若い頃・デニーズ時代 4

デニーズはアメリカ生まれのレストランチェーンだけに、組織の役職などにも独特の呼称がある。
支店はユニット、よって店長はユニットマネージャー(UM)、副店長はアシスタントマネージャー(AM)だ。この他、デニーズでは管理職見習いという立場もあり、これはユニットマネージャー・イン・トレーニング(UMIT)と称する。
調理人、すなわちコックだが、これはクックと発音、アルバイトのクックはキッチンヘルプ、接客の中心であるウエイトレスはミスデニーズ(MD)、ご案内係をデニーズレディー(DL)、ウエイターはミスターデニーズ(ミスター)、そしてメイン業務は店内外の清掃だが、忙しい時間帯ではお客さんが帰った後の食器下げも行なうバスヘルプ(バスヘル)、全自動食器洗浄機を駆使、食器、調理器具洗いの専任者をディッシュウォッシャー(ディッシュ)と称する。
この他、客室はフロント、食材倉庫はドライストレッジ、従業員関係全般にはエンプロイという言葉が付く。
ユニットを構成するメンバーは、UM1名、AM若しくはUMITが1名、クック2名が正社員として勤務、そしてアルバイトスタッフは、キッチンヘルプ3~4名、MD8~10名、DL1名、バスヘル3~4名、ディッシュ2名というのが一般的な布陣となる。

「今日からみっちり2週間、バスヘルの仕事を行なってもらう」
「ました!」

加瀬UMの隣には既にバスヘルプの若い男性が座っていた。

「彼は堀口君。大学2年生だけどバスヘルの仕事は全てマスターしているんで、今日は彼から窓ふきとグリーストラップを教えてもらってくれ」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」

店舗の裏にある物置へ案内されると、先ずは窓ふきに使うスクイジーというT型の清掃器具の説明を受けた。汚れを取り除く原理は自動車のワイパーと同じで、ゴム部の劣化が進むときれいに拭き取れない。そしてスクイジーは窓に圧着して左端から右端へと走らせるまでは簡単だが、それを右端からターンさせるのには相応のコツが必要になる。何度も繰り返し、ムラのない仕上がりができるようになると、それだけで何だか嬉しくなってくる。
見るからに真面目そうな堀口君は、高校生の頃からここでアルバイトをやっていて、仕事仲間からの信望も厚いとのことだ。

「どうだい木代、進み具合は」

反対側で同じく窓ふきをやっているはずの山口が、いつの間にか傍にきていた。

「まだ半分だよ、おまえは?」

単に窓ふきと言っても、店舗間口は全面、西側と東側はそれぞれ三分の一がガラス窓なのだ。それを慣れない私と山口の二人で行なうのだから、結構時間が掛かる。春日は裏手に回って、堀口君からマンツーマンでグリーストラップを教えてもらっている筈だ。

「この仕事、結構ダルイよね」
「しょうがないさ、これも基本だよ」
「へっー、おまえって偉いな」

“バスヘルの仕事なんか内容が分かればそれでいいじゃん”
山口の奴、朝から何度も同じことを言っている。早く運営の核心に触れたいのだろうが、今の我々にはそれまでに身につけなければならないことがヤマほどあるのだ。
やはりぼんぼんにはその辺のニュアンスが理解できないのかもしれない。恐らく奴は続かない。。。
と、その時、

「あれ~~、木代じゃないの?!」

突然の知った声に驚いて振り向くと、派手なオープンカーに乗った地元同級生の石田が、にやついた表情でこっちを見ている。
昔からガラの悪さは天下一品だが、中学の頃からの友人でもある。

