「バイク屋時代」カテゴリーアーカイブ

バイク屋時代65 心に残るバイク ヤマハ・XJR1200

 一九九四年春。モト・ギャルソン本店にて。

「今度のは他社製品と比べても遜色ないし、絶対売れますよ」
 昼前にヤマハの三沢さんが来店し、新しく発売されたJOGの派生モデル“アプリオ”の売り込みに必死である。より大きくなったラゲッジスペースと、6Lの大容量ガソリンタンクがアプリオの特徴ではあるが、丸みを帯びたボディーフォルムは、現行のJOGと比べてより多くのユーザーに支持されそうだ。

「とりあえず五台はお願いしたいんです」
「マージンは?」
「新発売キャンペーンをやってるんで、五台入れてもらえれば一本つけさせていただきます」
「でもさ、はっきり言ってスクーターは儲からないよね」
「そんなこと言わないで」
 結局押しに押され、五台のまとめ買いを承諾した。
「五月のビッグは蓼科か、いいですね~。ところで木代さん、今回はなにに乗っていくんですか?」
「まだ決めてない」
「だったらうちのをぜひ!」
 ビッグツーリングは参加者が毎回百名近くにもなるモト・ギャルソン最大のイベントだ。一泊で行うから、お客さん同士、またはお客さんとスタッフが親密になれるチャンスも多く、固定客化の効果としては抜群の実績を上げている。なんと言っても百台のバイクとオーナーが集まるので、バイクの大見本市の様相があり、いろいろな機種を近くで確認したり、直接オーナーから感想を聞けたりと、代替えのきっかけ作りとしては大いに役立つ。ツーリングが終わると、たいがい各店一~二台の代替え商談が発生するのも頷けるところ。
「なにを貸してもらえるの?」
「先月発売されたばかりのXJR1200です」

 今話題のリッターネイキッドである。すでにホンダはCB1300、カワサキはZRX1200を発売し好評を得ている。ネイキッドはどんな用途にでも対応できるオールラウンダー性が魅力であり、購入後の満足度は往々にして高い。
 CB1300、ZRX1200共々、高性能の水冷エンジンを搭載しているのに対し、XJR1200は数値的には劣る水冷エンジンを採用した。これには開発のポリシーが関わっている。
 ネイキッドには最高速がなんぼとか、サーキットでどうかなんてことはほとんど意味がない。それより乗って操作してみたら、「へ~、いいバイクだな」と、わかりやすく感心させる要素が必要だ。しかしこの“よさ”を数値で表すのは難しく、一般的に工業製品は、まず数量的な計画がなければ、作り出すことはできない。そこでヤマハの開発陣が考えたのが、ヒューマノニクス手法。大勢のスタッフ達が実際に乗ってみて、ここがいいとか悪いとか、あれこれどうなのこうなの等々、試行錯誤しながら徐々に完成形へと煮詰めていく方法だ。時間はかかったが、この手法で作り上げたのがXJR1200である。

 ビッグツーリングの前日。貸与されたXJR1200を店から自宅まで乗っていくと、びっくりしたのは、すぐに馴染んでくる不思議な感覚だ。それと操作全般でリッターバイクとはとても思えないほど軽いこと。この手のバイクとしてはサスが柔らかくストローク感がつかみやすいのだ。制動時はややフロントダイブが大きいが、安定感は抜群。明日からの二日間、どんな走りができるのか、期待は膨らんだ。

 中央道は予想より交通量が少なく気持ちのいいクルージングができた。トイレ休憩で双葉SAに寄ると、
「木代さん、高速降りるまで交代OKですか?」
「もちろんだよ。これ、ちょっとびっくりするぜ」
 言い寄ってきたのはゼファー750を駆るKさん。吉祥寺時代からの常連さんで、すでに三台購入いただいている。ナナハンとリッターバイクとのパフォーマンス差は、ややもすると250と400ほどの開きがある。どんな感想が飛び出てくるか。
「やっぱでっかいな~」
 Kさんは小柄なので、XJR1200に跨ると脚がつんつんである。立ちごけが心配されたが、そこはKさん、さすがベテランライダー、不安気なしに扱っている。

