ぎっくり腰・急性腰痛

 再び腰痛に苛まれた。過去に医者に診てもらったことは一度もないので、詳しいことは分からないが、この症状からして、通称“ぎっくり腰”と呼ばれる急性腰痛症だと思う。ぎっくり腰の怖いところは、何をするでもなく、いきなり痛みが発生することに尽きる。初体験は二十代後半、デニーズ時代だ。
 ディナーピークに冷えたビールのストックを切らしたことに気が付き、ドライストレッジへダッシュ。何も考えずにいきなり重いビールラックを持ち上げた瞬間、腰に“ピキッ”と軽いショックを覚え、同時に激痛が全身に走り、全く体が動かせなくなったのだ。これが腰痛遍歴のスタートになる。
 十三年前の真冬。この頃から通勤の足として自転車を使い始めていたのだが、吉祥寺の八幡宮前交差点で信号待ちをしていて、青に変わったからとグッとペダルに体重をかけると、あの“ピキッ”が再び起こり、そのままの姿勢で二~三分動くことができなくなった。多くの歩行者から好奇な視線が集中したが、それどころではない。目の前は真っ白、寒風吹きさす中でさえ、冷汗が出てくる始末。そして痛みが発症するきっかけと思しきものが自覚できたのはこの二件のみで、それからおおよそ二~三年に一度起きるぎっくり腰は、きっかけなしで突如起こるから始末が悪い。
 
 四月三十日の晩。夕食後、ごろんと横になってTVを観ていると、尿意を感じ立ち上がろうとしたら、腰に重い痛みが走ったのだ。無理な姿勢は取っていなかったと思う。突然の変調に焦ってしまう。
 体の向きを変えようとしても痛くてどうにもならず、テレビ台に手をかけ、腰に負担をかけないようにしながら、腕と腹筋を利用してなんとか立ち上がれたが、壁に手を添えなければ歩けないのだ。何とかトイレまで行きついても、今度は便器に腰掛けるのが容易ではない。壁に手を添え大腿筋に力を込め静かに座った。用を足した後は居間には戻らず、二階の寝室へ向かった。階段を上がるのは手すりがあるのでそれほど難儀ではなかったが、ベッドへ横になるとき激痛が走り、思わず呻き声が出る。覚悟はしていたが、寝返りの度に痛みで目が覚めることとなり、翌朝になっても症状は全く変わらずで、とてもではないが仕事へ行ける状態ではない。
 近所の外科医で診てもらおうとも考えたが、歩くのもしんどいので、この日は一日中ベッドで過ごすことにした。これまでの経験からして、二日も安静にしていれば酷い痛みの峠は越すはずなのだ。ところがこの日の朝、もうひとつ厄介な症状に悩まされることになる。それは便秘。
 ちなみに普段の便通は至って正常。毎日の朝食後、決まって三十分から一時間程で便意が起こり、便座に腰掛ければ、殆ど三十秒以内にスルッと出てくる。ところがこの日、腰痛であまり食欲は湧かなかったが、とりあえずトースト一枚とバナナ一本は食したのに、待てど暮らせど便意が訪れない。仕方なくトイレにいって便意を待つことにしたが、しばらくたっても反応がない。ちょっと力んでもみたが、腰痛が邪魔して力がうまく入らない。膨満感が気持ち悪かったが、ここは諦めた。

 五月二日。

「下剤買ってきてくれないかな」

 女房に便秘のことを話し、たのんでみると、

「この間バリウム飲んだ時の余りがあるよ」

 そりゃ都合がいいと、もらったピンクの錠剤二錠をすぐに飲んでみた。検査の際は四錠処方されたそうだが女房曰く、(二錠で十分効き目あるよ)。ところが服用後一時間たってもお腹に何の変化も現れない。
 これ効き目ないよぉ~とぶつぶついってると、

「あれ飲んで全然変化ないんだ。へっ~~~」

 ますます憂鬱になってきた。ただ、腰痛のせいで普段より少食になっていることは事実だった。ならば夕飯はいつも通りに飲んで食べることにし、翌朝の便通に期待をかけた。晩酌にも炭酸500mlを使って濃い目のレモンハイを二杯、そのあと冷酒を二合と、普段より多めの酒量にして腸への刺激を高めてみる。
 すると嬉しいことに、翌朝を待たずして効果が出たのだ。午後十一時頃だったか、ベッドに入って小説を読んでいると、いきなりお腹がゴロゴロしだし、強い便意が現れたのだ。これはチャンスとばかりにトイレへ急行。うんちに出会えてこれほど感動したのは、痔の手術後、初めての排便のとき以来だ。
 
