バイク屋時代 12・店長!

 入社から半年たったころ、三鷹店の松田店長が統括マネージャーに昇格することになり、彼の後釜にはギャラツーの江藤店長、江藤店長の後釜には吉祥寺の今村店長、そしてなんと今村店長の後釜に、俺が抜擢された。
 もちろん嬉しかったが、いっぱしのバイク屋として学ばなければならないことはまだまだあり、正直なところ時期尚早感は否めない。ただ、業態こそ異なるが、前職では十年近く店長職をこなし、それ相応のノウハウは身につけてきた自負がある。前向きに解釈すれば、その経験を活かし、自分の色に染めたショップづくりのチャンスが到来したとも言える。
 辞令発表から一週間後、引継ぎのために吉祥寺店を訪れた。場所は吉祥寺東町を貫く女子大通り沿いなので、駅周辺の喧噪からは離れている。三十坪強というこじんまりした店舗はガラス面が多く、なかなか洒落た間仕切りになっている。入り口にJOGを停め、店内に入った。
「おっ、おつかれさん」
 店長の今村さんだ。彼とは初のビッグツーリングでペアを組んでいたので、人柄はだいたいわかっていた。よく笑う明るい男だが、喋り方が口先でまくしたてる独特なもので、地声がやけに高く、会話の際は集中しないと何を言っているのか聞き取れない。
 右手にある工場のドアが開いてメカニックの吉本くんと大杉くんが現れた。工場長の吉本くんは会社全体の工場長でもある。大杉くんは今時珍しいリーゼントヘアーで決めていて、一見ヤンキー。バイクよりは車に興味津々だとか。
「来週からきますんでよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
「木代さん、こんどダルマの写真、見せてくださいよ」
「ああ、持ってくる」
 突如引き戸が開き、背後から元気な声がかかった。
「あっ、木代さん!こんにちは」
 営業の青田くんだ。楊枝をくわえているってことは、昼食からの戻りか。
 彼とはほとんど同期入社で、わずか一週間だったが三鷹店で一緒に働いた。顔や体つきが俳優の梅宮辰夫にちょっと似ていて、笑顔を絶やさない明るい性格は営業マンそのもの。ただ、一か月後にはギャラツーへの異動が決まっていた。
 俺を含めたこの四人で、新しい吉祥寺店がスタートすると思うと、楽しみではあるが同時に緊張もする。
 店舗の両隣は、西側に清水屋酒店、東側は鈴木内科医院。更に医院の隣には“ゴッツェ”という屋号のドイツ菓子の店になっている。
「青ちゃんさ、近くに食べるところあるの?」
「近くも何も、向かいですよ」
 聞けばこれがなかなかよさげな店。職場の近所に飲食店があると本当に便利だし楽。吉永くんと青ちゃんはほとんど毎回その定食屋を利用するらしい。ちなみに小杉くんはお母さん手作りの弁当を持参するようだ。少しだけ歩いて五日市街道まで出れば、西友ストアの食堂やジャンボ餃子で有名な“一圓”まであり、さすが吉祥寺、よりどりみどりだ。
「木代さんさ、引継ぎって言っても、メカの二人が全部わかってるんで、彼らとうまくやってよ」
 今村さん、いとも簡単にまとめようとするが、大丈夫だろうか。
「現況に問題とかないの?」
「ないない」
 心ここにあらずといった感じ。というよりか、この今村という男、どこから観察しても組織に組み込まれて仕事をするタイプとは思えない。
 そもそもモト・ギャルソンは、社内外へ発信する【遊べるバイク屋】というモットーこそあるものの、それを具現化させるコーポレートアイデンティティ(CI)が、いかんせん“絵に描いた餅”なのだ。特に気になる点は社長自身が行動規範を曖昧視する傾向があり、特に若手社員は例外なくこの影響を受けているようで、正否を取り間違えているシーンを多々見かける。
 一応、【お客様の笑顔がスタッフの喜びとすることに価値を見出す。感謝される接客。感動を与えるサービス。】なる企業理念を打ち出しているし、ロゴやコーポレットカラーにもお金をかけているので、外から見ればちゃんとした会社に映るだろうが、内側を覗けば、“社員の自主性を重視している”と胸を張る大崎社長の目の届かないところではやりたい放題が横行、もはや制御不能だ。いくら“自主性”とは言ってもモト・ギャルソンは会社組織なのだから、社長は社員の間違った行為に目を向け、勇気をもって必罰で臨んで欲しいもの。
 と、このような状況なので、デニーズの時のような管理方法を行使すれば、まわりから反感を食らうこと必至。まずは空気を読み読み進めていくしかないようだ。

「まいど!」
 スズキの担当営業、峰岸さんのお出ましだ。ますます腹が出てきたようで、Yシャツのボタンがはじけそうである。
「木代さん、店長昇格おめでとうございます」
「ありがとう。来週からなんでよろしく」
「ここの店はスズキ第一でお願いしますね」
「みんな同じこというから、今のところホンダもヤマハも第一だよ」
「いじめないでくださいよぉ。今日は“売れるニューモデル”のカタログとポスターを持ってきたんだから」
 手渡された資料に目を通すと噂の“バンデット400”関連である。
 バイク市場は相変わらずレプリカ勢が圧倒していたが、その中に突如出現したカワサキ・ゼファー400は予想を反し売れに売れていた。レプリカとの判別で、各バイク雑誌ではこのようなスタイルのバイクを“ネイキッド”と呼ぶようになり、レプリカに馴染まないバイクファンにとって、待ちに待ったカテゴリーになったようだ。
 ところでこのスズキ・バンデット400。俺の目にはとても魅力的に映った。
 この手のモデル、つまりネイキッドの車体フレームはダブルクレードルと相場が決まっていたが、ヨーロッパ車を彷彿させるパイプダイヤモンドフレームを採用したところが斬新で、とてもスズキ製とは思えないハイセンス。おまけに排気量リミット上限の五十九馬力をたたき出す強力なエンジンを搭載し、見た目はオーソドックスなネイキッドでありながら動力性能は今どきのレプリカに近いという、やけにイカしたニューモデルなのだ。


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