沼津御用邸記念公園

御用邸

5月7日(木)。ゴールデンウィーク終了直後の平日はどこを走ってもガラガラだ。スムーズに動けると車のありがたさを改めて実感する。
この日は女房の実家がある沼津へ遊びに行った。お母さんや妹達とおしゃべりをするのが目的だが、皆と合流する前に下香貫の“沼津御用邸記念公園”へ立ち寄ってみることになっていた。

「御用邸って、行ったことある?」
「あるよ」
「私、ないのよ」

よくよく考えれば、地元民が行くようなところではない。

「見て回ってから昼飯っていう流れ?」
「そうそう」

御用邸に到着したのは10時半ジャスト。お昼までにはまだ時間がある。
ここ沼津御用邸記念公園は皇室の別荘地跡とあって、その静かな佇まいには品格と歴史を容易に感じとることができ、無駄な装飾が殆ど見られない園内をじっくりと散策すれば、この地に御用邸を建設した理由が朧気にも分かってくる。
千本松原に繋がる松林から望む静浦の海は、日本の原風景そのものであり、そこに身を置くだけで安堵が体中に広がっていく様子は、少年期に沼津で過ごしたことが大きく関わっているに違いない。

V2を片手に園内を回り始める。
敢えて建物は避け、西側の松原に被写体を求めた。
何気ない道、雑草、小さな畑、フェンス、牛臥山。
どれも一般的な被写体とは異なる単なる景観の一部分。しかし私にとっては強烈にアピールしてくる心象風景に他ならない。子持川で感じ取れる懐かしさが、しっかりとここにもあったのだ。

山・Debut

大塚山

「やば!!!」
「どうしたんですか」
「靴、置き忘れた」
「ええっ!!!」

新青梅街道は田無辺りを走行中、突然気が付いた。何をきっかけに思い出したのは分からないが、何れにしても靴がなければ山歩きはできない。

「そこでUターンしましょう」

予定通り5時に出発したまでは良かったが、ここでいきなり30分のロスタイムとは、、、
しっかりと準備して玄関に並べたのに、何とも情けない。

5月4日(月)は“T君・山デビュー”の日。
彼は一昨年に骨折をして、足首にはまだボルトが残っている。寒い季節には鈍痛が走ることもあり、前々から山への興味はあったものの、そんな事情で踏み込めない状況にあったのだ。しかし、怪我も徐々に快方へ向かい、日常生活に問題はなくなっていた。
そんな経緯の中、GWに取りあえず一度トライしてみようと、今回の山行に及んだのだ。

日の出山は先々週に出掛けたばかりだったが、山歩きのポイントをそこそこ押さえられ、且つ体への負担が小さいということで、山デビューのコースに“古里~御岳山~日の出山~愛宕神社”を考えていた。但、当初の計画は奥多摩湖からスタートする“水根谷~岩尾根”だった。渓谷に被写体がありそうだし、天気が良ければ岩尾根からの大展望を拝めるからだ。しかしT君の足のことを考慮すると、ややコースに険しさがあったので、奥多摩湖へ向かう途中に鳩ノ巣駐車場へ寄り、空きがあればそこへ車を置いて古里から御岳山を目指し、満車だったら奥多摩湖から水根谷へ向かうという二通りの計画を立てたのだ。昨今の山ブームで、GW中の鳩ノ巣駐車場に車を置くのは難しくなっている。

「おっ、あの車出ますよ」
「ラッキー! あそこへ入れよう」

R411を右折して駐車場へ入ると、見たところ2台分の空きスペースがあった。先回、奥多摩むかし道の時は正にすし詰め状態で、軽自動車一台分のスペースもなかったのだ。
準備を完了させ鳩ノ巣の駅に向かう。

「いい感じな駅だな~」

いつ訪れても山々に囲まれた駅舎はローカル臭むんむんである。
歩道橋を上がり向かい側の上りホームへ移る。
時刻表を確認すると次の電車は20分後だ。

「電車が止まったらボタンを押すんだぜ」
「へー」
「じゃないとドアが開かないんだ」

山デビューらしきものを果たしてから、もう何年が経つだろうか。
確か最初はD100を手に入れてすぐの尾白川渓谷だったと思う。と言うことは既に12年の月日が流れている。装備もなく無我夢中に登っただけだが、渓流や滝の美しさ、そして澄んだ空気の中で汗をかく気持ち良さは今でも良く覚えている。その後、夜叉神峠、三頭山、川苔山と続けざまに登り、森の中を歩く意味をひたすら模索し続けている。

登山口で入念なストレッチングを行った。これをしっかりやっておくと膝痛の発生率はかなり低くなるし、翌日の筋肉痛もだいぶ和らぐ。
古里コースは登り始めから急坂になるので、特にこれは大切な準備になる。
意識してスローペースを維持。筋肉が暖まるまでの鉄則だ。

