バイク屋時代 9・ビッグツーリング

 開催初日。雲一つない快晴である。自宅から井の頭通り~環八と気分よく流す。
 参加人数が多いため、集合場所は二か所に分かれていた。Aチーム、Bチーム、そしてオフロードチームは東名の海老名SA。CチームとDチームは環八東名入り口にある「マクドナルド用賀インター店」だ。
 環八から東名に入る際、ちらりと左側にあるマクドナルドへ目をやると、駐車場には既に相当な数のバイクが集結していて、ドライブスルー以外一般客の駐車スペースは殆どなさそうだ。参加客それぞれがコーヒー一杯でもいいから何か注文しないと、これは間違いなく営業妨害。ちょっと心配……

 高速道路へ入ると一気にスロットルを開けた。天気最高、加速最高。今回乗ってきたのは愛車RZではなく、弟から借りたTZR250。いわゆるRZの進化版で、エンジン、シャシ共々性能は大幅に進化している。ただ、本心を吐露すれば、RZで来たかった。
「木代くん。ビッグツーリングにRZは駄目だからね」
「えっ?!なんでですか」
「古すぎるよ。いつ壊れてもおかしくないだろう」
 社長は何かにつけRZを嫌う。
「ヤマハの三沢くんにたのめば試乗車を貸してくれるよ」
「いいです、あてがありますから、、、」

 海老名SAへ到着すると、いるいる! 凄い数のバイクだ。ガソリンスタンドの手前に集結しているのがうちのお客さん達だが、それ以外にも好天の土曜日だけあって、待ち合わせ場所のメッカ海老名SAには多くのライダーが集結するのだ。
「おはようございます」
 さっそくBグループの参加者を確認すると未着は四人。早い人は一時間前に来ていたようだ。
「みなさんガソリンは大丈夫ですよね」
 ガソリン満タン集合はマスツーリングの鉄則。“全員満タン”を前提にスタッフはガソリン給油のタイミングを計る。ひとりでもこの決まりを破れば、給油回数が増えるとともに、下手をすれば山中でガス欠などという最悪の事態に陥ることもある。ビッグツーリング開催に当たっては、このようなトラブルを避けるため、事前に“ビッグツーリング説明会”を行う。場所は大勢になるので、店ではなく武蔵野市内にいくつかあるコミュニティーセンターを利用している。毎回ツーリング参加予定者の七割以上の参加があり、お客さんの期待度の高さもうかがえる。
 内容は各グループの担当者紹介と、集合場所の詳細、持参物、“ちどり走行”など、マスツーリングならではの走り方、そして注意点と決まり事等々だ。説明会に参加したお客さんにトラブルを起こす例は殆どなく、ガソリン満タンにせず、カッパ忘れ、集合に遅刻、タイヤエア圧不足によるパンク等々は決まって未参加者が引き起こすようだ。
 突如爆音!!
 高松くんが仲間二人を引き連れて登場である。それにしても彼のGSX-R1100は雷のような音を出す。マフラーはUSヨシムラだ。しかもリアタイヤをワンサイズアップしているので、見た目の迫力も相当のもの。
「おはようっす!」
「よろしくね」
 そんなやり取りをしていると、音色は違うが同じくうるさい排気音が近づいてきた。レーシングチャンバーに交換したNSR250コンビだ。これでBグループは全員揃った。
「今村くん! みんな揃ったからミーティングやって出発しようよ」
「あいよ!」
 ガソリンのチェック、次の休憩場所、降りるIC、先頭とケツ持ちのスタッフ紹介等々が終わると、全員へ出発を促した。
 