 本線に戻るとゼファーの非力さに愕然。スロットルを開けても車速が付いてこない。バランスのいいバイクには違いないが、唯一の弱点が高速域のパフォーマンス。もっとも空冷ナナハンにこれを求めたら可哀そうだ。ジムカーナのチャンピオンマシンにとって高速域は無用の領域である。
「別物だね~」
 須玉ICでのKさん開口一番である。その気持ち、よぉ~くわかる。
 清里から八ヶ岳高原ラインへ入ると、XJR1200は水を得た魚となった。すべてがソフトなのに安定感に溢れ、速度を上げても不安はまったく感じない。下手なレプリカよりハイペースで行けそうだ。途中かなり回り込むコーナーに侵入したとき、カリンっとステップが路面を擦った。慣れない借り物のバイクでここまでやれるのは、深くバンクしても揺るぎない安定感のおかげだ。これだけ使いやすさを感じるのは、なにもエンジンや足回りだけではなく、絶妙なフィット感のあるシートも大いに関与している。やや幅は広めだが、長く乗っていても疲れないし、スポーツランの時もしっかりと腰を支えてくれる。そしてなにより鉄板なのは絶妙なアップライトポジション。デザインバランスに富んでいるとともに、バイクという乗り物の原型たる操作感を与えてくれる。ヒューマノニクス手法の目視するところが、なんとなく理解できたような気がした。
 性能とは関係ないが、駐車場に置いたXJRを遠目で眺めれば、空冷エンジンの冷却フィンがネイキッドのかっこよさを引き立てているのがわかる。CBやZRXに搭載の水冷エンジンは、性能こそいいが、無機質な外観とラジエターの存在が、ネイキッド本来のシンプルな美しさの邪魔をする。
 XJR1200は発売から四年後にXJR1300へと進化し、さらにヒューマノニクスぶりを進化させた。
 残念なことは、新たな排気ガス規制に合致することができず、2017年にはカタログ落ちとなってしまう。ただ、バイク本来の楽しさを提示してくれた稀有なモデルであったことは間違いない。

バイク屋時代64 見えてきた潮時

 うちも含め、バイク業界はなんとかコロナ禍を乗り越えた。最も被害が大きかった宿泊業や飲食業と較べればかすり傷程度ではなかろうか。リーマンの時もそうだったが、バイクも特に輸入車やオーバーナナハンクラスになれば、完全に趣味の範疇であり、不況には比較的影響されにくいカテゴリーに入る。日常品には節約の意識が生まれても、趣味や好きなことに対しては金を惜しまないのが人の常。簡単に諦めがつくものではない。

 プライベートな話になるが、コロナ禍が徐々に落ち着きを見せ始めたころ、施設に入っていた親父が、誤嚥がもとで容体が急変、三鷹にある総合病院へ救急搬送された。老人に多い誤嚥性肺炎である。症状は比較的軽かったが、さすがに九十五歳の体には堪えたようで、日が経つにつれ嚥下がままならなくなり、急速に体力が失われていった。担当医師から胃ろうの相談も受けたが、こんな状態で生きながらえても、本人はもちろん俺も含めた家族の心情は辛くなるだけ。むしろ親父には良い意味で楽になってもらいたいという一念から、この話は丁重に断りを入れた。それから十日後、いつも通りに出勤すると、先に来ていた海藤くんが、
「ほんの五分前にご家族の方から電話があって、すぐに病院へってことです」
 死に目には間に合わなかったが、頬に手を当てると、まだわずかなぬくもりが感じられた。
 それから一年後、九十歳になるおふくろが同じく老衰により永眠した。
 納骨式が終わって一息つくと、これからの人生を考える自分がいた。
 もう充分働いた。娘も結婚して幸せな家庭を持った。あとは悠々自適にやればいいだけ。俺も今年の十月が来れば満六十九だ。

