部品単体で観察すると、残念ながら新品でも完全左右対称なんてものはないんですよ」
「なに言ってんの、そんなことないだろぉー」
「そんなことあるんです。ちなみに、国産メーカーのフェンダーだったらそんなことないと思いますが」
 つまりだ、ハーレーの品質基準からいえば、リアフェンダーは少しぐらい歪があっても、シートレールに装着すればまっすぐになるから、それでよしなのだ。米国と日本とでは、物作りに対する考え方に大きな相違があるのは事実。
「じゃ、装着して見せてくれよ」
「メカの手が空いてないので、今すぐは無理ですが、明日以降でしたらお見せできます」
 不満たらたらの様相で引き上げた小笠原さんであったが、後日来店した際に、かっこよくカスタムペイントが仕上がった愛車を目の当たりにして、ぶつぶつ言いながらも、なんとか納得してくれた。

2011年モデル ハーレーダビッドソン XR1200X

 今回の一件は、俺がしゃしゃり出るまでもなく、担当したメカが同じように説明すれば、お客さんの納得度も高いだろうし、営業マンとの信頼の絆も構築できるはず。それをなぜかメカと営業はそれぞれ相手方に問題を丸投げする傾向が見られるのだ。
 ふと思うことがあり、この一件を直接社長に報告した。
「おさまってよかったじゃない。小笠原さん、細かすぎだよ」
 予想していた返答である。
「結果はそうなりましたけど、担当メカが自らお客さんの声を聞こうという意気込みがあれば、浅見くんもこれほど悩むこともなかったと思いますよ。フェンダーの歪の件だって、営業やってまだ数カ月の浅見くんじゃわからないし、一人で解決できるものじゃない」
「だから部長がフォローしてくれたんじゃないの?」
「社長、伺いますが、うちのメカは、苦手なお客さんには直接タッチせず、ただ整備作業だけをして、なにかが起これば営業マンへ丸投げしてますが、それでいいんですか?!」
「全部が全部そうじゃないだろ」
 自分を推してくれる親しいお客さんなら、作業中でも手を休めてべらべらとお喋りを続けるのに、苦手意識のあるお客さんとなると、すべて営業マンに任せてしまう現況。入社十年越えのメカに対して、浅見くんレベルの営業マンが文句を言えるはずもない。俺が思うに、最も根の深い問題は、この状況を社長や店長は知っているのに、なんの指導もアドバイスも行ってないことなのだ。
 大崎社長は以前から言っている。
「うちはスタッフの自主性を重んじる」と。
 しかし実際には単なる放任であるのに、それを「自主性」と言い換えているだけである。

2011年モデル ハーレーダビッドソン FLTRU Road Glide Ultra

 大崎社長は営業のプロだ。若い頃は東京日産でコミッション営業をやっていて、トップ売上げを何度も果たした凄腕である。笑顔を絶やさない商談は非常に巧みであり、お客さんは社長との会話が進むほどに、購入後のバイクライフを胸の内に膨らませ、気がつけばサインしているのだ。
「ありがとうございます!」
 はたから見ていて凄いと感じることはこれだけではない。こうしてギャルソンメンバーとなったお客さんをとことん大事にする。店に遊びに来ればホストに徹し、回を増せば会話の内容もバイク談義からプライベートなことにまで発展していく。だから社長のお客さんのリピート率はダントツに高い。営業マンが商品に大きな付加価値をつけて売る最良の例と言っていい。
 さて、一匹狼ならば抜群の成果を上げる大崎社長だが、実は彼、組織の中に組み入れられて仕事をした経験がほとんどない。そのせいだろう、組織の在り方、教育、指示伝達、信賞必罰等々へ対する社長独自の考え方を聞いたことがない。恐らくだが、持ってないのだ。
 この影響であろうか、全店において組織のタガが緩み始め、調布、東村山、そして沖縄は、それぞれ独自なカラーを持って独り歩きをし始めていた。なにかがおかしいと大崎社長が感じ始めたころには、多くのスタッフが不満や疑問を持つようになり、最悪の結末である離職へと進んでいった。痛手だったのは、優秀な営業マン達が現況に鑑みて先を読み、このままいてもメリットなしと判断、次から次へとモト・ギャルソンを去っていったのだ。残ったのは歳がいった家族持ち。辞めても転職がおぼつかない面々である。
 ちなみに過去二年間のうちに、調布の瀬古くん、三波くんが去り、実はこの先一年で、新木くん、浅見くんの二人も辞めてしまったのだ。彼らがHD調布へもたらした売上げは大きく、その貢献度は計り知れない。さらにHD東村山の営業マン橋澤くんも時を同じくして退職し、広告代理店への再就職が決まった。
 こんな状況だから、売上も徐々に厳しいものとなり、財政的な体面を保つため、俺の首も風前の灯火となっていたのだ。


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