
「だいじょうぶそう?」
「日曜は十時ごろまで寝てるよ」
K吉は手慣れた様子でロックを外すと、音をたてないようにそ~っと母屋脇からカブを引き出した。朝の七時前だというのに太陽は照り付け、緊張感も相まってすでに汗でびっしょりである。K吉の父親は北口の工場で働いていて、通勤にはホンダのカブを使っていた。
二日前、通学している小学校のプールでK吉と会ったとき、バイクの話が出てきて、夏休み中に一度乗ってみないかと盛り上がり、今日が決行の日となっていた。釣り好きな俺が、夏休みに朝早く家を出ることは日常である。釣竿さえ持っていれば、どこへ行くの?、誰と遊ぶの?等々、疑われることはなかった。

道路まで出し、一旦サイドスタンドを出す。自転車とくらべて大きく丈夫そうだ。
「どこで乗る?」
「小学生がその辺でバイクに乗ってたら目立ってすぐに捕まっちゃうじゃんか、だったら学校の校庭にしよう」
「夏休みだけど先生や用務員もいるぜ」
「あの広い校庭だったら逃げ切れるよ」
あまりに突飛な考えだが、妙に納得する。それにK吉の家は小学校の目と鼻の先だから、誰にも見つからずに乗り入れはできるだろう。
K吉がハンドルを握り、俺は後ろから押した。カブは軽いので、小学生でも二人で押せば小走りくらいのスピードは出る。ものの一~二分で体育館脇の西門を潜ることができた。日曜早朝の港町に人影はまばら。この日を選んで正解だった。
一旦、給食棟とプールの間で一息つける。今日は一際暑い。近くにある蛇口を開いて、かわりばんこに水をがぶ飲みする。
K吉は物凄く頭のいいやつだ。塾に行かなくても成績はいつもクラスで三番以内。勉強ができるだけじゃなく、周囲を驚かせるアイデアマンでもあった。物を作るのが好きで、これまでに乳母車を改造したゴーカート風乗り物、発泡スチロールをふんだんに使った筏、そしてK吉風ピンボール等々、いずれも発想にキラリ光るものがあり、小学生が考案したものとしては抜きん出たレベルだった。

カブに近づいたK吉は、慣れた手つきでキックレバーを出すと、続いていとも簡単にエンジンをかけて見せた。
「すげー!」
「父ちゃんに教わったんだ」
シートに座りなおすと、ギアを入れ鮮やかに走り出す。すぐに止まって後ろを振り向き、
「どうだい、乗ってみる?」
「なんもわかんないから、怖いよ」
「大丈夫だって」
これがアクセル、これとこれがブレーキ、とにかくアクセルはゆっくり開ける等々の説明を受け、いざ跨ってみると、自転車とはまるで違う存在感に圧倒された。それでも憧れのバイクをこれから操作すると思うと嬉しさも湧きたつ。
ギアを入れ、恐々とアクセルを開けていく。
「うぉっ!!」
この走り出した時の感覚は、六十年経った今でも鮮明に思い出す。自分の力ではなく、動力を使って走る乗り物を初めて操作した一瞬だ。その後さまざまなバイクに乗ってきたが、あの時の感動を上回ることは一切ない。
なさけないが、ビビりが入り、直線を20mほど走って終わりにした。そのあとK吉と交代、後ろに乗って校庭を一周したとき、なんか天下を取ったような気分だった。
K吉は中学を卒業すると、地区でナンバーワンの県立進学校であるN高校へ進学。その後は音信不通だが、あの頭脳と行動力で大活躍していることは間違いないだろう。











