秀麗富嶽十二景・高川山

 四月二十八日(金)。高川山の頂上から望む富士山は、予想を超える素晴らしさだった。さすが、秀麗富嶽十二景だ。

 登山口まで行きつけなかった先回の大失敗で、山への思いは募る一方。これ以上望めないほど晴れ渡った青空に、雪の白さも鮮やかな、美しい姿を見せていた富士山。それを目の当たりにしながら引き返すってのは、正直なところ、体に毒だ。
 てなことで、“十二景登りたい願望”は高まるばかり。日に何度もウェザーニュースを開いては、次の休みの登山状況をチェック。これを繰り返した。
 登れなかった雁ヶ腹摺山は次々回のお楽しみいうことで一旦横へ置き、次に目指す山は、常連さんのNさんが実際に歩いた高川山に決定。さっそく地図を準備、合わせてYAMAPのセットも行った。

 JR三鷹発六時二十六分の中央線に乗り込み、登山口のあるJR初狩に到着したのは七時五十分。ホームに降り立つと、周囲は山ばかり。そのあまりなローカル加減におもわず顔も心もほころぶ。線路を横断し、改札を出た。

 嬉しいことに駅前から道標が適所に掲示してあるので、道に迷うことはない。この安心感は大きい。アンダーパスを通過すると、道は山に向かって徐々に高度を上げていく。
 登山口手前には簡易トイレの設置がある。女性ハイカーにはありがたいだろう。
 山道へ入るとすぐに急登が始まり、瞬く間に息が上がって汗が噴き出してきた。歳には抗えないと、弱音が出る己に腹が立ったが、事実、十年前と較べたらスタミナは半減だろう。へとへとになりながらも、男坂と女坂の分岐では自虐的な気分が働き、気がつけば更に傾斜がきつくなる“男坂”にとりついていた。

 幾度となく立ち休みで息を整え、一歩一歩上がっていくが、太腿はとうに笑い出し、長袖シャツは土砂降りにやられた如く、汗でずぶ濡れだ。
 
 樹林帯を抜け、上方に青空が広がってくると、間もなくして頂上へ到着。
 大きな岩が所狭しと配置する頂上は狭いが、富士山の雄大な眺めは予想どおり。カメラを取り出し撮影を始める。周囲には年配単独女性が二人に年配男性がひとり、同じように富士山を眺めている。

 それにしても日差しが強烈だ。遮蔽物が全くない頂上では長居は無理。とりあえず小腹が空いていたのでドーナツを口へ放り込んだ。
 出発しようか、はたまたもうちょっとだけ休んでいこうかと考えていると、今まさに到着した年配男性二人組が「うぉ~~絶景だな!」「いやいやきれい!」などと口にしながら、富士山をバックにそれぞれの相方を撮影し始めた。これほどきれいな富士山だったら間違いなく記念になる。

「すみません。私のも、シャッターいいですかね」
 すかさずRXを差し出してみた。
「もちろん」
 難なく意気投合し、おしゃべりが始まった。大汗をかいている方は、つい最近になって山歩きを始めたようで、
「ガイドブックにこの山は初心者向きなんて書いてあったから、もっと楽かと思いましたよぉ~」
 と、首にかけたタオルで額の汗をぬぐいながらも、その表情は明るい。

 そう、ここまでの登りは決して楽ではない。距離が短いので何とかなるが、この急こう配が更に三十分続くとしたら、恐らく初心者向きとは書かれないはず。
 やってくれるぜ“男坂”。
「皆さんはこれからどちらへ」
「ん~、いちおう大月ですかね」
「同じですね。それじゃ先に出発します」
「気をつけて」

 東側へ降りると、いきなり岩場の急斜面が口を開けて待っていた。ここは慎重に運ばないと怪我をする。この先も延々と急降下が続き、いっきに標高を下げていく。一旦、フラットな尾根道に出るが、ほっとしたのもつかの間、再び登りが始まり、その後もゴールである大月駅手前の“むすび山”までアップダウンが続いた。
 そのむすび山のちょっと手前の山道脇に、丸太で作ったベンチのある、ごく小さなスペースを見つけたので、これはちょうどいいと座り込んだ。木々の間からは町の様子が見渡せる。最後に残ったピザパンにかぶりつく。ボトルの水は残りわずかだ。

 五~六分ほど寛いでいたら、単独の若い男性が通りかかった。
「こんにちは」
「どうも。今日はいい天気ですね」
 聞けば、やはり初狩から高川山へと登って大月へ抜けるのだという。同じ条件だというのに、若いからか、全く疲れを見せず元気溌剌だ。山は始めて一年足らずだが、すっかり嵌まってしまい、もともと好きだった旅行に登山をくっつけて楽しんでいるそうだ。今回も山梨は甲府中心の旅行で、昨日は昇仙峡の山々を歩き回ってきたという。地元は遥々広島で、下山したらそのまま新幹線で帰路に就くとのこと。旅行最終日も登山をやってしまう精神力と体力は、羨ましいかぎり。

 山道が終わり一般住宅街へ降り立つと、どっと汗が噴き出してきた。快晴ゆえに、舗装路の反射熱が凄まじいのだ。この先、大月駅まで延々と甲州街道を歩かなければならないと思うとうんざりしたが、その分、冷えたビールは強烈に染み渡るだろう。
 ザックを下ろし、小銭を取り出すと、ポケットに放り込んだ。


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