2019年・夏 根子岳 ~ 上田

 今年の夏も良い思い出ができた。
ここ数年の夏旅は毎度山歩きを絡めていて、一昨年は蔵王/山形、翌年は金峰山/三島、そして今年は長野県東部に位置する根子岳/上田を楽しんだ。
抜ける青空と入道雲、尾根を抜ける爽やかな風、そして何より圧倒する森の緑は、夏山ならではのご馳走であり、こいつを味わうことなしで夏は終わらない。

8月13日(火)午前6時30分、自宅を出発。目指すは上信越道の上田菅平ICだ。
ラッキーなことに高速道路の下りピークは既に峠を越えていて、二度ほど軽い渋滞に当たったものの、全体の流れは頗る良かった。特に高崎を過ぎてからは平日の交通量と何ら変わらず、POLOは小排気量ながらビュンビュンと快適に走り続けることができた。
上信越道へ入るとやや小腹が空いたので、休憩を兼ねて甘楽PAへ立ち寄ったが、ドアを開けた瞬間、強烈な熱気に襲われ一瞬たじろんだ。これじゃ東京と変わらない。まだここは下界だったのだ。

上田菅平ICを降りると、手始めに明日予定している山歩きの登山口を下見することにした。当日のスタートで右往左往するのは御免だ。
R144からR406へと走り抜け、高度を上げていく。菅平に入るとさすがラグビー合宿のメッカだけあり、いたるところに大勢の厳つくて真っ黒に日焼けしたラガーメンを目にする。何か所かあったラグビー場の一つで練習試合をやっていたので、ちょっと見ていきたいと思ったが、往来する車は多く、しかも路肩に駐車スペースがないためここは諦めることにした。
菅平牧場へ向けてさらに高度を上げていくと料金所が見えてくる。近づいてきた年配の男性に200円を払うが、ここから先は私有地とのことで、言わば“立ち寄り代”である。帰る際にはもらった入場券を見せて通過する。
料金所をスタートするとすぐに視界が大きく開けた。これが菅平牧場だ。
広がる緑の絨毯には、ホルスタインと思しき牛達がのんびりと草を食べている。車を駐車場に入れ、早速辺りの散策を始めると、強烈な紫外線の洗礼にあう。高原なので確かに気温は低いのだが、半袖短パンでの出で立ちでは、30分もすると露出部分にじりじりと痛みさえ感じてくる。山に登る際にはUV対策が必須だ。

明日の登山コースは先ず根子岳を目指し、その後四阿山を回り下山するというもので、この界隈の周遊としてはポピュラーなもの。よって根子岳への登山口は、しっかりと確認する必要があった。地図によればスタートから20分ほど歩いたところに展望台が記されていたので、いい写真が撮れるのではないかと下見を兼ねて行ってみることにした。
歩き出して間もなくすると、眼下に菅平の街並みが広がり、爽快な高原絵図そのものだ。奥多摩での山歩きは殆どが樹林帯の中なので、なかなか開けた眺めにはお目に掛かれない。だから尚更嬉しくなってしまうのだろう。
展望台までは苦手な階段が続いた。観光客への安全配慮だろうが、リズムが取れず結構きつい。
日影が取れる東屋に腰掛けると、じっとりと汗を吸ったTシャツに草原を走る風が絡んで心地よい。目を瞑ると案の定すぐにうとうとしてきた。ここで昼寝をしたら間違いなく爆睡だ。
二の腕がヒリヒリするので袖をめくると紫外線にやられて真っ赤である。

駐車場まで戻ってくると、さすがに喉が渇いた。自販機でポカリを買い、ソフトクリームを販売している小さな店に入った。一人だけいる年配女性がスタッフのようだ。

「けっこう暑いですね」
「それでももう秋風ですよ」
「へ~そうなんだ。ところでここの牛は乳牛ですか?」
「ここでお乳は摂ってないの。種付けだけ」

聞いてよかった。ポカリを飲んだらソフトクリームを注文しようかと考えていた。

「明日また来ます。根子岳に登ろうと思って」
「ぜひ登ってみてください」

下見を終え、来た道を下る。チェックインまで時間はまだたっぷりあったので、上田市にある別所温泉へ行ってみることにした。ここはレトロな温泉街と北条氏ゆかりの古刹が点在する人気スポットとのことで、山歩きの前哨戦として、スナップとひと汗かいた後の入浴が楽しめるはず。
実は別所温泉へのアクセスには上田駅から別所線なるローカル線を使う手もあり、たまにはのんびり列車で行くのも面白いかなと考えたが、運行ダイヤが少なく時間のロスになりそうなので、致し方なく車で直行となったのだ。

