







八月十四日、十五日の一泊で、西伊豆の松崎へ行ってきた。
よくよく考えれば、松崎どころか、真夏に伊豆へ出かけたのは恐らく大学生の頃以来である。記憶が正しければ、当時つきあっていた彼女と南伊豆の弓ヶ浜へ海水浴へ行ったのが最後のはず。あの頃は夏になると猫も杓子も海を目指して大移動。特に若い男性諸君は、日焼け、海の家のビールと焼きそば、そしてなにより“小麦色に焼けたビキニのお嬢さん”を夢に出るほど渇望したものだ。
これまで西伊豆へ出かけるとすると、春秋のバイクツーリングか、紅葉の頃の撮影行と年末撮影会のみだったので、印象は一様に静けさが支配していた。ところが今回、R136から見えるすべての海水浴場には、色とりどりの水着を着た人たちで溢れ、遠目にも海辺の活況が伝わり、久々に若いころの夏を思い出した。「一番好きな季節は夏だ!」と、胸を張って断言していたころが懐かしい。
では今回、なぜわかりきった渋滞を押してまでも夏に出かけたのか?
好きな松崎だからこそ、本来の姿をもっと知りたくなったのかもしれない。きっかけは“盆踊り”。ある時Facebookを開いたら、松崎ポートクラブさんの投稿に目が止まった。
『さぁ日本で一番地味だけど…
日本で一番楽しい!? 松崎盆踊り!!
今年も開催します』
この一節にふと心が惹かれ、素朴だけど皆で楽しんでいる人たちの姿が想像でき、盆踊りを含め、“夏の松崎”へレンズを向けたら発見があるのではと、すぐに計画を練ったのだ。
日帰りは到底無理があるので、宿探しから始めたが、さすがに旧盆ウィークだけあって、手頃な価格で泊まれる宿はどこも満室。じゃらん、楽天は全滅だったから、これまで使ったことのないBooking.comで検索を始めると、松崎のベストな場所にもかかわらず、一部屋だけ空いていた宿が“六弥苑”。古民家を改装したゲストハウスのようだ。ただ、ゲストハウスと称するところは利用したことがないので、やや不安もあったが、背に腹は代えられず、すぐに予約ボタンを押した。








東名に入ってまもなくすると、旧盆の洗礼が待ち構えていた。横浜厚木間で21Kmの渋滞である。一時間ほど時間を無駄にしたが、これは想定内。沼津ICを降りてからは、三津シーパラダイスまで小渋滞が連発したが、その後は快調そのもの。ちなみに腹がへっていたので、沼津市内にある人気和風食堂の“弥次喜多”へ寄ってみたが、まだ十一時半にもなっていないのに駐車場は満車、おまけに入口にはウェイティング客が十人以上溢れ出ている。鰤の照り焼き定食を食したかったが、まっ、しょうがない。なにしろ夏休みなのだから。それでもあまりに腹がグーグーと鳴り続けるので、戸田に着いたらどこかの店へ飛び込もうとハンドルを握りなおした。
坂を下り、右側に港が現れると、左側のロードサイドに食堂が軒を連ねる。十数年ぶりになるが、過去に数回利用したことのある“ゆうなぎ”の駐車場へPOLOを入れた。
テーブルにつくと、正面の壁に貼られた“限定十食 深海魚天丼セット 1,500円”なるものに興味をそそられ注文。しばらくすると、店主がバットにのせられた数種の魚の切り身を差し出し、これからこれを揚げるのだと説明を始めた。プロの誠意を感じるサービスである。案の定、味は文句なし。


ついついわき見をしてしまい危険極まりないが、POLOの車窓に広がる真っ青な空と海は素晴らしいの一言。夏ならではの青さを拝められただけで、来てよかったと思ってしまうほど。
途中、海岸の脇にある土肥のセブンに寄ったとき、店内は真っ黒に日焼けした若い人たちでごった返し。立ち込めるローションの香りはいかにも夏の海だ。
午後三時半。今宵の宿『六弥苑』に到着。ここはオーナーであるNさん一人で切り盛りしている。数年前に古民家と裏山をそっくり手に入れて、好みの宿泊施設へとリノベーションしたそうだ。素泊まり専用の宿ではあるが、厨房や冷蔵庫等々は自由に使えるので、宿泊者のアイデア次第で面白さが膨らみそうだ。何はともあれ、シャワーを浴びてスッキリさせ、一時間ほど横になった。酷暑と渋滞の中を延々と松崎までPOLOを転がしてくれば、疲れないわけがない。慣れないベッドにもかかわらず、瞬く間に寝落ちしてしまう。
目が覚めると気分はスッキリ。POLOに積んできた折りたたみ自転車に跨り、町中へ向かった。すでに時刻は午後五時を過ぎていたが、盆踊りは七時からなので、先に腹ごしらえをすることにした。どこへ行こうか考えたが、やはり脚は“ぱぴよん”へ向く。料理はどれもうまいし、なにより旅先で落ち着ける数少ないところだから。到着するとさすがに旧盆休みだけあって満席だったが、幸運にもカウンターが一席空いたので、ささっと腰を据え、いつもの“生姜焼き定食”とビールを注文した。
松崎港へ向かうころにはだいぶ陽も落ちて、ヘッドライトの当たるところ以外は完全な暗闇と化す。東京ではありえない街路灯の少なさだ。民芸茶房の脇を港へ抜けて、盆踊り会場へ近づくにつれ、辺りは明るさを取り戻し、かすかに東京音頭のメロディーも聞こえてきた。
まだ始まったばかりなのか、はたまた曜日のせいなのか、踊る人も少なく、キャッチどおり“日本で一番地味な盆踊り”である。しかし盛大でないかわりに、ほのぼのとしたムードがむしろ心地よく、撮影は一時忘れ、近くにあったベンチに腰をかけてひたすら眺め続けた。日本の田舎を感じるワンシーンに飽きはこない。
六弥苑へ戻ると、ちょうどオーナーがリビングにいたので、ファミマで買ってきたビールを差し出した。
「飲むでしょ」
「ありがとうございます。いただきます」
オーナーのNさんは御年五十一歳の独身。話を聞くと、彼は古武道家であり、プロの料理人であり、はたまた車やバイクが大好きで、ちょっと昔には筑波サーキットで行われるゴルフ2のワンメイクスレースで年間チャンピオンを獲ったとか、それはそれは多彩な人なのだ。ビールが進むにつれ、八十年代、九十年代の車とバイクの話で盛り上がり、途中からほかの宿泊客も輪に入り、十一時過ぎまでお喋りの花が咲いた。これは実に楽しかったし、これまでの一人旅にはなかった発見でもある。
このようなゲストハウスの場合、オーナーの人柄がよく、かつ巧みなハンドリングがあれば、旅の面白さを倍増させることもあるのだと痛感した。






翌朝は、旧盆の上りラッシュを考慮して、慌しく朝七時には宿を後にしたが、見送りに出てきたオーナーがにこっと笑って、
「木代さん、泊らなくても、こっちへ来た際は寄ってくださいよ。飯でも食いに行きましょう」
「うん、声かけます」
夏の松崎、いいもんだ。