「ありゃー、こっちのコースにも林道を造ってるんだ」

先々週の地獄沢と全く同じ光景が突如目の前に広がった。真新しいコンクリートとえぐられた植林帯は人工物の象徴であり、ここに自然を感じることは到底できない。多くのハイカー達は、この奥多摩の自然を消滅させる無惨な爪痕を目の当たりにして、一体どの様な印象を持つだろうか。

日の出山

大塚山の上りでもT君の足に問題は出ない。息は上がっても痛みはないとのこと。なるほど、得意のお喋りも絶好調だ。
この後、御岳の集落に入ると写真撮影に集中した。

「おー、やばいねこの景色!」

山デビューでハイになっているT君は、人目も気にせず大声を張り上げている。
山中、それも頂上に近いエリアに広がる集落には独特の趣があり、私も始めて訪れた時には心が躍ったものだ。眼下の見飽きた景色も、初めてのT君には感動的に映る筈。
うん、その気分、分かる分かる。

それにしても集落には凄まじい数のハイカーが流れ込んでいる。木曜登山では絶対お目にかかれない人波なのだ。グループやファミリーも多いが、最も目に付くのはカップルで、おまけに20代から30代ほどの若い人達が中心だからファッションも今風。そのカラフルな色合いは難しいことなしに目を楽しませてくれる。

曇が中心で通り雨の心配もあった天気予報。ところが頭上は青空が占め、湿気の少ないからっとした空気に包まれた今回の山行は、コンディション的にベストと言っていい。
昨夜から少々喉がヒリついて、体調も100%ではなかったが、これだけ爽快な山歩きができると、買い込んだ龍角散トローチの存在も忘れてしまう。T君も最高のデビューができてさぞかし満足していることだろう。

「山頂直下は必ず急登になるからね」
「そうなんだ」

日の出山へ向かう尾根道はなだらかで歩きやすい。行き交う人達も多く、次から次へと“こんにちは”が飛び交う。

「また上りになってきましたね」
「もうすぐ頂上だ」

最後の石段を上がると広場へ出る。
日の出山山頂は休憩中のハイカーで溢れかえっていた。恐らくその数はこれまでで一番多い。
ここで昼飯タイムと考えていたが、見渡す限りベンチはどこも先客で埋まっている。
と、その時。フェンス沿いの特等席にいたカップルが徐に立ち上がりザックを背負ったのだ。

ー 空いた!

同時に何人かの視線が動いたが、最も近くにいた私がサッと駆け寄り見事キープ。

「おーい! こっちこっち」

間を置いて上がってきたT君を呼び寄せた。
フェンスにザックを掛けてベンチを広く使い、空かさずストーブを出してお湯を沸かす。
山でいただくカップ麺はひと味違うのだ。今でも将軍平で食したカップヌードルの美味さは良く覚えている。

愛宕神社

古里の登山口を出発したのは8時15分。そしてここ日の出山山頂到着が12時10分だから、写真を撮りながらの山デビューとしてはまずまずのペースである。
たっぷりと1時間の休憩後、下山にかかった。
淡々と歩を進め、梅野木峠で最後の小休止を取った後は愛宕尾根を一気に下りきった。

「お疲れさん」
「ありがとうございます」

ピークは過ぎていたが、至るところにツツジが咲き誇る愛宕神社で暫しの撮影を楽しんだ。
本殿から望む二俣尾の町並みは、まどろむような陽光に包まれて、その優しいコントラストは夏の夕暮れをイマジネーションさせるものだった。

新緑

日の出山山頂

 

4月23日(木)。目覚めるとカーテンの隙間から目映いほどの青空が目に飛び込んだ。“スイッチが入る”という表現があるが、この時がまさにそれで、ベッドから飛び出すと真っ先に押し入れのザックを取り出し、必要なものを手早く詰め込んだ。そして忘れずV2の充電を行う。
そう、山だ。山へ行くのだ。

数日前から初夏到来を感じさせる柔らかい空気が漂い始め、何気に街の木々も緑に鮮やかさが増してきた。こうなると山を思い出さないわけがない。新緑の森を歩く気持ちの良さはやはり格別なものなのだ。

ー 8時には出発しよう。

鳩ノ巣の無料駐車場までは、途中の買い出しを含めて約2時間がかかる。順調にいけば10時過ぎに登山を開始できる筈だ。
シーズン初っ端は決まって“鳩ノ巣駅~御岳山~日の出山コース”を選ぶ。足腰に優しく、かと言ってコースには変化があり、長からず短からずの程良い行程は、シーズンスタートの足慣らしとして最適である。
このコースのアレンジとして隣駅の古里から出発するのも面白い。季節的にちょうどミツバツツジの群落を見られる頃で、多くの陽光を浴び、花や葉の彩りを感じられるのがコースの特徴となっている。但、今回は2年間ご無沙汰している大楢峠を久々に歩いてみたいという素直な気持ちに従った。

鳩ノ巣渓谷に掛かる雲仙橋を渡り、一路登山口へと向かう。
人気のない集落の道ばたには、今年も黄色や白の可憐な花が咲き誇り、時の動きを感じさせないローカルな空間の演出に一役買っている。

登山道に入って間もなくすると林道にでる。

― おや、ずいぶんと工事が進んだな。

この林道、2年前まではぶつかったところで終りだったが、見渡すとかなり先まで延びている。このまま南へ進むと、方向的に考えて海沢谷の林道へ繋がるのかもしれない。林業目的には幅員的に豪華すぎるし、はたまた生活道路にはなりにくいルートでもある。奥多摩の深い森にこれ以上開発の手を入れることに、何らかの意味があるのだろうか。
整地途中のの林道を淡々と歩いていくと、ようやく終点が見え始めた。ところが近付くに従い目に入ってきたものは、非常に見覚えのある光景だった。

ー えっ?!