菅平牧場からは約1時間で観音下駐車場に到着。この駐車場を選んだのは、立ち寄り温泉へ行くにも、主要なお寺に行くにも都合のいい場所だったからだ。一番興味があった愛染カツラのある北向観音は階段を上がったすぐ隣である。
それにしても暑い。ここへ来るまでの国道で、POLOの外気温センサーは何と36.5℃を示していた。
風もないしおまけに湿度もありそうだ。先ほどまでの菅平とは大違いである。
北向観音から常楽寺へと回り、次に三重塔がある安楽寺へ向かったが、途中の街並み撮影でも大汗をかき、少々バテ気味になっていたので、安楽寺へ到着はしたものの、そこからまた少し歩かねばならない三重塔はパスすることにした。
こんな状況だったので立ち寄り温泉もパス。この暑さの中で温泉などに浸かったら、冗談抜きに熱中症になりかねない。湯上りのさっぱりはほんの一瞬、再び街へ出れば瞬時に大汗まみれ必至だ。
しかし歴史匂う大師湯や石湯の外観は非常にそそるものがあり、一度は機会を作って訪れてみたいものだ。

汗まみれになったTシャツが車のエアコンで冷たくなっていく。一刻も早くチェックインして風呂に浸かりたい。
今宵の宿は上田駅前【相鉄フレッサイン長野上田駅前】。いつものように食事なしの素泊まりである。
やっと見つけた入口が2階だったという、建物の規模の割に分かり辛いレイアウトというのが第一印象だったが、肝心な接客、クリーンリネス、使い勝手等々はどれをとっても満足のいくもの。
ゆっくりと汗を流し、1時間ほど仮眠をとってから近所の居酒屋へと繰り出した。

台風10号が接近しているので天候が気に掛ったが、目覚めてカーテンを開けるとまずまずの空模様。昨日より雲は出ているが、その分気温が落ちれば歩きやすくなる。Yahoo!天気で確認しても、菅平方面は一日曇りで降雨率は30%と出ていた。
6時40分。昨晩の内に用意しておいた水と食料を下げて駐車場へ向かい、再び菅平牧場を目指して車を走らせた。

朝早いせいか、第2駐車場は殆どがら空きで、登山口に近い第1駐車場でも大凡7分の入り。さっそく登山靴に履き替え出発したが、近辺の青空に対して山頂周辺だけが濃い色をした雲に覆われている。嫌な予感がしたが今更引くわけにもいかない。7時30分、予定通り根子岳に向けて出発した。
やはり雲が多く出ているためか幾分日差しは弱く、昨日よりはずいぶんと歩きやすい。少し行くと先に女性二人と男性一人のグループが目に入る。追いつくと二人の女性は共に30代後半と思しき巨漢の持ち主。歩き出して間もないのにトレポにしがみつき息も絶え絶えだ。男性といえばさっさと先に行ってしまい、スマホを取り出しては景色を撮影している。いったいどんなグループなのだろう。
展望台は昨日チェック済みなのでパス。ここからが本格的な山道となり階段も終わった。
道は整備されているので歩きやすかったが、ガレた岩が多いので足元は要注意。ぐらついた岩に足を乗せればそれこそくじいたりする危険性もあるだろう。
標高が上がってくるとさすがに“花の山・根子岳”である。様々な花がいたるところに開花して目を楽しませてくれる。但、花弁の状態からして、ひと月早く訪れたなら更に美しい光景が見られたに違いない。
撮っては歩きが続く。何しろこれがやりたくて山に入るのだから、楽しくてしょうがない。

標高が上がってくると風が強くなり、被写体が大ブレして接写がままならない。しかも登山口から見た山頂を覆う雲の中に入ると、更に風は強くなりおまけに弱いが雨もパラついてきた。但、時たま雲が風に流され一瞬青空も顔を見せたので、予定通り頂上は目指そうと気合を入れなおした。
ところがだ、樹林帯が終わって頂上直下の岩場に出ると、弊社物がないため直接強風に晒され、気をつけないとふらつくしまつ。おまけに雨脚も本格化し始めてきた。
ちょっとした岩の陰にザックを置き、上着だけだがカッパを取り出し羽織った。同時に菓子パンを頬張り水分も取った。

ー このまま先へ進めても天候の回復は期待薄だし、大凡眺望は望めないだろう。どうするか、、、

来た道を戻るのが最善かもしれない。しかしもうひと踏ん張りすれば根子岳の頂上に立てるのだ。ルートと天候状況を考慮しても、それほどの危険性はないと思われる。
そんな考え事をしていたら、上から男女のペアが下ってくる姿を捕らえた。近づいた頃を見計らって声を掛けてみた。

「こんにちは。大変な天気ですね」
「四阿山まで行こうとしたけど、雨風が酷いんで戻ることにしました」

50代前半の夫婦者と見た。

「私もどうしようかと考えていたんですよ」
「そうですか、何れにしても気を付けてください」
「ありがとうございます。気を付けて」

よし、とにかく根子岳頂上まで行ってみよう。そこでもう一度考えればいいことだ。何れにしても、頂上が目と鼻の先だということは概ね察しがついているので、よほどの状況でない限りここで引き返したら悔いが残る。