 三十四歳から三十五年間、がむしゃらに働けたのは、飯よりも好きだったバイクを扱える仕事に就けたからだ。もちろん職務上のことで落ち込んだことは幾度もあるが、バイクと接していると、いつしか笑顔が戻り、気持ちも和らいだ。
 良き時代の国産四メーカーや、輸入車のビューエル、ドゥカティを扱えたことは本当にラッキーだった。現在はハーレーを中心に中古車を扱っているが、たまに最新鋭のレプリカモデルや、一昔前のドゥカティSSなどが下取りで入ってくると、性懲りもなく嬉しくなる。
 大昔、友人たちと三人で伊豆の白浜にテントを張り、高校生活最後の夏を謳歌したことがある。遊泳中であろうと何をしていようと、バイクが海岸通りに入ってくると、発する排気音に反応し、岬の先に消えるまでその疾走する姿を追ったものだ。俺たちは電車とバスを乗り継いでここまできたが、バイクで海へ行くなんて、なんて羨ましいことかと、出るのは溜息ばかりだった。
 大学へ進学し、一時は車にのめり込んだが、社会人になって資金に余裕が出てくると、二輪車免許を取得して、中古車だが欲しかったヤマハ・RZ250を入手。その年の末に公開された映画『汚れた英雄』を弟と二人で観に行けば、弾かれたように“伊豆スカ詣”が始まった。加速、排気音、革ツナギ、フルバンク等々、バイクのあるべき姿はここにあると心底思った。そして爺さんになった今も、それは変わらない。
 七十になる前に退職しようとは、だいぶ前から考えていたこと。ぎりぎりまで頑張ってもあと一年ちょっとだ。三十五年間を振り返ると、いろいろなことを思い出すが、やはり数々のインパクトあるバイクとの出会は強く胸に刻まれている。次回からは、そんなバイクの話も披露していこうかと考えている。

バイク屋時代63 コロナ禍

 みきちゃんこと吉沢美紀は頑張り屋だ。府中店異動早々から積極的に動き始めた。
「商談カウンター周り、ずいぶんと汚いですね。整理整頓しちゃっていいですか」
「そりゃもう、助かるよ」
 登録書類の作成はみきちゃんのメインワークになるので、彼女が動きやすいように自由にやってもらった。書類ケースのドロアーには、きちんと見出しを張り、どこに何が入っているのか、だれが見ても一目瞭然である。印紙や切手を使いやすいように小箱に分けたり、登録依頼、登録完了、納車書類の置き場所も新たに設け、納車までの準備状況が誰でもわかるようにした。女性ならではのきめ細かい仕事だ。
「社長! 883の登録書類、ここに入れてください」
「そこになったの?」
「昨日の朝礼でみんなに伝えたじゃないですか」
「そうだっけ、ははは、OKOK」

2020-Harley-Davidson-Streetfighter

 システマチックに事を運ぼうとしても、大雑把の権現である大崎社長は、思うままに置いたり動かしたりして、いつの間にか自分だけが使いやすいように、ディスクの周りを変えてしまう。大雑把には間違いないが、社長は長年リウマチを患っているので、椅子から立ち上がるのが億劫になっているから、なんでも座ったまま手の届く範囲に物を置こうとするのだ。せっかくみきちゃんが書類置き場を整理しても、社長の周りだけはいつも雑然としている。
「それはそうと、みきちゃん、おれのボールペン知らない?」
「いつも使ってるやつですか?」
「そうなんだよ。さっきまであったんだけど」
「社長が座っているカウンターの下に、ペン類を入れる引き出しを作ったんです。これからはそこに入れてください」
「あ、そーなんだ、ありがとう」
「社長、胸のポッケに刺してあるのは違います?」
「えっ?! アッハッハッハ、ほんとだ」

