
新店舗探しの進捗状況は相変わらず芳しくなく、本店の契約満了日だけが日一日と迫っていた。
「ここしかないかな」
「環八ですよね?」
荻窪の四面道交差点から北へ300mのところにある、マンション一階部分のテナントが空いているのを、たまたま通りかかった社長が見つけたのだ。さっそく不動産屋を当たってみると、賃料がやや予算オーバーだったが、間口が広く、ショールームとしてはまあまあな条件がそろっていた。ただ、来店客用の駐車スペースが一台分しかなく、しかも交通量の多い環八からバックでの車庫入れを強いられることになり、利便性が良いとは言い難い。それと工場スペースはショールームの真裏になるが、車両の出し入れは正面入り口一カ所のみで、ショールームのど真ん中を突っ切らなければならない。この二点が気になるところだが、ほかにこれといった物件も見当たらず、社長の考えもほぼここで決まりのようだったし、俺も二度ほど現地を見に行ったが、理想を追いすぎてもタイミングを逃してしまうのではと考えるようになった。
「うん。悪くないと思うよ」
「この先見つかるとも限らないですよね。いっちゃいましょう、ここで」
「いくか」
理想を追えばきりがないし、何より先に進めたい気持ちが膨らむばかりだった。

賃貸契約が完了すると、翌日には東亜建設が入り、内装、外看板等々の打ち合わせが行われた。東亜建設の社長である長嶋さんは、かなり以前から大崎社長と懇意にしているようで、本店、ギャラツー、そして調布、東村山と、モト・ギャルソンの店舗建設はすべて任せていた。このような経緯があったため、東亜建設は業界の中でもバイク屋の店舗ノウハウが抜きんでて高くなり、親切な大崎社長は、同業者へその旨を含めて紹介し、この頃では東京エリアのハーレーディーラーとドゥカティディーラーの新店舗やリニュアル工事の大半を手掛けるようになっていた。
「ギャルソンさんへ足向けて寝られないですよ」
「ははは、だろ~。ところでさ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう」
「ドゥカティ大田をやったからわかっていると思うけど。今度のうちの店、ドゥカティストアのデザインをパクリでやって欲しいんだ」
「いいですけど、ジャパンの方は大丈夫なんですか?」
「関係ないね」
さすが大崎社長。このような展開には有無を言わない即断力がある。
ハーレーのディーラーやドゥカティのストアには、店舗の設計やリニューアルの際に、メーカー指定の店舗デザインに準じなければならないという決まりがあり、店側の勝手は許されない。しかもデザインだけでなく、内装などの部材もDJ指定のものを使わなければならず、コストは驚くほど膨らむ。ところが今回の杉並店はドゥカティストアではないし、また、ハーレーと違ってBUELLの正規ディーラーにはデザインの縛りがない。この隙間を使ったわけだ。まあ、完成の暁には間違いなくDJからクレームが出るだろうが、社長に言わせれば、
「作った者勝ちだよ」
杉並店はフロアや工場スペースの形や大きさが、ドゥカティ大田にていると、DJ営業の新藤さんが言っていた。ショールームや部品スペースのレイアウトを考えるにあたり、大いに参考になると思い、アポを取って大田区は環七沿いにある同店へ見学に行ってみた。店長Aさんは以前からの顔見知りなので、いろいろと聞き出すつもりだ。
「どうも、ご無沙汰してます」
「いらっしゃい、ギャルソンさんもついにドゥカティ本腰ですね」
「いやいや、ストアじゃないから」
「でも、ビューエルといっしょにやるっての、いいかも」
Aさん、ずいぶんと細かいところまでよく知っている。もっとも、うちの社長は“情報漏洩のプロ”だし、そもそもAさんが所属する㈱KのM社長とは特に仲がいいから無理もない。

ドゥカティ大田のショールームは、言われたように杉並店と縦横寸法もほぼ同じであったが、工場と部品庫は“裏”ではなく、何と二階である。入口は北側になり、正面には大きく頑丈そうなリフトが備えられている。リフトのランニングコストと使い勝手は定かでないが、ショールームを突っ切るよりかはましかもしれない。そして参考になったのは部品棚。うちの本店やハーレー店でも使っている移動式のスチール棚だが、部品の整理の仕方が上手く、始めて見る者にでも、何がどこにどれほどストックしているのかが分かりやすい。本店のメカニック達にも見せてやりたいものだ。
「ここは何人でやってるんです?」
「僕入れて五名だけど、人件費の枠としてはぎりぎりかな。近いうちにメカを一名東名横浜へ持っていかれそうですよ」
“ドゥカティ東名横浜”は㈱Kのいわば基幹店であり、その売上げは全国のドゥカティストア中トップである。
「そりゃたいへんだ。今日は忙しい中ありがとうございました」
「落ち着いたころに木代さんの店、遊びに行きますよ」
帰路の車内では、様々なアイデアが浮かび上がっていた。