浅草・昼飲み

これまで浅草と言えば、浅草寺へ初詣するところでしかなかった。
仲見世商店を岸に見立て、濁流となった人波にもまれながら本堂へと辿り着き、新年の安泰を願ったら境内の出店で一杯やる、ただそれだけの場所だった。
ところが訪れる度に個性的な街の景観が妙に気になり、一度は普通の日にじっくり歩いてみるのもいいかなと思っていた。

10月26日(金)。予定していた用事がキャンセルになって、急遽大好きな“昼飲み”を兼ねて、浅草まで出かけてみることにした。
三鷹からは中央線で神田まで行き、そこから銀座線へ乗り換えて六つ目という、自宅から徒歩も含め、1時間弱で行けるという気楽さがいい。
ホームへ降り立つと雷門方面を確認しながら階段を上がる。
地上の光と共に視界へ入ってきた浅草の街は、多勢の外国人観光客に埋め尽くされ、初詣の時には感じることのなかった異種な雰囲気を放っていた。
中国人系はもとより白人も結構見かけ、雷門周辺をざっと眺めただけでも全体の8割以上が外国人で占められている。
初詣の人波とまではいかずとも、平日でこの活況ぶりは、観光名所として天下一品であることの証拠だろう。
仲見世を浅草寺へ向かうと、派手な着物を着た女性を多数見かける。最近流行りの“観光地着物レンタル”だろうが、さすがに着物マジックは大したもので、女性のかわいらしさを無理なく際立たせ、華やかな街の雰囲気作りに一役買っている。そしてこの女性達、その殆どが外国人観光客である。
本堂前まで来ると外国人率はさらにアップ。日本人といえば修学旅行と思しき女子高生くらいだ。それにしても白人のグループが真剣な顔つきで線香の煙を浴びている姿は何とも可笑しく笑みを誘う。

参拝を済ますと喉の渇きを覚え、そろそろ昼飲み処でも探そうと、浅草寺から目と鼻の先にあるホッピー通りへと向かった。ここはあらかじめGoogleマップで位置関係を調べておいたので迷うことはなかった。
主に煮込みを看板とする居酒屋が軒を並べ、昼間から活況溢れる云々がどこのサイトを見てもアピールしており、かなり楽しみにしていたのだ。
通りの入り口まで来ると、左手にちょっとキュートな呼び込みのお姉さんが立っている「浅草酒BA岡本」が目に入り、腹も減っていたので深く考えずに入店、ビールラックで作られた椅子に腰を据えた。
見ればスタッフは全員女性である。カウンターの向こうで調理をしている年配の女性が店長か?!

「お飲み物は何にしましょう?」
「じゃ、黒ホッピーで」

ホッピー通りに来たらやはりホッピーを飲まないことには始まらない。

「あと、煮込みとチジミを下さい」
「はい」

スタッフはみな動きが良く、第一印象はマル。

「これはお通しです」

ちっちゃながんもどきの煮物が出てきた。
早速いただくと、甘い出汁が口いっぱいに広がった。
隣の席では50歳代と思しき男性二人が、モロキューを肴に同じくホッピーをやっている。通りかかった女性スタッフに何やら注文をしたのだが、そのやり取りからして恐らく常連客だろう。しばらくすると先ほどのスタッフが男性二人の前に琥珀色の液体が入ったスリムなショットグラスをおき、何やら説明を始めた。聞き耳を立てれば、どうやら“電気ブラン”のようだ。
男性の一人がふんふんと頷きながらグラスを口に運ぶ。
電気ブランとは様々な酒類と薬草をミックスさせた一種のカクテルだが、その味を表現するなら、“アルコール入り今治水”が最も近いと思う。今治水を知る諸兄なら、ちょっとびっくりだろうが、実はこの味がいつの間にか癖になってしまうのだ。
初めて飲んだ時は何だこりゃと思ったが、不思議にまた飲みたくなり、特にソーダ割りは堪らなく後を引く。

間もなくして煮こみとチジミが出てきた。
早速食してみるとどちらも美味い。特に煮込みは好みの味付けであり、とろとろに煮込んだスジがホッピーを誘って止まない。ホッピー通りには煮込み自慢の店が軒を並べているというから、次に訪れるときは是非他の店に行ってみたいものだ。

「中、ください」

家を出るとき、ワークシャツ一枚ではやや寒いかと、コーデュロイのジャケットを羽織ってきたが、10月末とは思えないほど暖かく、汗はかくわ、喉は乾くわで冷たいホッピーはガンガン進んだ。
真昼間に美味いものを食してほろ酔い加減になる贅沢さ。やっぱり昼飲みはやめられない。

ところでこの昼飲み。
単純に昼間に酒を飲むことではない。
不可欠なものはSituationである。店には大衆酒場ムードが漂っていなければならず、洒落たバーやスナック、そして居酒屋チェーンなどは不適当。ここ浅草・岡本のように、間口側に壁がなく、露天席が数席あったなら更にGoo。
そしてメニューに焼き鳥、もつ煮込みは必須。でも、廉価でなければ駄目。煮込みは500円位まで、焼き鳥は一本120円が上限。もちろんドリンクにホッピーは欠かせない。
そして最後は、文庫本を片手に小一時間ちびちびやりたいので、一人でも寛げる雰囲気が欲しいところ。
休日にふらっと寄って、ほろ酔い加減で文中の世界へ浸かりきるのは、この上なく贅沢な時の流れなのだ。


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