
















五月十八日(月)。三鷹駅発六時一分の中央線下りに乗った。
行き先は武蔵五日市駅。そこからバスで浅間尾根登山口まで行き、浅間尾根歩きを楽しむのだ。
この時間帯の下り電車はガラガラである。焦ることなくシートに腰掛け、スマホを取り出しYaHooニュースを確認すると、これから登山だというのに嫌な記事が飛び込んできた。
【昨日、奥多摩駅の西方2.7kmにある林道で、ロシア人のハイカーがクマに襲われへり搬送となった】
今年も相変わらず熊事件は多発しているが、ハイカーが被害にあうのは珍しい。たいがいは麓に降りてきた熊が、野良仕事や山菜取りに興じている人を襲うパターンで、登山中の事故、況して大怪我を被るのは稀である。熊鈴二個、熊スプレーは必ず装備しているが、どれだけの防御効果があるかは怪しいものだ。
浅間尾根登山口バス停で降車したのは、四十代と思しき男女のハイカーと私の三人。靴紐を締めなおしたりと、出発の支度をしていると、
「そのトレポ、モンベルですよね。私のと同じです」
「そうですか。軽くていいですよね」
「今日はここから払沢の滝ですか?」
「そうです」
すると女性が、
「私、山歩き初めてなんです」
「尾根へ出たら、あとはずっと下りだから楽ですよ」
「そうなんですね」
ちょっと話をすると、彼女、夏に富士山登頂を目論んでいるようで、今回はそのための足慣らし登山とのことだ。男性の方は、そこそこのキャリアがありそうで、指南役だろう。
「それじゃお先に」
「気をつけて」
鬱蒼とした樹林帯の中をひたすら標高を上げるが、空気はけっこう冷え込んでいて、半袖シャツにアームカバーといういで立ちでは寒いくらいだ。それでも木々の間から見渡せる山々は新緑眩く、空は雲一つない快晴である。それにしてもこの山道、蜘蛛の巣があまりに多く張っていて、10mごとに顔や耳に張り付き不快でしょうがない。何年か前に、戸倉三山の一つ、臼杵山へ登った時も酷かったが、初夏から夏の樹林帯へは、まじめな話、虫よけネットを持参した方がいいかもしれない。
登りが終わるとフラットな尾根道に出る。太陽光も降り注ぐようになり、周囲の新緑はさらに鮮やかになった。ここからが浅間尾根らしい展望の効くエリアになる。気持ちいいったらありゃしない。ついに鼻歌が飛び出してきた。
「あ~あ、あ~あ、ここは札幌、中のしぃ~まブールスよぉ~~」
熊が出てきて拍手してくれそうだ。
なんて馬鹿なことを考えつつ、気がつくと以前ロストした地点まで来ていた。よくぞあれほどの急坂を下ったものだ。今から考えると恐ろしい。
一旦上ってその後下ると、北側の視界が開け、御前山や大岳山が現れた。実に爽快な眺めである。奥多摩山系の広さが改めて実感できる。暫し撮影タイムを楽しんだ。
浅間嶺の展望台へたどり着くと、珍しいことに、人っ子一人いない。先行の二人連れは意外や歩くのが速いか、はたまたここをパスしたのかもしれない。私はゆっくり派だし、ちょくちょく写真撮影に興じているので、大きく離されてしまったのだ。
腕時計を見るとまだ十一時前だったが、この先は休めるようなところがないので、ランチ休憩にした。
おにぎり二つとチョコクロワッサンを平らげ、クノールのスープパスタも食べちゃおうとザックから出したが、途中から暑さで水の消費量が高まり、水筒の残りがやや寂しくなっていたので、やめることにした。それに食いすぎると歩行に悪影響を及ぼすものである。
展望台からゴールまでは殆ど下りになるので、ブーツの紐をトップまで上げて締めなおした。これをやらないと、爪が圧迫されて内出血を起こし、ついには剥がれてしまうのだ。
腹が満たされると、緊張感が低下したのか、緩い疲れが体を覆う。これまであまり経験したことのない怠さだ。先回の山行の疲れが残っているとは考えにくいが、ここ一年ほどで疲労の抜けは確実に悪くなった。すべてを「歳だから」で済ませたくはないが、今年の十月が来れば満七十二歳になるのだ。
時坂峠まで来ると、峠の茶屋は看板が剥されて見る影もない。小休止によく使った店前のベンチも、悲しいかな完全に朽ち果てている。このような光景を目の当たりにすると、寂しさと一緒に微妙な疲労感を覚える。出発しようとザックを背負いこむと、バイクのエンジン音が近づいてきた。古い型のスズキDR400に、オフロードウェアーでバッチリ決めた年配男性が乗っている。ここで見かけるのは殆どロードタイプの自転車だから、なんだかやけにカッコよく見えてしまう。
さっ、もう一息!