5月28日(木)。無性に岩尾根を歩きたくなり、奥多摩湖駐車場へと車を走らせた。
奥多摩は自宅からのアクセスが良く、気が向けば躊躇なく出掛けられるという気軽さが手伝い、山歩きを始めた頃から現在に至るまで、最も歩き回る山域となっている。
ハイキングレベルの楽々コースから大腿筋が笑うドMコースまで、色とりどりなところも見逃せないポイントだろう。
但、殆どの山道が樹林帯を行くもので、広がる開放的な景色を楽しみたいとなるとルートは限られる。今回の目的地である“岩尾根”は、その中で最も多くの絶景ポイントを持つ、正に“奥多摩らしからぬ”ところなのだ。
昨日までの快晴とは打って変わり、嫌な感じの曇り空が広がっている。天気予報によれば午後からは晴れ間も出るということなので、尾根に到着する頃には富士山も拝めるだろうと大した心配はしなかった。
9時15分過ぎに奥多摩湖駐車場へ到着。さっそく出発の準備を行う。
先ずトランクから出したのは、年季の入ったトレッキングシューズ。コロンビア製のマドルガピークだが、本格的に山歩きをするようになってからはずっとこれ一本だ。入門時にはどれ程のものを用意して良いか分からなかったので、最初に購入したのは安価だが作りの良さそうなHI-TEC製。フィット感が良く軽快に歩けたが、4~5回ほど使うとトップがふにゃふにゃになり、感触的に一般的なハイカットのスニーカーとさほど変らなくなってしまう。更にソールの劣化も早く、使って1年余りで路面の凹凸が気になるようになった。致し方なく次の候補をあれこれと調べ始め、浮上してきたのがマドルガピークなのだ。通販サイトでのカスタマレビューがきっかけである。
HI-TECと比較すると全体的にがっちりとした印象で、実際に山での安定感はワングレード上。耐久性にかまけて使いすぎた感はあるが、年7~8回の山行で4年間、頼りになる相棒として両足を支えてくれた。
R141を横断、むかし道方面へは折れずにそのまま車道を直進。至る鷹ノ巣山の道標を見つけ、それに従い山道へ入った。水根沢は久しぶりのルートだ。
谷に沿って延びる山道は幅員が狭く、おまけに枯れ葉の堆積があるので足元には細心の注意が必要だ。誤って足を滑らしたら待つのは最悪の結果だけ。それにしても、この季節でさえ緊張を強いられるのに、ここを積雪時に歩くハイカーは絶対に頭のネジが一本足りない。ややもするとこの一帯は積雪が30㎝を越えることがあるのだ。
足場の悪い山道を歩く時は『わき見をしない』『後ろを振り向かない』、これ鉄則。
輝く新緑の中を黙々と行く。先回の御岳山と較べて緑の発色が一段進んでいる。そして渓流のせせらぎが堪らない。山道は谷に沿って延びているから、絶えず水の流れる音が耳に入り、清涼感ある空気と相俟ってなんとも清々しい気分に浸れるのだ。
谷が浅くなったところで木製の橋が現れ、それを渡って一旦対岸へと出る。橋のたもとでは年輩夫婦がどうやらランチタイムらしい。
渡ると道は再び上りがきつくなり幅員も狭くなった。ヤマアジサイの群落もあり、景観的にはじっくりと撮影に没頭したいところだが、足場も悪いし、それに先はまだまだ長い。
次の橋で再び左岸に戻ると、今度は木の根が張り出したステップの大きい上りになる。この先枯れた谷を二度渡ると、尾根に向かって一気の急登が始まった。
ー きっつぅ、、、
拭っても拭っても汗が滴り落ちる。
今年に入って二度の山歩きは、足慣らし程度のコースだったから、久々の“骨のある山道”に息も絶え絶えだ。大腿筋から早くも違和感が出始めたので、途中の休憩小屋では入念なストレッチングを行った。稲村岩尾根もしんどいが、ここ水根沢も負けてはいない。そもそも岩尾根へと続く登りはどこもヘビー級なのだ。
坂が緩やかになり始めると、前方の木々の間から強い光が射してきた。
ー 尾根だ!