「大卒で窓ふきとはご苦労だな」

ー あの野郎、言いたいこといいやがって。

「新入社員だからこんなもんさ」
「ふふっ、似合うよその恰好、精々頑張りな!」

高校を中退した石田は、以前から何かと大学生に対して“いちゃもん”をつける傾向があり、大学出たのにそんなことも分からないのかが口癖になっている。
彼からしてみれば、理科系大学まで出て、そのざまか!ってなところだろう。
悔しかったが、今はこれが現実だし、否定はできない。しかし見てろよ、1年後、2年後は全く違った立ち位置を見せてやる。
石田とのやり取りが終わると、空かさず山口が寄ってきて、

「ほんと、格好悪いよね~」

ー なんだこいつは?! 勝手に言ってろ…

若い頃・デニーズ時代 3

当時私はトヨタのセリカ1600GTVという車を所有していた。高校生の頃から憧れていた車で、いつか必ず手に入れようと、いつまでたっても貯まらない貯金箱を眺めながら溜息ばかりをついていた。
そんな中、厳格な祖父が警察官だったことが影響してか、私の実家では、“車は危ない、人を怪我させる”という考え方が深く浸透していて、家族の中に運転免許証を持っている者は誰一人いなかった。この環境下、“免許を取らせてくれ”、“車を買ってくれ”は、なかなか言出せない台詞になる。
しょうがないので、日給制のバイトを続けながら、教習券を1枚買っては1回乗りを根気よく続け、やっとの思いで運転免許証を手に入れたのだ。
この後は更にバイトを頑張り、ポンコツでも何でもいいからとにかく車を手に入れようと考えた。
しかし稼いだバイト料は全て麻雀と飲み代に化けていき、車取得の夢は日に日に遠ざかっていった。
そんなある日、親父に呼ばれた。

「なに?」
「車、買ってやるよ」
「ほんと?!」
「お爺さんがああなっちゃな、、、」

若い頃の怪我が影響したか、祖父は脚の調子が年々悪化していき、ついには寝たきりとなっていた。ところが吉祥寺にある泌尿器科へ定期的に通院させなければならない事情があり、その際は致し方なく毎度タクシーを使っていたのだ。しかし先々の費用や手間を考えれば、我が家にお爺さん用のトランスポータを備えるべであることは言うまでもなかった。

「週に一度ね、お爺さんを病院へ連れて行くなら買ってやる」
「もちろんOKだよ」

二つ返事である。
小さい頃から可愛がってくれたお爺さんの手助けをすることに問題があるはずもない。
しかもそれでマイカーが手に入るのだから、断る方が不自然だ。

「車はさ、俺が選んでもいいだろ」
「いいけど中古だぞ」
「OKOK♪」

セリカこうして手に入れたオリーブドラブの1600GTVは、正に私の青春と共に突っ走る良き相棒として我が家に招かれたのである。

通勤は基本的にマイカーを使うデニーズ。初出勤の日はもちろん相棒と共にだ。
自宅を出て10分ほどで到着。母屋の裏手にある駐車場へ車を置くと、先ずは深呼吸して高鳴る胸を押さえ、正面入口からレストラン内へと入っていった。

「いらっしゃいませ、デニーズへようこそ!」

ご案内役のデニーズレディーが満面の笑顔で迎えてくれる。

ー おっ、これが生のグリーティングか。

デニーズでは、“いらっしゃいませ”、“ただいまうかがいます”等々の接客用語を総称してグリーティングと呼ぶ。

「あの~、初出勤の者ですが」
「はい、お待ちしておりました。脇から奥へどうぞ」

小金井北店は客席からキッチンが見える店舗タイプで、私に気が付いたのか、白い帽子を被ったコックがこちらの様子を窺っている。ドキッとしたが目線があったので会釈をした。

