大台ケ原で堪能した高原の広々とした景観が頭にこびりつき、似たようなところはないものかと調べてみると、岐阜と長野の県境に広がる【富士見台高原】がヒットした。無理すれば日帰りも可能な距離ではあるが、この頃では“ゆとりあっての旅の楽しさ”がしみじみとわかるようになったので、さっそくホテル探しを始めた。ホテルとは言ってもビジネスだが、登山口へのアクセス、周辺の飲食店、コンビニ、ガススタ等々、少しでも便利に過ごせるような一軒を探すことはすでに旅の始まりであり、無性に楽しいものだ。
富士見台高原への登山ルートはいくつかあるが、今回選んだのは古道東山道の一部を辿るもので、登山口は阿智村の神坂神社になる。直近の市街地は飯田市だ。
やや仰々しい名称だが、選んだのは【ワールドビジネスホテル】。一泊朝食付きで7,900円は格安。ただ、難点は飲食店が軒を連ねる繁華街からかなり離れていること。夕飯はいつも居酒屋を利用するのでこれは考えてしまった。コンビニ弁当で済ませてもいいが、登山とはいえ旅なので、可能な限り新たな発見や出会いのチャンスは持ちたかった。

八月二十四日(月)。午前八時に自宅を出発。中央道は概ね順調で、飯田市営駐車場に到着したのが十一時半。ランチができるところを探しつつ、まずは街を歩いてみた。
飯田は十万都市。いわば地方の中核都市だ。とは言え、人通りは少なく、商店街はシャッターを下ろした店舗が目立つ。ゆっくり見て回りたかったが、腹ペコを癒せる飲食店が見当たらない。大きなビルのテナントに、行列ができているラーメン屋を見つけたが、はるばる飯田まで来て、この手の列には並びたくない。軽食も提供している喫茶店は二軒見つけたが、これもパス。汗をかきかきぐるりと回って、再び駐車場へ戻ってくると、なんと目と鼻の先にあったではないか、小さな居酒屋『扇屋』の入り口にランチやってますの張り紙が出ている。入ってみると、店内はローテーブルが二つ並ぶ座敷、二人掛けのテーブルがひとつ、そして四人掛けのカウンターとこじんまりしているが、客はすでに四名いた。ランチメニューに目をやると、
「おすすめは親子丼で、地鶏と若鶏があります」
地鶏は阿波尾鶏を使っているとのこと。

「じゃ、地鶏で」
待つこと十分。二種類のサラダ、漬物、味噌汁が付いて、見た目も賑やか。さっそく食すれば、関西風の味付けで、醤油は使わず白ダシで鶏の旨味を引き出している。さすがに地鶏、歯ごたえがあって、噛めば噛むほど味が溢れる。これで1,300円(税込)は満足に尽きた。
満腹の後は、人気の観光地“下栗の里”へPOLOを走らせた。
南アルプスから伸びる尾根に拓かれた下栗の里は、おおよそ標高1,000mの地にあり、最大傾斜三十八度という急斜面に、家屋や畑が寄り添うように並ぶ独特の風景から「日本のチロル」と称されている。 また「にほんの里100選」にも選ばれていて、尾鷲の須賀利町に続いて二つ目になる。残る九十八カ所を巡ってみるのも面白そうだ。
駐車場から山道を十五分ほど歩くと、頑丈そうなパイプで組まれた<天空の里ビューポイント>に到着。人気の観光地らしく、平日なのにすれ違った人はすでに九名を数えた。ビューポイントを独占して暫し撮影に集中。

駐車場へ戻り、借りた熊鈴を案内所へ返却した際、どのような経緯であのビューポイントを見つけたのか、案内所のスタッフに訊いてみた。
「生活に水は不可欠じゃないですか。でもここから大きな川まではだいぶ距離があるので、山中にある水源から水を引くことを考えたんです。その作業中にあのビューポイントを見つけ、なかなか面白い景観だったので、観光スポットになるのではと、道を開いたようです」
それはわかったが、これほど不便な地になぜ生活基盤を置いたのかを後から調べてみると、「災害の少なさ」「日当たり」「独自の生存手段(相互扶助)」を手に入れたことが理由とのこと。
十六時、ホテルへチェックイン。フロントにいたのは若い外国人の男性スタッフ。流暢な日本語に溢れる笑顔と、なかなかどうして好感が持てる。これだけでホテルの印象はググっと上がった。
シャワーを浴びて一服した後は、タクシーを呼んでもらい、飯田の駅前へ繰り出した。通勤時間帯に重なったが、やはり人影はまばらで、開いている店もそれほど多くない。『いろはにほへと』という居酒屋が大きな看板で目立っていたので、何も考えず入ってみた。もう喉がカラカラだったのだ。
席につくと、注文は自分のスマホから行うやり方で、簡単な説明を受けた。人件費の節約かどうかは知らないが、まったくもって味気がない。ただ、ギンギンに冷えた生ビールの喉越しと、だし巻き卵のジューシーさが、ロングドライブの疲れを一気に癒してくれた。