 五月三日。腰の状況にほとんど変化は見られない。やはり医者かなと思ってみても、GWでどこもやっていない。しょうがないので、冷蔵庫に保管してある<インドメタシン1%配合>という軟膏を就寝前に塗り込んでみた。これは十年ほど前に処方されたものだから、薬効はほとんど期待していなかったが、スーッとするつけ心地でよく眠れた。この日は少量だが便通もあって一応ひと安心。しかし心配なのは普段の便意ではないこと。時間と踏ん張りを要するイレギュラーなものだからだ。そこで腰痛と便秘についてググってみると恐ろしい情報が連発。中でも<急な便秘は大腸癌の恐れあり>にはショックを受けた。たかが便秘と思っていたからだ。要は腫瘍が腸管を塞ぎ便秘になるという。ただ、便の通りが悪くなるほどの大きな腫瘍がそれほど短時間にできるものだろうか。

 五月四日。悲しいかな良くなっている兆候は見られない。これが今までと違っている。
 これまで何度となく腰痛には悩まされてきたが、発症から日が経つにつれ、少しずつ回復していくのが常だったのだ。しかし、今回は殆どといって前進が見られない。これは精神的に辛く、しかも不安がよぎる。ぎっくり腰ではなく更に重篤な病状、椎間板ヘルニアだったらどうしようと落ち込む。
 量は少ないが便通は何とか毎日あった。ただ、やはり相当力まないと出てこない。水分は意識して摂っているが、効果はないに等しい。更には毎度の踏ん張りからか、肛門が腫れたような違和感が出始め、このままでは痔が再発するのではと、心配がもう一つ増え、がっかり。
 
 五月六日、午前八時三十分。近所の河原クリニックへ駆け込んだ。GW明けか、朝一から患者の列である。受付に聞くと八番目だそうだ。一時間弱は待っただろうか、ようやく呼ばれて診察室へ入った。医師へ事細かな経緯を伝えると、すぐにレントゲンを撮ることになった。余談だが、先月健康診断の結果に要再検査が出てしまい、肺と腎臓のMRIを撮ったばかりなので、ちょっと心配だ。

「骨盤の位置がずれているようですね。特に左側が痛いとかありますか」

 いいや。真ん中だと思う。

「脊椎のクッションが年齢なりにつぶれていますね。ほら、骨のここのところがとんがっているでしょう」

 このような加齢の逃げられない証拠を見せられると、ため息が出る。

「湿布と痛み止め、それと便に水分量を加える薬を出しておきましょう」

 女房からもらった下剤はかなり強めのもので、二錠で効果がなければもっと量を増やすしかなく、効いてきた時は相当ひどい下痢になるそうだ。それより少しでも出ているのであれば、硬い便に水分を与えて、排便し易い状態にした方がいいのではとアドバイスを受けた。

「コルセットはどうします。つけたことありますか。保険がきくんで使ってみましょう」

 コルセットは初である。装着すると結構な圧迫感があるが、腰回りが固定されると安心感が沸く。ただ、食事の際は外さないと厳しいレベルだ。
 それと便の水分量を増加させるマグネシウム系の薬はよく効いた。私には下手な下剤より合っていると思った。お腹が痛くならないから夜も安心して眠れるところもいい。
 もうひとつ。ロキソニンの湿布はスーッ感が長い間持続してGoo。実際に効いてるかどうかは定かでないが、このひんやり感は価値ありだ。

 五月七日。しつこい痛みはなかなか引かないが、気合を入れて一週間ぶりに出勤。腰をかばいながらも、やはり強制的に動かすと体の固さは徐々に取れていく。夕方になると痛みがぶり返してきたが、帰宅し入浴を済ませると、痛みも緊張感も大分薄らいだ。少しずつだが回復に向かっていることが実感できホッとする。
 再三だが、何をするでもなく、いきなり発症するぎっくり腰は怖い。今後を考えれば、加齢による症状悪化は避けられないだろうから、日頃より腰痛防止策を講じることは必須だ。

 五月十日。発症から十日目にして自転車通勤ができるようになった。家を出てすぐの立ち漕ぎの際にちょびっと痛みが走ったが、店に到着する頃にはいつもどおりのペダリングに戻っていた。これからは様子を見ながら、徐々に筋トレを再開しようと思う。たったの二週間ほどダンベルを持たないだけで、明らかに筋力ダウンが見られたからだ。脱衣所の鏡に映る上半身を見てもそれは明らかである。
 一日でも早く体を元に戻して、爽やかな新緑の中を歩き回りたいものだ。