それは、なんと地獄沢の左コーナー。工事の進み具合にびっくりすると同時に、ここも見納めだと思うと無性に寂しくなってきた。
こんなペースだと、大楢峠が消え去るのも時間の問題か、、、
様々な思いを巡らせながら、その大楢峠へ到着。ここで本日最初の小休止を取ることにした。
冷たい風が汗を吸い込んだシャツを冷やし、体から急速に熱を奪っていく。峠は風の通り道。やはり樹林帯の中では、周囲の天候状況を把握するのは難しい。
ちょっと多めの糖分とミネラルウォーター200ccほどを補給すると、疲れが見る見るうちにとれていき、体が幾分軽くなった。今年の秋で61歳になる我が身だが、この回復力ならまだまだ50代レベルの冒険がやれそうだ。

新緑を眺めながら、ほぼフラットな北側斜面を淡々と歩く。
すると突如現れた前方の“物体”に足が止まった。

ー 鹿だ。しかも大きい。

山道に沿うように立ち、じっと私の方を窺っている。そっとV2に手を延ばし、構えようとしたその瞬間、大きな体は上がり斜面へと一瞬にして姿を消した。至近距離だったので急いで鹿の立っていたところまで駆け寄って姿を追ってみたが、ものの見事に気配はなく、 改めて野生の凄さを感じてしまう。
逃げた方向には、足場が悪く、おまけに50度以上はあろうかと思われる急斜面が立ちはだかっているのだ。

相変わらずの賑やかさを見せる御岳山集落。メインの通りには遠足らしき小学生の団体、年輩グループハイカー、カップル等々と、アウトドアを楽しむ大勢の人達が見られ、それまでの山道から周囲の様相ががらりと変るこのコースの面白さを再確認。以前は必ずといって神社近くの食堂へ立ち寄り軽食タイムとしたものだが、居心地の良い環境で一息入れると、決まって結構な時間を費やしてしまうので、出発時刻の遅い最近の御岳山歩きでは敢えてパスにしている。

トレポトレポの使い方が上手になったか、はたまた体調が良いのか、脚や膝に疲れは殆ど感じず違和感もない。GWにはT君と山歩きをするので、前準備としては上々と言ったところだ。
但、このトレポ。両腕を使って推進力を稼いでいるので、当然腕や上半身に負担がかかる。使わなかった頃と比較すると、歩行に際し体全体に疲労を覚え、日頃のストレッチングや筋トレも、この点を考慮した形に変えなければならないだろう。今まではスクワット等々、下半身の強化が中心だったのだ。
それにしても愛用のkarrimor製カーボントレポは実にナイスな商品だ。超軽量(190グラム/1本)だから長丁場の使用にも全く重さを感じず、おまけに価格が10,000円弱というのも魅力的。更に入手の容易なドッペルギャンガー製替えゴムがジャストフィットするのが嬉しいポイントだ。
これからトレポをお考えの諸氏には一押しの商品である。

日の出山から先は基本的に下りが主となる下山路だ。
下山時には登りの際に受けたダメージレベルに乗じて腸脛靱帯炎痛が起きることが屡々で、以前から悩みの種になっている。山以外でも、アップダウンの激しいゴルフコースなどでは、症状こそ軽いものの、痛みが出たことは何度もある。恐らく私の場合、膝の形状に問題があると思うので、山歩きの前、中、後に行っているストレッチングはこれからも欠かせない。

頂上直下の急坂では違和感も覚えず快調そのもの。梅野木峠で小休止にしたが、前兆も出ず不安はない。急な下りがしんどい愛宕尾根でも不思議と何も起こらない。
久々の山歩きでは高い確率で左膝外側に痛みが出るのに、今日は不思議と症状の前兆である違和感も感じられないのだ。
確かな要因は定かでないが、トレポの影響は確実にありだと思っている。

アイス買お!

愛宕神社の真っ正面にはセブンイレブンがある。
御岳集落を歩いていた時から無性にアイスを食べたくなっていた。
手にしたのはセブンイレブンオリジナル商品の“セブンプレミアム アーモンドチョコバー/199円”。汗をかいて疲れた体には染み入る美味さ。冷たさと甘さが喉を通過する時には頭がくらくらっとするほどだ。

いつものようにゆっくりと奥多摩橋を渡っていると、心地良い川風が体を包む。
真夏では味わえない、心休まる初夏の夕暮れである。

写真好きな中年男の独り言