
「こんちは~」
入口に姿を現したのは、DJの担当営業マン“新藤さん”。
「どうです部長、ドカの反応は」
短くカットした頭髪と、人を射るように見つめる大きな目。やや強引なところはあるが、洗練されている所作からは、“やり手”を窺える。
「まだ始めたばっかりじゃない、これからだよ」
「ところで、店探しはどうです、いいとこありました?」
「五日市街道沿いにまあまあな広さの物件があったんだけど、歩道からの段差が大きくて、バイク屋として使うには無理っぽいかな」
ちなみに彼にもサーチの協力をお願いしている。

「どうせならストアにしちゃいましょうよ」
「だめだめ、うちの社長、ドカ嫌いだから」
「えええ、そりゃないでしょう」
「口癖のように、“ドカはもうからない”って言うんだぜ」
「なんですかそれぇ~、今日はちゃんともうかる話、持ってきましたから」
営業マンが持ってくる“もうかる話”ほど、もうからない話はない。
「そのまんま持って帰ってよ、聞きたくないから」
「まあまあまあ」
話とはこうだ。
SS900Darkを三台まとめて買ってくれと。買ってくれれば一台当たり15万円のマージンをプラスしますよと。一見、もうかりそうな話だ。

Darkはその名のとおり、車体色は黒、それも艶消し。普通のSSだったらアルミ製のパーツを使う部分も、Darkは廉価版ということでスチールに換えてコストを抑え、上代も10万円ほど安く設定してある。このマットブラック仕様のモデルはSS900の他にモンスター900もあり、本国並びにヨーロッパではそこそこの人気があるらしい。しかし、日本でドゥカティと言えば、やはりボディーカラー“赤”または“黄”が定番として通っている。だから価格が安くても、マットブラックではなかなか売れず、結局のところDJの倉庫を圧迫しているのだろう。それを解消したいために、営業マンが必死になって売りに来るのだ。
マージンがプラス15万円もついているなら、そこそこ儲かりそうだと思うだろうが、正規販売店の上にはドゥカティストアがあり、当然ストアのほうがプラスマージンは大きい。仮に親であるTモータースと競合にでもなれば、価格では確実に負ける。無理な値引きをして成約を取ったとしても、儲けは雀の涙かそれ以下。
「Tモータースさんは近いから、競合になることが多いんだよ。ストアってさ、プラスマージンいくら出してんのよ?」
「そりゃ~、ギャルソンさんよりは多少…」
「多少じゃないでしょ、25万??」
「いやいやそんな」
終わりのないやり取りだ。
ただ、時には営業マンの立場も考えてあげなければ、大人の関係は保てない。“肉を切らせて骨を断つ”。折れることの裏には意味がある。
「しょうがないなぁ~」
「ありがとうございます」
「二台で同条件なら買うよ」
「えええええ」
「今月はハーレーの支払いがかなり多いんで、ない袖は振れないな」
「そこをなんとか…」
「なんとかなりませ~ん」
「わ、わかりました、それじゃ今回は二台15万ってことで」
不毛なやり取りはちょくちょく起こる。

2001年。ドゥカティの市場に活況をもたらすニューモデルが発売された。モンスターS4である。それまでのモンスターは、搭載エンジンが空冷で、伝統は継承しつつも、他社ネイキッドモデルと現実的なパフォーマンスの比較をすれば、一時代前と言わざるを得なかった。ところがS4は、スーパーバイク916の水冷エンジンを再チューンした上で搭載し、その官能的フィーリングはもちろん、スーパーバイク916に肉薄する走行性能を、ネイキッドバイクで楽しめるという触れ込みが反響を呼び、各バイク雑誌のメイン記事として取り上げられた。うちもさっそく試乗車を用意し、拡販に向けての準備を進めた。
ドゥカティの水冷エンジンは以前からとても興味があったので、定休日に慣らしを兼ねて伊豆箱根を中心に走り込み、実際の魅力の程を探ってみた。
東名高速は火が入ったばかりのエンジンを労わるために法定速度をキープ。御殿場ICで降り、箱スカ、芦スカと流していくと、空冷モンスターとは段違いな使いやすさに気がつく。これまでの900cc空冷エンジンは、「デスモってこんなもん??」と勘繰るほど高回転域に力がない。ところがS4は打って変わって伸びがスムーズ。4ストマルチのような爆発的なトルクは感じられないが、とにかく扱いやすく、伊豆スカへ入るころには、特性がわかってきたせいか、自然とペースが上がった。ただ、ハイスピードでコーナーへ侵入し、シフトダウンが甘かったりすると、エンジン回転と車速に差異が発生し、ホッピングという現象が簡単に起こり縮み上がる。こうなると曲がるどころではなく、下手すりゃガードレールへ激突だ。ホッピングはリアタイヤが路面をとらえられなくなり、スイングアームがポンポンポンと跳ね上がる現象であり、エンジンブレーキの利かない2ストでは基本起こらない。反面、4ストならどんな車両でも起きえるものだが、ドゥカティは抜きんでて顕著に出る。同じツインスポーツのビューエルでは、それほど気にすることはなかったので、ほんとびっくりした。尚、クラッチAssy.を“スリッパークラッチ”なるものへ交換すると、かなりなレベルで解消できる。
一発で気に入ったS4。常連を皮切りに、新規来店客にも積極的に試乗を勧めたのは言うまでもない。
「どうでした?」
「いやぁ~~、エンスト、三回もしちゃいましたよ」
そう、あまりにもレーシングライクに作られたドゥカティは、バイクライディングに不慣れな人、特に初心者は、違和感と手ごわさを訴えた。
大きな要因は二つ。
一つは“乾式クラッチ”。もう一つは低速でのぎくしゃく感。
排気量が900cc以上のドゥカティは、全車乾式クラッチを採用している。ちなみに国産や他社のバイクのほとんどは湿式クラッチである。
湿式はクラッチハウジングにオイルが入っていて、クラッチミートの際は滑らかにつながるが、乾式は何も入ってないので、クラッチ版が直接擦れ合い、繋がり方は唐突になりやすい。初心者でクラッチミートが苦手な人は苦戦すること間違いなし。半クラッチを多用すると、緩衝材であるオイルが入ってない関係上、クラッチ板だけでなく、ハウジングも想定以上に摩耗するという欠点がある。ではなぜドゥカティはわざわざ乾式を使うのか?
これもレーシングライクに起因する。
パワーを上げれば、それを受け止めるクラッチを大型化しなければならないが、当然重量が増える。その点、摩擦係数の高い乾式ならば、小型のままで使えるのだ。それと、注入されているオイルは、エンジン回転数が高まれば高まるほど、それ自体が抵抗となり、パワーダウンの一因となるのだ。
低速走行時のぎくしゃく感については、もはや90度ツインの宿命。初心者にはやや抵抗があるだろう。4ストマルチのように、トップギヤホールドで、時速30kmからスムーズに加速するような芸当は逆立ちしても不可能だが、車速に対して絶えず適正なギアをチョイスできるようになれば、なんのこともない。
このような諸々のマイナスイメージを感じつつも、ドゥカティならではのエンジンフィールに少しでも興味を持った方たちは、かなりな確率で成約してくれた。
「ちょっと手こずったけど、おもしろそう」
「加速の時の鼓動感がいいよ」
「ブレーキ、めっちゃ効くんですね」
これまでドゥカティと言えば、かなりコアなファンのみの乗り物だったり、メーカーだったりしたが、モンスターS4は、少しでも多くのバイク好きにドゥカティの魅力をを知ってもらおうという、メーカーの意図がよく表れた会心のニューモデルなのだ。