2021-Harley-Davidson-Pan-America

 みきちゃんが府中に来てから、社長は何でも彼女に聞くし、頼むようになった。よほどかわいいのだろう。でも、その気持ち、何となくわかる。
「部長、ちょっとミニップ行ってきます」
 ちなみに“ミニップ”とは、ミニストップのこと。
「はいよ」
 すると社長、
「みきちゃん、牛乳買ってきて」
「は~い、いつものですね」

2021-Harley-Davidson-Custom

 ショールームにお客さん受けのよく、明るく快活な女性スタッフが一人いると、店の雰囲気はガラッと変わる。かなちゃんも笑顔がチャーミングだったが、バイクの運転免許証は持ってないし、それに主な仕事が裏方の事務だったので、お客さんと接する機会は少なかった。その点、みきちゃんは根っからのバイク好き。大型二輪免許を取得すると、お父さん所有のハーレー・ワイドグライドを譲り受け、休日には一人でもツーリングへ出かけていた。だからお客さんと話が合うし、商談になっても、ハーレーはどのようなバイクなのかを体験をもって話せるので、月に一台ほどなら成約も取れるようになった。それにしてもみきちゃん、小さな体で、ハーレーの中でも大型のワイドグライドを、よく乗りこなせるものだ。

2000-Harley-Davidson-FXDWG DynaWideGlide

 彼女が府中店勤務になってから、売上も徐々に上向き傾向となり、人を選ばない明るい性格が、メカと営業の橋渡し役としての役割を担ってくれ、スタッフ間のコミュニケーションが目に見えて円滑になってきた。これは思いがけない収穫だった。

 やっと訪れつつあった平穏な日々。ところが突如とんでもない環境が押し寄せた。
 コロナ禍である。
 全世界を震撼させたコロナ禍。感染者数・死者数、そして経済の落ち込みは欧州と米国が特に酷く、日本は先進主要国の中では比較的軽微だったが、コロナ後の経済回復については、他の先進主要国と比べて鈍化傾向にあり、最大の痛手は個人消費の大幅な落ち込みだった。これにより業種業態問わず、大きな痛手を被ることになる。
 そんな中でもバイク業界の落ち込みは比較的低く、国産の一部小排気量モデルなどは、予想を覆す需要を得られたのだ。
・密にならない遊び。
・感染リスクの小さいバイク通勤。
・在宅のチャンスを利用して運転免許証の取得。
 以上の要素がうまく絡み合い、特に通勤に使う125ccクラスのスクーターと、車検のない250ccクラスが、納入待ちになるほど売れ、自動車教習所は近年にない活況を示すなど、世の中の不況どこ吹く風であった。肝心のハーレー業界はどうかと言えば、どこのハーレーディーラーでも団体ツーリングは自粛の方向で一致し、チャプター活動は当面の間中止となった。ハーレーのツーリングモデルが売れなくなったのは、この影響もかなりあったのではと思われる。代替え商談の減少、高額車両の売上不調などで、厳しい商いを余儀なくされたが、全体感としては世の中の低迷ほどには至らず、相変わらずのスポーツスター人気に支えられ、なんとかコロナ禍を乗り越えることができたのだ。

オリジナルマスク 使い過ぎてややぼろぼろ

「暑い季節のマスクってのはしんどいな」
 常連さん二人がカウンター席を陣取り、先ほどから談話中。
「こんどフィット感のいいオリジナルマスクを売り出しますからお願いします!」
 みきちゃん、さっそく売り込みをかけている。
「へ~、いいね、買う買う」
「でも、美人にマスクはもったいないよぉ~」
「やだ、もう~~」

バイク屋時代62 バイク預かり

 さて先回、ハーレーの世界にも売れ筋と死筋があって、リフレッシュが中々思うようにいかないとの話をしたが、これは売れ筋だけに起こる問題ではなく、死筋にも大いに当てはまった。

