若い頃・デニーズ時代 44

おかげさんで立川錦町店はオープン以来大きな問題もなく、順調な営業を続けていた。
これは従業員の充足率によるところが大きく、各職種、各シフト共々、理想的な人員配置を敷くことができ、デニーズではもはや常態化していた休日出勤や残業とは無縁の職場になりつつあった。
一方、肝心な売り上げに関しては、年間目標である3億のペースには少々至らず、2カ月を過ぎた時点での年間予測は2.6億前後と見られた。
迎える夏のボリュームがどの程度まで膨らむかにもよるが、本部の見方も渋滞が起きやすい等のマイナスポイントを考慮して、やはり頑張っても2.5~2.6億止まりという見解は変わらなかった。
但し甘んじると、あとからDMやRMにねちねち言われるのは目に見えているので、少しでも売り上げアップができるよう、ピーク時の高効率化等々を練っていこうと思っている。

至極当たり前のことだが、どの様な業種業態でも、売り上げを伸ばすことは容易でない。
もちろんデニーズ然りである。
幸いなことにファミレス業界は上り調子だったので、よほど特殊な条件でも入らない限り、そこそこの売り上げは確保できたが、そこから上を狙うことは至難の業だった。
競合ファミリーレストラン各社のメニュー構成、店舗規模、単価等々にはとりたて大きな差があるわけでもないので、自店の商圏に競合店の出店があると、ものの見事に売り上げが落ちてしまう。よって、既存店にとっては売り上げを伸ばすことより、いかに売り上げを維持するかの方が現実的だった。
但し、これには例外もある。
飲食店の出店があっても、例えば長崎ちゃんぽんのリンガーハットや味の民芸であれば、逆に売り上げが伸びてしまうことがあるのだ。何故ならデニーズとは根本的なメニュー構成が異なるので、単純にエリアの集客力アップに繋がるのだろう。もちろんマクドナルド等のファーストフード店でも同様である。
裏を返せば、外部事情の変化が即売り上げに影響を及ぼすという脆さも露見するのだ。
地域によっては特別ランチメニュー等々で対抗はしているものの、大きな成果は一度も聞いたためしがない。
きれいな店内外、笑顔の接客、スピーディー且つマニュアル通りのディッシュアップなど、ファンダメンタルポイントを地道に履行していくことが我々の仕事であり、またそれしか方法はないのかもしれない。
やはりチェーンオペレーションの成功はマニュアル厳守に尽きる。

「マネージャー、ちょっといいですか」

佐々岡がいかにも何か言いたげな顔をしながら事務所へ入ってきた。

「どうした」
「坊屋のやつ、MDの萩尾と何かあるみたいですよ」

いきなりの意味深である。

「なにそれ? 俺は何も知らないぜ」
「たまたまかもしれませんが、休みがいつも一緒なんですよ」
「それだけで何かあるってのも、考えすぎじゃないの」
「いやいや、それだけじゃなくて、ブレークも合わせることが良くあるみたいです」

微妙な話だが、男女問題は必ずと言って勃発する店の厄介ごとだ。
私が<そんなこと無理もない>とでも発言したら管理放棄と捉われるかもしれないが、何せ元気溌剌な男女が20~30名もいる職場である。色恋沙汰が起きない方が不自然だし、私にしたって、好みの女性が採用できれば毎日が心躍るのだ。その都度ちょっかいを出さないのは“理性のブレーキ”があってこそ。効き目が悪くなったら、それこそどうなるかわからない。
さておいても、独身の坊屋と既婚者の萩尾恵子に何かあったら洒落では済まない。監督行き届きで会社が告訴される恐れだってある。
まさかとは思うが、芽があるのならば問題が大きくなる前に摘んでおかなければならない。

「分かった。とりあえず坊屋と話してみるよ」

UMの仕事は多岐にわたるのだ。

その日の夕方。早番を上がった坊屋を#3ステに呼んで、いきなり核心に迫ってみた。
改めて彫りの深い坊屋の横顔を見れば、女心への影響が分かるというもの。彼は本当にハンサムなのだ。

「それ、誰が言ったんですか」

表情に焦りはない。心底侵害といった感じである。

「佐々岡が心配しているんだ」
「心配って、何もないですよ。休みの件だってたまたまですし、もちろん店以外で会ったことなんてありません」
「でもさ、俺の目から見てもずいぶんと親しそうに見えるぜ」
「素敵な人だし、話が合いますから、、、でも、奥さんですよ、彼女」
「そこなんだよ。そこを心配してこうして色々聞いてるんだよ」

ジャブは入れた。
坊屋は賢い男だから、私の言いたいことは十二分に理解できたはず。
あとは彼の“理性のブレーキ”に委ねるしかない。
それに佐々岡の執拗な監視の目は信頼に足るレベルなので、ひとまずは安心できそうだ。

「おはようございま~す!」

すばらしく元気な挨拶は、MDの西岡みのりとBHの東健太の出勤だ。
彼らは立川錦町店第1号のカップルで、共に高校2年生。店の皆が周知の公認カップルである。
それぞれ女子高と男子校へ通っているので、デニーズはある意味学校では得ることのできない青春ステージになっているのだろう。
二人とも明るく、そしてよく働いてくれていた。

「西岡。そろそろ髪の毛束ねないとな」
「え~、もうですか」
「もうだよ。肩からずいぶんと伸びてるぞ」

特に高校生には社則やルールを妥協なしにしっかりと伝えなければならない。
そうすることによって、若い彼らにも会社組織という社会通念が理解でき、非常に生産性の高いスタッフとして育ってくれる可能性が高いからだ。
そうして育ったスタッフが高校~大学と戦力になってくれれば、店としてはこの上なくありがたいことになる。
逆に甘やかしてしまうと良いことは一つもない。
ちょっと可愛い子なのでちやほやしたり、出勤率が高いので少々のことには目を瞑ったりと、個々の管理に緩みが出てくると、終いには店全体の緩みに発展し、オペレーションに大きな障害が出てくるものだ。
東久留米店で初めてUMを任された当初、何となく既存スタッフに対しては一線を引くような遠慮があったようだ。
反面、前任UMに染められていない新人スタッフが採用できれば、ここぞとばかりに手厚く教育を施し、一日でも早く顎で使えるスタッフを作ろうと必死になった。この姿勢が既存スタッフの疎外として映ったようで、ある日古参のBH栗原浩二から、<ねえ木代さん、みんなには平等にあたってよ>と、グサッときつい言葉をもらった。
顔色を窺う等々、必要以上に周りを意識することはないが、日々スタッフ全員とはコミュニケーションを保ち、モチベーションに問題がないかどうかを探ることはUMの最も重要な仕事であり、これなくして統制は図れない。

「は~い」
「それから東、ユニフォームは頻繁に換えろよな」
「すいません、今日替えときます」

このやり取りの中、一人殻に籠っていたような坊屋がいきなり立ち上がると、

「もういいですか。用があるんで」
「あっ、すまん。お疲れさんでした」

何にもなければいいが、これでやる気が落ちることにもなれば問題はさらに複雑になってしまう。
様子を見ると同時に、坊屋を信じるしかないか、、、


「若い頃・デニーズ時代 44」への1件のフィードバック

  1. アルバイトさんの恋愛関係には、気を遣いましたよね。
    また、昼間の奥様バイトの人間関係にも気を遣いました。

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