翌日二十五日(火)。ホテル提供の朝食を済ませ、バタバタと荷物をかたずけチェックアウトしたのは七時前。目が覚めカーテンを開いた時は曇り空が広がっていたが、POLOをスタートさせる頃には、ちょっとだが青空が出てきたのでひと安心。神坂神社へとハンドルを向けた。
神社手前の駐車場に到着すると、軽バンと軽トラが停まっていたが、恐らく登山者ではないだろう。富士見台高原は人気の山域だが、多くのハイカーは、ゴンドラを使うルートか、往復で二時間ほど短縮できる別の登山口を選ぶようだ。若干距離は長めになるが、ちょっとでもいいので、古代東山道を歩いてみたかったのだ。東山道とは、その昔、都から近畿、中部、北関東、そして東北へと繋いだ古代の主要な官道のことである。
それにしても暑い。支度をしている間にも汗が噴き出し、シャツが背中に張り付いた。車から降りた瞬間、今日は厳しい山行になるのではと、最初からタオルを首に巻き付けた。小さい頃から汗っかきなのだ。
神社の脇を抜けて間もなくすると、園原川沿いのコースと直登コースに分かれる分岐に出た。地図を確認すると、次の分岐までに要する時間は、前者が一時間四十分、後者が一時間二十分とさほど変わらないが、前者は川沿いの林道歩きが四十分続くということでパス。初っ端から急斜面が待つ山道へと分け入った。
恐ろしい急登とまでは言わないが、結構な急斜面が延々と続いた。噴き出す汗は半端ではなく、意識して補水のタイミングを計った。それでも額を流れ落ちる汗を拭きつつの登りはリズムが狂い、タイムロスも知らず知らずのうちに嵩んでいく。ある時、何気にパンツの後ろポケットに触れると、ホテルに常備してあったボディータオルを入れてきたのを思い出した。このタオルは医療用の伸縮ネット包帯そのままで、よく伸びるし速乾性もある。これは使えるかもしれないと、ハチマキのように頭へ縛り付け、その上から帽子をかぶった。結果はAll right!
生地は薄いのに驚くほど汗を吸収し、額には全く落ちてこなくなった。なんでこれまで気が付かなかったのかと、暫し笑みがこぼれるほどである。ただ、事情を知らない人が見れば、頭を怪我しているのに登山なんかしてと、訝しがられることうけあいだ。














道は分岐を境に平坦になる。若干だが風も抜けるようになり気分が晴れる。
前方に人の気配を感じると、間もなく体育会系の若い男性五人組が現れた。皆にこやかで、溢れる元気が伝わってくるようだ。
「こんにちは」
「こんにちは!!」
爽やかなやり取りは、パワーをもらえた気分になる。
ところが、彼らとすれ違うちょっと前から霧が出始め、見る見るうちに濃度は増し、目的地の富士見台高原はもう目と鼻の先だというのに、すっぽりと森を包み込んだのだ。
萬岳荘に到着する頃には、近くの山々の稜線さえ確認できないほどになった。二階のテラスにタイミングよくスタッフらしき男性の姿が見えたので、
「すみませ~ん。この霧って、ずっとこのままですかね」
「いやぁ~、なんとも言えませんね。厳しいかもしれないな~」
続く話によると、山小屋の宿泊客である家族連れが、ここまで来たんだからと、ちょっと前に出発したそうだ。
「霧が晴れる可能性も“0”じゃないんで」
「じゃ、駄目もとで行ってみます」
「ここからすぐですよ。三十分ぐらいだから」
晴れる気配は全く感じられなかったが、やけくそで出発。しかし、行けども行けども視界不良でストレスはたまる一方。それでも何名かのハイカーとすれ違い、皆同じ気持ちで歩いているのだと思えば、とにかく頂上には立ってみようと、踏ん切りがついた。
わかってはいたものの、頂上も含め、何もかにも霧に包まれた、景観に乏しい山歩きはやはり空しい。ふと山トモのMさんとトライした宝永火山を思い出した。もう二十年近くも昔のことだが、視界が10m足らずと、下手をすれば遭難も、という状況下、
「どこに来たんだかわかりゃしねーなー」
「まったく!」
なんてぶつぶつ言いながら、下山したものだ。
登ってきた道をそのまま引き返す。二時間近く歩いて分岐に辿り着き、来た道と同じでは芸がないと、園原川沿いのコースを下ることにした。悔しいことに、林道へ出ると眩い青空が広がっているではないか。恐らく標高1,500m辺りから上に霧が出ているのだろう。山の気まぐれ天気は本当に厄介だ。
◆ 富士見台高原・登山データ
所要時間:6時間18分
歩行距離:12.4km
のぼり:933m
くだり:930m