な、なんとその深紅の車は、数年前から大ブームとなっているスーパーカーそのものであり、更に良く観察すれば、数あるスーパーカーの中でもランボルギーニ・カウンタックLP400と人気を二分する、あのフェラーリ・512BBだったのだ。
目の当たりにしたフェラーリは強力なオーラに包まれ、同じ駐車場内に並ぶその他一般の車は、あたかもフィルターをかけられた如くグレーに沈み、まったく目に入ってこない。
ドアが開き、ドライバーが降りてくると、<なに?>どこかで見たことのある顔である。
随分と若そうだが、金持ちであることに間違いはない。なんてたってこの車、豪華な一戸建てを買えるほどの値段なのだから。
「知ってます、あの人?」
背後からの声に振り向くと、いつの間にか佐渡がほうきを抱えて立っていた。
「彼、まさか本物の“池沢さとし”?」
「その本物ですよ」
なるほどね。漫画家もあれだけ売れれば、夢の車も乗り放題ってわけか。
入社2年目のぺーぺーサラリーマンとは住む世界があまりにも違う。
「近くに住んでいるらしいです」
「よく来るの?」
「たま~に」
この頃のファミリーレストランはとてもポピュラーだったようで、我が職場でも有名人達の顔を見ることが屡あった。
西武球場帰りの阪神タイガースの面々、大竹しのぶ・服部清治夫妻、所ジョージ、浅野ゆう子、石橋政嗣と数名の社会党党員、そして伊丹十三、加藤和彦等々だ。
当時はちょっとお茶したり、軽食をつまみながら気軽におしゃべりする場所は少なく、現在のスターバックスのようなコーヒーショップの役割も兼ねていたのだろう。
2~3カ月が過ぎる頃になると、マネージャーの仕事にもだいぶ慣れてきて、一通りのことは橋田UMに頼らずとも進めていくことができるようになった。こうなると仕事はさらに楽しくなり、店舗運営の醍醐味すら感じてくるのだ。但し、人事に関することは、単純に“1+1=2”とはいかないことが多く、頭を悩めるところ。
特に安定的なバイトスケジュールを組み立てるのは容易でなく、スタッフ一人一人との意思の疎通なくして成せるものではない。
例えば高校生スタッフの中間・期末試験が近づいてくれば、勉強したいからと、2週間近くは休まれてしまう。その穴を埋めるべく、前々から主婦や大学生にその旨を伝えておき、過疎になる時間帯をすこしでもリカバリーできるように下準備を行っておくのだ。
但しこの作業も、前述のようにスタッフ達との良好な関係がなければ簡単には進まない。
「来週から高校生が試験休みに入ってディナーが人手不足になるんだけど、1日でもいいんで、夜、入ってもらえませんか」
「いちおう昼だけとの約束ですから…」
これが一般的な展開。
ところが日頃からランチの主婦達にその旨をしっかりと説明しておき、例えば、来春小学校へあがるお子さんがいたなら、筆箱の一つでもプレゼントしておけば、こんなピンチに助け船を出してくれることだってあるのだ。
「わかりました。主人に話して火曜と水曜は出るようにします」
と、こんな感じだ。
そしてもう一つ難しいのが、アルバイトの採用である。
募集広告は本部人事課が随時アルバイトニュース等へ掲載しているので、田無店を例に挙げれば、月平均で2~3人の応募はあった。採用面接は基本的にUMの仕事だが、不在時にはAM若しくはUMITが行う。
しかし、20歳代の若いマネージャーでは人を見極める眼力に乏しいので、容姿上々で採用したMDが、遅刻の常習犯になったり、高校時代は野球部だったと称した健康的な男子学生が、しょっちゅう体調不良で欠勤したりと、水沢慶子のような“めっけもの”には中々出会うことがない。
しかし店舗運営の良し悪しはスタッフのレベルで決まるので、人事管理並びに採用は、全店一環としてマネージャー最重要の仕事として捉えていた。
「木代さ~ん、面接の方です」
「わかった! 4番で待っててもらって」
この日はMD希望の女子高生が面接で来店する予定になっていた。
大概の高校は、公立・私立共にアルバイト禁止の校則があったので、通学する高校が店の近隣だと、MDやDLのような客の目に触れる仕事は危険性があるとの理由で避けられた。
「三池さんですね」
「はい、お願いします」
小柄で随分と日に焼けている。
「何か部活やってるのかな」
「ソフトをやっていましたが、2学期で退部しました」
「受験勉強?」
「いいえ、肩を痛めてソフトができなくなりました」
話し方がしっかりしている。しかも笑みが高校生らしくて爽やかだ。第一印象は頗るいい。
いろいろな項目を聞き出して吟味するより、第一印象だけをを頼りに採用してしまったら正解だったなんてことは意外に多い。
若いマネージャーには人を見る眼力は備わっていないのだから。
「バイトは初めてですか」
「以前ちょっとだけ駅前のマックでやってましたけど、部活が忙しくなったので、、、」
「そうですか。ウェイトレスをやるとしたら、週に何回来られます」
「3回位だったらできると思います」
「週末もOK?」
「土日どっちかなら、なんとか、、、」
ますますいい感じである。
<毎日でも来られます>、<土日は丸々空いています>、<試験中もOKです>等々、
やる気満々なことを述べる人ほど、その通りに来たためしがない。
この傾向は、まず九割方当たるし、この人たちの殆どは飲食店での仕事の経験がない。
「分かりました。それでは早速明日から出勤してください」
「お願いします」
「とりあえず勤務時間は18時~21時で大丈夫かな」
「大丈夫です」
「それと、髪はショートだからそれでOKだけど、香水や装身具の類はNGだからね」
「分かりました」
「それじゃこの就労承諾書を親御さんに記入してもらって、いっしょに持ってきて下さい」
「はい」
こうして新人MDの獲得が成功したが、肝心なのはこれからだ。
そう、彼女・三池洋子を一日でも早く一人前のMDに育て上げることがマネージャー職最大の責務。デニーズではMDやKHの教育スケジュールもマニュアル化されており、何れも13週間で一通りの仕事をこなせるように仕組まれているが、その内容を如何に個々のスタッフへ当てはめていくかは、マネージャーの力量であり、これにはそれなりの経験が必要になる。よってUMITは、UMのアドバイスを受けながら、正に体当たりの試行錯誤を繰り返していくのである。
いつも楽しく懐しく拝見させて頂いています、次の更新を楽しみにしています。
どうもありがとうございます。
薄れる記憶を何とか絞り出し、10年間のデニーズ生活を私も懐かしみながら書き続けますので、どうぞよろしくお願いいたします。
女子高校生のアルバイトさん採用には、たいへん気を遣いましたよね。
勤務時間、髪型、本人のやる気、親の承認など確認して採用していました。
しかし、当たりハズレはありましたね。