バイク屋時代 23 初心者ツーリング

 バイク屋と聞くと、多くの人は頑固な店主、油の臭い、たむろする常連客等々を連想するのではなかろうか。ちょっと前だったら実際そんなもんだったし、むしろそれっぽくて好ましいと言う輩も少なくなかった。しかし時代は大きく変わり、今や女性が洒落たライダースウェアをまとい、颯爽とリッターバイクに乗るなんてことも珍しいことじゃない。そんな彼女たちが利用するバイク屋は、油まみれで気難しそうなおやっさんがいる店ではなく、清潔な店舗で、明るくて親切な対応に満ち溢れた若いスタッフのいるところなのだ。このような店には女性客はもちろんのこと、入りやすい雰囲気につられて、バイク初心者も多く集まる。

 様々な客目線を意識し、新たなユーザー層を獲得する必要性が出てきた昨今では、女性や初心者に支持されないバイク屋は間違いなく衰退の一途をたどる。こんな背景を考慮し、我がモト・ギャルソンも社長の創業ポリシーにのっとり、明るく親しみやすい店づくりに努めていたし、特に女性営業スタッフの採用については、社長自ら積極的に動いていた。
「木代くん、来月早々にね、女性の新入社員をとりあえず吉祥寺に配属しますよ」
「とりあえず?ですか、 うちはなおちゃんがいるからいらないっちゃいらないですが」
「いやいや、営業研修してもらって、終わったら三鷹店へ再配属するつもりなんだ」
 だったら“最初から三鷹へ”が喉まで出かかったが、無理やりひっこめ、
「了解」
 二週間後に社長が連れてきた女性新入社員は、山田美紀さん二十七歳。小柄で髪が長く色白、一見いい女風である。出身は北海道でスキーが得意。バイクは数年前から乗っていて、いつしかバイクを扱う仕事ができればと考えていたらしい。このほどモト・ギャルソン入社を機に、以前から欲しかったホンダ・VFR400Rの新車を早くも社販で購入、ずいぶんと鼻息の荒いお嬢さんである。


 社長の指示によれば、営業研修は一か月で終了させ、その間に一度ツーリングイベントにも連れて行ってくれとのこと。吉祥寺店では俺が考案した“初心者ツーリング”と称するイベントが定着しつつあった。
 運転免許の取得後に、モト・ギャルソンでバイクを購入した客のみを対象に、三か月に一度ほど行っている日帰りツーリングである。休憩や昼ご飯の際には、初心者が必要であろうと思われる、かんたんなメンテナンス講座とか、乗り方アドバイス等々を盛り込み、少しでもバイクライフが充実するような内容としている。しかも全員初心者という共通点から、参加者同士が友達になりやすく、これをきっかけに常連客化も果たせるというメリットも浮かび上がってきた。
 コースは毎回同じ。調布ICから中央道に乗り、河口湖ICからR139で本栖湖へ。湖の入り口すぐ左脇にある“本栖館”で休憩、その後は本栖湖を一周し、国道へ戻って西湖~河口湖と進んだら、人気店の“ほうとう不動”にて昼食。食事が終わればすぐ近くにある河口湖ICから帰路に着くというもの。コースを決定するまでは、過去の経験で良かれと思うところをいくつかピックアップ、高速道路とワインディングを経験できて、ほどよいタイミングで休憩や飲食できる施設が点在するなど、初心者ツーリングの条件として最適と思われるところを絞り込んでいった。

「どお、美紀さん、VFR慣れた?」
「先週の休みに奥多摩へ行ってきました」
「へー、すごいね、奥多摩知ってんだ」
「いろいろ調べたし、お客さんからも教えてもらったんで」
 美紀さんの入社当初、常連客が来店すると決まって“尋問”が始まった。いつ入ったの? 実家はどこ? 独身? 彼氏は? 免許もってる? バイクは乗ってるの? 住まいは近く? こんどツーリングに行こうよ! 歓迎会やらなきゃねぇ~♪
「まあまあまあ、美紀さんはここで研修が終わったら三鷹店勤務になるんだよ」
「なんだそれ、寂しーじゃん」
「そうだよ、ここにいればいいのに」
 常連は勝手である。