あと一息で岩尾根へ出られる。
まだ坂は続いているが、残る力を振り絞ってペースを上げた。
樹林帯の中での格闘から解放され、全身に陽光を浴びると、ほっとすると同時に疲れも徐々に引いてきた。達成感のみならず、“あとは下山のみ”という安堵感が大いに手伝っているのだろう。
但、残念なことに期待していた晴れ間は現れず、相変わらず空はどんよりとした雲に覆われていた。若し晴れていれば鷹ノ巣山まで足を伸ばし、頂上に広がるビッグビューをカメラに納める予定だったが、今回は見送ることにした。
その代わりに広々とした石尾根の様子を撮り込んでみようと、草原の中へ足を踏み入れた。
緑の新芽、小さな花、そしてヤマツツジと、一帯は初夏真っ盛りなのだ。
「こんにちは」
夢中になっていて気が付かなかったが、鷹ノ巣山方面から5名グループと、首からカメラを提げた男性二人組のハイカーが下りてきたところだった。本日の山中で初めて合う人達だ。
「僕たちも写真撮っているんです」
「そりゃいい」
二人組の相方に目をやると、レンズを地面すれすれに構えて何やら撮影している。
「良く見つけましたね」
「ええ」
花弁か葉か判別できないほどの小さな植物だが、きれいな紫色をしている。
彼の撮影が終了したあと、ちゃっかり同じ場所で撮らせてもらったが、このレベルの被写体を見逃さない彼の目に感心すると同時に、これまでの山歩きスナップのやり方にそろそろ変化を与えないと、マンネリ化に陥る危惧を感じてしまった。
写真を末永くやっていくには、工夫と研究が必須であることは言うまでもないことだ。
六ッ石山までは静かな石尾根歩きが続いた。
先ほどのハイカー達は、私が上がってきた道を下っていったので、尾根からは人影が完全に消えていた。そして斜面を這い上がってくる濃いガスは、辺りを薄暗くし、より深い静けさをもたらした。
気が付けばずいぶんと気温が下がり、汗はすっかりと引いている。
六ッ石山の頂上に到着する頃、若干だが空に明るさが戻ってきたが、それでも展望を楽しむレベルには至らず、残ったおにぎりを平らげたあとは、膝周りのストレッチングを行い早々に下山することにした。
奥多摩三大急登のひとつである六ッ石山の南面は、当然ながら下っても地獄である。山歩きに於ては下り道にこそより多くの危険が孕み、脚にとっては非常にタフなセクションなのだ。
頂上直下の尾根道は石尾根と同じく防火帯処理を施してあるので、開けていて歩きやすく、ここでもヤマツツジが目を楽しませてくれた。しかし中盤戦に入ってくると山道は急斜面へと一変、滑って転ばないよう常に低い姿勢を強いられるから、徐々に脚全ての筋肉が悲鳴を上げ出すのだ。
ー やばい。左膝に違和感だ、、、
2回歩いた御岳山では全く感じられなかった感触に不安が走った。
脚の慣らしは既に完了していると思っていたからショックは大きい。今後は加齢による筋肉の衰えを考慮する必要があるだろうし、同時にコンディションの整え方を根本的に考え直す時期に入ったと判断していいかもしれない。
“10歩進んでは立ち休み”を繰り返す。
下山に2時間15分を要し、愛車の待つ奥多摩湖駐車場へ到着したのが5時前。両足の親指と小指は圧迫されっぱなしで痛みが走り、左膝は軽症だが腸脛靱帯炎を起こしてしまった。
太腿全体はパンパンに張ってしまい、トレポの多用で上半身にも疲れが出ている。
精根尽き果てる山歩きは辛くもあるが、無事下山できた時の達成感は辛い分だけ大きくなり、必ず再挑戦したくなる高揚感に包まれるのだ。
夏休みの八ヶ岳までにあと2本。骨のある山行にトライしてみようか☆