 ハーレーのツーリングシリーズは、いわゆるフラッグシップ。ハーレーファンの多くが一度は所有してみたいと思うモデルだ。風格あるスタイリングは、特に高速道路で目立つこと請け合い。ハーレーファンならずともその姿を追ってしまうほど。ただ、フラッグシップだけあって新車価格が非常に高く、そう簡単には購入を決められない。よって手頃な価格で手に入るツーリングの中古車は、程度にもよるが、安定した人気を誇っていた。ところが常時四~五台のラインナップを揃えていたにもかかわらず、半年ほど前から問い合わせが減り続け、BDSの落札相場を調べてみたら、びっくりするほど下がっているではないか。
「社長、ツーリングの在庫、やばいですよ」
「わかってる」
 やや古めのストリートグライド、ロードキング、そして初期型のロードグライドの三台には、かれこれ三か月以上商談が入ってない。売価もギリギリまで下げたが、それでも当たりがない。とは言え、一応ツーリングモデルなので、仕入れ値は決して小さくない。眠り続ける資産となった今、仕入れ資金に影を差し始めた。
「落札相場うんぬんの前に、ほとんどが“流れ”だよ」
「じゃ、仮に売れたとしても赤か…」

2018-Harley-Davidson-CVO-Limited

 それでも、CVO(Custom Vehicle Operations)と称する限定車には問い合わせが入る。ツーリングファミリーのCVOともなると、新車価格が500万円近くになり、おいそれとは手が出ない。これが中古車になれば300万円+α程と、やや手ごろ感が出てくる。しかもマフラー等々の高価なカスタムパーツが付属している場合が殆ど。このマフラー、あとで取り付けようものなら20~30万円は覚悟しなければならない。先回に記載した北海道と九州からの商談は共にCVOだった。しかしいくら新車より安いとは言っても、大金には変わりがない。一度も現車確認なしで購入するわけだから、お客さんも慎重になる。
「ごく小さいものも含めて、傷や凹みはすべて接写して送ってくれますかね。それとオイル滲みとか、タイヤのトレッド面も同様にお願いします」
 当然な要望だろう。北海道のお客さんへは全部で50枚を超える写真を送った。
「車両保証が三か月付いているってことだけど、トラブった場合はどこへ持っていけばいいのかね?」
 最も確認しておきたい項目である。
「ハーレーの正規ディーラー網だったらどこでもOKですが、お客さん、お住まいは函館ですよね? だったら函館Mさんとは懇意にしているので、その旨を伝えておきますよ」
「よかった。函館Mさんだったら、うちから近いんですよ」
 と、こんな具合で商談は進んで行く。近所だろうが遠方だろうが、お客さんに変わりはない。しかし高額車両を実車確認もせずに、ただうちを信用して購入を決めてくれる件などは、とりわけ慎重になる。

2018-Harley-Davidson-CVO-Limited-115th-Anniversary

 大崎社長は顔が広い。ディーラー会議へ出かけると、大勢の社長から「大崎さ~ん」、「久しぶり~」、「こないだはど~も」と声がかかる人気者なのだ。とっつきやすい性格で友人が多く、とにかく笑顔を絶やさない。だから遠方通販の納車先でトラブルがあったときなども、地元ディーラーは快く対処してくれるのだ。
 ハーレーを含め多くの輸入車は、減ったとはいえ国産車と比べれば故障は多い。きちんと整備しても、納車後一年の間に何らかのトラブルが発生する割合は10から15%程に上る。これに対し、国産車だったら1~2%あるかないかだ。しかも輸入車のリペアパーツは価格が非常に高い上、入手にかなりの時間を要する。輸入車の現地法人は、経費節減を図るために部品倉庫の規模を縮小する傾向にあり、ドゥカティジャパンなどは一切倉庫を持たず、各ディーラーはイタリア本社へ直接注文を入れる形をとっている。よって納期は十日から二週間ほどかかってしまうから、クイック関連等々のパーツなどは店でストックを持たねばならず、在庫負担は小さくない。

