
限定解除を果たせば当然それ相応のバイクが欲しくなるのは人情である。しかし俺の場合、仕事を行う上で早急に必要とする資格だったので、すぐに新しいバイクを手に入れる予定はなかった。それにオーバーナナハンでどうしても欲しいと思うモデルも見当たらず、自分の中では相変わらず“2スト・ニーハン”が魅力的と思える存在だった。
「兄貴さ、俺のTZRだけど、ギャルソンで買ってくれないかな」
「どうした?」
「ナナハンをね、知り合いから譲ってもらえる話があるんだ」
「へぇ~、どんな?」
「ZXR750」
知り合いとやらがバイクの代替をしようと、下取としてZXRをショップで見積もってもらったら、思ったより安く、同じ価格なら譲ってもいい云々の話が出ているそうだ。

ZXRはカワサキ初となる本格的なレプリカシリーズで、ナナハンの他に、250cc、400ccがラインナップされている。チームカラーであるライムグリーンの車体は確かにレーサームード満点だし、どこから見てもパワー感がみなぎっていて、発売当初から気にはなっていた。ただ、個性と独自性を売り物にしていたカワサキのニューモデルとしては、やや世の中の流れに乗りすぎた感は否めない。それとタイミングの悪いことに、発売時期が名車ホンダRC30とほぼ同じだったことから、各バイク雑誌で比較記事が連発し、<“機械”としては雲泥の差>とまで書かれたのだ。一般車のZXR750に対し、RC30はレースホモロゲーションを取得するための、言わば本物のレーサーである。比較すること自体がナンセンス。
と、そんな話が出てから二週間後。ZXRに乗って弟が帰宅した。ちなみに受け取った場所は渋谷で、自宅までは20Km弱の距離があるので、おおよその雰囲気は味わえたはず。エンジンを停止する前にスロットルをひとふかし。大音量にびっくり。
ところがヘルメットを脱いだ弟は渋い表情。満面の笑顔を予想していただけにちょっと意外だ。
「どうよ?」
「ん……」
「速い?」
「乗りづらい」
「どのへんが?」
「全部」
全部とはまた厳しい。
「ちょっと乗らせて」
「いいよ」
限定解除を果たしてからは、仕事でCB750Fを店から民間車検場へ乗っていっただけ。今どきのレプリカナナハンに期待が膨らむ。
跨って車体を起こすが、これがけっこう重い。カタログデータでは乾燥重量205Kgとなっているが、どうみても眉唾。プラス10Kgはありそうな感じだ。
まずは井の頭通りを加速していく。十二分なトルクを感じつつ三速へシフトアップ。あとはスロットルワークのみで自由自在に車速をコントロールできる。信号の多い道では若干持て余し気味だが、高速道路を走らせたら面白そうだ。ただ、気になる点がふたつほど出てきた。
これはちょっとと感じたのは、サスがあまりにも硬いこと。調整で多少はましになると思うが、大袈裟ではなく、ダンピングが殆ど効かず、振動で前方が見えなくなるのだ。
もうひとつは、右左折の際の重さ。街中だけでの印象なのでなんとも言えないが、加重をかけてもフロントが残る感じで、軽快さがない。ただ、箱根ターンパイクや伊豆スカのようなハイスピードで走れるところだったら、違ってくるかもしれない。とにかく全てのネックはこの硬くて動かないサスに起因すると思われた。それにしても装着されているVance&Hinesのマフラーは音がでかすぎ。抜けすぎているのは明らかで、もっとましなマフラーへ交換すれば、低速トルクが出てきて使いやすくなるはずだ。
弟の不満は分かった、と言うか、この状態で乗れば大半の人がいい印象を抱かないと思う。ところが俺の場合、若干違った。豪快ともいえる粗削りな猛々しさは、過去に試乗したどのバイクにもないもので、“男カワサキ”を地で行く雰囲気がたまらなくよかったのだ。
家に戻り、バイクを庭へ入れ、キーを弟へ返した。
「どうだった?」
「なんとなくお前の不満がわかったような気がする。ところでさ、これ、いくらで買った?」
聞けば予想よりかなり安い金額だ。業界においてはすでに不人気車の仲間入りなのだろう。
「お前が買った値段で買うからさ、俺に譲ってくれないか」
思いがけない言葉が出てきて、自分でもびっくり。ひとめ惚れってところか。弟も即断してくれ、一週間後には名義変更も済ませた。早々に自分好みのカスタムをしようと、楽しい模索が始まったのだ。

最初にやったことはリアサスペンションの調整。とりあえずフロントはそのままにしておいた。ハンドリング等々、バイクの挙動に関しては、約七割がリアに関わっているからだ。まずはプリロードを合わせ、減衰調整は最も柔らかい位置にした。試乗すると、これだけでも乗り心地はずいぶんと良くなった。ただリーンするときの重さやスムーズさには期待したほどの変化は見られない。これはストックの限界かと、取引業者であるカロッツェリアジャパンの担当営業へ相談してみると、
「オーリンズ、騙されたと思って買ってください!」
同社は二輪サスペンションの最高峰である“オーリンズ”の国内総代理店である。社外品のサスは、オーリンズ、ホワイトパワー、カヤバ、コニー等々、色々出回っていたが、装着して確かな効果が体感できるのは、やはりオーリンズが断トツである。
「リアだけじゃなくて、フォークのインナースプリングもセットで交換してください」
「売り込むね~」
「効果がぜんぜん違うんですよ」
「わかった。騙されついでに買いますよ」
「ありがとうございます。在庫あるんで、戻ったら発送しときます」
「じゃ、スタッフ特別仕切りでお願いしますね」
「わかってますって」

足回りの改善を考える場合、サスのセッティングや社外品への交換だけでは片手落ち。最初に行うことは、“第一のサス”と称されるタイヤを新品に交換することだ。タイヤの劣化による挙動の変化は、バイクのそれと四輪車では雲泥の差がある。“タイヤをケチるならバイクに乗るな”の格言があるほどタイヤの健康度は重要であり、サスセッティングはタイヤが新品という前提からスタートしなければ、まったく意味の持たない行為になってしまう。それと空気圧に関してもバイクはシビアな管理が必要。四輪車なら多少空気圧が落ちてきても、カーブを走行する際にキキキっと軋み音が出る程度だが、バイクは下手すりゃ転倒だ。二か月以上空気圧のチェックをしていなければ、なにはともあれ今すぐ行ってほしい。

さて、タイヤの選択には少々迷った。巷の評判と、うちの常連客の装着率から言えば、ミシュランの59Xが圧倒的だったが、生まれもっての天邪鬼な俺はブリヂストンのBT-50を選んだ。理由のひとつは価格。今でもそうだが、ビッグバイク用のラジアルタイヤってのは馬鹿みたいに高価格で、四輪車のそれと比べればまんま詐欺のレベル。まして輸入物となれば「おいおい、タイヤは消耗品だぜ」と泣き言まで出る。もうひとつはタイヤパターン。BT-50はセミスリック風でレプリカモデルによくマッチすると思ったからだ。それに皆と同じではやっぱり面白みがない。
前後オーリンズとBT-50に交換したZXRは、正直なところ“別物”へと生まれ変わった。特にハンドリングの素直さは目を見張るほどで、単純な交差点の右左折がこれほど楽しくなるとは思いもよらなかった。これで伊豆スカを走ったらどんな感じだろうと、期待は膨らむばかりだ。