こんな休日の過ごし方

 ここ4~5年ほど、桜の季節が一段落すると、奥多摩二俣尾の愛宕神社でツツジの撮影を行っている。
 鳥居から本殿へと上がっていく急な階段の脇には色とりどりのツツジが咲き誇り、それは艶やかな眺めなのだ。例年、GWの1週前に訪れてたので、昨日20日(火)はベストタイミングになると、最近お気に入りのα6000をバッグに入れて自宅を出発した。吉野街道へ入る頃、POLOの外気温センサーは23.5℃まで上昇してきたが、湿度が低かったから、エアコンなど使わずにウィンドウを目いっぱい下げて爽やかな空気を目いっぱい楽しんだ。
 セブンイレブン青梅柚木店の真正面が愛宕神社の入口になる。

 気合を入れて鳥居へ向かうと、どうしたことか、既に盛りを過ぎているではないか。例年のタイミングだったら真っ盛りのはずだ。やはり温暖化の影響かもしれない。この冬は異常といえるほど暖かかったので、桜の開花も驚くほど早かった。恐らくツツジも同様だったのだろう。
 一通り境内を回ってみると、メインの赤いツツジは赤茶けてほぼ全滅、ピンクと白が半滅といった状況だ。こんなことはこれまでになかったからがっかりである。腕時計を見ると12時を少し回ったところだったので、とりあえず木陰のベンチを探して、途中で調達したおにぎりとお茶で昼食にした。

 目的はツツジ撮りだったから少々残念ではあったが、この陽気が何とも素晴らしい。佇んでいるだけではもったいないと、いつも持ち歩いている文庫本を取り出し、暫しの読書タイム。なんだかんだ1時間近くストーリーの世界に没入してしまった。たまにはこんな休日の過ごし方もいいのでは。

頭を抱える事態 その10

 政府の及び腰にはいささか呆れてしまう。だいたいあの「まんぼう」って一体なに?
 “まん延防止等重点措置”と聞かされた時には、とてつもなく仰々しい呼称なので、ついに新手か!と、ちょびり期待もしたが、調べればびっくりである。今回も具体的な施策は提示されず、ただひたすら市民の良心へ訴えかける“緊急事態宣言”と何ら変わらないのだ。市民の落胆は手に取るように分かるし、先の見えないコロナ禍に溜息の連発だろう。我々は少々乱暴でも具体的な解決策を欲しているのだ。
 例えばワクチン接種。憤慨するのは先進諸国の中では断トツに低い接種率。これを英国や米国並みへと持っていければ、心情的にも前向きな姿勢へと変化していくはずだ。
 特にワクチン接種で「100人当たりの接種回数:59.7」という英国は先進諸国の中でトップであり、案の定、コロナ禍は収束へ向かって劇的に改善されているという。これに対して日本は1.3と比較にもならない数値なのだ。
 この数値結果には訳がある。医師も一般市民も総じてワクチン接種に対しての危険性を感じているからだ。それは既に国民性といって憚らない。
 2013年から定期接種になった子宮頸がんのワクチン。しかし、その後副作用の可能性がマスコミで大々的に報道され、挙句の果てには『積極的勧奨の中止』となってしまう。歩けなくなった、計算ができない、痙攣するなどの症状を訴える車いすの少女たちの映像が連日マスコミから報道され、“ワクチンの副作用は恐ろしい!”がしっかりと定着してしまったのだ。ところがその後、この症状がワクチンの副作用と断定される科学的証拠は出ることがなく、子宮頸がんワクチンとの関連は否定されたのだ。それより日本では毎年1万人が子宮頸がんにかかり、約3千人が亡くなっているという事実に目を向けなければならい。
 また、2005年5月には、日本脳炎のワクチン接種後にアデムと呼ばれる重い脳炎の人がでたことで、接種が実質上見合わせになったことがあり、2006年、この問題を受けてWHOでは専門委員会が検討を行い、その結果日本脳炎は大変重大な病気でワクチン接種が必要であり、ワクチンでアデムになるという日本政府の見解は根拠がないと結論づけている。
 まずは国民全体でワクチン接種への意識改革を行わなければ問題解決は難しい。
 政府が科学的根拠を掲げ、ワクチン接種は安全であることの訴求を続けること、そして決して「0」にはならない副作用に対しては、良い意味で“大陸的おおらかさ”を持つことが肝ではなかろうか。