 美紀さん初参加の初心者ツーリングは、快晴無風というこの上ないコンディションで始まった。今回は参加者七名(女子五名、男子二名)と多かったので、助っ人として三鷹店のメカニック武井くんに参加してもらった。
 まずは中央道の調布ICを目指して走り始めたが、間もなくして大成高校の前で女子のAさんが立ちごけしてしまう。発進の際にエンストしバランスを崩したのだ。初心者にはありがちである。こんなことでめげていたら初心者ツーリングは成り立たない。
「怪我ない? どんまい、みんなやるよ」
 気合を入れなおしてスタート。
 調布ICで支払う有料道路料金は、先頭の俺が人数分まとめて払うので、止まらずにどんどんついてくるよう出発ミーティングで伝えていた。ところがだ、ゲートを通過したところまではよかったものの、加速レーンから走行車線へ入る際にチラッとミラーを見ると、なんと誰一人としてついてこない!
 二輪車の教習に路上は含まれない。よって普通自動車の免許を持ってないライダーからすれば、今回が有料道路初体験ということだ。そう、俺のすぐ後ろにいた女子のBさんが、怖さのために十分な加速ができず、レーンチェンジするタイミングを見失ってしまったのだ。これでは走行車線へ入れない。道交法無視にはなったが、加速レーンだけではタイミングを計れず、路肩をずいぶんと走った末、なんとか無事に走行車線へ乗ることができたのだ。
 ケツもち担当の武井くんが、
「走って、走って、走ってぇ~~~!!!」
 と、声をからしてくれたおかげである。
 この一件で不安が高まっているだろうと、中央道へ乗ったばかりだったが、直近の石川PAで臨時小休止をとることにした。

「肩の力抜いて、リラックスで行こう」
 案の定、Bさんはややしょげていたが、美紀さんも含めて女子同士が輪となり「がんばろうね!」と皆で励ましてくれたおかげで、すぐに笑顔が戻ってきた。
「それじゃ十分後に出発しま~す」
 ほっとしたところで一服つけていると、女子たちの会話が耳に入ってくる。
「ねえねえ、高速道路走るとき、何速にしてた?」
「あたし三速」
「へーそうなんだ、あたしは四速だったかな」
 おいおいおい…..
「あのね、君たち、それ、ちょっとおかしいよぉ」
 高速教習がなかったから無理もないのかもしれないが、教習所だってその辺のところは教えているはずだ。
「流れに乗って時速80Kmで走っていれば、とうぜんトップだよ。みんなのバイクだと六速かな」
「え~、あたし知らなかったぁ」
「ずっと三速のままで富士山まで走ったら、たぶんエンジンぶっ壊れるぜ」
「やだーー」

 なんとか無事に中央道を河口湖ICで降りると、国道を右折して本栖湖を目指した。最初の休憩ポイントである本栖館へは予定どおり午前十時に到着。
「お疲れさん、みんな頑張ったね」
 初心者たちにとっては初となるロングツーリングである。そりゃ疲れているだろうが、俺たちスタッフも別の意味ですでにヘトヘト。

左:本栖館   右:ほうとう不動

 本栖館では約一時間の休憩を取り、その間に注意点をいくつか説明した。この後、湖を一周する細い道へ入るので、後方から車が接近してきた際は、左へ寄って上手に先へ行かせることも必要等々である。細くてカーブが多い道では、参加者のレベルを考えれば走行速度は出せて30Kmがいいところ。しかも一周は意外や長く、後続に付かれればドライバーはイライラすること必至。短気な奴であおられでもしたらうまくない。
「時々ミラーを確認をして、後に続くメンバーがウィンカーを出して左に寄ってないかチェックしてね」
「は~~い」
 良い返事と笑顔だけは溢れんばかりだ。
 本栖館を出発。湖に沿って脇道へ入るといきなり幅員が狭まる。左手に本栖湖、右手は緑豊かな原生林が続く。おなじ富士五湖でも観光の中心である河口湖とくらべると、ここは人も車も少なく、自然の真っただ中という趣がある。ちらりちらりと後方を確認するが、まあまあいいペースでついてくる。ひとまず安心だが、この区間は道路のコンディションも良いとは言い難く注意は怠れない。
 湖を半周もきたところでミラーへ目をやると、後続がスピードを落としながら路肩に寄っている。車が来ているのだろうか、皆きちっとアドバイスを守ってくれ嬉しくなった。
 ところが目を凝らしても車らしき影は見当たらない。おかしいと思った直後、な、なんと後方からスポーツ自転車二台がすごいスピードで迫ってくるではないか。い、いくら初心者ツーリングといえども我々はバイク、自転車に抜かれるとはこれまたびっくり! とはいえ、この後も順調に西湖~河口湖と走り切り、無事に昼食ポイントほうとう不動へたどり着く。
 ずっとワインディングを走り続けてきたせいか、皆のライディングはだいぶ安定してきたし、凄いことに法定スピードを維持できるようになったのだ。ライディングに自信がつけば、バイクライフがさらに楽しくなることうけあいである。


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