2018-Harley-Davidson-CVO-Road-Glide

 BFは相変わらず苦しい戦いを強いられていた。とは言え、いつまでもモト・ギャルソンがカバーできるわけもなく、早々に収益アップの具体的な施策が必要となっていた。
 そこで考えたのが二階倉庫の使い方。現行は部品庫と修理預り車のスペース、そしてハーレー以外の中古車展示として使っているが、まだまだ空きはずいぶんとある。
「二階でバイク預りをやろうと思う」
 バイクは欲しいが、「うちのマンションでは規定でバイクを置けないんですよ」という声は以前から多かった。バイクコンテナとか、バイクガレージと称するビジネスは、特に都市部で結構な需要があるらしい。
「出し入れは誰がやるんです?」
「もちろん我々だよ」
 お客さんが出し入れ中にバイクを倒して、他のバイクに傷でもつけられたら洒落にならない。
「早朝にツーリングへ行きたい場合はどうするんですか?」
「いい案があるんだ」
 オーナーさんの本業は倉庫業なので、トレーラーに積むコンテナをいくつか持っている。二つほど借りて駐車場の隅に置き、お客さんより翌早朝からバイクを使いたいと要望が入れば、前夜からそのコンテナにバイクを入れておくのだ。オーナーは早朝に駐車場まで来て、自分で解錠しバイクを出す。渋滞などで営業時間中に戻ってこられないときは、その旨を電話連絡してもらい、再び自分でコンテナに入れて施錠するという流れだ。契約内容も一日借りから月極と幅を持たせて、肝心な料金は一般的なコンテナガレージの半額に抑えた。
 自社ホームページに告知すると、ぽつりぽつり反応が出始め、第一号は自社のお客さんだった。
 ハーレーを奥さんに内緒で購入し、調布市内にあるコンテナガレージに保管していたのだが、長い期間乗れなかったときなど、バッテリーが上がってしまい、ツーリングのチャンスを失うという苦い経験があったので、渡りに船とばかりに年間契約をいただけたのだ。

バイク屋時代61 還暦を越えて

 2017年春。府中店の内外装の養生がもう少しで完了するというので、早々と引っ越しが始まった。
 狭い工場スペースには、道路側から順に、海藤、広田、大杉のピットが並び、それぞれの工具等々が配置されると、どう見ても窮屈そうである。この密な空間に、コミュニケーションのできない面々が入るのだから、先が思いやられる。
 中二階にある事務所の狭さもかなりなものだった。一段が恐ろしく丈のある階段を上がると、まずは来客用の丸テーブルが配置され、その奥が備品棚、そこから左へ事務机が三つ並び、一番奥が社長のディスクになった。総務スタッフの金村さん、のぶちゃん、そして社長が並ぶと、人いきれを感じる。閉所が苦手な人は、ここでの仕事は苦痛になるだろう。
 商談コーナーはちょうど事務所の真下になる。よってショールームの中ではここだけが天井付きで、何気に落ち着ける一角である。商談カウンターは調布からそのまま運んできたL字型のもので、やや窮屈だが、同時に二つの商談を行える。一番端は事務用として登録書類の作成などを行えるよう、脇には書類棚、小型プリンター、シュレッダーが並ぶ。最奥には横長の木製ディスクを置いて、顧客管理システムがインプットされたサーバーを設置した。
 ショールームは、元々倉庫だった荒い造りをうまく利用して、床のコンクリート打ちっ放しはそのままに、艶の出るコーティング処理を行うと、都会的な雰囲気が出て正解だった。ここにハーレーを並べると妙に映えるのだ。府中店はあくまでも中古車専門店なので、談話コーナーは最小に抑え、一台でも多くバイクを並べられるようレイアウトを考えた。
 二階へバイクを運ぶ際は、大型の業務用エレベーターを使う。重量の最大許容が1000kgなので、最も重いツーリングシリーズのウルトラでもへっちゃらだ。ただ、ウルトラはフルパニアケース装備で幅があるので、載せる際には慎重を期す必要があり、取り廻しになれたメカニックでないと難しい作業になる。二階は部品庫並びに預り車両の置き場が主な用途だが、ハーレー以外の下取車をここに並べてミニショールーム化し、これまで以上の販売増を狙った。それに伴いグーバイクのBF車両掲載台数枠も、三台から五台へと増やした。尚、西端にはスタッフのロッカーと休憩スペース、そして更衣室を設けた。
 店舗の北側にはトラックも置ける駐車場を完備。大崎社長とのぶちゃんの車は常駐とし、その他にも来客用として三台は駐車可能な広さを確保した。ただ、大家さんの話によると、ここに数人の若い輩がたむろすることがこれまで何回かあって、近所から苦情が出たことがあるらしく、念のために防犯カメラを設置した。新しい店にとってご近所さんとの良好な関係は、なによりも重要なことなのだ。

