バイク屋時代65 心に残るバイク ヤマハ・XJR1200

 一九九四年春。モト・ギャルソン本店にて。

「今度のは他社製品と比べても遜色ないし、絶対売れますよ」
 昼前にヤマハの三沢さんが来店し、新しく発売されたJOGの派生モデル“アプリオ”の売り込みに必死である。より大きくなったラゲッジスペースと、6Lの大容量ガソリンタンクがアプリオの特徴ではあるが、丸みを帯びたボディーフォルムは、現行のJOGと比べてより多くのユーザーに支持されそうだ。

「とりあえず五台はお願いしたいんです」
「マージンは?」
「新発売キャンペーンをやってるんで、五台入れてもらえれば一本つけさせていただきます」
「でもさ、はっきり言ってスクーターは儲からないよね」
「そんなこと言わないで」
 結局押しに押され、五台のまとめ買いを承諾した。
「五月のビッグは蓼科か、いいですね~。ところで木代さん、今回はなにに乗っていくんですか?」
「まだ決めてない」
「だったらうちのをぜひ!」
 ビッグツーリングは参加者が毎回百名近くにもなるモト・ギャルソン最大のイベントだ。一泊で行うから、お客さん同士、またはお客さんとスタッフが親密になれるチャンスも多く、固定客化の効果としては抜群の実績を上げている。なんと言っても百台のバイクとオーナーが集まるので、バイクの大見本市の様相があり、いろいろな機種を近くで確認したり、直接オーナーから感想を聞けたりと、代替えのきっかけ作りとしては大いに役立つ。ツーリングが終わると、たいがい各店一~二台の代替え商談が発生するのも頷けるところ。
「なにを貸してもらえるの?」
「先月発売されたばかりのXJR1200です」

 今話題のリッターネイキッドである。すでにホンダはCB1300、カワサキはZRX1200を発売し好評を得ている。ネイキッドはどんな用途にでも対応できるオールラウンダー性が魅力であり、購入後の満足度は往々にして高い。
 CB1300、ZRX1200共々、高性能の水冷エンジンを搭載しているのに対し、XJR1200は数値的には劣る水冷エンジンを採用した。これには開発のポリシーが関わっている。
 ネイキッドには最高速がなんぼとか、サーキットでどうかなんてことはほとんど意味がない。それより乗って操作してみたら、「へ~、いいバイクだな」と、わかりやすく感心させる要素が必要だ。しかしこの“よさ”を数値で表すのは難しく、一般的に工業製品は、まず数量的な計画がなければ、作り出すことはできない。そこでヤマハの開発陣が考えたのが、ヒューマノニクス手法。大勢のスタッフ達が実際に乗ってみて、ここがいいとか悪いとか、あれこれどうなのこうなの等々、試行錯誤しながら徐々に完成形へと煮詰めていく方法だ。時間はかかったが、この手法で作り上げたのがXJR1200である。

 ビッグツーリングの前日。貸与されたXJR1200を店から自宅まで乗っていくと、びっくりしたのは、すぐに馴染んでくる不思議な感覚だ。それと操作全般でリッターバイクとはとても思えないほど軽いこと。この手のバイクとしてはサスが柔らかくストローク感がつかみやすいのだ。制動時はややフロントダイブが大きいが、安定感は抜群。明日からの二日間、どんな走りができるのか、期待は膨らんだ。

 中央道は予想より交通量が少なく気持ちのいいクルージングができた。トイレ休憩で双葉SAに寄ると、
「木代さん、高速降りるまで交代OKですか?」
「もちろんだよ。これ、ちょっとびっくりするぜ」
 言い寄ってきたのはゼファー750を駆るKさん。吉祥寺時代からの常連さんで、すでに三台購入いただいている。ナナハンとリッターバイクとのパフォーマンス差は、ややもすると250と400ほどの開きがある。どんな感想が飛び出てくるか。
「やっぱでっかいな~」
 Kさんは小柄なので、XJR1200に跨ると脚がつんつんである。立ちごけが心配されたが、そこはKさん、さすがベテランライダー、不安気なしに扱っている。

 本線に戻るとゼファーの非力さに愕然。スロットルを開けても車速が付いてこない。バランスのいいバイクには違いないが、唯一の弱点が高速域のパフォーマンス。もっとも空冷ナナハンにこれを求めたら可哀そうだ。ジムカーナのチャンピオンマシンにとって高速域は無用の領域である。
「別物だね~」
 須玉ICでのKさん開口一番である。その気持ち、よぉ~くわかる。
 清里から八ヶ岳高原ラインへ入ると、XJR1200は水を得た魚となった。すべてがソフトなのに安定感に溢れ、速度を上げても不安はまったく感じない。下手なレプリカよりハイペースで行けそうだ。途中かなり回り込むコーナーに侵入したとき、カリンっとステップが路面を擦った。慣れない借り物のバイクでここまでやれるのは、深くバンクしても揺るぎない安定感のおかげだ。これだけ使いやすさを感じるのは、なにもエンジンや足回りだけではなく、絶妙なフィット感のあるシートも大いに関与している。やや幅は広めだが、長く乗っていても疲れないし、スポーツランの時もしっかりと腰を支えてくれる。そしてなにより鉄板なのは絶妙なアップライトポジション。デザインバランスに富んでいるとともに、バイクという乗り物の原型たる操作感を与えてくれる。ヒューマノニクス手法の目視するところが、なんとなく理解できたような気がした。
 性能とは関係ないが、駐車場に置いたXJRを遠目で眺めれば、空冷エンジンの冷却フィンがネイキッドのかっこよさを引き立てているのがわかる。CBやZRXに搭載の水冷エンジンは、性能こそいいが、無機質な外観とラジエターの存在が、ネイキッド本来のシンプルな美しさの邪魔をする。
 XJR1200は発売から四年後にXJR1300へと進化し、さらにヒューマノニクスぶりを進化させた。
 残念なことは、新たな排気ガス規制に合致することができず、2017年にはカタログ落ちとなってしまう。ただ、バイク本来の楽しさを提示してくれた稀有なモデルであったことは間違いない。


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