春をもとめて・伊豆の南から西へ

 梅もいいが、やはり艶やかな河津桜が咲きだすと、春到来の実感が湧く。本家本元、河津川の満開情報を耳にしたとき、居ても立ってもいられなくなり、今年も南伊豆に宿を取って、思う存分春を切り取ろうと出発した。
 ちょうど昨年の逆コースを辿る要領で、南伊豆は青野川の河津桜と菜の花を手始めに、R136を北上しながら松崎、戸田と巡ってみた。
 今回の撮影機材は、ボディがα6500とα6000、そしてレンズはSEL1670Z、SEL55210、SEL1018と、所有のソニー純正APS-Cすべてを持ち出し、準備万端で臨んだ。その際、よく使う大型カメラバッグではなく、二回りも小さいバッグで事足りたのは、APS-Cミラーレスが持つ最大のメリットではなかろうか。

 三月一日(水)。自宅を出発したのはゆっくりとしたもので8時半。これぞ一泊撮影行のメリットだ。もうすぐ七十歳に手が届く年齢になると、早出の日帰り撮影行は体に堪える。豪華な旅館やホテルは必要ない。一晩ゆっくりできるねぐらがあればいい。これまでもだいたいが素泊まりで、たまに朝食付きにするくらいだ。よって今回も素泊まり宿、南伊豆は『らいずや』を予約した。ところがこの宿、これまでとは少々趣が違った。なんとオールセルフ方式なのだ。予約のあと宿泊料金の入金を済ませると、QRコードならびにキーコードがメールで送られてくる。宿に到着すると、迎えてくれるスタッフは誰一人おらず、チェックインに応じるのはタッチパッドのみ。これにスマホのQRコードをかざすと、左隣にあるボックスの蓋が開き、中にはルームキーが入っているという仕掛けだ。予約したのは八畳の和室で一泊4千円(税込)。当初はオールセルフに怪しさを感じていたが、宿は外観もしっかりした佇まいで、館内に入れば隅々まで清掃が行き届いていた。第一印象は二重丸。部屋はありがちなスタイルだったが、テレビ、冷蔵庫、ウォシュレットトイレ、金庫、洗面台、ドライヤー等々、必要なものはひととおりそろっている。もちろん清潔感は文句のないレベル。さらに驚いたのは、風呂はれっきとした温泉なのだ。浴室はそれほど広くはないが、湯船のつくりや湯量は一般的な民宿や漁師宿の比ではない。湯温が高いのが玉に瑕だったが、やや塩分の多い泉質は疲れも取れて、おまけに肌もすべすべになる。寝具はもちろん自分で敷くわけだが、使った後、シーツ、枕カバー、掛け布団カバーは外して部屋の入口に畳んでおくのがルール。そしてチェックアウトはルームキーを返却ボックスへ入れればそれで完了。実にノンストレスシステムなのだ。
 宿のホスピタリティも旅情の一部ととらえる諸氏には向かないが、私のような使い方にはこの上ない宿と言っていい。スタッフが常駐しないので、当然食事の提供はないが、ずいぶんと設備の整ったキッチンがあり、常時無料で使うことができる。近くにはいくつか飲食店もあったので、私は『食事処・斉』でミックスフライ定食を食した。

 日野の菜の花畑は最高潮の輝きを放っていたし、青野川の河津桜もまだ満開を保っていた。いつもながら春全開の眺めである。
 ただ、これほど撮影に心躍る環境にいるというのに、今年は花粉アレルギーがひどく、今一歩気分が晴れなかった。鼻水とくしゃみはなんとか処方薬で抑えていたものの、目のかゆみが耐え難く、ファインダーを覗いていても頻繁に涙が滲み撮影の邪魔になった。例外なくこの季節は悩まされるが、今年は特に顕著だ。

 夜中の雨も早朝には上がり、八時には雲の合間から青空も顔を出すようになった。風がやや強かったが、三脚が使えないほどではない。菓子パンで朝食を済ませ宿を出た。

 久々に松崎の町並みを見たくなり、いつものように漁協の向かいにPOLOを停めた。
 私はこの変わることのない那賀川河口の景色が大好きだ。田舎の港町の原風景とでもいうのか、少年期の沼津がバッティングする。子持川に沿う小径を下っていき、わずかな喧騒を感じ始めると同時に港と船が目に飛び込んでくる。その瞬間、心に沸き立つ広がりと同類のものがここにはある。静かに流れる空気に包まれるだけで心が癒えてくるのは、何とも不思議な感覚だ。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です