 十五台のバイクを引き連れながら、高速道路を流すってのはなかなか爽快だ。もちろん初めての経験になる。前方のトラックを追い越そうと、ウィンカーを出しレーンチェンジすれば、後続もそれに従い、きれいに追従してくる。しかも皆凄まじい排気音を発していて、これがちょっとした快感なのだ。暴走族の気持ちもわからないでもない。しかも最後尾には吉祥寺店店長の今村くんがしっかりと張り付いているから安心して飛ばせる。足柄SAで小休止のあとは御殿場ICで東名を降り、プライベートでもよく利用する、旧乙女街道~箱根スカイライン~芦ノ湖スカイラインを軽快した。
 借りてきたTZR250は乗りなれてなかったので、旧乙女ではややリズムが狂ってしまったが、箱根スカイラインも終わりになるころには、その卓越したハンドリングを十二分に引き出せるようになった。ただ、すぐ後ろに付いていた高松くんのGSX-R1100が相変わらず恐ろしい音と加速力を発し、いい感じにコーナーへ侵入して直線へ向かってフルスロットルをかましても、一瞬のうちに追いつかれてしまう。バックミラーに写る巨体と凄まじい排気音には慣れることがなく、次第に疲れてくる。
 料金所手前で皆を待ち、再び走り出すと背後がR1100から黒いGSX-R400へと入れ替わった。同じく三鷹店常連の権田くんだ。新人スタッフの腕前をチェックしようというところか。峠好きな権田くんもけっこうな腕達者で、執拗にあおってきたが、加速の鋭いTZRを前に、コーナーの立ち上がりではずいぶんと苦労している様子が見える。ふふっ。
 芦ノ湖スカイラインが終わると次は伊豆スカイラインへと進む。料金所で全員分の料金を支払い人数を確認。今村くんもOKの合図を上げた。
 景色を見ていては事故ってしまうが、ここ伊豆スカイラインは山々の稜線に沿って南へと伸び、眺めと開放感は抜群だ。ブラインドコーナーも比較的少なく気持ちよくスロットルを開けられる。道の状態ほとんどが頭に入っているので、TZRのポテンシャルを十分に引き出し悦に入る。RZとくらべるとブレーキが格段に効くので、コーナーの進入に安心感がある。相変わらず権田くんがぴったりと付けていたが、鹿ヶ谷公園のストレートに入る前の緩い左コーナーでフルバンクさせ、思いっきりスロットルを開けると、排気煙に霞むGSX-Rの姿は徐々に小さくなっていた。ストレートの終わりは右コーナー。ここをクリアすると間もなく左側に亀石峠の駐車場が見えてくる。ここで休憩だ。
 駐車場へ入ると、江藤さんが先導するAグループが既に到着していた。
「おつかれ。全員無事か」
「おかげさんで。江藤さんたち、ここからは」
「俺らはここで降りて、サイクルスポーツセンターの脇通って土肥かな」
「へー、そんな道あるんだ。うちらは冷川まで行きますよ」
 江藤さんも無類のバイク好き。伊豆だけではなく東京からの日帰り圏内だったら、知らないところはないと日頃から豪語していた。俺が詳しいのは伊豆だけだから、これからのツーリングイベントを考えると研究開拓は必須だ。

 お楽しみの“ラリー”は若干二名の道迷いがあったものの無事終了。無事故、ノントラブルで一日目を終えることができた。いくつものテーブルに散った八十名にのぼる大宴会は大いに盛り上がり、その勢いを残したまま、今度はプールサイドに設えた二次会会場へと移動。喧騒は衰えることなく夜は深まっていった。もちろんスタッフ達もその群れに混ざって楽しむわけだから、やはりビッグツーリングはお客さんにしてもスタッフにしても特別な意味合いを持つイベントというのは間違いない。ただ、これに乗じていささか飲みすぎてしまい、翌朝にも少々残ってしまったのは大反省。

「うちのビッグツーリングには他のショップも関心ありありでさ、最近じゃみんな真似してんだよ。でも肝心なノウハウがないから、いろいろと教えてやってるけどね」
 と、ことあるごとく大崎社長は自慢するが、確かにこれまでのバイク屋では想像もつかない規模と内容のイベントであるし、モト・ギャルソンのポリシーである<遊べるバイク屋>は言葉だけではないことが今回でよくわかった。


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