「マネージャー、新入社員の方です」

スイングドアの向こう側に入ると洗い場があった。

「おうっ、木代君か?!」
「おはようございます!よろしくおねがいします」

イトーヨーカ堂グループ、社員間の挨拶は朝でも昼でも夜でも、“おはようございます”である。

「店長の加瀬です。こちらこそよろしく」

眼光が鋭く、一見神経質っぽい。
手厳しくやられそうな予感がする。

「ねえ、鈴木さん、彼を3番テーブルへ案内して」

洗い場でナイフやフォークを磨いていた、一見主婦と分かる年頃のミスデニーズに案内され、再び客席の方へと戻された。

「いらっしゃいませ、デニーズへようこそ」

グリーティングにつられて入口に目をやると、そこには懐かしい顔が二つ。同じ小金井北店へ配属された山口と春日だ。

「おはよう!俺も今きたばかりだよ」
「ついこの前なのに懐かしいね」

山口は実家がレストランを営んでいて、ゆくゆくは家業を継ぐらしいが、その前に大手の組織管理を学びたいという理由で入社した、見るからに育ちの良さそうなボンボンである。一方、春日は栃木訛りが印象的で静かな男。合宿では一番気が合い色々なことを話し合った。
しかし、<同期生=ライバル>。
仲間意識の裏側にはしっかりとしたライバル意識も芽生え始めていた。
この様に捉える自分にびっくりしたと同時に、学生時代の二の舞には絶対にならないという並々ならぬ決意がこみ上げてきたのだった。

若い頃・デニーズ時代 2

代々木にあるオリンピック青少年総合センターでは、デニーズだけでなく他社の新入社員研修も行われていて、施設全体がフレッシュマン達の若い息吹によって活気に満ち溢れていた。
もちろん緊張はしていたが、これから始まる社会人生活への期待感はそれを上回り、なぜだか無性に楽しさがこみ上げてきたのを覚えている。
我がデニーズの昭和53年度新入社員は、大学卒80名、高校卒20名の計100名。全員がスタートラインに並び、1週間の研修が始まった。

「既にデニーズでのアルバイト経験がある人、手を挙げてください」

見回すと7~8名ほどが挙手している。
研修会は始まったばかりなのに、なんだか彼らだけが一歩進んでいるように感じてしまう。

「あなたたちは耳にしたことがあると思いますが、今日は“ました”の練習を行います」

IYグループ独特の挨拶“ました”とは、“わかりました”、“了解しました”等々を省略した言い方で、
ー これからディスカッションを行います。
ー ました!!!

ー すぐにトイレ掃除をやってくれ。
ー ました!!!

ー 今から地区ミーティングに出掛けるので、帰りは午後になります。
ー ました!!!
と、こんな感じだ。

「何となく分かりましたか」
「ました==!!!」

どの様な理由で省略したのか定かでないが、徐々に慣れてくると3文字だからテンポが良くて言いやすく、気持ちも思いのほか込めやすい。
こうして日一日と洗脳が進み、ひよっこデニーズマン達が育っていくのであった。

青少年オリンピックセンター会社概要、仕事の基本、課題、グループディスカッション等々、あっと言う間に日程は消化していく。共通認識は外食産業の明るい未来。追いつけ追い越せの精神で、競合他社を凌駕していく強い思いが埋め込まれていくのだ。
そして最終日には参加者全員が最も気になる、配属店の発表が行われた。
自宅から通勤できれば理想だが、初っ端からの入寮もありえる。
この時は本当にどきどきだった。

「俺はどこでもいいよ。もともと栃木から出てきているから」
「そうか、逞しいな」

皆、それなりに覚悟はできているが、正直なところ気になってしょうがない。

「それでは配属店が明記された書類を渡します」

ー ついにきた。

「おおっ!小金井南店だ」

研修会で仲良くなった三石の第一声。自宅は府中と言っていたから一番近い店かもしれない。

「確認してください」

私の書類だ。緊張の一瞬。

ー やった!小金井北!!

「近くて良かったな」
「ありがとう、お互い頑張ろう」

デニーズ小金井北店は小金井市の五日市街道に面し、自宅からも近く、初配属店としては全てに於て都合が良かった。
あとは初出勤の日を待つばかり。
その間もやる気はぐんぐんと急上昇。
頑張れねば!

写真好きな中年男の独り言