エレキバンド・その4・マイギター

tabfuギター練習したさにK宅通いは続いた。
“好きこそ物の上手なれ”とは良く言ったもので、楽しさが先行すれば自ずと技術は後から付いてくる。
きれいに音を出そうと必至になれば、ピッキングに抑揚が出てくるし、僅かなチューニングの狂いにも気が付くようになる。
最初は指が広がらず、コードを押さえるのにも四苦八苦したものだが、いつの間にかハイポジションも自然に握れるようになっていた。
この頃になってくると、マイギター欲しさはピークに達し、その内夢にまで出てくるようになった。
日曜日の楽器店通いは最大の楽しみとなっていて、光り輝くエレキギターには毎回釘付けである。
しかし現実にはいつも目を向けて、手に入りそうな廉価版の物色には細心の注意を払った。
そんなある日、強力にアピールしてくるギターをショーウィンドーに発見。説明書きには“初心者・入門用”と記してあった。そのギターは何と有名メーカーのヤマハ製ガットギターで、何より目を引いたのが価格。嬉しいことに5,000円なのだ。

ー よしっ、もう一度親に頼んでみよう。

廉価に後押しされた最後のトライである。駄目だったら一旦は諦めるが、高校へ進学したら誰が何と言おうと手に入れるつもりだ。
いつまでもKに甘えることはできないし、これ以上の練習はマイギターでなければやり続けることはできない。

翌日、母が微妙な面持ちで口を開いた。

「お父さんは反対みたいだけど、しょうがないから買ってあげるよ」

嬉しさ半分、申し訳なさ半分で、なにかとても複雑な気持ちになってしまった。
ああだこうだと親父にねちねち言われたに違いない。
母には負担を掛けたくなかったが、曾て経験したことのない強力な物欲を前にして、平常心を保つことなど到底無理なのだ。

「ありがとう」

楽器店からギターを抱えて自宅へ戻る道すがら、高揚する気持ちの中に一端のギタリストになった自分を見つけ、恥ずかしいやら嬉しいやら。
それから一週間後、Kから借りてきたビートルズの楽曲集を相手に、心躍る奮闘が始まった。

エレキバンド・その3・いつまでもいつまでも

photoKが差し出したものはコードが記載されている歌謡集だった。
雑誌の付録だったものを、同じ友達仲間のTから貰ったとのことだ。T自身はそれほど音楽に興味があるように見えなかったが、Tには兄貴がいて、彼は自他共に認めるビートルズマニアだそうだ。ギターを弾きながら格好良く“アンド・アイ・ラヴ・ハー”を歌うらしい。
恐らくその歌謡集は元々兄貴の持ち物だったのだろう。

「この曲、簡単だよ」

Kが教えてくれたのは、当時の人気グループ、ザ・サベージのデビュー曲“いつまでもいつまでも”だ。
開いたページをよく見ると、コードの数が少なく、しかも比較的押さえやすいパターンばかりである。曲自体も好きだったし、これならなんとかマスターできそうな気がしてきた。

ー そよ風が僕にくれた かわいいこの恋を
いつまでも いつまでも 離したくない いつまでも

メロディアスで爽やかな曲は、歌い出すと心が弾んでくる。
当時はグループサウンズが大流行していて、このサベージも人気のグループのひとつだった。
カレッジポップ風の曲作りとハーモニーはストレートに分かりやすく、メロディーが頭に残って曲を覚えやすい。

徐々にギターを意識せずに弾けるようになってくると、歌に集中できて一層楽しくなってくる。いつのまにか自分の世界へと嵌りこみ、我に返れば少々気恥ずかしい。
ギターって、本当に凄いやつだ。

エレキバンド・その2

ギターコード

音楽初心者の私にとって、“千本浜ライブ”は正に事件であった。
レコードを何度聴いても決して感じることのなかった演奏者の巨大なエネルギーは驚きの発見であり、これまで裏方だと思っていたドラムやベースが、実はライブパワーの根源であることにも気が付いたのだ。
幾度も襲いかかってくる鳥肌の波を抑えることは最早不可能となった。

ー ギターが欲しい、、、何が何でも、、、

手に入れたくて堪らないギター。
ある日、意を決して親にねだってみると、呆気なくNGを出されて浮き上がっていた気持ちは奈落の底へ。

【ギターは不良の始まり】

当時はわけの分からない風評も流れていて、これも親のだめ出しを煽ったのではなかろうか。
親父は典型的な会社人間で、家族に対してはきちっと毎月の給金を入れ、不自由なく生活させていれば全てOKという考えを持っていたように思う。
恐らく今回の件も深くは考えずに、

「ギターは駄目だと雅敏に言っておけ」

と、母親に指示したのだろう。
親父とまともな会話をした記憶は殆どなく、それは弟も同様だったに違いない。
ねだるのも、不平を言うのも窓口は全て母親だった。

そんなある日のこと。
Kの家へ遊びに行ったら、

「いいもの見せてやる」

含み笑いの彼は、意味深な視線を投げてきた。

「なんだ、何があるんだよ」

果たして押し入れの中から持ち出してきたそれは、黒っぽいカバーで覆われているものの、特徴的なその形は中身を見るまでもなかった。

「ギターかよ!」
「正解」

Kの勝ち誇った表情が悔しくて堪らない。
いつも自分の傍にギターを置けるなんて、今の自分にとっては夢のまた夢だ。

「持たせて」
「いいよ」

初めて抱えたギターはガットギター。いわゆるクラシックギターである。
当時のKや私にギターの知識は乏しく、とにかく弦が6本あって、練習にさえ使えれば文句はなかったから、そのギターはジョンの持つRickenbackerと何ら変ることのない輝きと魅力を放って見えた。

「これ、コードブック」
「なにそれ」

Kのやつ、何だが本格的なものまで手に入れている。やる気だな。

「その印どおりに弦を押さえるとコードが弾けるんだ」
「なるほど」

言うが易。これがやってみるとたいそう難しい。
でも、楽しい!
初めて爪弾いたギター。そのワクワク感は尋常でない。
K宅通いがますます頻繁になりそうだ。