甲州街道側から見たモト・ギャルソン府中店

「なかなかいい店に出来上がったじゃない」
 大崎社長、ご満悦である。甲州街道側に巨大なハーレーの写真パネルを設置すると、中古バイクの店とは思えない高級感と専門店ムードが醸し出され、社長と同様、俺もこの店ならきっと売れると、オープンが楽しみになってきた。
「社長、それでも中古車はweb戦略が要になるんで、アップデートについては早急にマニュアル化しましょう」
 中古車はオンリーワンである。見つけた車両に価値観を覚えれば、どんなに遠方からでも問い合わせはやってくるものだ。そして従来のバイク雑誌掲載では、“在庫の鮮度”をアピールすることは到底不可能である。

 二〇一七年四月。府中店はめでたくオープンした。
 オープン後三か月は、認知が行き渡らず、やや目標を下回る成績だったが、三鷹店からの下取りが増えるにつれ、徐々に上向きになっていった。以前にも記したが、中古は売れ筋さえ手に入れば必ず売れるもの。逆を言えば、売れ筋の在庫不足が続けば閑古鳥が鳴く。
 ちなみにハーレー以外の売れ筋筆頭はやはり国産車。排気量を問わずなんでもよく売れる。ただし、下取で入荷したものに限った。人気故にオークションでは高くて買うことは難しく、仮に無理して落札してもお値打ちな販売価格は提示できない。

左から、ホンダ・レブル250、ヤマハ・セロー250、カワサキ・Ninja250

 人気の中心は250ccクラス。ホンダ・レブル、カワサキ・Ninja250、ヤマハ・セローは鉄板だ。このほか125ccクラスのスクーターも安定した人気があり、特にホンダ・PCX125、スズキ・アドレスV125は、グーバイクへアップしたとたんに問い合わせがあるほどだ。

ホンダ・PCX125とスズキ・アドレスV125

 二年前、俺もついに還暦を迎え、体力的にも気持ち的にもひとつの峠を越えたと自覚した。慣れた作業とは言え、ヘビー級のハーレーを押して歩くことは、次第にきつく思えるようになってきたし、お客さんとの結びつきも、共にバイクライフを楽しむ形から、杓子定規な顧客関係へと変わり、一抹の寂しさが否めない。最近では、もうひと踏ん張りしたら卒業かなと、ぼんやり考えることが多くなり、なんとなく人生の黄昏を感じるようになった。
 昨年はいろいろなことがあった。家族の一員として愛されたミニチュアダックスフントのロックが、十五歳を目前にして死んでしまい、心に空いた穴の大きさに愕然とした。そしてデジタル一眼の楽しさを教えてくれたニコン・D100が、愛用十三年目にして突如壊れてしまったのだ。相棒のたび重なる消失は、時の流れの速さを改めて気づかされると同時に、今後の生き方について考えるきっかけを与えてくれた。
 仕事はこれまで同様、生活の基幹であることに変わりはないが、プライベートのあり方を見直そうという意識が表れ始め、二年前より、この“西久保日記”で【デニーズ時代】の連載を開始した。そして約十年前から始めた山歩きも、この頃では多い時で毎週、少ない時でも最低月に一度は出かけるようになり、生活の比重を意識的に仕事とプライベートをイーブンにしようという思考が固まってきたのだ。