バイク屋時代 3・バイクをトラックへ載せる

「じゃあさ、ウォルターウルフのガンマ、のっけといて」
「一台でいいっすか」
「おお」 
 江藤さんと最年少メカ西くんとのやり取りだ。一昨日三台入荷した新車スズキRG250Γの一台をギャラツーへ移動するようだ。

 “バイクをトラックへ載せる”
 バイク屋スタッフならではの作業である。はたから見るといとも簡単そうだが、どっこい自分でやるとなると、これがなかなか一筋縄ではいかないのだ。
 そりゃそうだ。バイクも排気量が250cc以上になれば車格も格段にアップし、押して歩くにも力がいるし緊張感も覚える。それを路面よりはるか高いトラックの荷台へ上げるのだから、簡単なはずがない。

 これから載せるガンマもそうだが、新車はエンジンがかからない。それは整備前だから。この点は四輪車と異なる。
 四輪車はディーラーへ運ばれてきた時点ですでに燃料、オイル、そしてバッテリーも充填されていて、始動~運転が可能だ。ところがバイクはエンジンオイルこそ入っていても、バッテリーは充電されてないし燃料も入ってない。この“動かないバイク”を軽トラの荷台へ載せる作業は意外や頻繁に行われる。
 手順としては先ず荷台にラダーレールと称するアルミ製のスロープをセットする。ガンマの重量は軽いと言っても100㎏以上あるので、どんな怪力の持ち主だろうとそのまま押し進めようとすれば、ラダーレールに前輪が乗ったところでびくともしなくなる。ではどうするか。一旦トラック後方4~5mまで下がり、うぉっしゃー!と気合を入れ、勢いよくバイクを押しながら猛ダッシュ! 十分に惰性をつけたら、一気に荷台へと押し上げる。バイクはラダーレールから、人間は地を蹴り荷台へ飛び乗るのだ。実際やってみると非常にアクロバチックであり、250ccクラスまでならばそれほど難しくはないが、これがナナハンともなれば非常にリスキーな作業となる。
 一方、車検場への持ち込みのようにエンジンがかかる場合は、その動力を利用する。スロットルと半クラッチを巧みにコントロールし、バランスを崩さぬよう注意しながらスムーズに進めることがポイント。ただ、いきなりやれと言われてもそうはうまくいかない。
 しかもまだ先がある。あの軽トラの小さな荷台へ、なんと二台載せるというのだ。
 先日、西くんが車検場へ行くとのことで、裏から軽トラを出してきた。
「手伝うよ」
「あっ、おねがいします。今日は二台なんで」
「うっひょ、そりゃ大変だ」
 目の前で二台積むところは見たことがない。がぜん興味がわいてきた。
「そこのSRとXJ、歩道の脇に並べといてください」
「はいよ!」


 西くんはサービスカウンターで車検場へ提出する書類をチェックしている。捺印された申請書、車検証、自賠責保険、そして納税証明書。どれが欠けても継続車検は通らない。
 まずはXJのエンジンをかける。チョークでアイドリングが上がっている間に、ラダーレールをセットする。一速に入れ、絶妙なクラッチ操作でスルスルッと車体を前進させると、まっしぐらにラダーレールへ向かい、あらよあらよという間にXJは軽トラの荷台へと収まった。うまいもんだ。いくらエンジンの動力を使ったって、あんなに大きくて重いバイクを正確に操作するのは相当な慣れが必要なはず。しかも更にもう一台載せるというのだからたまげる。XJは荷台の右側ぎりぎりまで寄せた。
「じゃ、ちょっと押してください。これ軽いんでエンジンかけないから」
 SRは同じ400ccでもXJと較べて車体はスリムで車重も20㎏近く軽い。ラダーレールを右側から左側にセットしなおすと、合図とともにSRを押す。すると西くんは路肩の縁石に飛び乗ってそのままSRを荷台へ押し上げた。なるほど。縁石に乗ることによって肩の位置が上がり、荷台に上がったSRを安定的に扱えるのだ。左手でハンドルを支え、空いた右手でサイドスタンドを出すと、見事にSRが左側に収まった。いやはや大したもの。これぞバイク屋!
 ちなみにモト・ギャルソンでは、軽トラにバイクを上げる際、ラダーレールは一本しか使わない。他のショップは二本使うことが多いらしい。右側はバイク、左側は人が駆け上がるためだ。これを西くんに聞いてみると、
「結局ラダーレールも軽トラに積まなきゃならないんで、邪魔なんですよ、二本もあると」
 なるほど。
 しかし、この二台を一人で下すのも結構難しいのではなかろうか。
 西くんが軽トラの運転席に乗り込むと、すぐ後ろに2トン車のアトラスが入ってきた。三鷹店のもう一台のトラックである。さっきから姿が見えないと思ったら、社長が運転している。ウィンドウを下ろすと大崎スマイルの登場。そう、大崎社長はいつだって明るい笑顔を絶やさないのだ。これは生粋の営業マンたる証。
「あれ木代くん、積み込みやってるの?」
「ええ、西くんにいろいろ教えてもらいました」
「できそう?」
「最初はフォローしてもらわないと、いきなりじゃ怖いかな」
「よし、それじゃバッチリ手本を見せてあげよう」
 その時、メカの武井くんがホンダのCBX400Fを工場から押してきた。
「武井くん、そのバイク、俺が載せるからトラックの後ろに置いといて」
 修理が完了した車両で、これから小金井市のお客さん宅へ納車するらしい。
「社長、大丈夫ですか」
 武井くんも心配顔である。
「へいきへいき!」
 納得のいかない表情を見せつつも、武井くんが手際よく二本のラダーレールをアトラスにセットした。軽トラとくらべればさすがに2トン車の荷台は高さがある。とてもではないが軽トラのように飛び乗れるレベルではないので、人用に一本必要なのだ。
「ほら見ててよ! エンジンかけてね、こうやって惰性つけて!!」
 社長のやり方は凄い。エンジンの動力プラス、己の走りで惰性をつける。西くんのように絶妙なスロットルコントロールでゆっくり上げていくのとは違い、バイクを押しながら疾走する社長の姿はなんだか大迫力である。まっ、人それぞれ。安全に載せられればそれでよしだ。
「ははは!どうだうまいもんだろ!!」
 お疲れさまでした。


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