バイク屋時代45 メーカーそれぞれ

 HDJとDJ、同じ外車販売会社とはいえ、社風をはじめ、営業方針や販売店とのかかわり方はずいぶんと異なる。もっとも取扱い商品の特性が及ぼすものは大きいと思うが…

 ハーレーは、大排気量空冷OHV、V型ツインエンジンがもたらす独特の鼓動感と外観。思い浮かぶイメージは、旅、自由、文化、レザージャケット等々。一方ドゥカティは、国際レース、情熱、チャレンジ、官能、美学と言ったところか。
 HDJは定性的な色合いを基本にしたイメージ戦略を好む一方、具体的でしっかりとした効果を生み出す営業手法を構築し続けた。DJは国際レースを背景とした華々しい雰囲気の演出と、商品の強力な進化をアピールする広告展開を得意としてきたが、販売店側が求める営業戦略に関してはHDJに大きく後れを取っていた。双方の登録実績を比較すれば如実である。

 HDJの会議は毎回全ディーラーの社長を対象に都内のホテルで行われるのに対し、ドゥカティの会議は列島を東地区と西地区に分け、会場もコンベンションホールや時にはクラブで行われた。これは社風以前に、企業規模の違いによる会議予算の大小も影響していただろう。
 両方の会議はもちろんのこと、国産メーカーの会議にも出席していた俺は、各々の特色がよく分かった。簡単に言ってしまえば、HDJは車両と共に購入後の満足も考慮したハーレーワールドを売る。DJは満ち溢れる最新テクノロジーで武装された車両と、ドゥカティレーシングワールドを売る。そして国産四メーカーは安心感と充足に満ちた商品を売るのだ。

 DJが東地区の会議を六本木のクラブで行った頃、国内外においてドゥカティの売上はまあまあの線で推移していたが、順風満帆とは言い難かった。よってこの目新しい会議で営業戦略の発表でもあるのかなと期待していると、モデルチェンジ情報、新アパレルの説明、そして新規参入店の紹介等々で終わってしまった。ただ後半でMoToGPやスーパーバイクでの活躍を、センスよくまとめ上げたPVを放映すると、参加者の喝采を浴びた。
「ドカ、がんばってるじゃん」
「これ見てスーパーバイクが欲しくなる人も多いんじゃないの」
「ヨーロッパスポーツは間違いなくドカだな」
 盛り上がるのいいとして、これを士気高揚と捉えているような安直な声が聞かれ、驚いた。同じ時期に行われたHDJの会議内容とはずいぶんと異なるところだ。まあ、俺自身も派手なプレゼンに飲まれていたことは確かで、これからもドゥカティの勢いは変わらないだろうと、根拠のない安心感が湧きたっていたことは事実だ。
「木代さん、どうですか、これからも行けそうですね!」
 振り向くと、満面の笑顔をたたえたO社長が立っていた。

 ドゥカティ社は一九九六年に、米国の投資家集団“テキサス・パシフィック・グループ(TPG)”に買収された。これにより潤沢な運営資金と世界を見据えた経営戦力を得た。主な需要国には現地法人(ドゥカティジャパン・DJ)を設立し、これまでの受け身な商売を一気にワールドワイドなビジネスへと昇華、目論見通りの快進撃が始まった。ところが数年を過ぎるとやや陰りが見え始め、伸びは鈍化してしまう。こうなると母体が倍々ゲームを求める投資家集団なので、毎年の進捗は絶対に必要ということになり、徐々に現況とはそぐわない目標が独り歩きをするようになってきた。
 売り上げを伸ばすためには様々な要素が必要になるが、悠長なことを言ってられなくなったドゥカティは、得意なニューモデル開発に集中し、営業戦略は場当たり的なものに終始した。ニューモデルが当たればいいが、もしも滑ったら、大きな損失を被るだけではなく、組織の士気も落ちる。こうなると復活までは遠い道のりになる。絶好調のHDJと比べると、国内登録台数では十分の一にも届かず、DJの倉庫は日に日に在庫車両で膨らんでいったのだ。
「木代さん、おねがいしますよ。1098、三台口で10%つけますから」
「だめだめ、今月はハーレーの支払いが多いんだよ」
「そう来ると思った。今度ね、支払の分割をやるんですよ。どうです、三分割では」
「だめだめ、分割にしたって結局は払わなきゃダメじゃん」
「そりゃそーですけど…」
「モンスターならまだしも、1098がポンポン売れるわけないじゃん」
「いやいや、ところが最近動いてるんですよ!」
「だったらその動いてる店に買ってもらえば。そうだよ、Tモータースに頼んだら」
「あそこ、まじな話、目いっぱいです」
「そんなことないでしょぉ、O社長だったら、よっしゃ!とか言って買ってくれるよ」
「もーーー」

