夏山・大菩薩峠

唐松尾根

今年の夏休みはT君と北八ヶ岳の湖巡りを計画し、甲府にビジネスホテルの予約まで入れて万全の準備を整えていたが、残念なことに前日になると八ヶ岳・夏沢峠の天気予報が急転し、午前から夕方まで霧または雨との予報に変ってしまったのだ。
一昨年の縞枯山では濃霧にやられてどこの山へ登ったかも分からないほどだったし、昨年の天狗岳では、早朝から降り始めた雨が、何と東京へ引き返すしかないほどの強力な降りになってしまい、悲しいかな八ヶ岳とは悪い相性が続いている。

「こうなったら宿はキャンセルして、明後日の14日(金)に大菩薩を日帰りで歩こう」
「いいかも」

ドタキャンで空いてしまった13日(木)は、女房とふたりで山梨県は小菅村にある『小菅の湯』で一日まったりした。大きな桶を湯船にしている“露天イベント風呂”は、週替わりでハーブの香りと効能を楽しめる大のお気に入りで、その温めの湯は長い時間浸かることができ、心身共にリフレッシュできる。
たまたまだが、この温泉から西へ直線距離で約8km行ったところに大菩薩峠がそびえ立つ。

「明日は何時出発にします?」
「近いから6時でいいよ」
「了解」

大菩薩は4年前にも歩いたことがある。その時は初心者向けの日帰り登山ガイドブックを参照した為に、歩行距離が短く、素直に呆気ないと感じる山行となってしまったが、ここの尾根道には奥多摩のような樹林帯では決して見ることのできない開放的なBig Viewが連続して現れるところから、今回はもうちょっと時間を使って尾根道界隈をじっくり堪能したいと考え、あらかじめプラスαのルートを設定しておいた。もちろんM君のコンディションに合わせてというお題目もある。
先回はロッジ長兵衛から林道を使って福ちゃん荘へ至り、そこからは唐松尾根で雷岩へと上がった。一応目と鼻の先にある大菩薩嶺をチェックした後は、尾根歩きで大菩薩峠へ。下山はここから最短コースを使った。
それに対し今回は大菩薩峠までは同じでも、すぐには下山せずに西南へと足を延ばして石丸峠経由で出発地点へ戻ることにした。プラス1時間ほどの行程となったが、結果は大正解。途中、熊沢山から見下ろす石丸峠と上日川湖、そしてきれいな稜線を見せる小金沢山は山岳美の典型であり、写真好きには堪らない景色が満載する好ルートだったのだ。

石丸峠

「いやぁ~、開けた~」
「この辺までくると、さすがにハイカーも少ないね」

雷岩では溢れんばかりいたハイカー達も、恐らくその多くは大菩薩峠から下山したのだろう。

「おっ、あそこの尾根、ハイカー二人が歩いているよ」
「ほんとだ! あそこからの眺めもいいだろうな~」
「行ってみたいけど、今日は時間がない」

小金沢山へ至る尾根道だろうか、一面をクマザサに覆われ、緑一色に染まった山の斜面は思わず見とれてしまう。
この緑も素晴らしいが、紅葉時期になればまた違った魅力を醸し出してくれるのだろう。
再度山地図をチェックし、縦走を含めたアレンジルートを考えてみる価値は充分ありと思った。
長く続いた尾根道はここで終り、この後はひんやりとした樹林帯へ入って出発地点を目指す。

「もう下りか、つまんね~」
「また来りゃいいさ」

登り始めはやや多めのガスが山全体を覆っていて、ここ大菩薩でもツキに見放されたかと思ったが、雷岩の直下までくると、雲の流れが速くなりだし、小さいが時々雲の合間から青空も見えるようになってきた。10時過ぎと、昼食にはかなり早い時間帯だったが、おにぎりを食しながらここで晴れ上がるのを待つことにした。
一時間ほど休憩しただろうか、この判断は見事的中し、大菩薩峠、そして石丸峠へ至るまでの尾根道では、痛快な青空の下を楽しむことができたのだ。
後半戦はT君も連発してシャッターを切っていたし、そう言う私も被写体探しに足元が疎かになるほど熱中したものだ。

三度目にしてようやく夏山を味わえた。
熱中症に脅かされる昨今の夏に、この上なく爽やかな空気感に包まれる尾根歩きは、もはや別世界の趣があり、忘れかけていた夏だけが持つリラクゼーションを全身で感じることができるのだ。


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