関東にも黄砂が飛んできた四月十三日(木)。前々から計画していた、秀麗富嶽十二景にトライした。
秀麗富嶽十二景とは、<山梨県大月市域内にあり、富士山を望む優れた景観がある場所として、 山梨県大月市が一九九二年に定めた十二の山域>とのことで、つい最近、職場の山好きな常連さんから教えていただき、俄然興味が湧いていたのだ。
No. | 名称 |
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1番山頂 | 雁ヶ腹摺山(1874m)・姥子山(1503m) |
2番山頂 | 牛奥ノ雁ヶ腹摺山(1995m)・小金沢山(2014.3m) |
3番山頂 | 大蔵高丸(1781m)・ハマイバ(1752.0m) |
4番山頂 | 滝子山(1590.3m)・笹子雁ヶ腹摺山(1357.7m) |
5番山頂 | 奈良倉山(1348.9m) |
6番山頂 | 扇山(1138m) |
7番山頂 | 百蔵山(1003.4m) |
8番山頂 | 岩殿山(634m)・お伊勢山(550m) |
9番山頂 | 高畑山(981.9m)・倉岳山(990.1m) |
10番山頂 | 九鬼山(970.0m) |
11番山頂 | 高川山(975.7m) |
12番山頂 | 本社ケ丸(1630.8m)・清八山(1593m) |
今回歩いたのは、七番山頂の百蔵山と六番山頂である扇山。一度に二座ということで、そう、張り切って縦走としたのだ。
三鷹駅六時三十九分発の特快高尾行に乗り、立川で大月行へ乗り換え、七時四十七分、猿橋駅に降り立った。国道沿いにあるセブンイレブンで買い物を済ませ、登山口へと向かう。桂川に渡す宮下橋からは、これから登る百蔵山と扇山がくっきりと見渡せ、気合いが入った。
それにしてもいい天気だ。黄砂の気配はみじんも感じられない、絶好の登山日和に感謝である。
登山口まではおおよそ三十分、ひたすら舗装路を歩くが、延々と上り坂が続くので結構しんどい。途中、ウィンドブレーカーを脱いで、薄手の長袖シャツ一枚になる。
登山口に到着すると、既に結構汗ばんでいた。振り返ると見事な富士山の姿がそこにあった。十二景は富士山の眺めを謳うだけあって、コースのいろいろなところで富士山を愛でることができるのだ。
登山口からもひたすら上りが続いたが、樹林帯なのでひんやりして気持ちがいい。日光をもろに浴びる舗装路よりは格段にましである。
登り傾斜はそれほどきつくはないが、右股関節と右膝の違和感がスタートからずっと続いていて、ちょっと不安だ。日頃から様々なストレッチを試しているので、症状の進行は抑えられていると思うが、根本的には治っていない。この頃では加齢による不可避なものと諦めが入っている。
十時少し前、百蔵山頂上に到着。期待通りの富士山を拝むことができた。周囲の山々を含め、画になる配置はさすがの一言。これだけ登ってきてよかったと思ったほどだ。ただ、ちょっと残念だったのは、やはり黄砂の影響が出ていたこと。僅かだが遠景には靄を確認でき、すっきりしない。
頂上は広く、数名のハイカーが寛いでいた。私もひとつだけあるベンチに腰掛け小休止。ドーナッツとおにぎり半分を食すると、やっと人心地がついた。かなり散ってしまった後だが、頂上には山桜が植えられており、もう二~三週間早ければ、富士山とのすばらしいコラボが見られたかもしれない。
扇山へ向かう。
尾根道へ出るまでは、ひどく急な斜面を下る。途中、木の幹を頼らなければ安全に下れない個所もあり、緊迫感が暫し続いたが、下りきってしまえば、後は快適な尾根道歩きが続いた。眺めはそれほど良くなかったが、たまに木々がまばらになると遠くの山々が見え隠れし、思わず立ち止まった。
前方の扇山が迫り来る頃、尾根道は終わり、代わって今回のハイライトとでもいうべき長い上りが始まった。