 この商談、俺としては珍しく根負けした。おかげで大崎社長にはこっぴどく怒られるし、案の定、1098三台はしぶとく在庫として残ってしまった。
 売込みの限界を悟り始めたDJは、経費節減策に出た。まずは部品倉庫の廃止。これにより倉庫の家賃と部品の在庫金利ロスをなくせる。店舗からの部品発注はすべて本国イタリアへダイレクトに行われ、そのために入荷日数は一週間から十日ほどかかるようになった。緊急を要するもの、例えばレバー、ステップ、ウィンカー、ミラー等々は店舗で在庫しなければならず大迷惑。それとDJ内の人員整理も滞りなく行われ、契約当初から仲の良かった営業とサービスのスタッフが、それぞれ一人ずつ退職になった。
 まだ入社して一年半の営業マン赤根さんから電話があった。
「木代さん、お世話になりました」
「なんだか寂しいね。話は聞いてるけど、転職先はもう決まってるの?」
「おかげさんで損保の営業をやることになりました」
「だったら遊びにおいでよ」
「ありがとうございます。ぜひ」
 このような厳しい展開の中でも、さすがにイタリア企業である。会議や商品発表会などでも、人生を楽しむことを優先するイタリア人気質がいかんなく発揮され、美意識と表現力を欠かすことにない内容へと組み上げるのだ。HDJの社長は日本人だが、DJの社長は代々本国から赴任するイタリア人ってことも大いに関係している。
 新アパレルの発表会を代々木の某クラブで開催することになり、俺と坂上、そしてバイトの真理ちゃんの三人で出かけた。
 会場に入ったとたん、大音響のディスコミュージックとミラーボールの出迎えを受け、間違ったところへ足を踏み入れたんじゃないかと一瞬冷や汗をかく。周囲を見回せば、アパレルやバイクがかっこよくディスプレイされ、壁に洋酒がずらっと並ぶバーカウンターもオープンしている。一番奥にはファッションショーに使う本格的なランウェイも作られ、周囲には相当な人数を見越したパイプ椅子が並べられている。

「店長、いいっすね~このムード! 早々と一杯やっちゃいましょう」
 すでに坂上はのまれている。真理ちゃんもキョロキョロが止まらない。
「あらっ! 木代さん、お久しぶり」
 アパレルスタンドの脇からTモータースの看板娘“恵子さん”現れた。
「いやいや久しぶりだね、ラリー以来かな、ところで今日、社長は?」
「アパレルだから、おまえ一人で行ってこいって」
「はは、うちも同じだよ」
 恵子さんは小さい顔に長い手足と、まんまモデルのようなひとだ。お客さんには絶大な人気があり、店ではアパレルだけではなく、バイクを売らせてもトップクラスと言う。急に音楽が変わると、ランウェイに照明が降り、新作のファッションショーが始まった。
「それじゃ失礼しま~す」

 プロのモデルだけではなく、一部DJのスタッフがモデルになって会場を沸かせた。
「店長、これってずいぶんとお金かかってるでしょうね」
「ずいぶんどころじゃないよ」
「いいじゃないっすかぁ、ドカらしくて~~」
 おっ、坂上のやつ、いつの間にかグラス持ってやがる。
「真理ちゃん、俺たちもなんか飲もうぜ」
「はい♪」


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