止むことのない風と雨だったが、再び歩き出して約10分、無事頂上に到着。案の定人影はなく、小さな祠と無数のケルンが濃いガスの中でシルエットとなって浮き上がり、いつもの山歩きとはずいぶんと趣が異なることを実感した。
ところが突然、ほんの一瞬だが雲が切れて強い陽光が降り注いだのだ。
根子岳から四阿山へと繋ぐ稜線が見え隠れし、今どんな所に立っているかが朧気だが分かってきた。

― これなら何とか四阿山への分岐までは行けそうだ。

切り立った崖が光を浴びてクローズアップした時、やや圧迫感を覚えたが、分岐へ向ける気持ちは変わらなかった。地図情報を参考にすれば、ここから尾根を一旦下り、その先にタフな上り返しがあるだけだ。

歩き出してすぐに丈の長いクマザサに辟易する。この時点でつけていたカッパは上着だけである。たっぷりと雨水を含んだクマザサをかき分け進んで行くとズボンはぐっしょり。下着までがずぶ濡れだ。
岩場を通過して一段低くなったところに猫の額ほどの平地があったので、早速ザックからカッパのパンツを取り出し装着した。それにしても一般的なパンツだと、足を通すのにいちいちブーツを脱がなければならないから非常に面倒。もう少々予算を出してサイドジップのものを買い足す必要がありそうだ。

ー んっ?!人の声がする。

暫くすると40代と思しき若夫婦がクマザサの中から現れた。

「こんにちは」
「カッパ着ているんですね。ここから先はクマザサが背丈ほどになりますから、上下しっかり着てないとやばいですよ」

見ればご主人のカッパ、撥水している感じがまったくない。奥様は更に凄く、何と短パンにタイツ姿でカッパを着けていないから、変な話、完璧に下着までびしょ濡れだろう。もうヤケクソって感じである。

「ありがとうございます。お互い気をつけましょう」
「それじゃ失礼します」

実はこの尾根、花の根子岳・四阿山の核心ともいえるところなのだ。天気が良ければさぞかし素晴らしい光景が広がっているのだろう。不十分な視界の中でも様々な花が咲き誇り、その一端が伺える。ぜひもう一度チャンスを作ってトライしたいものだ。

ー おっ!雲が切れた。

反射的にザックからV2を取り出した。雨が止まないので根子岳に登頂する前からクイックリリースから外してザックの中に入れておいたのだ。
分岐までへの綺麗な斜面を雨を避けながら一気に6枚ほど撮影した。これはほんの一瞬の出来事だったので、もう一枚もう二枚と必死になっている矢先から光は萎み、再び厚いガスに覆われてしまった。
よっしゃぁ! この先は急登だ。頑張るぞ!

今回、何より頼もしかったのが体調。膝に違和感は全く起こらないし、殆ど休憩なしに歩き続けても絶えず食欲が起こり、用意した食料を次々に平らげることができた。だからスタミナも温存できて疲れ知らずだったのかもしれない。
急登に差し掛かっても怯まずに歩を進めた。さすがに中盤を過ぎたころから立ち休みの連続になったが、決してグロッキーしたわけではない。
最後の急坂を登り切り、無事分岐に到着。ここから更に20分ほど歩けば四阿山の頂上を踏むこともできるが、濃いガスが引く予兆はなく、眺望が効かない山頂には興味が沸かなかったのでパスを判断した。
それより、休憩を取っていると、こんな天候でもハイカーの往来がけっこうあることにびっくりした。その殆どが四阿山口から登ってくるようだ。
トレラン好き風の3人家族、年配女性ペア、中学生位の子供達4人と若いお母さん2人、若い男性ペア、単独男性等々で、若しも今日が快晴だったら、高尾山とまではいかなくとも、更に大勢のハイカーで賑わうのだろう。しかしこれは頷ける。何と言っても一帯が花園なのだから。

最後の菓子パンを完食し下山に入った。
下っていくほどに、今回の時計回りコースを選んだのは正解だったとつくづく思った。下山路はとにかくなだらかで歩きやすく、膝への負担が小さいから持病の腸脛靭帯炎が起こりにくいのだろう。尤も、春先から足慣らしを兼ねてたびたび刈寄山を歩いてきたので、膝のウォーミングアップもできていると思う。こうして様々な好要素が重なり、楽しい山歩きが実現したのだ。
コース唯一の沢を渡ると、その先はゴールの菅平牧場である。

山を巡る夏旅。
これほど心躍る休暇はない。
だからいつまでも続けられるよう、これまで以上に体調管理に留意したいとつくづく思った。
あと何年歩けるだろうといったネガティブな考えは金輪際NGである。

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「2019年・夏 根子岳 ~ 上田」への2件のフィードバック

    1. 堀さん、衰えは止められないけど、やはり体力ですよ。

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