決して急坂ではない。扇山の全景を見ればわかるが、斜面は至ってなだらかなのだ。ただ長い。
歩いても歩いても斜面は終わらず、少しづつ且つ確実に体力を失っていった。気がつくと立ち休みが多くなっている。右膝と同じく右大腿部の違和感がかなり大きくなってきていた。扇山頂上までもう少しというところに、大久保山の頂上があるが、堪らずここで倒木に座り込んだ。
十分ほど休むと、だいぶ体が軽くなったので、ラストスパートをかける。
暫く行くと、前方から年配男性が下ってきて、すれ違いざまに声をかけてくれた。
「もう少しですよ。がんばって!」
「ありがとうございます」
こんなやりとで力が湧いてくるから不思議になる。
十二時十五分、扇山到着。
ここも百蔵山と同様に頂上は広く、丸太のベンチが数か所設置してある。ただ、がっかりしたのは富士山がガスに覆われ、まったく見えない。ウェブサイトで確認したどでかい富士山の姿。心底拝んでみたかった。
自然現象には抗えない。ここでゆっくりと昼食を取ることにした。ザックから半分残したおにぎりと、いなげやで買った“飲み干す一杯味噌バター味ラーメン”を取り出す。
頂上広場には私以外に八名のハイカーがいたのだが、ほとんど全員帰り支度にかかっていて、カップ麺ができあがるころには、一人ぼっちになってしまった。
実に静かなランチタイムである。燦燦と降りそそぐ陽光の下、満腹になると、あまりの心地よさに、少々眠くなったきた。ベンチの周囲は芝状になっているので、乾いたところを選んで、丸太を枕にし、仰向けになった。もう少し風が弱かったら、まじめに寝落ちしただろう。
以前と富士山方面は濃いガスが立ち込めていたが、頭上から北側はきれいな青空が広がっていた。
ひたすら鳥沢駅を目指して下っていく。山道は非常に整備されていて歩きやすいのだが、如何せん足に疲れがたまっている。若干だが右膝に痛みが、そして左膝には腸脛靭帯炎の前兆のような違和感を覚え始めた。極力ペースを落とすものの、先は非常に長い。
二時ちょっと前。立ち休みを頻繁にとって、その都度水分補給も行ったおかげか、なんとか無事に扇山登山口があるR30まで下り切った。地図によればここから駅までは舗装路になり、まだ一時間弱ほど歩かなければない。そんなことを考えていると、登山口にある駐車場のミニバンに目が止まった。脇では年配男性が着替えの真っ最中だ。おそらく彼も下山した直後のハイカーなのだろう。
「すみません。鳥沢駅はここを右へ下っていけば行きつけますかね」
「そっちは行ったことがないんで、わからないけど、俺もこれから帰るとこなんで、乗せてってあげようか」
こんなやり取りから、会話が始まった。ご主人、私より三つ上の御年七十一歳。旅と山歩きが好きで、昨年夏は北海道へ一か月ほど行ってきたそうだ。大概の場合、愛車のミニバンで出かけ、北海道ではオートキャンプ場での車中泊が多かったとのこと。
ミニバンに乗り込むと、甲州街道と並行して延びる山道R30を東へ進んだ。
「もう終わっちゃってるかもしれないけど、途中にね、花がきれいに見渡せる場所があるんですよ」
道路わきにある、三台しか停まれない小さな駐車場へミニバンを入れ、車を降りる。
「うわぁ、ここ、眺めいいですね~」
「でしょ。でも花はずいぶん散っちゃってる」
眼下に見えるのは、中央自動車道・談合坂SAだ。そこへ至る斜面には、たくさんの桜や桃の木が植えられていて、最盛期だったら彼の言うように、さぞかしすばらしい景色が広がるだろう。
長い下り坂が終わり、甲州街道を左折。右前方に線路が見えると、ミニバンは四方津の駅前に滑り込んだ。
「ほんとうにありがとうございました」
「またどっかで会えるかもしれないね」
完全リタイヤ後は、彼のような毎日も参考にすべしだ。
ちょっときつかった今回の山行。でも、やはりいい経験になったし、いい思い出にもなった。
登山シーズン到来の今。秀麗富嶽十二景は絶好のターゲットかもしれない。